Lesson 1
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寝覚めると、陽だまりの中にいるように身体が温かかった。
カーテンから漏れた清潔な朝の光が、半助の顔を射る。
半助は薄目で枕元の置時計を見た。
蒲鉾板くらいの大きさしかない、ホワイトカラーのシンプルなデジタル時計が示す時刻は八時七分。
朝はゆっくりできる。
もう少しだけこの微睡みに浸ろうと、半助は再び目を瞑った。
「……」
瞼の裏に焼き付いた、昨日会った少女の顔。
暗闇の中にそれが浮かび上がった途端、今までに感じたことのない狂おしいほどの思慕が押し寄せてくる。
どくどくと鼓動が乱れた。
「はぁ……」
恋煩いの溜息を漏らした半助はうつ伏せになり、腕を伸ばしてスマートフォンを取った。
親指を忙しく動かしているのは、連絡手段として欠かせないアプリ、RINEのとある画面を開くため。
操作を終えれば、画面に穴が開きそうなくらいに、そこだけを見つめた。
大木空。
プロフィール画面に記載された、彼女の名前を頭の中で何度も復唱する。
(こんな気持ち、初めてだな……)
空を初めて見た瞬間、まるで稲妻にでも打たれたかのような衝撃が全身を貫いていた。
そのせいか、同席していた大木とその弟であるきり丸の顔は霞でもかかったかのようにぼやけていて、ふたりがどんな表情をしていたのかは、あまり覚えていない。
空から告白されたときなんて、身体中の細胞を震わせるほどの喜びがひた走っていた。
あと一歩彼女が遅ければ、まるっきり同じ台詞が自分の口をついて出たことだろう。
彼女も自分を好いていてくれる――そう思えば、手足の隅々まで多幸感に包まれた。
昨日去り際に、
『あの、土井、先生……これからよろしくお願いします』
と空が発した挨拶だけでも、耳朶まで真っ赤になってしまった。
どこか遠慮がちに自分の名を出す姿は初々しかったし、ふっくらとした頬を染める姿にグラグラと心が揺れた。
これまで付き合ってきた女たちがどれだけ着飾って密着して気を引こうとしても、波立つようなときめきは感じなかったのに。
「はぁ……」
茹だった頭で、しかし、手持ち無沙汰な指はつい液晶画面をタップしていた。
プロフィールに使用されたもう一つの写真、背景写真が画面を埋め尽くす。
それを見れば、一発で修学旅行時に撮ったものだとわかった。
学生服姿でポーズを決める空とその友達たち。
彼女たちの隣には、この界隈の学校がこぞって行くであろう旅行先の観光スポット、ディ〇ニーランドのマスコットキャラクターが一緒に映り込んでいる。
(空さんは今年高校一年生。私とは六歳差か……)
これまで付き合ってきたのは年齢の近い女性たちばかり。
ふいに半助は心配になった。
もしかして自分は異様に年下趣味なのではないかと。
慌てて画面を見る。
空と一緒に並ぶ女の子が三人いる。
明るい髪色のパーマがかった、快活そうな子。
ストレートヘアを持つ知的な雰囲気を醸し出す子。
小柄だが、背筋の張った美しい姿勢から、普段から着物に袖を通しているようなお嬢様風な子。
いずれも可愛らしいと思うが、それは保護者の感覚に近い。
空の周りにだけ見えた虹色の輝きを一切感じられなかった。
空だからこそ魅力を感じたのであれば、異常な性癖があるわけではなさそうだ。
ほっとしたら、急にお腹が空いてきた。
何か買い置きあったっけ……。
立ち上がる前に、半助はもう一度手元の携帯電話を見た。
画面の中の少女はカメラ目線なので、じっと見つめれば視線が交錯する。
毎日大木宅へ足を運ぶわけではないから、こうして朝眺めるのが日課となりそうだ。
「それにしても……ほんと、大木先輩と似てないよなぁ」
半助の唇の両端が緩やかに上がった。
***
恋をして得た活力というのは周囲に漏れてしまうらしい。
三時限目の教育心理学の授業が終わると、同級生の女の子たちが一斉に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、今日の半助君さ、いつもと感じ違うね」
「うん。授業中ずっとニヤついてた」
「何かいいことあったの?」
「今日はもう授業終わりでしょ?なら、駅前のスタバでお茶しながら話聞かせてよ」
どうやら授業の内容そっちのけで人間観察に勤しんでいたみたいだ。
