最初で最後に泣いてくれ
人生は何が起きるかわからない。産まれてすぐ、呪術界を大きく揺らがす存在になったり、特級呪術師という呪術師の頂点に立ったり、たった一人の親友を手にかけたり、様々だ。五条悟という男の人生は、並大抵の人間が体験できるようなものではない。想像すらも出来ないだろう。五条自身も、こんな人生を歩むとはあまり思っていなかった。しかし、予想外のことが多いほど、人生は面白いものだろう。例えば、今目の前にいる少年が最たる例だ。
「先生、次の映画は?」
「じゃこれはどう?ヒロインが主人公裏切って敵側につくの」
「だからネタバレ!」
虎杖は呪骸を抱えてむくれる。前よりも随分と、呪力操作が上手くなった。手の中でよく分からない生き物が、ぐっすりと眠っている。笑いながら五条は、DVDデッキにDVDを差し込んだ。画面が切り替わる。暗闇の中でモニターだけ、ピカピカと光っていた。真面目な表情で、虎杖は映画に集中している。ポテチとコーラも忘れ、目を見開いていた。横にいる五条は、虎杖の横顔をじっくり見つめている。
その見た目は、どこにでもいる少年そのものだ。両面宿儺の指など飲み込まなければ、今でも普通に学校へ通っていただろう。どう考えても、呪いの世界など来ない方がいい。しかしこうなってしまった以上、虎杖に逃げ場はなかった。上や御三家はこれからも、虎杖を殺しにかかるだろう。保守主義で、臆病者の集まりだ。何をするか分かったものではない。向こうがその気なら、もう二度と殺されないよう強く育てるのが、五条の仕事だ。虎杖は飲み込みが早い。成長スピードも並みの呪術師とは違う。きっと、将来的には五条に並ぶ呪術師になるはずだ。そうなってもらわなければ困る。処刑なんてさせてたまるものか。五条は心の中で、硬く決意を結ぶ。
映像の動きに、虎杖が声を発した。ホラー要素が多いので、びっくりする描写も多い。いつも、これより恐ろしいものと戦っているというのに、変なところで普通らしい部分を出してくる。五条はクックッと笑った。随分と前に虎杖をイかれている、と称したことがある。実際、初めて見た呪霊になんの躊躇いもなく向かっていけるのは、常人ではないはずだ。平和な日常生活を送っていた少年には、刺激が強すぎる。これで辞めたいと言われても困りものだが、虎杖の肝の据わり様には驚かされる部分が多かった。五条は虎杖が「死ぬのは怖い」と言っていたことを知っている。だが、虎杖は自分が死ぬことよりも、同級生を殺す可能性を恐れた。そして、一度死んでしまった。祖父との約束を守り、呪いを取り込むために生き、大勢に囲まれて死ぬ。虎杖は普通の人間よりも、頑丈だ。それに強い。はっきりと断言できる。
しかし、あまりにも善良すぎるのだ。この先、呪術師をやっていけるのか、とたまに心配になってしまうほど、虎杖は優しい。他人の痛みを理解し、傷ついた人間のために本気で怒れる。呪いに関われば関わるほど、呪術師は感情が麻痺していくものだ。近しい人の死にも鈍感になり、悲しみが機能しなくなる。ある日突然、泣けなくなった、という呪術師を五条は何人も見てきた。呪いは人を壊す。呪いは人を狂わせる。虎杖にもし、そんな日が来てしまったら、と五条は思考した。それはあまりにも、悲しいことだ。虎杖の良いところは、良くも悪くも素直であることだった。情感が豊かで、はっきりと分かりやすい。五条は虎杖のそういう部分が、好きだった。だからいつか、と目隠しを上げる。
「ねえ悠仁」
「んー?」
会話をしても、問題なく呪力は安定している。良い兆候だ。
「もし僕が死んじゃったら、いっぱい泣いてね」
虎杖は顔を曇らせる。
「先生が死ぬとこなんか、想像できないんだけど」
「アハハ。僕も人間だよ?いつ死ぬかなんて誰にも分からない。悠仁が最後に泣くのは、僕のことがいいなあ」
画面の明るさに照らされて、五条の整った顔が浮かび上がる。虎杖は五条の美しい横顔を見上げ、言葉を飲んだ。返答に困っている。意地悪そうに、五条は笑った。酷いことを言っている自覚はある。だが、これは五条なりの愛情表現だった。虎杖は人のために泣ける、優しくて、普通の子供だ。好きな人が泣くのは、なるべく見たくない。だからせめて、最後は自分のことであってほしい。大人気のない、我儘な感情論だ。恋というのは、往々にして身勝手である。
戸惑いを隠さず、虎杖が腕の中の呪骸を抱き直した。唇を尖らせて、横目で五条を一瞥する。
「先生は泣いたことないの?」
「ないね。僕は性格悪いから、泣けないんだよ」
「関係ないだろ別に」
画面の中で、血飛沫が上がった。恐らく、今が一番面白いシーンのはずなのだが、最早二人は全く違うことで真剣になっている。虎杖は口をへの字に曲げ、五条をまっすぐに見つめた。視線に、心臓を射抜かれる。
「じゃあ、五条先生が俺のために泣いてよ。俺が死ぬ時、ちゃんと看取ってくれるんだろ」
「俺より先に死なないでね」と虎杖はニッコリと笑った。
