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稲穂


春の嵐の日、昼間とは思えない真っ黒な空を眺めている桑名に出くわした。
畑仕事の最中に雨に降られたらしく、ずぶ濡れで帰ってきたから、篭手切が慌てて風呂を沸かしていたっけ。上がったばかりなのか、髪がまだ少しぬれたままになっていた。
激しい雨はおさまったものの、時折強い風がびゅうと吹いて、その度に窓がガタガタと鳴る。少し遠い雷が、雲の間で光る。
なにしてるの、風邪ひくよ。という言葉が、なぜか出てこなくて、その横顔をぼんやりと見ていた
「雷が多い年は、稲が豊作だって言うよね」
ふいに、桑名がそう言って、こちらを見る。
濡れた髪の間から、普段は見えない黄金色の瞳が私を射抜いて、その口元が、弧を描く。
私は雷に打たれたように、返事の仕方も、身体の動かし方も、呼吸の仕方さえも、わからなくなってしまって、ただじっと、その目を見返した。
きっと、時間にすれば一瞬で、彼の視線はまた空に戻っていく。私は呼吸の仕方を思い出して、気付かれないように、息を吐く。

私はあの瞬間、神様に出会ったのだと思う。
目を閉じると、まぶたの裏に稲妻が走る。

春の嵐のように、強く私の心をゆさぶって、あっという間に遠ざかっていった私の神様は、今日ものんびりと畑と向き合っている。
私はあの日から、稲穂みたいな黄金色が、頭の片隅にしみついて離れないというのに。



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