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ミモザ


最近、同じ授業をとってる桑名くんといっしょにラーメン屋に寄るのが定番になっている。
私たちが普段通っているのは緑あふれる広大な敷地を有したキャンパスなのだけど、週に一回だけ、大都会の真ん中にある別校舎に授業を受けに行かなければいけない日がある。
その辺りはラーメン激戦区で、お昼時ともなれば行列ができる有名店がひしめいている。私は週に1度その中から気になるお店を見つけてはラーメンを食べるのを楽しみにしていて、いつの頃からか、同じ授業をとっている桑名くんもいっしょに行くようになっていた。
正直、桑名くんはラーメンみたいに「体に良くなさそうだけどおいしい」ものを好んで食べるイメージがないのだけれど、前にそう言ったら、僕だって普通にラーメンくらい食べるよと笑われてしまった。でもやっぱり、特別好きってわけじゃないみたいなので、どうして付き合ってくれるのか、不思議ではあった。まあ、私は一人で食べるよりは二人で食べて、感想とか言い合える方が楽しいから、ありがたいのだけど。
夕飯にはまだ少し早い時間なので、店内はそれほど混雑してはいなかった。カウンター席に並んで座って、ラーメンが出てくるのを待つ間、厨房の様子を眺める。良いラーメン屋の店員さんの動きは素早く、ひとつも無駄がなく、見ていて楽しい。
「校舎がこっちなら、もっと色んな店のラーメン食べられるのになあ。やっぱり都会はいいよね」
「そお? 僕は、向こうの校舎が気に入ってるけど。ここは、畑をつくるには狭すぎるしね」
農学部の桑名くんは、日がな1日を大抵大学の畑や研究室で過ごしている。敷地だけは有り余っているキャンパスの中には、畑やビニールハウスがあって、農学をこよなく愛する桑名くんにとっては天国のような環境なのだろう。
「私は経済学部だもん。むしろ広すぎて移動は大変だし、虫はすごいし、いい事ないよ」
文学部や法学部は都会の真ん中にあるくせに、なぜか私の所属する経済学部は、田舎校舎に取り残されている。入学前からわかっていたことではあるけれど、家から近いという安易な理由で選ぶんじゃなかったなと思う時もある。
「あーぁ、うちの学部もこっちに移動にならないかなあ」
「えー。そしたらあんまり会えなくなるよ」
何気ないその言葉に、少しどきっとした。なんと答えるべきか迷った一瞬の間に、ラーメンが出てきて、返事をするタイミングを逃してしまった。
「いただきます」
桑名くんは、食べる前必ずきちんと手を合わせる。箸の持ち方もきれい。でも大きな口に食べ物が消えていくさまはどこか豪快さがあって、私はそれを横目で見るのが好きだった。
改めて、どうして私たちは毎週のようにいっしょにラーメンを食べているのだろうかと思った。最初は授業がかぶっていて、近くの席に座ったのが始まりだったはずだ。それから会うと話すようになって、なんだか会う回数が増えて、いっしょに課題をやったり、畑を見せてもらったり、ごはんを食べに行ったり、桑名くんのお家に遊びに行ったり、なんだかんだ最近は毎日のように会って、話しをしていて。いつの間にか、いつの間にかこんなに距離が近くなっていたことに、なぜか今日、今のタイミングで気付いてしまった。
大好きなラーメンの味が、よくわからない。

気もそぞろなまま、店を出て、駅までの道のりを歩く。日が沈み始めていて、2人分の影が長く伸びる。
「どうしたの」
隣を歩く桑名くんが、足を止めて言った。私は急に止まれず、二三歩先で彼の方を振り返る。
「なにが?」
「さっきから何も言わないから」
「そうかな」
「そうだよぉ。いつもならラーメンの感想とか、いっぱい言うのに」
ラーメンの味がわからなかったのだから、感想など言えるはず無かった。私は、うまい言い訳も思いつかず、かと言って、さっき気付いたばかりの事実について言及する気にもなれず、まごついてしまう。
「僕、なんかした?」
「え、違うよ」
「じゃあ何」
桑名くんの、遠慮がちな問いかけに、慌てて答えると、容赦のない追求が飛んできて、また返答に詰まる。
桑名くんは、分からないことを分からないままにしない。納得できるまで追求してくる。そういう人だ。
分が悪すぎて、私は「にげる」のコマンドを脳内で選択した。
「なんでもない。ちょっと考え事してただけ。桑名くんには関係ないよ。早く帰ろ、遅くなっちゃう」
「待ってよ」
踵を返しかけた私の腕を、桑名くんが掴んだ。熱い、大きな手。驚いて、振り返ると、彼はひどく真剣で、思い詰めた様子で、私は急に胸がどきどきし始めて、今すぐここから逃げ出したい気持ちになる。
「関係ないって、なんなん」
「離してよ」
「やだ」
桑名くんの手は緩むことなく、しっかりと私を掴んでいた。振りほどくことは出来たかもしれない。でも、私からそれをするのは躊躇われた。ただ、胸が痛くて、たまらなくて、桑名くんを見ていられなくて、力無く俯く。
桑名くんは、動揺した様子で、ごめん、と言って、腕を掴んでいた手をそっとゆるめて、今度は私の手を取った。大きな手がやさしく触れて、指先がじんじんして、身体がばらばらになってしまうんじゃないかと思う。
「……離さないよ。最初から、離すつもりなんてないから」
心臓が、握りつぶされたみたいにきゅうと痛んで、逃げ場を失ったことに気付く。というか、最初から、にげるなんていうコマンドは無かったのだと思った。




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