わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
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翌日。
朝方の洗濯の際、空は隣のおばちゃんと出くわした。
「おはよう、空ちゃん」
きり丸と天鬼の仲をやきもきする中、気さくなおばちゃんの存在には随分と救われている。
ふと空は考えた。
彼女なら、昨日きり丸が話題に出した人物、慎太郎のことを知っているかもしれないと。
意外にも、半助はこの町以外のことにそれほど詳しくない。
忍術学園で住み込みで働く半助は、一年の大半をそこで過ごす。
しかし、この長屋に根を張って暮らすおばちゃんは、自分の町だけではなく、二三先にある町のことまで異常に詳しい。
近隣の町に沢山親戚が住んでいるから、と以前胸を張って自慢していた。
「隣のおばちゃん、もしご存じだったら教えて頂きたいのですが……」
慎太郎の名を出すと、隣のおばちゃんはうんうんと大きく頷いた。
「慎太郎さん、もちろん知ってるわよ。隣町の東四つ角にある材木屋の、あの慎さんでしょ。なかなかのイケメンなのよねぇ。以前、うちの親戚がお世話になって……」
隣のおばちゃんの目が蕩ける。
が、すぐに意地悪い顔で突っついてきた。
「もしかして、空ちゃん彼のファンになっちゃったの?半助から鞍替えしようとしているのかしら」
「ち、違います!私そんなに尻軽じゃありませんっ!」
空は大手を振って否定した。
おばちゃんの悪い癖で、何かにつけては自分と天鬼を弄ってくるのだ。
後ろに控える天鬼の苛つき様が目に浮かぶ。
これ以上、茶化されたら天鬼の機嫌が悪くなると、慌てて言った。
「実はですね……きりちゃん、今そこでアルバイトしているんです」
「なんだ、そういうことだったのね。でも、半助は一安心ね。空ちゃんを他の男に取られなくて済んだんだもん」
ニヒヒ……とおばちゃんがニヤつく。
しつこい弄りに、後ろから天鬼の舌打ちが聞こえたような気がした。
「慎さんはね、ちょっと軽そうなんだけど、意外にも硬派で。妹のお柳ちゃんを幸せにするまで、自分は独身を貫くって言い張ってるのよ」
「そんなに妹さん思いなんですか?」
「ええ。実はね、」
今から五年ほど前、信一郎の家は夜盗に押し入られた。
その際、妹が斬りつけられ片眼を負傷してしまう。
当時妹はまだ小さく三歳。
できるだけ顔に傷を残してほしくないと、兄は莫大な借金まで背負って治療費や薬代を工面した。
その借金を慎太郎が今でも返済しているという。
「とっくにご両親は鬼籍に入っているから、当時十三の慎さんが一家の大黒柱でね。借金を返すには日雇いだけじゃ食ってけないと、今の親方に弟子入りしたのよ。朝から晩まで働いて疲れてるのに、休みの日には他の仕事や内職まで掛け持ちして。その上、酒も博奕も一切やらないし、近所の子どもたちの遊び相手をしているから、一緒に暮らす長屋の女性たちからは大層評判がいいのよ」
妹のために粉骨砕身で働く篤実 な青年。
聞けば聞くほど、好意的な印象しか浮かんでこなかった。
(なんとなく、半助さんに似てるのかも……)
半助の面影漂う青年に、きり丸が懐くのも納得だと思った。
「ほんと苦労人の慎さんだけどね、もうそろそろ年季じゃないかしら?」
「年季?」
「借金の返済期限よ。あの烏金 の庄兵衛から銭を借り入れたと風の便りで聞いたときは相当心配したけど」
「庄兵衛っていうのは……」
「金貸しよ。昔はすっごく評判が悪かったの」
庄兵衛は立派な屋敷まで持つ金貸しで、ここから数えて二つ先の町に住んでいる。
彼は当時、相場以上の利を乗せて商売していた。
それ故、気づいたころには借入額が倍近くに膨れ上がり、返せなくなった客は泣く泣く家族を身売りに出したという。
ただ、阿漕なやり口が目につくようになると、ここら一帯を統治する大名から厳しく咎められ、以降は大人しくなった。
「お灸を据えられたのが効いてるのか、以降は普通の金貸しに戻ってるわ。あの辺は二、三年後に大火事があったから、大分人も入れ替わっていて……こんな古い噂を覚えているなんて年寄りくらいのもんよ。ま、何事もなく終わって、慎さんの暮らしがゆとりあるものになるといいわね……って、あらら、つい長話しちゃったわ。私はそろそろ朝市にいかないと。折角だから空ちゃんもどう?」
「生憎ですが、私は洗濯が済んだら内職があるので……」
「それは、残念。でも、半助は大丈夫よね。荷物に丁度いいわ。ついてきて」
「なっ」
天鬼の返事を聞くより前に、隣のおばちゃんは腕をとった。
「ほら、早く行くわよ!」
「……」
日頃お世話になっている恩があるのか、はたまたマイペースなおばちゃんに諦めたのか、天鬼は大人しくついていった。
(ドブ掃除のときといい、今といい、隣のおばちゃんってすごいなぁ……)
