午前二時、蒼天堀にて。
金に物言わせれば全てが手に入る…そんな高度経済成長の真っ只中だかなんだか知らないけれど、憎たらしい上司が居るのはいつの時代も変わらないものなのかも知れない。
一年前に上京して就職したため、彼氏は居ない。なんなら一緒にランチ！とか浮かれられるような友達も居ない。大学卒業間近の私が、今のこんなに草臥れた私を見たら絶望するだろう。
「夜風に当たりたかった」と言えば聞こえは良いが、私が今立っているのはビルの屋上…の、フェンスを越えた先。自分の行動力に、思わず苦笑いが漏れる。ピョン、と一回跳ぶだけで二十年若の人生にお別れできるのだ。
秋の終わり、冷たくて排気ガスで薄汚れた空気で肺を満たす。そっと目を閉じてみる。走馬灯紛いな思い出は、疲れきった脳裏には過らなかった。その代わり、聞き覚えのない男性の声が呼び掛けてくる。
「おい。ンな所で何やってんだ？」
「え」
聞き間違えたのだろうか？こんな夜中に、ましてやこんな場所に人が居るなんて。内心首を傾げながら振り返ると、やはり人が居た。辺り一帯がネオンでギラついているから、多少の姿形は判別できる。
いかにも、なダブルの茶色のストライプスーツを見て、相手の職業を察した。しかし彼から視線は反らさず、じろじろと値踏みするように観察は続ける。白髪混じりの短髪、年季の入った顔に貼り付けられたのは人の良さそうな笑み。左手はポケットへ、空いている右手には火を着けて間もないタバコ。
「何やってんだ…って見ての通り、自殺する寸前なので構わないでいただけますか」
「ふーん？お前みたいな若いのが自殺ねぇ」
納得したような、納得していないような曖昧な返事。ため息を飲み込んで、フェンス越しに視線を交わしてみると、今度は向こうが私を観察する番だった。