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出られない部屋

浮かび上がる意識と共に、虎杖は両目を見開いた。視界に広がる色は鮮明なほどの白だ。横たわっていた体を急いで起こし、辺りをキョロキョロと見渡す。壁も天井も床も、無地の白さを保っていた。照明の類はどこにもないのに、明かりがあるような眩しさがある。目の端で、床に転がっている伏黒が映った。虎杖は慌てて伏黒を揺さぶる。
「伏黒!おい!大丈夫!?」
「…虎杖?」
虎杖の声に伏黒が反応した。細めていた目を徐々に開き、自分の置かれている状況と向き合う。周囲を一瞬で確認し、最後に虎杖と顔を見合わせた。
「どうなってんだこれ」
「俺にもさっぱりわからん」
二人はただ首を傾げ、一緒に立ち上がる。幸いなことに、どちらも怪我や痛みはない。それでは、ここは一体どこで、なぜこんな場所にいるのだろう。どこにもドアもなければ、窓もない。伏黒が首を上に向け、「あ、」と声を発した。つられて、虎杖も顔を動かす。
視線の先には、『どちらかが相手の一部を食べないと(飲み下すこと)出られない部屋』と大きく壁に貼り付けられていた。虎杖は何度も文章を読み返し、「えぇ…?」と正直な困惑を漏らす。伏黒は不機嫌さを隠すこともせず、眉間にこれでもかと皺を寄せた。
「虎杖、オマエ気付いてるか?」
「え、何に?」
伏黒がはぁ、とため息をつく。
「今の俺たちには、呪力がない」
その発言でようやく、虎杖は自分に全く呪力が籠らないことに気がいった。試しに力一杯壁を殴ってみても、まるで衝撃が吸収されるかのように、傷一つ付かない。虎杖は自分の拳と伏黒を、交互に見やる。伏黒が、お手上げだ、と両手を挙げた。


二人は暫く黙り込み、どうするか、と各々で悩んでいた。呪力での実力行使もできない、虎杖でもどうにもできない、となると、あの文言の言う通りにしなければ出られないのだろう。伏黒が、こっそりと虎杖を盗み見た。虎杖は腕を組み、うーんと唸っている。相手の一部、というのは範囲の判定としては広い。髪や爪などでも、恐らくは出られるはずだ。そうでなければ、困る。かと言って、伏黒にはまだそこまでに踏み切る覚悟が出来ていなかった。こんな場面で、虎杖に自分の一部を食べさせるのも、自分が虎杖の一部を食べるのも、不本意でしかない。しかし、虎杖なら「俺が食うよ」と言いかねないのも、事実だった。現に指を何本も食べているのだから、この上なく説得力がある。険しい顔で無言を貫く伏黒に、虎杖が「やっぱり、」と言葉を零した。
「伏黒も嫌だと思うけどさ、俺がオマエの一部食べれば」
「駄目だ」
伏黒がキッパリと虎杖の言葉を遮る。こんなところまで、虎杖に何かをさせるのが、伏黒には我慢ならなかった。そうなれば、伏黒自身が虎杖の一部を飲み込むしかない。虎杖が心配そうな顔で伏黒を見つめる。
「じゃあオマエ食えんのかよ。俺の一部。嫌じゃねえの?」
「オマエは嫌じゃねぇのか」
虎杖が困り顔で目を逸らした。
「俺は、宿儺の指で慣れてるし」
「だからって、なんでもオマエにやらせんのはゴメンだ」
伏黒が虎杖に近付く。ぐっと顔が近づけられて、虎杖は眉を下げた。いつもの伏黒と、雰囲気が違う。切れ長の目がじっと虎杖だけを射抜いていた。
「先に謝っとくぞ。悪ぃ、虎杖」
「なんで!?」
「口開けろ。絶対抵抗するなよ」
有無を言わさぬ圧力を感じ、虎杖は素直に口を開く。伏黒が虎杖の開いた口に舌を入れた。全く想定していなかった事態に、虎杖の肩が大きく跳ねる。それを無理矢理押さえ付けるように、伏黒の舌が虎杖の口内を荒らした。どうしたらいいのかもわからず、抵抗するな、という言葉を間に受け、虎杖はされるがままになっている。耳に入り込んでくる水っぽい音と酸素不足に、頭がぼうっとしてきた。口の中で溢れる唾液が、虎杖の顎を濡らす。伏黒が、ゴクン、と飲み込んだ。そっと口が離れ、二人は緊張と脱力の間に取り残される。頭がまともに働かない虎杖は、言葉を作ろうとしても、上手くいかない。だから、思ったことがそのまま口から飛び出た。
「…伏黒ってキスしたことあんの?」
「…いや、」
袖で口周りを拭って、伏黒が答える。
「初めてだ」
「俺もなんだけど」
虎杖も口を拭いた。拭っても拭っても、さっきまでの光景が頭から離れない。伏黒の舌の熱が、口内にまだ残っていた。段々と羞恥心が追いついてくる。虎杖が伏黒を見れば、伏黒も気にしていたようで、耳が淡く朱に染まっていた。
ガチャッ、と音がする。前方に、いつに間にかドアが出現していた。伏黒はそさくさとドアノブを回し、外に出て行く。虎杖もバタバタと黒い背中を追った。
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