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TOI

「……セレーナ、何をしている」
「リカルドさんもどうですか?」
苦い顔をして口を開いたリカルドとは対照的に、アンジュは嬉しそうに笑う。
差し出されたフォークを丁重に断ってから、リカルドは窓から外を眺めて、舌打ちした。


外は雨が降っており、空は灰色がかっている。
止む様子は見られなかった。
この街に入り、旅の支度を整えて出ようとすると、唐突に大雨が降ってきた。
少量ならどうということもないのだが、こうも降られると出発する気が削がれてしまう。
かくしてリカルド一行は、こうして宿屋に留まっているのである。


「もう三日になりますね」
フォークをケーキに刺して、ぽつりとアンジュは呟いた。
「そろそろ出発したいものだがな」
リカルドはそう言って、重く溜め息を吐いた。

「いいじゃないですか。休息も、悪いことではありません」
「……そうだな」
呟いて、リカルドはソファに体を預ける。
傭兵として各地を飛び回っている身からすれば、不慮の事故とは言え、この様な長い時間を予定もなく過ごすことは、本当に久しぶりであった。
「……それよりセレーナ、何故俺の部屋に居るんだ」
ここはリカルドの部屋だ。
部屋の主よりも寛いで見えるアンジュに、リカルドは問いかけた。
その質問を受けたアンジュは、さらりと言ってのける。
「このケーキのおいしさを、リカルドさんにも知ってもらおうと思いまして」
「……結構だ」
「甘いもの、苦手なんですか?」
そう言ってアンジュはケーキを切って食べる。
随分と細かく切っているところを見るに、極限まで味わおうと言う努力が窺える。

そのアンジュの口に運ばれる、生クリームがたっぷりとのったのを見て、リカルドは眉を寄せた。
「好きではないな」
「……そうですか、それじゃあ」
リカルドさんリカルドさん、と子どもがする様に手招きされ、ソファから腰を浮かして、アンジュの前へ座った。

「はい、どうぞ」
こと、とリカルドの前に置かれた皿に、小さなケーキが乗っている。
「……セレーナ、これは?」
「リカルドさん専用の、甘くないケーキです」
はい、と笑顔でフォークを渡される。
見れば、アンジュのケーキとは違い、リカルドのものは生クリームものっていない、シンプルなものだ。

物は試しだと思い、それを口に運んで咀嚼した。

「……悪くは、ないな」
「そうですか、良かった」
まるで自分のことの様に喜ぶアンジュを見て、想う。

たまには、こんな日も悪くない。
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