それくらい、自分に興味を持っているということだから、多かれ少なかれ自分に好意があるのだろう。
もっと一緒にいたい、とお茶に誘いだす子もいるし……。
今まではそれを良しとしていたけど、胸を張って空と交際できるよう、ケジメをつけなければいけない。
「実はさ、彼女ができたんだ」
臆面もなくそう言うと、彼女たちの表情が凍り付いた。
彼女がいることを自慢げに話したのは初めてだから、今までとは違う、と女の子たちもすぐに気づいたようだ。
「そ、そうなんだ。よかったね」
「ほんとほんと。おめでとう!」
口々に祝いの言葉を送るが、ちっとも狼狽が隠しきれていない。
棒読みだし、顔には「一体、どこのどいつよ!」と書いてある。
「じゃ、また」
がっかりする女の子たちを尻目に、半助はサークル棟を目指して歩き出した。
そこそこ年季の入った学舎と違って、サークル棟は五年前に改築されたばかりの新しい建物だ。
部室だけでなく、防音対策を施された多目的ホール、茶道や華道、邦楽の練習等に使用するための和室、会議室等が設置されていて、他校の生徒が羨むくらい、充実した設備を備えている。
半助は建物に入ると、入口すぐの階段から二階へ上がった。
ワックスが張られたタイル状の長廊下を進めば、最奥の部屋へと行きつく。
ドアの真上には「忍者研究会」という文字が刻まれた表札が掲げてあった。
「あ~あ、歓迎会の店どこにしよう……」
部屋に入るなり、奥にある本棚の裏側から男のぼやき声が聞こえる。
忍者研究会の名に恥じぬよう、息を殺して近づき、物音立てずに上った本棚の上からひょいと顔を出した。
先程の声の主は仰天し、掛けていたイスからずり落ちそうになっっている。
「わわっ……って、もう!びっくりさせないでくださいよ!」
「はは、すまん。でも、随分悩んで考えているな、歓迎会の場所」
「そうなんですよ。丁度良かった。土井先輩、どこがいいと思います?いくつか候補は絞っているんですが……」
そう言って、男が意見を求めてきた。
この男は二学年下の後輩で、名を尾浜勘右衛門という。
明るく適度に羽目も外すちゃらけた一面も持っているが、大学の授業にはしっかり出席しているし、一度も単位を落としたことがない、やることはきちんとやる男である。
我がサークルのムードメーカーの彼は、今年の新入部員をもてなす歓迎会の幹事を務めることになっていた。
「う~ん、そうだな。今年は男子が多く入ってくれたから、あまり落ち着き過ぎた店よりは、賑やかな店の方がいいと思う」
「なら、「からくりや」はどうですかね?」
「いいんじゃないか?あそこなら中も広いから多少騒いでも周りに迷惑かけないし、料理もボリュームがある」
「了解です!じゃあ、今すぐお店に電話いれとかないと。あそこ人気店だし」
そう言って、尾浜はいそいそと部室を出た。
五分ほど経って、彼は上機嫌で部室に戻ってきた。
「先輩、無事予約とれました!いやぁ、今日先輩に会えてよかった。昨日部室に行って相談しようと思ったら、めずらしくお休みされてましたし」
「昨日は、ちょっと大木先輩の家に寄ってたんだ。来週から家庭教師をすることになってね」
「へぇ。家庭教師って、大木先輩の……弟ですか?」
「違う。弟さんもいるけど、勉強を見るのは妹さんの方だ」
「えっ!大木先輩って妹いるんですか!?」
何を想像したのか、尾浜はゲラゲラと笑いだした。
「大木先輩の妹さんって言ったら、そりゃあもう、ゴリラみたいにいかついんじゃないんですか!?だって、あの大木先輩ですよ!妹さんもどこんじょーって叫んだり……な~んて。そんな妹さんの面倒見なきゃいけないなんて、土井先輩も大変ですねぇ!」
尾浜は腹がよじれんばかりに笑っている。
自分とて空と対面するまでは同じような想像をしていたのだから、尾浜を責める立場ではない。
だが、彼よりも早く第三者の気配に気づいたので、このあとどうなるか、彼の末路が目に見えてしまった。
「おい、尾浜ぁ!我が妹を愚弄する気か!」
ライオンのように吠える大木の姿を見て、尾浜の顔がひきつった。
「げげっ!大木先輩、いつからそこに!」
「フッフッフ。いつからそこに、なんて聞くほどワシの気配に気づかんとは、修行が足りんぞ」
「修行が足りんぞ、って本当に忍者じゃないんですから……」