この子供は、平気で残酷なことを言う。五条は眉を下げて力なく笑った。考えないようにしていた未来を、誰よりも冷静に見据えている。
初めてなんか、くれてやるものか。
「先生、次の映画は?」
「じゃこれはどう?ヒロインが主人公裏切って敵側につくの」
「だからネタバレ!」
虎杖は呪骸を抱えてむくれる。前よりも随分と、呪力操作が上手くなった。手の中でよく分からない生き物が、ぐっすりと眠っている。笑いながら五条は、DVDデッキにDVDを差し込んだ。画面が切り替わる。暗闇の中でモニターだけ、ピカピカと光っていた。真面目な表情で、虎杖は映画に集中している。ポテチとコーラも忘れ、目を見開いていた。横にいる五条は、虎杖の横顔をじっくり見つめている。
その見た目は、どこにでもいる少年そのものだ。両面宿儺の指など飲み込まなければ、今でも普通に学校へ通っていただろう。どう考えても、呪いの世界など来ない方がいい。しかしこうなってしまった以上、虎杖に逃げ場はなかった。上や御三家はこれからも、虎杖を殺しにかかるだろう。保守主義で、臆病者の集まりだ。何をするか分かったものではない。向こうがその気なら、もう二度と殺されないよう強く育てるのが、五条の仕事だ。虎杖は飲み込みが早い。成長スピードも並みの呪術師とは違う。きっと、将来的には五条に並ぶ呪術師になるはずだ。そうなってもらわなければ困る。処刑なんてさせてたまるものか。五条は心の中で、硬く決意を結ぶ。
映像の動きに、虎杖が声を発した。ホラー要素が多いので、びっくりする描写も多い。いつも、これより恐ろしいものと戦っているというのに、変なところで普通らしい部分を出してくる。五条はクックッと笑った。随分と前に虎杖をイかれている、と称したことがある。実際、初めて見た呪霊になんの躊躇いもなく向かっていけるのは、常人ではないはずだ。平和な日常生活を送っていた少年には、刺激が強すぎる。これで辞めたいと言われても困りものだが、虎杖の肝の据わり様には驚かされる部分が多かった。五条は虎杖が「死ぬのは怖い」と言っていたことを知っている。だが、虎杖は自分が死ぬことよりも、同級生を殺す可能性を恐れた。そして、一度死んでしまった。祖父との約束を守り、呪いを取り込むために生き、大勢に囲まれて死ぬ。虎杖は普通の人間よりも、頑丈だ。それに強い。はっきりと断言できる。
しかし、あまりにも善良すぎるのだ。この先、呪術師をやっていけるのか、とたまに心配になってしまうほど、虎杖は優しい。他人の痛みを理解し、傷ついた人間のために本気で怒れる。呪いに関われば関わるほど、呪術師は感情が麻痺していくものだ。近しい人の死にも鈍感になり、悲しみが機能しなくなる。ある日突然、泣けなくなった、という呪術師を五条は何人も見てきた。呪いは人を壊す。呪いは人を狂わせる。虎杖にもし、そんな日が来てしまったら、と五条は思考した。それはあまりにも、悲しいことだ。虎杖の良いところは、良くも悪くも素直であることだった。情感が豊かで、はっきりと分かりやすい。五条は虎杖のそういう部分が、好きだった。だからいつか、と目隠しを上げる。
「ねえ悠仁」
「んー?」
会話をしても、問題なく呪力は安定している。良い兆候だ。
「もし僕が死んじゃったら、いっぱい泣いてね」
虎杖は顔を曇らせる。
「先生が死ぬとこなんか、想像できないんだけど」
「アハハ。僕も人間だよ?いつ死ぬかなんて誰にも分からない。悠仁が最後に泣くのは、僕のことがいいなあ」
画面の明るさに照らされて、五条の整った顔が浮かび上がる。虎杖は五条の美しい横顔を見上げ、言葉を飲んだ。返答に困っている。意地悪そうに、五条は笑った。酷いことを言っている自覚はある。だが、これは五条なりの愛情表現だった。虎杖は人のために泣ける、優しくて、普通の子供だ。好きな人が泣くのは、なるべく見たくない。だからせめて、最後は自分のことであってほしい。大人気のない、我儘な感情論だ。恋というのは、往々にして身勝手である。
戸惑いを隠さず、虎杖が腕の中の呪骸を抱き直した。唇を尖らせて、横目で五条を一瞥する。
「先生は泣いたことないの?」
「ないね。僕は性格悪いから、泣けないんだよ」
「関係ないだろ別に」
画面の中で、血飛沫が上がった。恐らく、今が一番面白いシーンのはずなのだが、最早二人は全く違うことで真剣になっている。虎杖は口をへの字に曲げ、五条をまっすぐに見つめた。視線に、心臓を射抜かれる。
「じゃあ、五条先生が俺のために泣いてよ。俺が死ぬ時、ちゃんと看取ってくれるんだろ」
「俺より先に死なないでね」と虎杖はニッコリと笑った。
この子供は、平気で残酷なことを言う。五条は眉を下げて力なく笑った。考えないようにしていた未来を、誰よりも冷静に見据えている。
初めてなんか、くれてやるものか。
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