やきにくとアイス、あるいは夏の季語について
ボーナス出たからみんなにご馳走します、と主が言い出して、びっくりしたけど、嬉しかった。
全員で外食は難しいから、何回かに分けて行くらしい。江のみんなで相談して、焼肉を食べに行くことになった。
俺にとっての焼肉は、本丸のみんなとホットプレートで肉を焼くことで、焼肉屋さんという場所には行ったことがない。
本丸でやる焼肉もおいしいけど、やっぱり炭火で焼くと全然違うよ、と桑名が言うので、すごくワクワクしながら当日を迎えた。
主が審神者になる前、よく行ったという焼肉屋さんは、たくさんの人で賑わっていた。人数が多いから、横に長くて、焼き網が2箇所ある席に通される。網の下には穴があって、赤く燃える炭が入れられている。
こちらの網はおまかせください!って篭手切が胸を張って言ったけど、主が篭手切は肉焼くのに夢中で食べなくなるからダメ、そっちは桑名にまかせて私の隣に座んなさい!と、猛烈に主張するから、主、篭手切、桑名、豊前の並び、向かい側に俺、雨さん、松井の順になった。
さ、好きな物好きなだけ頼んでいいよ、と主が言うから、お金足りるのかな?って少し心配になったけど、渡されたメニューに「食べ放題」って書いてあったから、安心した。
肉の種類を聞いても、何が何だかさっぱりだ。雨さんは、とりあえず上カルビを食べておけば間違いありません、だって。主が、暴論だ!ハラミ派もいるのに!、って言ったら雨さんは、これは和泉守兼定の受け売りです、と言った。主は、そういうとこあるよな〜……とぶつぶつ言ってる。
でも豊前が、俺も上カルビに賛成!と手を挙げ、何だかんだカルビが1番だと思う、と松井も手を挙げるから、主は、わかったよ!とりあえず上カルビ食べよ!と店員さんを呼ぶボタンを押した。
雨さんが、それぞれの食べたいものをさっさと確認して、店員さんに伝えてくれる。
豊前と桑名はビール、松井と主はレモンサワー、篭手切はウーロン茶を頼むみたい。雨さんはお酒を飲むのか聞いたら、やめておきます、今日は肉と米に集中したいので、って言うから、俺も同じウーロン茶にした。
雨さんは結構真剣に焼肉が好きみたいだ。
頼んでいたものがきて、早速主が率先して焼いてくれる。篭手切は、みんなの肉の焼き具合の好みを完璧に把握していて、ぱっぱと皿にのせるタイミングを指示する。
合間に、あなたも食べるんだよ!?と主が度々言って、篭手切の皿にも肉をどんどんのせていく。篭手切は世話焼きだし気が回りすぎるから( 俺なんか一緒にいるといつも頼っちゃう)、主も心配なんだと思う。とうの本人は、世話を妬かれるのは慣れてないのか、少しはにかんだように食べてますよ!と笑っていた。
主と篭手切が一生懸命焼いてくれるから、俺は特にすることがない。目の前で焼ける肉を眺めていると、いい頃合でお皿にのせてもらえる。至れり尽くせりだ。
口に入れると、ホットプレートで焼いたのとは全然違う、香ばしい味がして、思わずくぅ〜と声が漏れる。
肉、最高。
例え明日お腹が痛くなってもいい。今日はめいっぱい食べるぞ!という気持ちになった。
雨さんが、追加オーダーのために店員さんを呼ぶから、主がもう頼むの!?早くない!?と狼狽えたけど、いいえ、頭、このペースで無ければ間に合いません、とキッパリ言う。ちなみに雨さんは一切トングには手を出さない。焼くのは専門外らしい。
豊前がビールを煽って、ぷは〜!とジョッキを置く。清々しい飲みっぷりだ。
主が、あー、豊前がビール飲む動画ほしい、松井撮っといて!、と頼むと、松井が肉をほおばりながら無言で自分の端末を起動した。妙に連携が取れてるのは、これが初めてじゃないからだ。
主はことあるごとに俺たちのなんでも無い様子を動画で残したがる。何にするのか聞いたら、疲れた時に見るんだよと言っていた。特に豊前に関しては松井も自分用にするためか協力的なので、たくさん撮れているらしい。
肉を飲み込んだ松井が、豊前、もう1回と言うから、豊前は笑って残りのビールを一気に煽って、ぷは〜!うめぇ!って言う。豊前は、篭手切のレッスンで、ファンサが板に付いてきたんじゃないかな。俺だったらカメラ回されてあんな風には出来ないや。
松井は無言で録画を止めると、主に送っておいたよ、と言って、また肉を食べるのに戻っていった。主は仕事が早い!と喜んでいる。
そういえば松井もまったくトングは触ってない。たぶん食べるの専門なんだと思う。
桑名はちゃっちゃと肉を焼きながら自分もすごい勢いで食べてるし、気付いたら石焼ビビンバまで頼んでた。
大きなスプーンでかきまぜると、じゅうじゅうと良い音がする。
