一話「邂逅」
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「大方『上京してきたは良いけど、もう疲れました』って感じか?こんな馬鹿みてぇに騒がしいご時世だってのに、まるでこの世の終わりみてぇな面してるぜ」
恐らく彼は、その疲れきった私が怒りだすのを期待して煽っている。しかしこれから私は死ぬのだと言うのに、感情の昂りを見せる訳にはいかない。感情を向けるというのは、コイツに興味関心があるということが分かってしまうから…「死」に対して、躊躇いが生まれてしまうから。
「は、はぁ…当たりですが」
「名前は」
「…羽賀、羽賀弥生」
「羽賀ちゃん、ね」
男はそんな私の葛藤なんて知らないで煙草を吸って、何かしらの思考を巡らしているようだ。
数秒の沈黙を経て、私はまどろっこしいやり取りは勘弁だと言わんばかりに再び踵を返し、フェンスに背を向ける。きらびやかなネオンが、星の代わりに瞬いているような夜景が酷く愛しく思えた。
ここから落ちたら痛いのだろうか。そんなことを考えてしまい、落ちるよりも先に恐怖で気絶して落下してしまいそうだ。両親や親友へ遺言じみた手紙は送ったし、身辺整理はしてきた。物理的な未練は断ち切ってきたはずだった。しかし、今はどうだ。あの男と幾度か会話を交わしただけで、多少感情的になってしまっただけで、躊躇うようになってしまっている。
「ねぇ、あなたは私に何が言いたくて話しかけたの」
今度は振り返らずに問い掛けてみる。正直言うと、今、彼の表情を伺うのが怖かったから。きっと彼はオモチャを見つけた子供のように…いや、そんな純粋ではないだろうが、それでも確かに笑っているのだろう。
「いや、なに。お前みたいな小娘でも捨てちまえるような安い命なら、俺はもっと賢く使い捨ててやれるって事を言いに来ただけだ」
「なるほど。それは取り引き?」
「取り引きってよりかは、捨て猫を拾う気分だな」
ははぁなるほど、捨て猫。言い得て妙な表現の仕方にクスっと笑ってしまった。ガシャン、と無造作に背後のフェンスを掴む。掴んで、乾いた塗装や埃で手が汚れるのも厭わずに私は登り始めた。飛ぶ高さを稼ぐ訳ではなく、そのままフェンスを乗り越えて屋上の床に足を下ろすために。素足を久しぶりの安定した地面に着けると、思わず安堵の息を漏らした。そして風に煽られてぐしゃぐしゃになった髪型を手早く結び直しながら、すっと顔を上げる。目の前にはフェンス越しではない彼が、案の定笑いながら私を見つめていた。
「私のこと、使ってくれるんですよね。」
「あぁ、なんなら指切りでもして約束してやろうか?」
「そんな契約紛いなこと、意味ないですよ」
ヘラヘラとおどけるように言ってみせる男の名前は「佐川」と言うらしい。胡散臭く、どこか信用ならないこの男に拾われた私が、これからどんなことを体験することになるのか。それはきっと、その時の私にしか分からないのだろう。
恐らく彼は、その疲れきった私が怒りだすのを期待して煽っている。しかしこれから私は死ぬのだと言うのに、感情の昂りを見せる訳にはいかない。感情を向けるというのは、コイツに興味関心があるということが分かってしまうから…「死」に対して、躊躇いが生まれてしまうから。
「は、はぁ…当たりですが」
「名前は」
「…羽賀、羽賀弥生」
「羽賀ちゃん、ね」
男はそんな私の葛藤なんて知らないで煙草を吸って、何かしらの思考を巡らしているようだ。
数秒の沈黙を経て、私はまどろっこしいやり取りは勘弁だと言わんばかりに再び踵を返し、フェンスに背を向ける。きらびやかなネオンが、星の代わりに瞬いているような夜景が酷く愛しく思えた。
ここから落ちたら痛いのだろうか。そんなことを考えてしまい、落ちるよりも先に恐怖で気絶して落下してしまいそうだ。両親や親友へ遺言じみた手紙は送ったし、身辺整理はしてきた。物理的な未練は断ち切ってきたはずだった。しかし、今はどうだ。あの男と幾度か会話を交わしただけで、多少感情的になってしまっただけで、躊躇うようになってしまっている。
「ねぇ、あなたは私に何が言いたくて話しかけたの」
今度は振り返らずに問い掛けてみる。正直言うと、今、彼の表情を伺うのが怖かったから。きっと彼はオモチャを見つけた子供のように…いや、そんな純粋ではないだろうが、それでも確かに笑っているのだろう。
「いや、なに。お前みたいな小娘でも捨てちまえるような安い命なら、俺はもっと賢く使い捨ててやれるって事を言いに来ただけだ」
「なるほど。それは取り引き?」
「取り引きってよりかは、捨て猫を拾う気分だな」
ははぁなるほど、捨て猫。言い得て妙な表現の仕方にクスっと笑ってしまった。ガシャン、と無造作に背後のフェンスを掴む。掴んで、乾いた塗装や埃で手が汚れるのも厭わずに私は登り始めた。飛ぶ高さを稼ぐ訳ではなく、そのままフェンスを乗り越えて屋上の床に足を下ろすために。素足を久しぶりの安定した地面に着けると、思わず安堵の息を漏らした。そして風に煽られてぐしゃぐしゃになった髪型を手早く結び直しながら、すっと顔を上げる。目の前にはフェンス越しではない彼が、案の定笑いながら私を見つめていた。
「私のこと、使ってくれるんですよね。」
「あぁ、なんなら指切りでもして約束してやろうか?」
「そんな契約紛いなこと、意味ないですよ」
ヘラヘラとおどけるように言ってみせる男の名前は「佐川」と言うらしい。胡散臭く、どこか信用ならないこの男に拾われた私が、これからどんなことを体験することになるのか。それはきっと、その時の私にしか分からないのだろう。