君に幸あれ
古風で上品な式場だった。外観は西洋の教会を思わせる。白が基調とされ、瀟洒な美しさがあった。中は広く、エントランスには華美なシャンデリアが吊るされている。伏黒は招待状を片手に、待合室でぼんやりと佇んでいた。着慣れない黒のタキシードは、いつもの制服と色しか共通点がない。姉の津美紀が結婚してから、しばらくは用がないだろう、とクローゼットの奥にしまっていた衣装は、二年後に再び着ることになった。腕時計に目を落とす。披露宴までまだ一時間はあった。釘崎や五条は、もう少しで到着するらしい。携帯のメッセージを確認し、絵画のような壁にもたれ掛かる。伏黒達が成人してから、四年が経っていた。
今日は虎杖の結婚式だ。三人の中で誰が一番先に結婚するか、なんて話をしていた時期が懐かしい。結局、一番先に結婚したのは釘崎だった。同業者で、気の合う男を見つけたらしい。結婚式での親友の沙織のスピーチでは、ずっとハンカチを握りしめていた。今思い出しても、珍しいものを見た、と伏黒はふっと笑みを零す。
釘崎の結婚式の帰り道、虎杖と伏黒は「どっちが先に結婚できるか」と笑っていた。結婚レースに乗り遅れたのは、伏黒だけだ。駆け抜けた青春の日々より、ずっと遠くに来てしまった。それでも、今こうして生きていられることが奇跡だろう。呪術師はいつ死ぬかわからない。ましてや、死亡して遺体が残るケースの方が少ないのだ。苦悩が多い任務をこなしていきながら、帰れる場所があるというのは、大きな救いだろう。自分の帰りを、待ってくれている人がいる。これほど有り難いことはない。伏黒はゆっくり目を閉じる。いつか来る死刑の日より、虎杖が誰かとの幸せを選んだことが、伏黒は嬉しかった。
待合室のドアがキィと音を立てて開く。反射的に顔を向けると、真っ白なタキシードを着た虎杖が立っていた。目を見開いて、キョロキョロと部屋の中を見渡している。
「アレッ?釘崎と五条先生は?」
「まだ来てない。先輩たちは暇だからその辺グルグルしてるって」
「そっか。なんか忙しいのに悪いな。伏黒も仕事入ってたんじゃねえの?」
申し訳なさそうに微笑む虎杖に、伏黒は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「あのな、俺も釘崎も先生も、オマエから話聞いた時から、この日だけは死んでも空けとくって決めてたんだよ」
「死んだら来れねえだろ。でも、ありがとな。来てくれて」
照れ臭そうに笑う虎杖が、伏黒の目には世界一幸せそうに映る。何年も前から、それこそ、虎杖と初めて会った時から、伏黒は虎杖の幸福を願っていた。姉や虎杖のような善人が、平等に幸せになれることこそ、伏黒の呪術師として生きる理由だからだ。しかし本当は、それだけではない。
伏黒が虎杖に向き直る。虎杖は「どったの?」と首を傾げた。学生時代から、虎杖の素直さは何一つ変わらない。伏黒はおもむろに口を開いた。
「オマエに言っておきたいことがある」
「え、なに」
「俺はずっと、オマエが好きだった」
「…うん?」
丸い両目が、驚きで点になっていた。伏黒は思わず笑いそうにるのを堪え、話を続ける。
「なんで好きなのかなんて、上手く説明できない。もしかしたら、恋なんかじゃなかったかもしれねえ。でも、オマエには幸せになってほしかった。俺には、オマエを幸せにできる自信がなかったんだ。だから、」
溢れ出る感情を、ぐっと堪える。あの日、死刑を逃れるために死刑まで走り続けた少年が、大人になった。一緒に成人して、結婚するまでに至った。隣で見続けた笑顔が、この先何年も続いてほしい。例え、そこに自分がいなくとも。伏黒は笑った。穏やかで、温かい微笑だった。
「虎杖を愛してくれて、虎杖が愛せる人と出会えたことが、俺は嬉しい…ちゃんと幸せになれよ」
虎杖は伏黒の表情を見て、顔をくしゃりと歪めた。何事だ、と伏黒は一瞬どきりとしたが、すぐに虎杖は笑顔を作る。真っ白な袖で目を擦り、晴れ晴れとした表情で伏黒を見つめた。
