わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「きりちゃん、今日も元気がなかったですね」
空の呟きに、天鬼が小さく頷く。
一昨日の朝、「今日は夕飯はいらないから」と報告してくれたときのきり丸は浮き立つ気分を隠せていない様子だった。
慎太郎の家にお招きに預かった――そう聞けば、成程と納得した。
今日は天鬼とふたりで夕食か。
天鬼は相も変わらず表情を読ませないが、きり丸のことが引っかかってるのか、どことなく元気がない気がする。
それなら、夜ご飯は天鬼の好物を沢山用意してあげよう。
内職と針仕事を交互にこなしながら献立を考えていると、あっという間に時は過ぎ、竈の前で夕飯の支度をしていた。
すると、目を瞠ることが起きた。
入口には、帰ってくるはずのないきり丸が立っていた。
「きりちゃん!?」
慌てて駆け寄れば、今日のお呼ばれはなくなった、ときり丸から聞いた。
詳細を尋ねたところ、慎太郎は仕事場に顔を出さなかったらしい。
「最近、朝晩冷え込んできて、風邪流行ってますもんね」
その予想は翌日に確実なものとなった。
あの丈夫な慎太郎が連続で欠勤するなんて雨でも降るんじゃないか。
そう心配した親方が、弟子の菊松を慎太郎の家へ寄越す。
応対してくれたのは妹のお柳だった。
「兄がご迷惑おかけしてすみません。昨日から酷い風邪を引いてしまったみたいで……」
移るといけませんから、と気を遣われ、慎太郎とは面会できなかった。
あの様子だと一週間くらいは床に臥せるかもしれない。
そう菊松は語っていたという。
慎太郎は今日で三日休んだことになる。
初日からずっと目をかけてくれた存在がふっつりと途切れたのが、きり丸にとってたまらなく淋しいようだ。
「……」
行燈の光を頼りに着物を繕っていたが、ここ最近のことを思い返すと急に首のあたりがぞわぞわした。
「はぁ……」
「どうした、空。何か落ち着かない様子だが」
得体の知れぬ不安が天鬼にも伝わったらしい。
しばらく躊躇していた空だが、今の正直な気持ちを打ち明けることにした。
「じ、実はですね……この前、きりちゃんのアルバイト先のことを隣のおばちゃんに聞いたじゃないですか。その日から……なんだか首のあたりがぞわぞわするんです」
「……」
「特に、慎太郎さんの話に出てきた金貸しの庄兵衛って名前を聞くと、なんだか胸騒ぎのようなものを覚えて……以前はあくどい商売人だったっていうのが引っかかってるのかな……」
自信なさげにそう言って、おそるおそる天鬼を見た。
「心配しすぎだな」と一笑に付されることを覚悟していたのに、天鬼は思いの外神妙な顔つきになっていた。
「それは……おそらく勘が働いているのだろうな」
「勘?」
「ああ。虫の知らせとかそういう類のものだ。空も直感している……となると、いよいよだな。実は私も、あの金貸しの話は何か引っかかる」
過去、庄兵衛は借金を払えなくなった代償として、沢山の女子供を家族から引き離し、また世を儚んで自殺した人間を出した。
そんな性悪な人間が権力者に睨まれただけで簡単に堅気に転じたというのがどうにも腑に落ちない――そう天鬼が語る。
彼も同じことを考えたと知って、空はほっとした。
「まぁ、単に杞憂で終わるかもしれないが、万一あの青年が悶着に巻き込まれたら、きり丸が悲しむ」
「天鬼様……」
「ふむ。ひとつ調べてみるとしよう。まずはその兄妹から話を聞いておきたい。きり丸が親しくしている男の顔も拝んでおきたいしな」
***
翌日の昼下がり、天鬼は隣町の大通りを歩いていた。