いつぞやか見た光景に苦笑いする。
だが、先ほどの金貸し屋の話を聞いて以降、空は首のうしろのあたりが妙にぞわぞわとしていた。
朝方の洗濯の際、空は隣のおばちゃんと出くわした。
「おはよう、空ちゃん」
きり丸と天鬼の仲をやきもきする中、気さくなおばちゃんの存在には随分と救われている。
ふと空は考えた。
彼女なら、昨日きり丸が話題に出した人物、慎太郎のことを知っているかもしれないと。
意外にも、半助はこの町以外のことにそれほど詳しくない。
忍術学園で住み込みで働く半助は、一年の大半をそこで過ごす。
しかし、この長屋に根を張って暮らすおばちゃんは、自分の町だけではなく、二三先にある町のことまで異常に詳しい。
近隣の町に沢山親戚が住んでいるから、と以前胸を張って自慢していた。
「隣のおばちゃん、もしご存じだったら教えて頂きたいのですが……」
慎太郎の名を出すと、隣のおばちゃんはうんうんと大きく頷いた。
「慎太郎さん、もちろん知ってるわよ。隣町の東四つ角にある材木屋の、あの慎さんでしょ。なかなかのイケメンなのよねぇ。以前、うちの親戚がお世話になって……」
隣のおばちゃんの目が蕩ける。
が、すぐに意地悪い顔で突っついてきた。
「もしかして、空ちゃん彼のファンになっちゃったの?半助から鞍替えしようとしているのかしら」
「ち、違います!私そんなに尻軽じゃありませんっ!」
空は大手を振って否定した。
おばちゃんの悪い癖で、何かにつけては自分と天鬼を弄ってくるのだ。
後ろに控える天鬼の苛つき様が目に浮かぶ。
これ以上、茶化されたら天鬼の機嫌が悪くなると、慌てて言った。
「実はですね……きりちゃん、今そこでアルバイトしているんです」
「なんだ、そういうことだったのね。でも、半助は一安心ね。空ちゃんを他の男に取られなくて済んだんだもん」
ニヒヒ……とおばちゃんがニヤつく。
しつこい弄りに、後ろから天鬼の舌打ちが聞こえたような気がした。
「慎さんはね、ちょっと軽そうなんだけど、意外にも硬派で。妹のお柳ちゃんを幸せにするまで、自分は独身を貫くって言い張ってるのよ」
「そんなに妹さん思いなんですか?」
「ええ。実はね、」
今から五年ほど前、信一郎の家は夜盗に押し入られた。
その際、妹が斬りつけられ片眼を負傷してしまう。
当時妹はまだ小さく三歳。
できるだけ顔に傷を残してほしくないと、兄は莫大な借金まで背負って治療費や薬代を工面した。
その借金を慎太郎が今でも返済しているという。
「とっくにご両親は鬼籍に入っているから、当時十三の慎さんが一家の大黒柱でね。借金を返すには日雇いだけじゃ食ってけないと、今の親方に弟子入りしたのよ。朝から晩まで働いて疲れてるのに、休みの日には他の仕事や内職まで掛け持ちして。その上、酒も博奕も一切やらないし、近所の子どもたちの遊び相手をしているから、一緒に暮らす長屋の女性たちからは大層評判がいいのよ」
妹のために粉骨砕身で働く
聞けば聞くほど、好意的な印象しか浮かんでこなかった。
(なんとなく、半助さんに似てるのかも……)
半助の面影漂う青年に、きり丸が懐くのも納得だと思った。
「ほんと苦労人の慎さんだけどね、もうそろそろ年季じゃないかしら?」
「年季?」
「借金の返済期限よ。あの
「庄兵衛っていうのは……」
「金貸しよ。昔はすっごく評判が悪かったの」
庄兵衛は立派な屋敷まで持つ金貸しで、ここから数えて二つ先の町に住んでいる。
彼は当時、相場以上の利を乗せて商売していた。
それ故、気づいたころには借入額が倍近くに膨れ上がり、返せなくなった客は泣く泣く家族を身売りに出したという。
ただ、阿漕なやり口が目につくようになると、ここら一帯を統治する大名から厳しく咎められ、以降は大人しくなった。
「お灸を据えられたのが効いてるのか、以降は普通の金貸しに戻ってるわ。あの辺は二、三年後に大火事があったから、大分人も入れ替わっていて……こんな古い噂を覚えているなんて年寄りくらいのもんよ。ま、何事もなく終わって、慎さんの暮らしがゆとりあるものになるといいわね……って、あらら、つい長話しちゃったわ。私はそろそろ朝市にいかないと。折角だから空ちゃんもどう?」
「生憎ですが、私は洗濯が済んだら内職があるので……」
「それは、残念。でも、半助は大丈夫よね。荷物に丁度いいわ。ついてきて」
「なっ」
天鬼の返事を聞くより前に、隣のおばちゃんは腕をとった。
「ほら、早く行くわよ!」
「……」
日頃お世話になっている恩があるのか、はたまたマイペースなおばちゃんに諦めたのか、天鬼は大人しくついていった。
(ドブ掃除のときといい、今といい、隣のおばちゃんってすごいなぁ……)
いつぞやか見た光景に苦笑いする。
だが、先ほどの金貸し屋の話を聞いて以降、空は首のうしろのあたりが妙にぞわぞわとしていた。
