第5話 すれ違い
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「あれ?どうしたんだいアデリナ」
エルヴィンに抱えられたアデリナの腕はだらりと垂れ下がり熟睡していた。
声を掛けたハンジはそれぞれの紅潮した顔からすぐに状況を把握した。
「あーあ、アデリナだいぶ飲んだみたいだね」
「ああ。土産までちゃっかり持ち帰っている」
エルヴィンは左手に持っていた酒瓶を揺らした。
「酔っ払ったら随分可愛らしくなるでしょ」
ニヤニヤと顔が緩んでいるハンジにからかわれている事が分かったエルヴィンは苦笑いした。
「可愛いってものじゃないさ。気性の荒い連中に絡んでいったり、自分の身を売りに出そうとしたり……」
「えー!?そんなことしてたの?エルヴィンがいたから安心しきってたんじゃない?」
そう言われて満更でもない顔をしたエルヴィンにハンジは吹き出す。
「どっちから誘ったの?」
「アデリナが誘ってくれた。……結局私は何一つ飲み食い出来ていないがな」
「へぇ、珍しいね。彼女、滅多に自分から誘ってお酒飲まないよ。何かに悩んでいる時か、ストレス発散したい時くらい」
どっちだろうね、とハンジは意味深に笑う。
考え込み始めたエルヴィンにハンジは背を叩く。
「はい。これあげるからアデリナを寝かしに行ってあげなよ。流石に腕やられるよー」
紙袋に入ったパンを渡され、アデリナの部屋の方向に手の甲で払われる。
「そうだな」
だが、執務室を与えられていないアデリナを男のエルヴィンが女子部屋に連れていくわけにも行かず、自身の執務室へと連れて行くことにした。
ソファに寝かし、着ていたジャケットをそっとかける。
「んん、エルヴィン……?」
虚ろな瞳で見上げられ、エルヴィンは優しく髪を撫でる。
「悩みがあるなら聞くぞ」
ボーッとした瞳をゆっくりと瞬かせ、静かに口が開く。
まだ、半分夢の中のようだった。
「…………与えられた仕事をこなせている気がしないの」
「リヴァイ達の教育係のことか?」
「……もう、仲間なのに。仲間だと思っているのに……私だけが独り歩きしてるような気がして、悲しい」
眉を下げ顔が歪む。
悩ませてしまっているのは自分のせいでもある。
彼らの真の目的を教えたのも、その目的である書類を預けたのも全てエルヴィンの判断。
現に今もアデリナが持つ鞄の中にはその書類が入っている。
休みの時にまでその重荷を背負わせているのだ。
いつもは見せない弱い姿を見ていると、抱き締めたい衝動に駆られるが、何とか気持ちを押さえ込み自分よりも小さな手を優しく包み込む。
「そんなことはない。前にも言ったが、君のしていることは間違っていない。きっと、彼らはアデリナがこれまで教えてきたことがどれだけ大切なことだったのか気づくはずだ。この間君と喧嘩してしまった時は彼らの事を悪く言ったが、皆頭の悪い者ではない。大丈夫だ」
「そう、かしら……。ハンジにも馴れて来たんじゃないかって、言われたの。素直に嬉しかった……。本当にそうだと良いなって、思うの」
酒が入っているせいか、随分と感傷的になっているアデリナの頭をまた撫でる。
気持ち良さそうに目を瞑ってから、アデリナは手を伸ばしてエルヴィンの手を頭から離す。
いつものように子供扱いしないでと返される覚悟をしていたが、アデリナはスッとその手を口元に近づけた。
手の甲に柔らかい唇が触れる。
そのままエルヴィンの手を頬に擦り寄せ、口は弧を描く。
驚いたエルヴィンは声を発することも出来ず、されるがまま。
おそらくアデリナには他意はない。
社交界に出ると当たり前にする行為で、尊敬や敬愛の意味を形として示しているだけだ。
アデリナから規則正しい呼吸が聞こえてきた頃、やっとエルヴィンの意識が戻って来た。
キスをされた手の甲からじんじんと痺れるような感覚と熱を帯びる。
「本当に、男をその気にさせるのが上手いな……」
エルヴィンは紅潮した顔を落ち着かせようと深く息をついた。
ここが執務室でなければ、理性はとうの昔に飛んでいたかもしれない。
何とか理性を繋ぎ止めている自分を誉めながら、ずれたジャケットをアデリナに掛けなおす。
名残惜しいが、ずっと手を繋いでいるわけにもいかず、そっとアデリナの手から自分の手を引き抜く。
「これくらいは許してくれ……」
そう囁くと、アデリナの前髪を優しく掻き分け額にキスを落とした。
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