序章
例えば、そう。今日のように地球が滅ぶとして、私は何がしたかったのだろう。
「皆さん、落ち着いて!どうか地下へ逃げてください。慌てず、冷静に……でも急いで!隕石がそこまで見えています」
百均で買ったイヤホンから、上擦ったアナウンサーの声が聞こえた。ところどころ途切れているのは、彼女たちが地下へ潜っているからか、それとも空を切り開く白い星のせいか。
ここまで大きく見えてしまったら、例え臆病な私にだって、覚悟も出来てしまうというものだ。持っている意味もなかったから、その場でスマホごと捨ててしまった。
酷い暑さだ、陽炎が揺らめいている。
もはや地上に残っているのは、私のように死ぬ覚悟ができたもの――……いや、理由はなんにせよ、生きる気力の無い者しか居なかったように思う。すれ違う人々は、皆その場から星を見ていた。
くたびれたジャージのポケットから一つのぬいぐるみを取りだす。好きな漫画の、特に大好きだった人 を模したものだ。
(私の人生、『爆発』とは無縁だったな……)
臆病という言葉がピッタリだったように思う。自分が変わることも、環境が変わることも恐れていた。温かい布団にくるまれて、暗い安寧の中で柔い夢を望んでいたような有様だった。「世界が終わるんだよ!」母のその必死な叫び声を聞いて、ようやくカーテンを開けて空を見たのだ。私は愚かにも彼女の手を振り払って、彼だけを握りしめて、星を見届けることを決めた。
Q彼の答えと同じことをすれば、何か特別な変化が起きて、私はするりと変われるのではないか?
Aそんなわけ、あるまいし。
迫る終わりを感じる、後悔と懺悔に頭を下げたいなぁ。ここまで追い詰められてようやく出た涙は、綺麗なものでは無いのだろう。
涙でぼやけた視界のうえ、配電線が邪魔をして空がはっきりと見えない。私は星を空いっぱい眺めるために、未だ年季が残る住宅街を駆け出した。
しばらく家にひきこもって、動いていなかった弊害だろう。ゆっくりと速度を上げているはずだが、直ぐに荒い息を吐く。肺が枯れているように苦しいはずなのに、不思議と空の光は眩く見えた。
私にとっての士道龍聖とは、花火のような人だった。
家族に連れられた花火大会で、人がこさえた魔法の後先を見た。
最初は、ひゅーるるると甲高く、力強く空を昇る。そして、「俺を見ろ!」というように、遠く離れた地ですら揺らしてみせる。やがて大輪の花が咲けば、ばぁ、と、陽光が広がるように私を照らす!
例え火の粉が点滅しようと、人々はそれを見逃せないし、何より。彼らは何度だって空へ飛べる!
地響がするような拍手喝采こそ、士道龍聖に相応しい。背中を張るような緊張感と、心を掻き立てる高揚感。
広く見渡せる河川敷へたどり着いても、私が膝を折ることはしなかった。ここからは星がよく見える。荒い息を整えながら、焼け始めた雲を見上げる。
私はひとつ、実感していた。
――士道龍聖が世界滅亡の行く末を見届けるのは、諦めからではない。
(彼は、全てが終わるという時に、ただそれを待つような人では無い!)
