第2話 それぞれの思惑
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アデリナはエルヴィンを連れ立って執務室の前に来た。
早く開けて、と急かすようにエルヴィンを見上げる。
「私の部屋には鍵すら付いてないわ」
「と言っても、ここの鍵は奴らに簡単に開けられてしまうほどお粗末なものだがな」
エルヴィンは鍵を穴に入れながら困ったように眉を下げる。
「確かに。返す言葉もないわ」
「さあ、入ってくれ」
きっちりファーランの手によって再び施錠されていた鍵はカチャリと音を立てて解錠された。
エルヴィンは扉を押し、アデリナを先に通した。
アデリナをソファーに座らせると奥の執務机に向かった多く積まれた書類を一通り眺めると、踵を返しアデリナの向かいに腰を掛けた。
「何を見ていたの?」
「今回もきっちりと寸分の狂いもなく同じ場所同じ角度で、荒らした痕跡すらうまく隠している」
「なるほど…。やり慣れてるわね」
髪を耳にかけると複雑な顔をした。
「ああ、そうだな。…紅茶を出そう」
「ああ……構わないで。本当にお茶を出してもらおうだなんて思っていないわよ。あなたがまだ話足りなさそうだったから、着いてきただけよ」
エルヴィンは頷くとアデリナの前にカタンと音を立てて見覚えのある書類を差し出した。
「これは…さっきのよね……?」
「ああ。そうだ。ロヴォフの不正証拠がこの資料に残されている」
紐を解き、転がすとずらりと書き連なった文字が露になる。
アデリナはそれを一瞥すると眉を寄せてエルヴィンに視線を戻した。
「こんな難しい話はあなたの得意分野じゃない。私に見せられても何も出来ないわ」
憲兵にでも任せれば?とアデリナは肩をすくめた。
だが、エルヴィンは首を振った。
「この男は俺達調査兵団の壁外調査を妨害したいらしい。金をくすねるためにな。だが、これをうまく利用すれば我が調査兵の軍資金確保に多いに役立つと踏んでいる」
「うーん、言っていることは判るわ…。それで私はどうすればいいの?」
「君にはこの書類を時が来るまで預かっていて欲しい」
「え?私が?」
何故、とアデリナは大きな瞳を瞬かせた。
「まさか一番近くにいる人間が隠し持っているとは思わないだろう」
「そんな大切な物を私が持っていて大丈夫なの?」
「ああ。君の事は信頼しているし、例え力付くで奪われそうになっても君ならあっという間に撃退してしまいそうだしな」
心配しているアデリナを余所にエルヴィンは軽く笑い飛ばす。
「あなたが持っていてもそう簡単に盗られるとは思わないけど?」
先ほどのやり取りを思い返せば返すほど、そんな失態を犯すとは思えなかった。
「新たな陣形を通してからというもの、忙しくてね。出歩く度に持ち出すのも大変なんだ。部屋に置いておけば先の通り奴らはすぐに不法侵入してくるしな」
「…」
「受け取ってくれるか?」
「……ええ。分かったわ。私が厳重に保管する」
「あと、これは元々君に渡すつもりだった奴らについての報告書だ。この一件を除いて、他の新兵と同じように評価してもらえれば良い。あと、これは次の壁外調査の配置について記載されている。目を通して意見をもらいたい」
「えっ、ちょっと…」
ドサドサといくつかの書類を渡されアデリナは目を丸くした。
「一緒に持って帰ってくれ」
「…ああ、この荷物はそのためのフェイクね」
自身の手元に乗せられた荷物を見てアデリナは納得をする。
この重要書類を持ち帰る際に目立たなくするためわざと渡されたことに気がつく。
だが、どれも実際に提出しなければならないものばがりだった。
「この事を知るのは私達2人だけよね」
「ああ、そうだ。総統は元より団長にも知らせていない」
「そう。なら良いわ。まぁ、1つ心配なのは私とあなたは違う班なのに、最近はフラゴン分隊長よりも顔を会わせてるってことかしらね」
アデリナは溜め息をつきながらソファーにもたれ掛かる。
「ハハハ、そうだな。それは怪しまれるに値するな」
「まあ、聞かれれば適当に密会だとでも言えば良いかしら?」
「それは、また違った誤解を招きそうだが…」
「この狭苦しい兵舎内に男女がひしめき合っているんですもの。ひとつやふたつ浮わついた話が持ち上がるものよ。良いカモフラージュじゃない。それとも何?私とじゃ不満かしら?」
ソファーに預けていた背中を起こし、ローテブルに肘を置いて頬杖をつくと拗ねたように目を細めてエルヴィンの顔を見た。
「いいや…。とても光栄だ」
エルヴィンはフッと笑いを溢すとアデリナの真似をして頬杖をつく。
近づいた顔を背けるようにしてアデリナは再び背中をソファーに預けた。
「心にもないこと言わないで」
「難しいお嬢様だな、君は」