かたばみ
所用で本屋に寄った際、ふと目に止まった絵本を買った。桑名へのお土産にと思って。
渡したときも嬉しそうだったけど、数日後、私の部屋を訪ねてきた彼はもっと嬉しそうだった。
聞けば、この本が大層気に入ったそうだ。
主もぜひ読んで! と言われたので、わかった、時間がある時に読むねと言ったら、そういっていつまでも読まないでしょうと、痛いところをつかれた。
私という人間は、少々ワーカホリックなところがあり、自分で買ってきたくせに、絵本なんぞ読んでる時間はないというのが本音であった。
刀たちは自らの主のことをよくわかっている。
桑名はどうしても私に読んでもらいたいらしく、ついには今日の夜、寝る前に読んであげるよ、などと言い出した。
さすがにそれは断ろうかと思ったが、桑名江はあれで案外1度決めたことは貫き通す性格なのだ。私も、それくらいはわかっていたので、諦めてその申し出をうけた。絵本を読み聞かせてもらうなんて、小さな子どもの時以来だ。
そうして、普段寝るにはだいぶ早い時間に彼はやってきて、私を布団へと追い立てた。私はやりかけの仕事を諦めて、布団に潜り込む。
桑名は傍らにあぐらをかくと、私にも絵が見えるように、本を畳の上で開いた。私は枕の上で頬杖をついて、それをのぞき込む。
「ぼくは、コナラの木。ぼくの下には、土がある。」
それは、大きなコナラの木が、自分を育ててくれた土がどのように生まれたのかを語る物語だった。
桑名のやわらかく、穏やかな声は、太く根を張る大木そのものに思える。
「ほんのひとかたまりの土の中に、地球のすべての人間より もっとたくさんの小さな生きものがいる。 そのひとつひとつが、みんな、息をしている。」
その心地良さに、私は字面を追うのを意識的にやめて、挿絵を眺めつつ、静かに耳を傾けた。
水が、ゆっくりと土に染み込むように、桑名の声が、私のなかに染み込んでいく。
「今、ここにある土は、ここだけの土。まったく同じ土は、世界中どこにも、ない。この土には、長い、長い時間と、たくさんのいのちが、ぎゅっとつまっている」
最後の1文を、聞いたか聞かないかのうちに、私は眠りの世界に落ちていった。
「おやすみ、主」
大きな手が、私の頭をそっと撫でていったような気がした。
その夜は、ふかふかの土と落ち葉の上で、桑名と寝っ転がって、空を眺める夢を見た。
風と、陽の光と、湿った土の匂い。ああ、これは夢だと気付いて、目が覚めたら久しぶりに、桑名といっしょに裏の山を歩きたいなあと思った。
絵本引用
「地球がうみだす土の話」
大西健夫・龍澤 彩 文/西山竜平 絵
福音館書店 2021
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