「たわけ!それよりも尾浜。我が妹は断じてゴリラではない!兄自ら言うのもなんだが、目に入れても痛くないほど可愛いぞ。ほれ、」
そう言った雅之助が、まるで水戸黄門の印籠のごとくスマートフォンをかざした。
発言は言うまでもなくだが、妹の写真を持ち歩いている時点で、雅之助は相当のシスコンじゃないか、なんて半助は疑う。
「先輩がそこまで言いきるなんて珍しいですね。へぇ、どれどれ……」
尾浜は画面に首を突っ込んだっきり、動かなくなった。
いや、かすかに身体が震えている。
「こ、これが大木先輩の妹……信じられない!めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!?」
「そうだろう、そうだろう!」
「大木先輩、家庭教師の仕事、なんで俺に振ってくれなかったんですか!?この尾浜勘右衛門が妹さんに懇切丁寧に指導しますのにぃ!」
「いーや、お前のような不埒なヤツではだめだ。いつ何時妹が襲われるかわからんからな」
「大木先輩、ひどい!いくら何でも、さすがに高校生には手を出さないっすよ!」
「うーん、怪しい……」
「ほんとっすよ!信じてくださいよ!」
「がはは。冗談だ。まぁ、とはいえ、最初から半助に任せるつもりだったんだ。なんせ、半助は我がサークルの頭脳、と言わしめるほど頭が切れるからのう」
「確かに、土井先輩は優秀ですもんね……去年の国際忍者学会でもポスター賞を取ってましたし。きっと妹さんの成績もグングン上がりますよ」
「うむ。それを期待しておる。まぁ、半助は意地でもやり遂げないと、自分の首を絞めるだけだからな」
「へ?それってどういう意味ですか?」
目を丸くして問う勘右衛門に、雅之助が自慢げに言った。
「実はな……半助と妹は付き合うことになったんだ。妹の成績を上げる、という条件つきでな」
「……」
尾浜は未だに要領を得ない、と言った顔を半助と雅之助、それぞれに向けてくる。
「あのう、確認しますけど……土井先輩って昨日初めて妹さんにお会いしたんですよね……?」
「ああ、そうだ」
自分の代わりに雅之助が事も無げに伝える。
それを聞いて、尾浜はますます理解に苦しむようで、半助と雅之助を交互に見ながら、ボールのように丸い瞳を奇妙に歪ませた。
カーテンから漏れた清潔な朝の光が、半助の顔を射る。
半助は薄目で枕元の置時計を見た。
蒲鉾板くらいの大きさしかない、ホワイトカラーのシンプルなデジタル時計が示す時刻は八時七分。
朝はゆっくりできる。
もう少しだけこの微睡みに浸ろうと、半助は再び目を瞑った。
「……」
瞼の裏に焼き付いた、昨日会った少女の顔。
暗闇の中にそれが浮かび上がった途端、今までに感じたことのない狂おしいほどの思慕が押し寄せてくる。
どくどくと鼓動が乱れた。
「はぁ……」
恋煩いの溜息を漏らした半助はうつ伏せになり、腕を伸ばしてスマートフォンを取った。
親指を忙しく動かしているのは、連絡手段として欠かせないアプリ、RINEのとある画面を開くため。
操作を終えれば、画面に穴が開きそうなくらいに、そこだけを見つめた。
大木空。
プロフィール画面に記載された、彼女の名前を頭の中で何度も復唱する。
(こんな気持ち、初めてだな……)
空を初めて見た瞬間、まるで稲妻にでも打たれたかのような衝撃が全身を貫いていた。
そのせいか、同席していた大木とその弟であるきり丸の顔は霞でもかかったかのようにぼやけていて、ふたりがどんな表情をしていたのかは、あまり覚えていない。
空から告白されたときなんて、身体中の細胞を震わせるほどの喜びがひた走っていた。
あと一歩彼女が遅ければ、まるっきり同じ台詞が自分の口をついて出たことだろう。
彼女も自分を好いていてくれる――そう思えば、手足の隅々まで多幸感に包まれた。
昨日去り際に、
『あの、土井、先生……これからよろしくお願いします』
と空が発した挨拶だけでも、耳朶まで真っ赤になってしまった。
どこか遠慮がちに自分の名を出す姿は初々しかったし、ふっくらとした頬を染める姿にグラグラと心が揺れた。
これまで付き合ってきた女たちがどれだけ着飾って密着して気を引こうとしても、波立つようなときめきは感じなかったのに。
「はぁ……」
茹だった頭で、しかし、手持ち無沙汰な指はつい液晶画面をタップしていた。
