このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

TOS


ぐいと強く髪を引っ張られたせいで、相手の顔が苦痛に歪む。

「……お前の主人が、誰だか分かっているの?」

引かれる髪を其のままの状態に、視線だけを動かして問いかける。

「勿論、よーくわかってますよ」

睨まれたゼロスは、ちゃらけた様子で答えた。だが手の力を緩める気は毛頭無いらしい。
無理に上を向かせられている体制は、ミトスにとっては辛いものだろう。
だが、それをも意識に入れてないように、ゼロスは口を開く。
「俺の主人は……俺が責任持って守る相手は、あいつらだ」
ミトスの瞳が驚きで僅かに開かれる。
だが次の瞬間にそれは消え失せ、代わりに嘲笑めいた笑みを零した。

「本当に可哀想だね、お前は。……自分の価値を分かることすら、出来ないの?」
ミトスの澄んだ声が響く。
その声は、ゼロスの不快感を露にさせるものだった。

「俺が可哀想かどうかは、俺が決める。余計な口出しすんじゃねえよ、ガキ」

言って、ミトスの体を力を込めて突き飛ばした。
長い年月を生きているとはいえ、それでカバーできるような体躯ではない。
普通の少年と何ら変わりも無いその体は、多くの機材を巻き込んで倒れた。
辺りに形容しがたい騒音が響き、ミトスの体は仰向けの儘動かない。
そしてその場に静寂が訪れた。
少し時間が経てば、今の騒ぎを聞きつけて確実に誰かがこの場所に来るだろう。
そしてこの光景を見られるのは、ゼロスにとって得策ではない。
きびすを返して部屋を出ようとするゼロスに、制止の声がかかった。
「待て」
その声にゆっくり振り向くと、ミトスは起き上がり、ゼロスに近づいていた。
目の前に立ったかと思うと、そっと手が伸ばされて頬へ添えられた。
「お前が義務を感じる必要は無いんだよ。だって、誰もお前を求めては居ないんだもの。……それでも、お前は行くの?」
「……ああ」
ゼロスに添えられた手が、愛おしそうに頬を撫でる。

「可哀想に……わざわざ、死にに行くんだね」

不意にゼロスがミトスの腕を掴む。
体を強張らせて身を引こうとするミトスへと顔を近づけて、囁いた。

「だからさよならだ……ミトス」
「……っ!」

さっとミトスの顔色が変わり、ゼロスの腕から逃れようと身を捩った。

「その名前を呼ぶな!お前が呼んでいい名前じゃない!」
悲痛な声を上げ、ミトスはかぶりを振った。
その様子を見たゼロスの腕が伸ばされ、戻される。
そしてミトスを一瞥すると、何も言わずに出て行った。
こつこつと廊下を歩く靴の音が遠ざかり、部屋に一人残されたミトスは床へずるずるとへたり込んだ。

「…………姉様っ……」
すすり泣くような声を聞いたものは、居ない。

5/6ページ
スキ