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慈悲と自死

目の前にいる全く同じ顔の呪いに、虎杖が一つ尋ねた。
「愛ってなんだと思う」
宿儺は骨の砦に体を預け、眉を片方上げる。「なんだ急に」、とどうでも良さそうな顔を作った。虎杖は尋ねた後で激しく後悔する。数多の人間から呪いの王と恐れられた男に、愛がどんなものかなど、わかるのだろうか。そもそも、宿儺が愛という情を持っているかさえ定かではなかった。宿儺は案の定、吐き捨てるように答える。
「くだらんな。俺はそんな情を持ち合わせていない。オマエたちの感性も理解できん」
「そう言うと思ってたよ」
訊くんじゃなかった、と虎杖が舌を出す。今まで身の回りの人に同じ質問をしたが、皆口々に「愛は呪いだ」と答えた。本当にそうなのか、と虎杖の中での疑問がぐるぐると回る。腕を組んで考え事を始めた虎杖を見て、宿儺が虎杖を蹴落とした。瞬時に虎杖は受け身を取り、水中へと音を立てて落ちる。
「いきなり何すんだ!」
「俺と同じ目線に立つな。不愉快だ」
「予備動作なさすぎんだろ」
びちゃびちゃと濡れる体で、宿儺を睨みつけた。虎杖が滴る雫を拭う最中、宿儺が水面を揺らして波紋を立てる。
「俺に愛などないが、概念としての知識はある。要は、他者を尊重し慈しむことだろう」
「なるほどね。オマエには絶対ないわ」
意外だった。虎杖の身の回りで一番まともな回答をするのが、まさか宿儺だとは思わないだろう。宿儺はニヤニヤと悪どい笑みを浮かべた。
「俺にとっての快は蹂躙の上に成り立つ。小僧には一生わかるまい」
「わかりたくもねーっつうの。みんな殺して最後に一人だけって、そんなの俺には耐えらんないね」
宿儺の四つの目がスゥッと細まる。何を考えているのか、まるでわからない。霧のようにあやふやな思考では、虎杖には読み取れなかった。
「俺にはオマエがいる」
しんと静かで寂しい場所で、宿儺の声だけが反響する。何もかもが死に絶えた死屍累々の血の海で、一人で佇む影が浮かんだ。
「俺はオマエじゃない」
断固とした態度で、虎杖が否定する。否定しているはずなのに、飲み込まれそうなほど、凶悪な闇が虎杖の腕を引っ張っていた。同じ顔の誰かが、虎杖の頬を掴む。爛々とした目は、何もかもを射抜くように嗤っていた。
「オマエの意思など関係ない。すぐにわからなくなるぞ。オマエは俺のモノだ。俺の一部だ」
宿儺が口角を歪ませる。虎杖の心臓が冷えるような感覚が、生を薄めようとしていた。
「俺が慈悲を与えて生かしてやったことを忘れるな」
「あぁ、そういうことか、」と宿儺は思い出したように付け足す。
「これが愛だな?」
「ふざけんな」
虎杖が奥歯を噛んだ。元はと言えば、宿儺が勝手に虎杖の心臓を奪った。奪われたものを返してもらうのは、当然のことだろう。それをこの男は、慈悲などと言ってのける。虎杖には到底、理解できない思考回路だった。意識が揺さぶられる。そろそろ、目を覚ます頃だ。消えかかる宿儺に何か言ってやろうとして、結局言葉が出る前に、無慈悲に生得領域から追い出された。
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