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何もいらないから全部をよこせ

画面が一面の赤になる。人間だったものは、バラバラに解体されていた。生々しい音とグロデスクな映像に、虎杖が食べていたポテトチップスを落とす。死体を捌く男女が笑っていた。なぜ笑っていられるのだろう。虎杖には全く理解できない。異様に喉が渇いた。コーラに手を伸ばしたが、胃が受け付けない。手についた水滴を払って、仕方なく広い画面に集中する。主人公が吐き気を催した辺りで、虎杖も自分の体内が縮こまるのを感じた。これに似たような、いや、この風景よりも悍ましい景色を見てきた筈なのに、フィクション特有の演出が、虎杖の記憶を嫌でも刺激する。場面が切り替わり、今度は男と女がセックスを始めた。ぼうっとその様子を見ていたが、我に返った気まずさで薄目になる。手の中の呪骸が動かないよう、精神をなんとか集中させた。全て作り物だとわかっていても、画面越しに伝わる音や息遣いは現実と嘘を綯交ぜにする。男女のまぐわいは虎杖が想像していた以上に破壊力があり、今まで読んでいたエロ本が子供向け雑誌のように思えた。明らかにこの映画は年齢制限がある筈なのに、どうして五条はこれを持ってきたのだろう。恐らく、適当に入れておいた、としか考えられなかった。
エンドロールが流れ出した辺りで、五条が地下室のドアを開けた。虎杖は音の方に反応し、「先生だ」と呪骸を持ち上げて出迎える。手の中の呪骸はスヤスヤ眠っていた。出力はしっかり安定しているらしい。五条がソファに乗り上げて、虎杖の横に座る。
「どうだった?」
「ていうかさぁ、この映画絶対年齢的に俺アウトなヤツでしょ」
虎杖が唇を尖らせるのを見ながら、五条は首を傾げた。
「あ、ゴメンゴメン。でも悠仁って、その辺あんま気にしないタイプかと思ってたよ」
「まぁ、そこまで気にならねえけど。でもちょっと見ててしんどかったかな」
「へぇ。どの辺が?」
「全体的に。面白かったけど、主人公が最後、娘に蹴られるシーンは流石に気が滅入った」
「悠仁には刺激が強すぎたね。次からはもうちょいマイルドにするよ」
二人を照らして、エンドロールは流れ続ける。虎杖は呪骸を抱いたまま、五条にポツリと尋ねた。
「ねぇ先生、愛って何?」
「んー、呪い」
ほぼノータイムで五条が答える。本当にこの人は考えて発言しているのか、と虎杖は疑わしげに五条を見上げた。五条はニッと口角を上げる。
「いやいや、コレは結構当たってると思うよ?誰かを愛すってことは、綺麗な感情だけじゃない。大抵、相手を縛り付けて自分だけのものにしたい、って感情も含まれてるからね」
「独占欲みたいなもん?」
「そーゆーこと」
虎杖は「そっかぁ、」とため息をついた。五条から見たその横顔は、十分に幼い。呪いと向き合い、人間の負の感情と向き合う。心の優しい虎杖は、この先も過酷な現場に行かなければならなかった。酷い地獄だ。それでも五条は、虎杖の背中を押してやるしかない。
虎杖が呪骸をテーブルに置き、背もたれに寄りかかる。
「俺は爺ちゃんの遺言を呪いだと思ったけどさ。でもあれは、俺のことを想って残した言葉だって、わかってるから。爺ちゃんを嫌いだとも、憎いとも思わない。ていうか、呪いたくないんだ。」
虎杖が深く息を吸い込む。
「愛してもらったから、呪いで返したくない。俺は俺の知ってる人たちには笑ってて欲しいし、俺が死んでも…全然悲しんでくれなかったら寂しいけど、でも、引きずらないで生きて欲しいよ」
五条は虎杖をじっと観察した。まだまだ少年だとばかり思っていたが、そうでもないらしい。青かった実が、熟れ始めている。死の淵に立たされて、虎杖の意識は強く固まってきたのだろう。置いて行くことも、置いて行かれることも、どこかで理解しているようだった。五条がクックック、と肩を揺らして笑う。
「じゃあ、悠仁が死んだ後に悠仁の好きな人が悠仁を忘れても、それでいいって?」
「忘れられんのは嫌だけど…でも、幸せになってほしいじゃん」
五条はぎゅっと虎杖の横にくっつき、肩に腕を回した。虎杖は特に気にする様子も見せない。
「僕はね、好きな人には僕が死んだ後も一生、僕のことを引きずって生きてほしいんだ」
五条が目隠しをゆっくり外す。白いまつ毛が黒い布から覗いた。
「結婚するのもいい。子供ができるのも許す。でも、心の大事な椅子には、僕以外座らせないでほしい」
蒼天が揺らめく両目が、虎杖を捉えた。虎杖はうへぇ、っと舌を出す。
「先生って結構重い人?」
「だから愛は呪いだって言っただろ?」
五条の長い指が虎杖の頬を撫でた。虎杖の戸惑う表情が、五条の心を心地よく擽ぐる。
「もし悠仁が僕より先に死んじゃったら、悠仁のこと呪っちゃうかも」
「えぇっ、ぜってぇやめろよ。五条先生の呪いって凄そうで怖い」
「アハハ、最強の呪術師だからね。その辺は自信あるよ」
虎杖の頬をツンツン突きながら、いつかの未来を夢想する。生きてる間に、この少年は他の誰かと歩むかもしれない。それなら、死んだ後くらいは好きにさせてくれてもいいだろう。
エンドロールが何も告げずに、ブツリと切れた。
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