TOS
「ねえ、クラトス。抱きしめてよ」
早朝から部屋を訪れ、そう唐突に言ったミトスに、クラトスは訝しんだ。
「何故だ」
「何でもいいでしょ。ほら、早く」
楽しそうにそう告げたかと思うと、するりとクラトスの腕の中へと潜り込み、胸へと頭を預けるミトスを、猫の様だと一人思う。
「ミトス」
「何?」
「その行動をするなら、抱き締めてもらう許可より、抱き付く許可を貰った方が良い」
「これからクラトスに抱きしめてもらうんだよ。僕はその後押し、さ」
「……抱き締める、とは」
「特に注文はないよ。恋人にするようにしても、ペットにするようにしても、どっちでもいい」
「そうか。難しいな」
「……姉様が、僕にしたようにして」
「わかった」
とは言ったものの、結局はどうすればいいかわからない。
触れそうで触れない位置へと腕を移動させるだけで、後は何もしなかった。
「それじゃあだめだよ。ぜんぜん、だめ」
幾分か楽しんでいる様なミトスの声に、すまない。と言って、ぱたりと腕を下ろした。
「……姉様の、夢を見たんだ」
短い沈黙の後、ミトスは言った。
その表情は、クラトスには見えない。
「旅の途中で、見たこともない花畑でお昼ご飯を食べるんだ。その後で少し休憩があってね、きれいな花を見つけるんだ。
それでさ、僕が姉様にそれをあげたんだ。そしたら、笑って、頭を撫でてくれた。名前も、呼んでくれた」
そう言って俯くミトス。
その表情は、泣いているのか、或いは。
「ねえ、クラトス」
「何だ」
「新しい神子の旅立ち、もうすぐだね」
「そうだな」
「姉様に会えるのかな?笑ってくれるかな?頭を撫でて、名前を呼んで、今度こそ」
「どうだろうな」
そこでミトスは顔を上げた。青い瞳が、クラトスを映す。
「きっと、会える」
きっぱりと言って、微笑んだ。
「お前が言うのなら、そうなのだろう」
そう言い、クラトスはミトスを抱きしめた。
小さく呟いた言葉に、気づかないふりをした。