第4話 心の変化
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夕方エルヴィンの執務室にノックの音が響く。
ゆっくりとした丁寧さを感じる音にエルヴィンは顔を上げた。
「アデリナか?今開ける」
立ち上がったエルヴィンは扉を開け、ぎこちなく微笑むアデリナの顔を見つめた。
「お疲れ様、エルヴィン」
道を開けるとアデリナは静かに部屋へ入ってくる。
昨日の一件以降顔を合わせるのは初めてになる。
まだ少し気まずさが後を引いているようだった。
「昨日はごめんなさい。泣くなんて反則よね」
「俺の方こそ攻め立てるようなことをして……いや、この話はもうよそう。もう済んだ話だ」
フッと笑みを溢したエルヴィンがアデリナの頭に手をのせる。
「そうね。昨日仲直りしたんだもの」
「ああ。これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそ。…どうしていつもノックだけで私だと分かるの?」
エルヴィンの手を頭から退かせながらアデリナはエルヴィンを見上げて質問をする。
子供扱いしないでと言う意味を含まれたいつも通りのアデリナの行動に思わず苦笑を溢す。
「みんなのノック音を把握してるの?」
「いや。まさか。君のは特徴的で、…分かりやすいだけだ」
「あら、ノックってそんなに特徴を出せるものだったの?気がつかなかったわ」
アデリナだから覚えられただけであって、本当に特別とても特徴的かと言われればそうとも言えない。
現に控えめなノックをする者は大勢いるし、これは希だがハンジのように殆ど殴るようにノックする者もいる。
だが、音だけで判断出来るのはアデリナだけであることはエルヴィンも今気がついた。
「ああ。…それなりにな」
自分が気になる女性のノックだけ把握するような男だとは思ってもみなかった。
アデリナにもそう思われるのが嫌で適当に取り繕っておく。
「用があったんじゃないのか?」
アデリナの腕にか変えられた巻き紙に視線を向けて、ソファーに座るよう促す。
「そう、本題を忘れるところだったわ」
ソファーに腰掛けたアデリナは巻き紙をいくつかエルヴィンに渡す。
「あなたからの宿題。やって来たから提出しに来たの」
「…ああ、あの日渡した資料だな」
向かい側に腰を掛けたエルヴィンは資料の中身を広げ、軽く目を通してから頷き受け取った。
「索敵陣形だけど、やっぱり私はリヴァイ達と同じところが良いと思うの…」
「…何故だ?」
フラゴン率いる班は新人のリヴァイ達がいることを考慮し中列に配置されている。
だが、同じ班であるはずのアデリナだけはエルヴィンと同じ後列中心の司令塔に当たる部隊に配置されていた。
別配置になる予定であることは事前に目を通していたこの資料で知っていたからリヴァイたちにもそう伝えたのだが、やはりそうしたくはなかった。
「リヴァイ達はまだ入団して間もないわ。巨人に遭遇したときの事を考えると新人3人も引き連れて行くのはフラゴン分隊長や他のメンバーが辛いんじゃないかと思って」
声を出さずに考えるエルヴィンにアデリナはダメかしら?と首をかしげる。
「それも考えた。だが、君には大事なものを預けてある。近くに配置するのはな」
「壁外調査の間だけあなたが持っていれば?」
「アデリナ。それは君だから預けたものだ。君が今ここにいる誰よりも生存率が高いと思っている。リヴァイたちの手に渡るのはどうしても阻止したい。この調査兵団のためにはな」
エルヴィンは立ち上がり、アデリナが来る前に湧かし始めていたお湯をティーポットに注ぐ。
「ほんと、みんな私の事を買いかぶり過ぎなのよ。あなただって私から見ればここにいる誰よりも生き残る確率が高いわ」
「俺の生存率を上げているのはアデリナの討伐数に比例してだと思っているよ」
ティーカップをアデリナの前に差し出すと、そのままアデリナの隣りに腰を下ろす。
紅く揺らめく紅茶を口に含んだアデリナはまだまだね、と冗談ぽく悪態をつく。
「まあ、御託を並べたが、一番の理由は君がこの索敵陣形の司令塔の役割を把握することだ。団長も言っているが、君の指揮能力は高い。もし俺が死ぬことになっても君がいれば指揮を執れる」
「…冗談でもそんなこと言わないで」
アデリナの瞳が揺れるのをエルヴィンは静かに見つめた。
「この世界に足を踏み入れてしまった以上、いつでも死と隣り合わせだ。万が一の事を考えなくてはならない。無論、俺だって早々に死ぬ気はないさ」
「……分かったわ。私も覚悟をしなくちゃいけないのよね。今までラッキーだっただけ。多くの仲間を失ったのも事実。たまたま私たちじゃなかっただけだもの。本当に、私って考えが甘いわね」
「そんなことはない。君は人のために多くを考えられる優しい人だよ」
エルヴィンの指がアデリナの頬を撫でる。
「…っ、」
くすぐったそうに身動ぎ顔をしかめるアデリナ。
「あなたって、そんなにスキンシップの多い人だったかしら?」
「…そういう日もある」
「……?そういうものなの?」
正直なところを言うと昼頃ハンジに言われた「自分から構ってもらえば」という言葉を気にしていた。
それも悪くない、と思ったのは事実だった。
「エルヴィン分隊長も人の子ということね」
「ハハハ、そういう事だな。こっちの資料は後でゆっくりと目を通させてもらうよ」
「ええ。お願い」
ご馳走さま、とカップをずらしたアデリナはソファから立ち上がる。
座ったままのエルヴィンの頬にスッと手を当て微笑んだ。
「また明日。良い夢を」
すぐに離れて言ったアデリナの小さな手。
そのまま何事もなかったかのようにアデリナが出ていった扉を見つめたまま、エルヴィンは暫く動けなかった。