わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
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きり丸は虎吉と繁みに潜み、手に汗握ったまま天鬼の戦いを見届けていた。
庄兵衛一味を倒したと分かれば、虎吉に目配せをし、天鬼の許へ駆け寄っていく。
「天鬼さん」
天鬼がほっとしたように一息つく。
先の戦いで、口許を覆った頭巾はとれていた。
「お前たち、どこにも怪我はないか」
「はい……あの、よくおれたちがここにいるってわかりましたね」
「まぁ、色々と……ただ空がいなければ、お前たちを見つけることは困難だった。帰ったら、まず空に礼を伝えてほしい」
そう言われても、きり丸はチンプンカンプンだった。
その間抜けな顔が面白いらしく、天鬼が微笑する。
(今の表情……土井先生だ……)
(ううん、今だけじゃない。おれを助けにきてくれたのだって……)
きり丸の心に何かが芽生えようとしているうちに、虎吉が突然泣き出した。
余程怖かったのだろう。
天鬼はというと、泣き出す子を見て戸惑っているように見えたけれど、やがてこわごわと虎吉の頭に手を伸ばした。
「もう大丈夫だ。安心しろ」
しばらくの間、天鬼は虎吉に寄り添っていたが、やがてその後ろからよろよろと慎太郎が近づいてきた。
「あ、あの……どなたか存じませんが、助けて頂いて」
だが、慎太郎のお礼の言葉を遮るように、天鬼は彼の胸倉を掴んでいきなり殴りつけた。
突然のことに、きり丸は言葉を失ってしまう。
再び地面に伏せて呻く慎太郎に、天鬼が言った。
「私はな……とある場所で教師をしている。この子、きり丸は私の生徒だ。血のつながりはないが、縁あって一緒に暮らしている」
それを聞いて、慎太郎は目を大きくした。
孤児のきり丸に保護者がいるとわかると、己のしでかした罪を痛感したようだった。
「子どもたちを危険な目に遭わせたことは絶対に許せない。けれど、兄想いの妹に免じて……今日のところは勘弁してやる」
慎太郎は地に額をこすりつけて泣き出した。
「俺はなんてことを……すみません、すみません……」
慎太郎にはよんどころない事情があった。
だから、これ以上責める気持ちはきり丸の中に残っていない。
顔に痣の増えた慎太郎を少し気の毒に思ったけれど、同時に胸がすっとした。
天鬼が彼を殴ったのは、自分のことを家族のように大切に思ってくれたからだ。
自分のために怒りをあらわしてくれたことが無性に嬉しい。
(天鬼さん……)
目頭を熱くするきり丸だったが、あることに気づき顔が歪んだ。
「天鬼さん……おれもごめん」
「ん?なぜ謝る?」
「左腕、怪我してる……」
きり丸が腕を指す。
外の暗さで、天鬼が負傷していることに気づかなかった。
「おれのせいだよね。ごめん……」
「私が怪我をしたのは己が未熟だったためだ。きり丸が謝ることではない」
「でも、おれが攫われなけりゃこんなことには……!」
「かどわかされたお前は被害者なんだ。何一つ悪くない」
「天鬼さん……」
「お前が無事で、本当に良かった」
温かい声音でそう言われた瞬間、きり丸の丸い瞳が揺らいだ。
――どうして今の今まで気づかなかったんだろう。土井先生と天鬼さんは同じじゃないか。
ふたりは見た目も性格もまるっきり違う。
けれど、根底にあるものは等しく同じである。
そうでなければ、今ここにいて、血を流してまで自分を守り抜いてくれた天鬼の姿に説明がつかない。
天鬼は半助と違って感情に乏しく、口数は少ない。
不器用で碌にバイトをこなせない姿にも苛々させられる。
けれど、家に帰ってこない自分を心配し、ここへ駆けつけ、凶悪な金貸したちをやっつけて、最後には慎太郎兄妹まで救ってくれた。
優しく、弱き者を助ける姿は半助と何ら変わりない。
そんな天鬼に、散々罵声を飛ばしたことを心底後悔した。
きり丸は涙を堪えながら、血のついた手に触れる。
「きり丸……?」
「天鬼さん、おれが謝りたいことは、他にもあるんだ。今までのことごめん……天鬼さんっていうだけで、おれひどい態度とってた。どうしようもなく毛嫌いして……天鬼さんがどういう人かをちゃんと見ていなかった。理解しようとしなかった……」
溶けだした氷のように、次から次へと涙が溢れ出してくる。
なんと自分は了見が狭かったことか。
過去にこだわり、天鬼のすべてを拒絶したばかりに、本質を見誤ろうとしていた。
天鬼はいつだって自分に対し存分な愛を注ぎ込んでくれていたのに。
天鬼はほんの一瞬目を膨らませたたものの、ゆっくりと首を振った。
「もう気にするな。さぁ、帰ろう。空が心配している」
「天鬼さん……」