全て、私が憧れる彼への理想だ。
期待や予感、そんな希望に溢れていてくれ。世界の終わりは、決して、彼の終わりでは無いのだ。
天使が地に堕ち悪魔となるなら、あの、あの隕石が、士道 だったら良かったのだ。
悲観や傍観ではない。ただ、彼の望むその先 が見たい。
全てが破壊された先の、誕生 を。
「やっと、やっと手を伸ばせたのに……」
軋むほど、空を噛んだ。隕石を睨む。
手が届かないことが、こんなにも悔しいことは無かった。今までの人生をこんなに悔いることも。けれど全ては、後の祭りである。
思わず瞠目する。死にたくない。そう願ったのは何時ぶりのことだろう。
空を漕ぐように手のひらを動かしても、掴めるのは熱風だけだ。
細く甲高い耳鳴りがして、視界が白く塗りつぶされる。
「生きたい!」
縋るように散らかった声の後は、無情にも、無音。
「皆さん、落ち着いて!どうか地下へ逃げてください。慌てず、冷静に……でも急いで!隕石がそこまで見えています」
百均で買ったイヤホンから、上擦ったアナウンサーの声が聞こえた。ところどころ途切れているのは、彼女たちが地下へ潜っているからか、それとも空を切り開く白い星のせいか。
ここまで大きく見えてしまったら、例え臆病な私にだって、覚悟も出来てしまうというものだ。持っている意味もなかったから、その場でスマホごと捨ててしまった。
酷い暑さだ、陽炎が揺らめいている。
もはや地上に残っているのは、私のように死ぬ覚悟ができたもの――……いや、理由はなんにせよ、生きる気力の無い者しか居なかったように思う。すれ違う人々は、皆その場から星を見ていた。
くたびれたジャージのポケットから一つのぬいぐるみを取りだす。好きな漫画の、特に大好きだった
(私の人生、『爆発』とは無縁だったな……)
臆病という言葉がピッタリだったように思う。自分が変わることも、環境が変わることも恐れていた。温かい布団にくるまれて、暗い安寧の中で柔い夢を望んでいたような有様だった。「世界が終わるんだよ!」母のその必死な叫び声を聞いて、ようやくカーテンを開けて空を見たのだ。私は愚かにも彼女の手を振り払って、彼だけを握りしめて、星を見届けることを決めた。
Q彼の答えと同じことをすれば、何か特別な変化が起きて、私はするりと変われるのではないか?
Aそんなわけ、あるまいし。
迫る終わりを感じる、後悔と懺悔に頭を下げたいなぁ。ここまで追い詰められてようやく出た涙は、綺麗なものでは無いのだろう。
涙でぼやけた視界のうえ、配電線が邪魔をして空がはっきりと見えない。私は星を空いっぱい眺めるために、未だ年季が残る住宅街を駆け出した。
しばらく家にひきこもって、動いていなかった弊害だろう。ゆっくりと速度を上げているはずだが、直ぐに荒い息を吐く。肺が枯れているように苦しいはずなのに、不思議と空の光は眩く見えた。
私にとっての士道龍聖とは、花火のような人だった。
家族に連れられた花火大会で、人がこさえた魔法の後先を見た。
最初は、ひゅーるるると甲高く、力強く空を昇る。そして、「俺を見ろ!」というように、遠く離れた地ですら揺らしてみせる。やがて大輪の花が咲けば、ばぁ、と、陽光が広がるように私を照らす!
例え火の粉が点滅しようと、人々はそれを見逃せないし、何より。彼らは何度だって空へ飛べる!
地響がするような拍手喝采こそ、士道龍聖に相応しい。背中を張るような緊張感と、心を掻き立てる高揚感。
広く見渡せる河川敷へたどり着いても、私が膝を折ることはしなかった。ここからは星がよく見える。荒い息を整えながら、焼け始めた雲を見上げる。
私はひとつ、実感していた。
――士道龍聖が世界滅亡の行く末を見届けるのは、諦めからではない。
(彼は、全てが終わるという時に、ただそれを待つような人では無い!)
全て、私が憧れる彼への理想だ。
期待や予感、そんな希望に溢れていてくれ。世界の終わりは、決して、彼の終わりでは無いのだ。
天使が地に堕ち悪魔となるなら、あの、あの隕石が、
悲観や傍観ではない。ただ、彼の望む
全てが破壊された先の、
「やっと、やっと手を伸ばせたのに……」
軋むほど、空を噛んだ。隕石を睨む。
手が届かないことが、こんなにも悔しいことは無かった。今までの人生をこんなに悔いることも。けれど全ては、後の祭りである。
思わず瞠目する。死にたくない。そう願ったのは何時ぶりのことだろう。
空を漕ぐように手のひらを動かしても、掴めるのは熱風だけだ。
細く甲高い耳鳴りがして、視界が白く塗りつぶされる。
「生きたい!」
縋るように散らかった声の後は、無情にも、無音。
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