陽はあたたかいが、吹き抜ける風の冷たさに秋の気配を含んでいる。
(調べてみる……と空の前で誓ったのは間違いだった……)
通りかかった人間の顔がいくつも振り向くたびに、居心地が悪くなる。
というのも、出かけ間際に空にあることを懇願されたからだ。
「町を歩くときは、絶対にこれを着けてください!」
それは某城の忍者隊で着用を義務付けられている赤いサングラスだった。
何故こんなものを持っていたかは知らないが、土井半助ときり丸は幾度も某城と因縁があるから、一騒動あった際に入手したのかもしれない。
「天鬼様が素顔で出歩かれたら危険です!だから、身を守るためにこれを……」
空の言う危険とは、命を狙われたり、怪我を負ったりという類のものではない。女を指している。
以前ふたりで町を歩いた際、どこへ行くにも女たちが纏わりついてきて、空の悋気 が爆発したことがあった。
『天鬼さまは……わたしの!』
町の往来で腕にしがみつかれたときはほとほと参ったが、一方で淑やかな彼女がなりふり構わくなる姿は、健気で可愛らしく、男心をくすぐられた。
一途に愛されている証拠である。
そういうわけで仕方なしにサングラスをつけたものの、周りの人々の視線が痛いほど身に刺さった。
隣のおばちゃんにしたためてもらった地図を頼りに天鬼は歩き進んだ。
目印の油問屋を左に折れると、細い路地に入る。
そこをまっすぐ抜けて、突き当りで右に折れると、慎太郎の住む長屋があった。
日当たりが悪く、板壁は剥がれていて、半助の長屋に比べるとうらぶれて見えた。
「ここだな」
井戸端で話す女房たちに、慎太郎の部屋を尋ねた。
やはりサングラス姿には不審を抱かれるようで、女房達は尋ねられたことだけに答え、逃げるように去っていく。
ここまで着けばもういいだろう、と天鬼は苦々しくサングラスを外した。
一番奥の部屋の前に立ち、中に向かって呼びかける。
「御免。慎太郎殿はいらっしゃるか?見舞いの品を持ってきた」
そう言うと、戸の奥で心張棒を外す音が聞こえた。
中から出てきたのは十三くらいの少女だった。
右目に包帯を巻いていたので、隣のおばちゃんの話のとおり、この少女が妹のお柳に間違いなかった。
「わざわざ兄のためにありがとうございます……ってあら?」
お柳の目がぱちくりとする。
顔見知りの人間ではなかったことに意表を突かれたのだろう。
空に持たされた見舞い品を掲げながら言った。
「私は天鬼と申す。弟のきり丸が同じ親方のところで働いていて……慎太郎殿には随分良くして頂いている。そのお礼を兼ねて今日は参った」
「まぁ、そうでしたか。でも、お礼を言われるほどのことなんて……生憎ですが、兄はまだ風邪の方が思わしくなく……話すのもつらいようで」
お柳が部屋奥の寝具をチラリと見やる。
今日のところは引き下がってほしい。
やんわりと面会を断ろうとしているお柳に、天鬼は小さな疑心を抱いた。
――何か隠している。
「せっかく参ったのだから、どれほど容態が悪いのか見せて頂きたい。事と次第によっては、医者を呼んだほうがいい」
天鬼はお柳の横をすり抜け敷居を跨いだ。
「あ、ちょっと……!」
お柳の制止の声も聞かず、ずかずかと居間まで進み、こんもりと盛り上がった衾 を翻せば、天鬼は自身の中に沸いたばかりの疑念がみるみる凝り固まっていくのを感じた。
衾の下には、雑多な物を詰めて嵩を増した男の着物が置いてある。
慎太郎がさも寝ているように見せかけていた。
「これはどういうことだ?」
天鬼が後ろを振り返る。
ついさっきまでにこやかに応対してくれたお柳の顔が、日を置いた餅のようにかちかちに強張った。