プロフィールに使用されたもう一つの写真、背景写真が画面を埋め尽くす。
それを見れば、一発で修学旅行時に撮ったものだとわかった。
学生服姿でポーズを決める空とその友達たち。
彼女たちの隣には、この界隈の学校がこぞって行くであろう旅行先の観光スポット、ディ〇ニーランドのマスコットキャラクターが一緒に映り込んでいる。
(空さんは今年高校一年生。私とは六歳差か……)
これまで付き合ってきたのは年齢の近い女性たちばかり。
ふいに半助は心配になった。
もしかして自分は異様に年下趣味なのではないかと。
慌てて画面を見る。
空と一緒に並ぶ女の子が三人いる。
明るい髪色のパーマがかった、快活そうな子。
ストレートヘアを持つ知的な雰囲気を醸し出す子。
小柄だが、背筋の張った美しい姿勢から、普段から着物に袖を通しているようなお嬢様風な子。
いずれも可愛らしいと思うが、それは保護者の感覚に近い。
空の周りにだけ見えた虹色の輝きを一切感じられなかった。
空だからこそ魅力を感じたのであれば、異常な性癖があるわけではなさそうだ。
ほっとしたら、急にお腹が空いてきた。
何か買い置きあったっけ……。
立ち上がる前に、半助はもう一度手元の携帯電話を見た。
画面の中の少女はカメラ目線なので、じっと見つめれば視線が交錯する。
毎日大木宅へ足を運ぶわけではないから、こうして朝眺めるのが日課となりそうだ。
「それにしても……ほんと、大木先輩と似てないよなぁ」
半助の唇の両端が緩やかに上がった。
***
恋をして得た活力というのは周囲に漏れてしまうらしい。
三時限目の教育心理学の授業が終わると、同級生の女の子たちが一斉に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、今日の半助君さ、いつもと感じ違うね」
「うん。授業中ずっとニヤついてた」
「何かいいことあったの?」
「今日はもう授業終わりでしょ?なら、駅前のスタバでお茶しながら話聞かせてよ」
どうやら授業の内容そっちのけで人間観察に勤しんでいたみたいだ。
それくらい、自分に興味を持っているということだから、多かれ少なかれ自分に好意があるのだろう。
もっと一緒にいたい、とお茶に誘いだす子もいるし……。
今まではそれを良しとしていたけど、胸を張って空と交際できるよう、ケジメをつけなければいけない。
「実はさ、彼女ができたんだ」
臆面もなくそう言うと、彼女たちの表情が凍り付いた。
彼女がいることを自慢げに話したのは初めてだから、今までとは違う、と女の子たちもすぐに気づいたようだ。
「そ、そうなんだ。よかったね」
「ほんとほんと。おめでとう!」
口々に祝いの言葉を送るが、ちっとも狼狽が隠しきれていない。
棒読みだし、顔には「一体、どこのどいつよ!」と書いてある。
「じゃ、また」
がっかりする女の子たちを尻目に、半助はサークル棟を目指して歩き出した。
そこそこ年季の入った学舎と違って、サークル棟は五年前に改築されたばかりの新しい建物だ。
部室だけでなく、防音対策を施された多目的ホール、茶道や華道、邦楽の練習等に使用するための和室、会議室等が設置されていて、他校の生徒が羨むくらい、充実した設備を備えている。
半助は建物に入ると、入口すぐの階段から二階へ上がった。
ワックスが張られたタイル状の長廊下を進めば、最奥の部屋へと行きつく。
ドアの真上には「忍者研究会」という文字が刻まれた表札が掲げてあった。
「あ~あ、歓迎会の店どこにしよう……」
部屋に入るなり、奥にある本棚の裏側から男のぼやき声が聞こえる。
忍者研究会の名に恥じぬよう、息を殺して近づき、物音立てずに上った本棚の上からひょいと顔を出した。
先程の声の主は仰天し、掛けていたイスからずり落ちそうになっっている。
「わわっ……って、もう!びっくりさせないでくださいよ!」
「はは、すまん。でも、随分悩んで考えているな、歓迎会の場所」
「そうなんですよ。丁度良かった。土井先輩、どこがいいと思います?いくつか候補は絞っているんですが……」
そう言って、男が意見を求めてきた。
この男は二学年下の後輩で、名を尾浜勘右衛門という。
明るく適度に羽目も外すちゃらけた一面も持っているが、大学の授業にはしっかり出席しているし、一度も単位を落としたことがない、やることはきちんとやる男である。