きり丸は声をあげて泣いた。
天鬼の温もりから眼を背け続けた自分が、この世の中で最も愚かだと思った。
その後、家に帰ったきり丸は、もう一つの愛情を実感した。
「よかった……きりちゃんが無事で」
空は心配のあまり、夕食はおろか水一滴も喉を通らなかったそうだ。
骨が軋むほど抱きしめられた時は、これまでの自分への行いに後悔がこみ上げてきて、虎吉ばりに泣いた。
その晩、きり丸は夢を見た。
真っ暗闇の中を彷徨っていると、眼前に光が現れる。
光は徐々に人の形となっていく。
「きり丸」
「土井先生!」
夢だとわかっていても、抱き着かずにはいられなかった。
「ごめんな。きり丸。秋休みはバイト手伝うって約束していたのに……どうしても、天鬼への誤解をときたくてな」
「もういいんです。おれ、全部わかっちゃいましたから」
半助が褒めるように頭を撫でてくれる。
微笑みを交わし合ってから腕をほどくと、半助が遠くを見るような目で語り出した。
「あいつは……天鬼は忍術学園を知る以前の……もう一人の私なんだ。帰る家を失い忍として生きたが、いつしか望まぬ任務で苦しみ……でも、忍術学園の皆のおかげで、私は土井半助に生まれ変われたんだ」
そう打ち明けられても、きり丸はさして驚かなかった。
以前、半助はきり丸と同じ身の上だったと告白してくれた。
であるならば、彼の人生が茨の道であったことは想像に難くない。
「他の皆は知らなくてもいい。けれど、空ときり丸には私のすべてを知っていてほしかったんだ」
「土井先生……」
「あいつ……今日やっときり丸の笑顔を見れたって凄く嬉しそうだった。だから、きり丸に一つだけお願いがあるんだ」
「はい。いくらくれる?」
直後、ポカっと高い音が頭に響いた。
ついいつものドケチをやらかしてしまって、半助が顔をおさえている。
「全く。こういうシリアスなときにまでお前ってやつは……」
「いたたた……も、もう冗談ですよ!んで、お願いって、何なんですか?」
聞き返すと、半助がやさしい瞳でじっと見つめてきた。
難しいことを頼まれたらどうしようかと心配になってくる中、ふいに半助の口が開いた。
「天鬼はその……もっときり丸と親しくなりたいみたいなんだ。不器用なやつだけど、残りの秋休み、もう少し天鬼が厄介になってもいいかい?」
きり丸はきょとんとする。
けれど、半助の言ったことが理解できれば、はちきれんばかりの笑顔をつくった。
「はい、もちろんです!だって、おれ……土井先生も天鬼さんも同じくらい大好きだから!」
庄兵衛一味を倒したと分かれば、虎吉に目配せをし、天鬼の許へ駆け寄っていく。
「天鬼さん」
天鬼がほっとしたように一息つく。
先の戦いで、口許を覆った頭巾はとれていた。
「お前たち、どこにも怪我はないか」
「はい……あの、よくおれたちがここにいるってわかりましたね」
「まぁ、色々と……ただ空がいなければ、お前たちを見つけることは困難だった。帰ったら、まず空に礼を伝えてほしい」
そう言われても、きり丸はチンプンカンプンだった。
その間抜けな顔が面白いらしく、天鬼が微笑する。
(今の表情……土井先生だ……)
(ううん、今だけじゃない。おれを助けにきてくれたのだって……)
きり丸の心に何かが芽生えようとしているうちに、虎吉が突然泣き出した。
余程怖かったのだろう。
天鬼はというと、泣き出す子を見て戸惑っているように見えたけれど、やがてこわごわと虎吉の頭に手を伸ばした。
「もう大丈夫だ。安心しろ」
しばらくの間、天鬼は虎吉に寄り添っていたが、やがてその後ろからよろよろと慎太郎が近づいてきた。
「あ、あの……どなたか存じませんが、助けて頂いて」
だが、慎太郎のお礼の言葉を遮るように、天鬼は彼の胸倉を掴んでいきなり殴りつけた。
突然のことに、きり丸は言葉を失ってしまう。
再び地面に伏せて呻く慎太郎に、天鬼が言った。
「私はな……とある場所で教師をしている。この子、きり丸は私の生徒だ。血のつながりはないが、縁あって一緒に暮らしている」
それを聞いて、慎太郎は目を大きくした。
孤児のきり丸に保護者がいるとわかると、己のしでかした罪を痛感したようだった。
「子どもたちを危険な目に遭わせたことは絶対に許せない。けれど、兄想いの妹に免じて……今日のところは勘弁してやる」
慎太郎は地に額をこすりつけて泣き出した。
「俺はなんてことを……すみません、すみません……」
慎太郎にはよんどころない事情があった。
だから、これ以上責める気持ちはきり丸の中に残っていない。
顔に痣の増えた慎太郎を少し気の毒に思ったけれど、同時に胸がすっとした。
天鬼が彼を殴ったのは、自分のことを家族のように大切に思ってくれたからだ。