「慎太郎殿はどこだ?一体何があった?」
語気を強めて問い質せば、お柳はもう抱えている秘密を隠し切れないというように、わんわん泣き出した。
空の呟きに、天鬼が小さく頷く。
一昨日の朝、「今日は夕飯はいらないから」と報告してくれたときのきり丸は浮き立つ気分を隠せていない様子だった。
慎太郎の家にお招きに預かった――そう聞けば、成程と納得した。
今日は天鬼とふたりで夕食か。
天鬼は相も変わらず表情を読ませないが、きり丸のことが引っかかってるのか、どことなく元気がない気がする。
それなら、夜ご飯は天鬼の好物を沢山用意してあげよう。
内職と針仕事を交互にこなしながら献立を考えていると、あっという間に時は過ぎ、竈の前で夕飯の支度をしていた。
すると、目を瞠ることが起きた。
入口には、帰ってくるはずのないきり丸が立っていた。
「きりちゃん!?」
慌てて駆け寄れば、今日のお呼ばれはなくなった、ときり丸から聞いた。
詳細を尋ねたところ、慎太郎は仕事場に顔を出さなかったらしい。
「最近、朝晩冷え込んできて、風邪流行ってますもんね」
その予想は翌日に確実なものとなった。
あの丈夫な慎太郎が連続で欠勤するなんて雨でも降るんじゃないか。
そう心配した親方が、弟子の菊松を慎太郎の家へ寄越す。
応対してくれたのは妹のお柳だった。
「兄がご迷惑おかけしてすみません。昨日から酷い風邪を引いてしまったみたいで……」
移るといけませんから、と気を遣われ、慎太郎とは面会できなかった。
あの様子だと一週間くらいは床に臥せるかもしれない。
そう菊松は語っていたという。
慎太郎は今日で三日休んだことになる。
初日からずっと目をかけてくれた存在がふっつりと途切れたのが、きり丸にとってたまらなく淋しいようだ。
「……」
行燈の光を頼りに着物を繕っていたが、ここ最近のことを思い返すと急に首のあたりがぞわぞわした。
「はぁ……」
「どうした、空。何か落ち着かない様子だが」
得体の知れぬ不安が天鬼にも伝わったらしい。
しばらく躊躇していた空だが、今の正直な気持ちを打ち明けることにした。
「じ、実はですね……この前、きりちゃんのアルバイト先のことを隣のおばちゃんに聞いたじゃないですか。その日から……なんだか首のあたりがぞわぞわするんです」
「……」
「特に、慎太郎さんの話に出てきた金貸しの庄兵衛って名前を聞くと、なんだか胸騒ぎのようなものを覚えて……以前はあくどい商売人だったっていうのが引っかかってるのかな……」
自信なさげにそう言って、おそるおそる天鬼を見た。
「心配しすぎだな」と一笑に付されることを覚悟していたのに、天鬼は思いの外神妙な顔つきになっていた。
「それは……おそらく勘が働いているのだろうな」
「勘?」
「ああ。虫の知らせとかそういう類のものだ。空も直感している……となると、いよいよだな。実は私も、あの金貸しの話は何か引っかかる」
過去、庄兵衛は借金を払えなくなった代償として、沢山の女子供を家族から引き離し、また世を儚んで自殺した人間を出した。
そんな性悪な人間が権力者に睨まれただけで簡単に堅気に転じたというのがどうにも腑に落ちない――そう天鬼が語る。
彼も同じことを考えたと知って、空はほっとした。
「まぁ、単に杞憂で終わるかもしれないが、万一あの青年が悶着に巻き込まれたら、きり丸が悲しむ」
「天鬼様……」
「ふむ。ひとつ調べてみるとしよう。まずはその兄妹から話を聞いておきたい。きり丸が親しくしている男の顔も拝んでおきたいしな」
***
翌日の昼下がり、天鬼は隣町の大通りを歩いていた。
