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あっちの地獄、こっちの地獄

満月がよく光る夜だった。誰もいない暗闇が巣食う廊下に、ぼんやりと人影が佇んでいる。五条は目隠し越しにその姿を視認し、乾いた笑みを漏らした。遠くでもわかるその禍々しさは、流石は呪術全盛期に名を馳せた呪いの王だ。纏う空気がそこだけ重く張り詰めている。
「こんばんは、宿儺。機嫌が良さそうだね」
四つの目が五条を向いた。獰猛でよく研がれた眼光は、目に映るもの全てを殺意だけで貫けそうだ。宿儺は唇を歪ませて笑い声を吐き出す。
「とうとう俺の指が二十本揃った。俺の指を集め終わったら、小僧は秘匿死刑だったか?手塩にかけて育てた教え子に手をかけるのは、さぞ辛かろうなぁ」
ケヒッ、と邪気を含んだ笑みが溢れた。いつも明るく笑う少年の面影はどこにもない。五条は陽気な態度を一切崩すことなく、一歩前に出た。
「アレね。上の連中はその気だけど、僕は全然殺させるつもりないから。悠仁には僕たちと、呪術師として生きてもらうよ」
宿儺の目が愉快そうに細まる。
「俺を抱えて生きるということがどういうことか、小僧が一番よく知っている。オマエがどれだけ手を伸ばそうとも、小僧はオマエたちを選ばんぞ」
長く伸びた爪が、トントン、と器の左胸をさした。
「小僧の命も、運命も、未来も、俺のモノだ」
五条は自分の口角が自然と吊り上がるのを感じた。全く、好き勝手言ってくれる。
「悠仁を地獄までエスコートするのは僕の役目でね」
目隠しの奥で、蒼く冷ややかに憎悪が蠢いた。
「引っ込んでろよ、間男」
五条の呪力が膨れ上がるのを察知した宿儺は、凶悪な嘲笑を爆発させてスゥッと気配を霧散させた。代わりに空いた虎杖の体が、力なく倒れる。五条はすかさず受け止めるが、やはり八十キロ超ある少年の体は重い。心臓に耳を寄せる。鼓動がとく、とく、と緩やかなリズムを刻んでいた。五条は安心すると同時に、この心臓が宿儺の手によって作られたという事実が、口惜しくて仕方がなかった。
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