美味しそうだなぁと思って見てたら、はい、と小皿に取り分けたビビンバが差し出されてびっくりした。
驚きつつも、ありがとうと受け取ると、もうひと皿入れて、主に差し出す。
主は、え!なんで私がビビンバ食べたいってわかったの!?と驚いていた。えぇ?普通に食べたそうにしてたから……だって。桑名ってそういうとこあるんだよなぁ。
取り分けてもらったビビンバも、すっごく美味しかった。
結局、牛タン、上カルビ、上ハラミ、ホルモンなどなど、あれこれ食べて、いい加減お腹がいっぱいになってきた。
ラストオーダーが近いです、と時計を見ながら雨さんが言う。
あ、締めにクッパ食うわ、と豊前が言い出して、じゃあ僕は冷麺にする、と松井が続き、では私も、と雨さん。桑名も、さっきビビンバ食べてたのに冷麺も食べようかなぁって言ってる。主はほんとみんなよく食べるねぇと関心していた。主は結構前からもう離脱して、焼く係に徹している。
俺も食べたかったけど、さすがにお腹が悲鳴を上げているので、やめておいた。雨さんが、冷麺いっしょに食べましょう、と言ってくれて、嬉しかった。
さんざん飲み食いして、店を出る。主がお会計をしてくれてる間に、豊前と桑名がコンビニでアイス買う相談を始めた。まだ食べるのかと驚いたけど、確かにデザートが欲しい気もした。
お会計を済ませた主が出てきて、ごちそうさまでした〜と全員で頭を下げる。みんなを労う会なんだからいいんだよ、と主が笑った。
じゃ、コンビニでアイス買って帰ろうぜって豊前が言って、まだ食べるの!?と主は若干引いていた。
コンビニでアイスを買って、ちょっと行儀が悪いけど、食べながら歩く。
豊前はスイカバー、篭手切はアイスの実、桑名はジャイアントコーン 、松井はあずきバー、俺も結局我慢できなくて、雨さんとパピコを半分こしてもらった。
主はさすがにもう食べれないと言って、俺たちのアイスを買って、自分は麦茶を買っていた。
俺と、雨さんと、主で並んで、静まり返った住宅街を、ぶらぶらと歩く。豊前と桑名と松井と篭手切は、少し前を歩いている。この先に、本丸へ帰るためのゲートがあるらしい。
「なんだかすごく、夏休みって感じだなぁ」
スイカバーとメロンバーにはスイカもメロンも入っていないという話で盛り上がる前の四人を眺めながら、主がぽつりと呟く。なつやすみ?と問いかけると、頷いて言う。
「そ。この時期って、学生は長い休みなんだよね。小学生から、長い人だと16年間、繰り返し。だからかわかんないけど、もう大人なのに、この時期らしい雰囲気感じると、ついつい夏休みだなぁって思う」
湿った空気とか、虫の声とか、スイカバーとか、麦茶とかさ。そう、主が言うから、ふーん、と答えて、少し考えてみる。
主が夏休みを連想するもの。その記憶は俺にはないけど、なんとなく、去年の夏、本丸のみんなでスイカ割りをした時のことを思い出す。
それってさ、口を開くと、主と雨さんがぱっとこっちを向くから、なんだか気恥ずかしくなって、一瞬言葉に詰まる。
「……いや、あのさ、いつか、去年やったスイカ割りとか、今日の焼肉とか、アイスとかが、俺にとってもそうなるのかなって思ったら、なんだか季語だな、って」
思っちゃった、と、的外れなことを言っている気がして、語尾が曖昧になる。うん、ごめん、よくわからないこと言った、と言い訳みたいなことを言ってしまう。
でも、雨さんはがしっと俺の手を取って、わかりますよ、雲さん、と目をきらきらさせた。
俺はびっくりして、目を瞬かせる。
主もうんうん、と頷きながら、言った。
「そうだね、季語って、思い出の中にあるものなのかもしれないね 」
「その通りです。美しい季節を知るからこそ、たったひとつの言葉が、無限に広がる景色を想起させる」
だから、私たちは今、私たちの季語を見つけたのですよ、と、雨さんが笑った。焼肉は、夏の季語ですね、と。
そうか、そっかぁ、とこぼしたきり、気の利いた事は言えなかったけど、自分の思ったことがちゃんと伝わったことが嬉しくて、頬が熱くなった。
「おーい、主!花火買って帰ろうぜ!」
「いいね〜。帰ってみんなでやろうか。山ほど買って帰らなきゃ」
「じゃあもう1回コンビニですね」
豊前の呼び掛けに、主が答えて、端末でコンビニを探す篭手切に、小走りで追いつく。
その後ろ姿を見ながら、花火、嬉しいなぁと思う。きっとそれもまた、俺たちの季語になるんだろう。
そう思ったらなんだか楽しくて、心が浮き立つ。俺は雨さんと目を見交わして、みんなに追いつくために駆け出した。
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