陽はあたたかいが、吹き抜ける風の冷たさに秋の気配を含んでいる。
(調べてみる……と空の前で誓ったのは間違いだった……)
通りかかった人間の顔がいくつも振り向くたびに、居心地が悪くなる。
というのも、出かけ間際に空にあることを懇願されたからだ。
「町を歩くときは、絶対にこれを着けてください!」
それは某城の忍者隊で着用を義務付けられている赤いサングラスだった。
何故こんなものを持っていたかは知らないが、土井半助ときり丸は幾度も某城と因縁があるから、一騒動あった際に入手したのかもしれない。
「天鬼様が素顔で出歩かれたら危険です!だから、身を守るためにこれを……」
空の言う危険とは、命を狙われたり、怪我を負ったりという類のものではない。女を指している。
以前ふたりで町を歩いた際、どこへ行くにも女たちが纏わりついてきて、空の
『天鬼さまは……わたしの!』
町の往来で腕にしがみつかれたときはほとほと参ったが、一方で淑やかな彼女がなりふり構わくなる姿は、健気で可愛らしく、男心をくすぐられた。
一途に愛されている証拠である。
そういうわけで仕方なしにサングラスをつけたものの、周りの人々の視線が痛いほど身に刺さった。
隣のおばちゃんにしたためてもらった地図を頼りに天鬼は歩き進んだ。
目印の油問屋を左に折れると、細い路地に入る。
そこをまっすぐ抜けて、突き当りで右に折れると、慎太郎の住む長屋があった。
日当たりが悪く、板壁は剥がれていて、半助の長屋に比べるとうらぶれて見えた。
「ここだな」
井戸端で話す女房たちに、慎太郎の部屋を尋ねた。
やはりサングラス姿には不審を抱かれるようで、女房達は尋ねられたことだけに答え、逃げるように去っていく。
ここまで着けばもういいだろう、と天鬼は苦々しくサングラスを外した。
一番奥の部屋の前に立ち、中に向かって呼びかける。
「御免。慎太郎殿はいらっしゃるか?見舞いの品を持ってきた」
そう言うと、戸の奥で心張棒を外す音が聞こえた。
中から出てきたのは十三くらいの少女だった。
右目に包帯を巻いていたので、隣のおばちゃんの話のとおり、この少女が妹のお柳に間違いなかった。
「わざわざ兄のためにありがとうございます……ってあら?」
お柳の目がぱちくりとする。
顔見知りの人間ではなかったことに意表を突かれたのだろう。
空に持たされた見舞い品を掲げながら言った。
「私は天鬼と申す。弟のきり丸が同じ親方のところで働いていて……慎太郎殿には随分良くして頂いている。そのお礼を兼ねて今日は参った」
「まぁ、そうでしたか。でも、お礼を言われるほどのことなんて……生憎ですが、兄はまだ風邪の方が思わしくなく……話すのもつらいようで」
お柳が部屋奥の寝具をチラリと見やる。
今日のところは引き下がってほしい。
やんわりと面会を断ろうとしているお柳に、天鬼は小さな疑心を抱いた。
――何か隠している。
「せっかく参ったのだから、どれほど容態が悪いのか見せて頂きたい。事と次第によっては、医者を呼んだほうがいい」
天鬼はお柳の横をすり抜け敷居を跨いだ。
「あ、ちょっと……!」
お柳の制止の声も聞かず、ずかずかと居間まで進み、こんもりと盛り上がった
衾の下には、雑多な物を詰めて嵩を増した男の着物が置いてある。
慎太郎がさも寝ているように見せかけていた。
「これはどういうことだ?」
天鬼が後ろを振り返る。
ついさっきまでにこやかに応対してくれたお柳の顔が、日を置いた餅のようにかちかちに強張った。
「慎太郎殿はどこだ?一体何があった?」
語気を強めて問い質せば、お柳はもう抱えている秘密を隠し切れないというように、わんわん泣き出した。