我がサークルのムードメーカーの彼は、今年の新入部員をもてなす歓迎会の幹事を務めることになっていた。
「う~ん、そうだな。今年は男子が多く入ってくれたから、あまり落ち着き過ぎた店よりは、賑やかな店の方がいいと思う」
「なら、「からくりや」はどうですかね?」
「いいんじゃないか?あそこなら中も広いから多少騒いでも周りに迷惑かけないし、料理もボリュームがある」
「了解です!じゃあ、今すぐお店に電話いれとかないと。あそこ人気店だし」
そう言って、尾浜はいそいそと部室を出た。
五分ほど経って、彼は上機嫌で部室に戻ってきた。
「先輩、無事予約とれました!いやぁ、今日先輩に会えてよかった。昨日部室に行って相談しようと思ったら、めずらしくお休みされてましたし」
「昨日は、ちょっと大木先輩の家に寄ってたんだ。来週から家庭教師をすることになってね」
「へぇ。家庭教師って、大木先輩の……弟ですか?」
「違う。弟さんもいるけど、勉強を見るのは妹さんの方だ」
「えっ!大木先輩って妹いるんですか!?」
何を想像したのか、尾浜はゲラゲラと笑いだした。
「大木先輩の妹さんって言ったら、そりゃあもう、ゴリラみたいにいかついんじゃないんですか!?だって、あの大木先輩ですよ!妹さんもどこんじょーって叫んだり……な~んて。そんな妹さんの面倒見なきゃいけないなんて、土井先輩も大変ですねぇ!」
尾浜は腹がよじれんばかりに笑っている。
自分とて空と対面するまでは同じような想像をしていたのだから、尾浜を責める立場ではない。
だが、彼よりも早く第三者の気配に気づいたので、このあとどうなるか、彼の末路が目に見えてしまった。
「おい、尾浜ぁ!我が妹を愚弄する気か!」
ライオンのように吠える大木の姿を見て、尾浜の顔がひきつった。
「げげっ!大木先輩、いつからそこに!」
「フッフッフ。いつからそこに、なんて聞くほどワシの気配に気づかんとは、修行が足りんぞ」
「修行が足りんぞ、って本当に忍者じゃないんですから……」
「たわけ!それよりも尾浜。我が妹は断じてゴリラではない!兄自ら言うのもなんだが、目に入れても痛くないほど可愛いぞ。ほれ、」
そう言った雅之助が、まるで水戸黄門の印籠のごとくスマートフォンをかざした。
発言は言うまでもなくだが、妹の写真を持ち歩いている時点で、雅之助は相当のシスコンじゃないか、なんて半助は疑う。
「先輩がそこまで言いきるなんて珍しいですね。へぇ、どれどれ……」
尾浜は画面に首を突っ込んだっきり、動かなくなった。
いや、かすかに身体が震えている。
「こ、これが大木先輩の妹……信じられない!めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!?」
「そうだろう、そうだろう!」
「大木先輩、家庭教師の仕事、なんで俺に振ってくれなかったんですか!?この尾浜勘右衛門が妹さんに懇切丁寧に指導しますのにぃ!」
「いーや、お前のような不埒なヤツではだめだ。いつ何時妹が襲われるかわからんからな」
「大木先輩、ひどい!いくら何でも、さすがに高校生には手を出さないっすよ!」
「うーん、怪しい……」
「ほんとっすよ!信じてくださいよ!」
「がはは。冗談だ。まぁ、とはいえ、最初から半助に任せるつもりだったんだ。なんせ、半助は我がサークルの頭脳、と言わしめるほど頭が切れるからのう」
「確かに、土井先輩は優秀ですもんね……去年の国際忍者学会でもポスター賞を取ってましたし。きっと妹さんの成績もグングン上がりますよ」
「うむ。それを期待しておる。まぁ、半助は意地でもやり遂げないと、自分の首を絞めるだけだからな」
「へ?それってどういう意味ですか?」
目を丸くして問う勘右衛門に、雅之助が自慢げに言った。
「実はな……半助と妹は付き合うことになったんだ。妹の成績を上げる、という条件つきでな」
「……」
尾浜は未だに要領を得ない、と言った顔を半助と雅之助、それぞれに向けてくる。
「あのう、確認しますけど……土井先輩って昨日初めて妹さんにお会いしたんですよね……?」
「ああ、そうだ」
自分の代わりに雅之助が事も無げに伝える。
それを聞いて、尾浜はますます理解に苦しむようで、半助と雅之助を交互に見ながら、ボールのように丸い瞳を奇妙に歪ませた。
