初めての感情
夕暮れの空、時刻はまだ5時にも満たない。もう冬かと思わせるような寒さの中、俺たち4人は家路を急ごうとはしていなかった。三津木と佐海、浅桐に俺。ヒーローになってからというもの、色んなことが立て続けに起こった。それを経てなのか、今となればそれなりに上手くいっていると思っている。
今日もたわいない話をしていると、突然佐海の足が止まった。頭を抱え、何かを思い出したようだが顔が青ざめて見えた。
「どうしたの?良くん」
三津木が心配そうに声をかけると、佐海は何かに怯えるように
「あー…課題の提出期限が、今日までだったなぁ〜…と」
そう言われてから少し間が空いて、
「「「いやいやいや」」」
3人の息がピッタリと合った。いつもは首を突っ込まない浅桐でさえも声を上げた。しっかりした子だと思っていたが、たまに抜けているところがあると思うと可愛らしかった。
「俺、学校戻って出して来ます!!!」
「僕も行って来ます、良くんを1人にはしたくないので!」
慌てて学校へと駆けて行く佐海と、付き添いで追いかけて行った三津木。本当に仲が良いんだな、2人は。そんな風に思いながらも、俺は浅桐と共に帰ることとなった。浅桐は相変わらずだなと呆れながら言っていたが、その言葉に俺は温かみを感じた。
息を吐くと、白いのがはっきりと分かるくらい空は暗くなり、辺りの街灯がチカチカと光り始めた。2人が学校へ行った後、何も話さないまま家路を進んで行った。この歳になっても、まだ話題づくりには苦戦する。改めて考えるとますます分からなくなっていった。結局、悩んだ末何も話さないことにした。そしてふと浅桐の方へと視線がいった。軽い気持ちで見た、ただそれだけだった、はずなのに。
マフラーからはみ出した髪の毛、冷たい風にあたって鼻と耳が赤くなっている。細くて長い、かじかんでいるだろう両手を口に当て息で温めている。両手から溢れた息は白くなった。その様子を見ていると、段々身体全体が熱くなった。風にあたって冷えているからか?そうだと思った。しかしそれなら、どうしてこんなにも鼓動の音が、全身に響き渡るくらいに高鳴っているのだろうか。もしこれが強化の副作用ならば、もっと前からあったはずだ。では一体この感情は、なんだ?今まで浅桐を何回も見てきたが鼓動はここまで速くなかった。それなのに、どうして。
「どうした宗一郎、そんなにオレを見てよ」
浅桐の一言で、俺は暴走しかけた心を静ませられた。
「…なんでもないさ」
平然を装うことが、こんなにも苦しいとは考えたこともなかった。
「そうか」
ホッとしたように微笑んだ顔が、一層俺の心を締め付けた。苦しい、でも痛い訳ではない。こんな時の対処法はどこにころがっているんだろう。そんなことを思いながら、一歩一歩足を踏み進めた。
寮に着くまで、鼓動の高鳴りは鳴り止まぬことを知らなかった。
俺たちが帰ってから数分後、三津木と佐海は息を切らしながら帰ってきた。走って来たんだろうなと思いながら玄関まで行き、こう言った。
「おかえり、2人とも」
「たっ、ただいまぁ…」
佐海は息は上がっているものの、元気はありそうだった。だが、一方の三津木はほぼ抜け殻状態に近かった。たまたまその場に居合わせた敬にも手伝ってもらい、2人の部屋へと連れて行った。