「俺のこと好きでいてくれてありがとう。ちゃんと幸せになるよ。伏黒も幸せにならねえと怒るからな」
「言われなくてもわかってる」
二人は笑いあって、待合室を出た。廊下の奥で、背の高い男と茶髪の女が手を振っている。虎杖と伏黒はそちらの方へ歩いて行った。結婚式が始まるまで、あと四十六分。
今日は虎杖の結婚式だ。三人の中で誰が一番先に結婚するか、なんて話をしていた時期が懐かしい。結局、一番先に結婚したのは釘崎だった。同業者で、気の合う男を見つけたらしい。結婚式での親友の沙織のスピーチでは、ずっとハンカチを握りしめていた。今思い出しても、珍しいものを見た、と伏黒はふっと笑みを零す。
釘崎の結婚式の帰り道、虎杖と伏黒は「どっちが先に結婚できるか」と笑っていた。結婚レースに乗り遅れたのは、伏黒だけだ。駆け抜けた青春の日々より、ずっと遠くに来てしまった。それでも、今こうして生きていられることが奇跡だろう。呪術師はいつ死ぬかわからない。ましてや、死亡して遺体が残るケースの方が少ないのだ。苦悩が多い任務をこなしていきながら、帰れる場所があるというのは、大きな救いだろう。自分の帰りを、待ってくれている人がいる。これほど有り難いことはない。伏黒はゆっくり目を閉じる。いつか来る死刑の日より、虎杖が誰かとの幸せを選んだことが、伏黒は嬉しかった。
待合室のドアがキィと音を立てて開く。反射的に顔を向けると、真っ白なタキシードを着た虎杖が立っていた。目を見開いて、キョロキョロと部屋の中を見渡している。
「アレッ?釘崎と五条先生は?」
「まだ来てない。先輩たちは暇だからその辺グルグルしてるって」
「そっか。なんか忙しいのに悪いな。伏黒も仕事入ってたんじゃねえの?」
申し訳なさそうに微笑む虎杖に、伏黒は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「あのな、俺も釘崎も先生も、オマエから話聞いた時から、この日だけは死んでも空けとくって決めてたんだよ」
「死んだら来れねえだろ。でも、ありがとな。来てくれて」
照れ臭そうに笑う虎杖が、伏黒の目には世界一幸せそうに映る。何年も前から、それこそ、虎杖と初めて会った時から、伏黒は虎杖の幸福を願っていた。姉や虎杖のような善人が、平等に幸せになれることこそ、伏黒の呪術師として生きる理由だからだ。しかし本当は、それだけではない。
伏黒が虎杖に向き直る。虎杖は「どったの?」と首を傾げた。学生時代から、虎杖の素直さは何一つ変わらない。伏黒はおもむろに口を開いた。
「オマエに言っておきたいことがある」
「え、なに」
「俺はずっと、オマエが好きだった」
「…うん?」
丸い両目が、驚きで点になっていた。伏黒は思わず笑いそうにるのを堪え、話を続ける。
「なんで好きなのかなんて、上手く説明できない。もしかしたら、恋なんかじゃなかったかもしれねえ。でも、オマエには幸せになってほしかった。俺には、オマエを幸せにできる自信がなかったんだ。だから、」
溢れ出る感情を、ぐっと堪える。あの日、死刑を逃れるために死刑まで走り続けた少年が、大人になった。一緒に成人して、結婚するまでに至った。隣で見続けた笑顔が、この先何年も続いてほしい。例え、そこに自分がいなくとも。伏黒は笑った。穏やかで、温かい微笑だった。
「虎杖を愛してくれて、虎杖が愛せる人と出会えたことが、俺は嬉しい…ちゃんと幸せになれよ」
虎杖は伏黒の表情を見て、顔をくしゃりと歪めた。何事だ、と伏黒は一瞬どきりとしたが、すぐに虎杖は笑顔を作る。真っ白な袖で目を擦り、晴れ晴れとした表情で伏黒を見つめた。
「俺のこと好きでいてくれてありがとう。ちゃんと幸せになるよ。伏黒も幸せにならねえと怒るからな」
「言われなくてもわかってる」
二人は笑いあって、待合室を出た。廊下の奥で、背の高い男と茶髪の女が手を振っている。虎杖と伏黒はそちらの方へ歩いて行った。結婚式が始まるまで、あと四十六分。
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