たった一言が言えなくて


あの日から、浅桐を見る目が変わった。いつもなら浅桐に対して出来たことも、つい躊躇ためらってしまうことが多くなった。改めて、恋というものを実感させられる。出来ないことが続くと思うと苦しく感じられた。早くなんとかしたいが、この苦しさの名前も治す方法すら知らない俺は自室でうなり声をあげた。明日こそはいつも通り出来ることを願い、机の明かりを消して寝ようとした。が、何故か今日だけ寝付けなかった。

今日は珍しく、朝から浅桐の姿を見ることはなかった。いつもの道で会うだろうと思ったが、会わなかった。朝早いんだなと思いつつ学校へと向かった。教室のドアを開けると、いつも一緒にいる女子達がこちらを向いて驚いている。その内の1人が俺を指差して、手鏡を渡してきた。
「戸上、目の下にくま出来てるよ」
借りた手鏡で目の下を確認すると、あんまりよくわからなかった。
「ん?そうか??」
「まぁ…ほんのり、って感じだからパッと見ではわからないでしょ」
「ほんのりとなら、良しか」
そう言うと彼女は机を叩いた。なんでそうなるのよ!!と怒りながら。
「顔良いんだから少しは気にしなよ〜!好きな子出来た時に困るから!くまは!!個人的に!!」
「うっ……そうか、ありがとう。気を付けておくよ」
「どういたしまして!」
彼女との会話を終え、窓際にある自分の席へ座って頬杖をついた。好きな子が出来た時…それがどうしても気になってしまう。こんな顔で浅桐に会えば、どんな顔をするのだろうか。心配する?何もない?いくら考えても答えは出ない。モヤのかかった俺の心とは裏腹に、ふと見上げた空は眩しい程に、雲ひとつない晴天だった。いつかこんな日が来るのだろうか。そんな風に思いながら、眩しすぎる光を隠すように手で覆った。この行動が浅桐にしている事と似ている。そんな考えが浮かんだ時、決心がついた。
「……必ず、向き合ってみせる」
騒めく教室、誰にも聞かれない声で、1人呟いた。
太陽の光で照らされたノートと目がくらんで見にくい黒板。いつもならすぐカーテンを閉めるが、今日だけは何故だか開けておきたい気分なのだ。書きにくい板書も終わりボーっと外の方を見ていると、浅桐達のクラスが一種の集合体のような感じでグラウンドに出てきた。この時間帯での体育はどのクラスもなく、あったとしても朝からはやらない。何をするのか皆目見当がつかないので、少しの間見ていようと思った。

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