自分のために怒りをあらわしてくれたことが無性に嬉しい。
(天鬼さん……)
目頭を熱くするきり丸だったが、あることに気づき顔が歪んだ。
「天鬼さん……おれもごめん」
「ん?なぜ謝る?」
「左腕、怪我してる……」
きり丸が腕を指す。
外の暗さで、天鬼が負傷していることに気づかなかった。
「おれのせいだよね。ごめん……」
「私が怪我をしたのは己が未熟だったためだ。きり丸が謝ることではない」
「でも、おれが攫われなけりゃこんなことには……!」
「かどわかされたお前は被害者なんだ。何一つ悪くない」
「天鬼さん……」
「お前が無事で、本当に良かった」
温かい声音でそう言われた瞬間、きり丸の丸い瞳が揺らいだ。
――どうして今の今まで気づかなかったんだろう。土井先生と天鬼さんは同じじゃないか。
ふたりは見た目も性格もまるっきり違う。
けれど、根底にあるものは等しく同じである。
そうでなければ、今ここにいて、血を流してまで自分を守り抜いてくれた天鬼の姿に説明がつかない。
天鬼は半助と違って感情に乏しく、口数は少ない。
不器用で碌にバイトをこなせない姿にも苛々させられる。
けれど、家に帰ってこない自分を心配し、ここへ駆けつけ、凶悪な金貸したちをやっつけて、最後には慎太郎兄妹まで救ってくれた。
優しく、弱き者を助ける姿は半助と何ら変わりない。
そんな天鬼に、散々罵声を飛ばしたことを心底後悔した。
きり丸は涙を堪えながら、血のついた手に触れる。
「きり丸……?」
「天鬼さん、おれが謝りたいことは、他にもあるんだ。今までのことごめん……天鬼さんっていうだけで、おれひどい態度とってた。どうしようもなく毛嫌いして……天鬼さんがどういう人かをちゃんと見ていなかった。理解しようとしなかった……」
溶けだした氷のように、次から次へと涙が溢れ出してくる。
なんと自分は了見が狭かったことか。
過去にこだわり、天鬼のすべてを拒絶したばかりに、本質を見誤ろうとしていた。
天鬼はいつだって自分に対し存分な愛を注ぎ込んでくれていたのに。
天鬼はほんの一瞬目を膨らませたたものの、ゆっくりと首を振った。
「もう気にするな。さぁ、帰ろう。空が心配している」
「天鬼さん……」
きり丸は声をあげて泣いた。
天鬼の温もりから眼を背け続けた自分が、この世の中で最も愚かだと思った。
その後、家に帰ったきり丸は、もう一つの愛情を実感した。
「よかった……きりちゃんが無事で」
空は心配のあまり、夕食はおろか水一滴も喉を通らなかったそうだ。
骨が軋むほど抱きしめられた時は、これまでの自分への行いに後悔がこみ上げてきて、虎吉ばりに泣いた。
その晩、きり丸は夢を見た。
真っ暗闇の中を彷徨っていると、眼前に光が現れる。
光は徐々に人の形となっていく。
「きり丸」
「土井先生!」
夢だとわかっていても、抱き着かずにはいられなかった。
「ごめんな。きり丸。秋休みはバイト手伝うって約束していたのに……どうしても、天鬼への誤解をときたくてな」
「もういいんです。おれ、全部わかっちゃいましたから」
半助が褒めるように頭を撫でてくれる。
微笑みを交わし合ってから腕をほどくと、半助が遠くを見るような目で語り出した。
「あいつは……天鬼は忍術学園を知る以前の……もう一人の私なんだ。帰る家を失い忍として生きたが、いつしか望まぬ任務で苦しみ……でも、忍術学園の皆のおかげで、私は土井半助に生まれ変われたんだ」
そう打ち明けられても、きり丸はさして驚かなかった。
以前、半助はきり丸と同じ身の上だったと告白してくれた。
であるならば、彼の人生が茨の道であったことは想像に難くない。
「他の皆は知らなくてもいい。けれど、空ときり丸には私のすべてを知っていてほしかったんだ」
「土井先生……」
「あいつ……今日やっときり丸の笑顔を見れたって凄く嬉しそうだった。だから、きり丸に一つだけお願いがあるんだ」
「はい。いくらくれる?」
直後、ポカっと高い音が頭に響いた。
ついいつものドケチをやらかしてしまって、半助が顔をおさえている。
「全く。こういうシリアスなときにまでお前ってやつは……」
「いたたた……も、もう冗談ですよ!んで、お願いって、何なんですか?」
聞き返すと、半助がやさしい瞳でじっと見つめてきた。
難しいことを頼まれたらどうしようかと心配になってくる中、ふいに半助の口が開いた。
「天鬼はその……もっときり丸と親しくなりたいみたいなんだ。不器用なやつだけど、残りの秋休み、もう少し天鬼が厄介になってもいいかい?」
きり丸はきょとんとする。
けれど、半助の言ったことが理解できれば、はちきれんばかりの笑顔をつくった。
「はい、もちろんです!だって、おれ……土井先生も天鬼さんも同じくらい大好きだから!」
