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TOI

どうしたってこの感覚は拭うことができなかった。

世界滅亡を阻止するという、大きすぎる目標はやはり、無理だったのか。

腕も立つことがあって、転生者と判明する前からかなりの数の喧嘩をしてきたゆえ自信もあったが、旅に出てはっきりと判った。

いくら喧嘩が強いといっても、それはそれだ。

実際に負けることはなかった、人間を相手にするのは初めてでもなかった。

だけど、その人の命を奪うのは


「……ちくしょう」

わけが判らない悪態をついて、何度目かの寝返りを打った後、ベッドから出る。

同室のルカを起こさないように細心の注意を払いながら、宿屋を出た。


もう夜も深い。ましてや、あまり娯楽がない町は、すでに住民が寝入ってるらしい。

明かりがない町を、あて度なくぶらぶらと出歩いた。


「こら、夜更かしは体に悪いわよ」

鈴を震わすような声に、後ろを振り向いた。

宿屋の寝巻きのせいだろうか。それとも、髪を下ろしているせいなのか。

普段とは違った雰囲気の彼女を見た。

「何だ、アンジュか」

「何だとは何よ。それに、宿屋をふらふら抜け出しちゃって、どうしたの?」

「……眠れないんだ」

しばしの沈黙が辺りを包むが、やがてアンジュが口を開いた。

「それは……人を、殺しちゃったから?」

何処かためらいがちに響くアンジュの声に、頷いて肯定する。
「判ってる。今からそんなんじゃこの先どうするんだって位。
だけどな、感触が、あの瞳が、寝てても夢で出てくる。
起きてたって思い出す。仕方がないことだって自分に言い聞かせたって無駄たった。

忘れられない。忘れるのが恐い。忘れて、いつかそれが普通になっていくんじゃないかって思うと。

人を殺して、何も思わないやつになるかもしれない……俺は、それが一番恐い」

思いつく限りの感情を、アンジュにぶつけた。

対するアンジュは、ただ静かに黙ってスパーダの話を聴いていが、不意にアンジュが口を開いた。

「……スパーダ君は、そんな人にならないわ」

「何でだよ」

「そう言う風に人のことを一生懸命考える人は、そう人にならないの」

「でも、俺が何も思わないやつになるかもしれないじゃねーか」

「そうなりたくなければ、その人のことを、考えなさい。いいえ、考えるんじゃないわ。謝罪するのよ」

「……死んでるやつに、謝罪は無理だろ」

「心の中で、謝罪するのよ。……それが相手に届いてるかは判らない。それに、その行為をすることで免罪符を得た気分になるかもしれないわね。だけど、」

アンジュはそこで言葉を切ってスパーダを見つめた。

海のような瞳が、スパーダを映す。

「それをしているうちは、何も思わない人にはならないわ」


「……そういう、もんなのかよ」

「さあ、判らないわ。少なくとも、私の価値観ではそう思うの。あとは、貴方自身がどうするか、ね」




それじゃあ、とアンジュは宿屋へと引き返した。

それを見送ってから、スパーダは考える。


アンジュと話すことで得たものは。




「……帰るか」

ここは冷えた風が当たりやすい。

風邪を引く前にと宿屋へ行く途中でふと気づいた。

宿屋を出たのは、だいぶ遅い時間だった。

彼女は夜更かしをするのを酷く嫌がっていたのに、あんな遅い時間に外を出歩いていたのは何故だろうか。


やがて、一つの回答にたどり着いたときに、スパーダは小さく舌打ちした。

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