わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼休憩の時間になると、一番に湯を沸かす。
虎吉とふたりでお茶を煎じ、職人たちに振る舞ってから、ようやく弁当の包みを開くことができた。
「ああ、疲れた。やっとお昼だー!」
「ほらよ、虎吉」
「ありがとう、きり丸兄ちゃん。うわぁ、美味しそう!」
丸太に座った虎吉の小さな手に、海苔の巻かれた三角おむすびが渡る。
寺住まいの虎吉の昼飯は、握り飯とも呼べないわずかな米の塊と小枝のように細い干し芋だった。
初めて見たときはなんだか昔の自分を思い出してしまって、つい塩水を飲み干したような顔になってしまった。
たまりかねて虎吉のことを話せば、空は多めに昼飯を用意してくれた。
いただきます、と言って口いっぱいに頬張る虎吉を見届けてから、きり丸もおむすびを一口齧った。
ここで働き出してから、時間が過ぎるのが異様に早く感じる。
「はぁ……もうこんな時間なんだな」
思いがけない一言に、虎吉がぎょっとする。
「えっ……きり丸兄ちゃん、そんなにここの仕事が楽しいの?」
「いや、楽しいっていうわけじゃなくて、その……」
「その?」
「……帰りたくないんだ。今の家に……」
きり丸のぼやきに面食らって、虎吉は顔に疑問符を浮かべる。
だが、何を思ったのかその顔がみるみる真っ青になった。
「もしかして、一緒に住んでいる人に暴力されているとか!?」
「え?違うけど」
「じゃあ、意地悪されているの?」
「それも違う」
「ええ~全然わかんないよ!?」
この後虎吉が思いつきの回答を返すが、いずれにもきり丸は違うの一点張りだった。
そのうちに虎吉は当てることを諦めたらしい。
「兄ちゃんも色々あるんだね」と言ったっきり、黙々とおむすびを食している。
きり丸は昨日の晩のことを思い出して、自己嫌悪になっている。
立ち去る前に見た天鬼の顔が、瞼の裏にこびりついている。
表情こそ崩していなかったものの、瞳の奥には悲しみを湛えていた。
天鬼は悪意を込めてあんなことを言ったんじゃない。
自分とてわかっている。
何も忍術学園に入学したからといって、忍者を生業とする必要はない。
現に卒業生の進路は様々で、家業を継ぐ者も多い。
だから、後々にやりたい仕事が見つかれば、その道に進めばいい――と助言したかったのだろう。
また忍者という仕事は高給ではあるが、裏を返せば危険と隣り合わせである。
忍者として幾度も危機を脱してきたからこそ、堅気として生きることを薦めたくなったのかもしれない。
きっと自分の行く末を案じて、そう言おうとした。
けれど、認めていない人間から正論を聞かされようとすれば、耳を塞ぎたくなるものだ。
加えて、唐突に職人になりたいとか軽々しく言う己の一貫性の無さや熱しやすい性格が露呈したようで、急に恥ずかしくなった。
だから、あのときは条件反射のように怒ってしまった。
諍いの余韻を今朝まで引きずった為、空にも悪いことをした。
朝食の時、空はしきりにきり丸を窺っていた。
なのに、神経の尖った自分はハリネズミさながらで、話しかける隙すら与えなかった。
それでも、空は笑顔で送り出してくれた。
ふいに横の虎吉が大きなため息をつく。
きり丸の方を向くと、どこか釈然としない様子で言った。
「やっぱりおれにはわかんないや」
「え?」
「だって、こんなに美味しい料理を作ってくれる人がいて、一緒に暮らせて……面倒見てくれる人がいるんだよね?そんな家に帰りたくないっていうきり丸兄ちゃんの気持ち……おれには全然わかんない」
そう言われて、きり丸ははたと気づいた。
帰る家があるのに、帰りたくないなんて。
おれはいつからそんな贅沢を言うようになってしまったんだろう。
虎吉の言う通りで、自分は特に暴力を振るわれたり無下にされてはいない。
反抗しているのは、むしろ自分の方だ。
保護者面したり、思うようにバイトをこなせない天鬼を蔑ろにしているし、間に入る空にも気を使わせている。
半助のいない寂しさから転じた不満や鬱憤を、周囲に当たり散らしている。
――これじゃ、駄々っ子同然だな。
打ちひしがれる様子に、虎吉も何かを感じ取ったようだ。
「ごめんごめん……おれ事情も知らないのに、変なこと言っちゃったね。今のは忘れて!」
「……」
虎吉の声が入らぬままぼーっとしていると、「よ」と短い声が後ろから降ってきた。
「なんだ?どうしたぁ?」
子どもふたりの間を縫うように入ると、慎太郎はそれぞれの頭をわしわしと掻いた。
「べ、別に何でもないですよ。ねえ、きり丸兄ちゃん」
「そ、そうですよ」
「でも、きり丸の方は陰気臭い顔をしてるぞ。顔になんか悪いモンでも引っ付けたんじゃないのか?そんな面じゃ、福が逃げてくぞ」
慎太郎にぐにぐにと両頬を抓られて、きり丸が叫ぶ。
「もう!やめてくださいってば!」
「はは。それだけ元気なら大丈夫そうだな」
慎太郎はにかっと笑う。
その笑顔を見て、きり丸の荒んだ気持ちがすうっと溶けていく。
「さて、ぼちぼち仕事の準備でもすっか」
一旦は踵を返した慎太郎だったが、何かを思い出したようで、もう一度後ろを振り返った。
「なぁ、坊主たちがよければ、明日仕事が終わってからうちに来ないか?」
「え?」
「晩飯。ごちそうしてやるよ。普段あまりいいもの食べてないんだろう?うちのお柳は料理が上手いんだ。たんと食わせやるよ」
突然のお誘いに口が開いたままのふたりだったが、やがて大きく首肯した。
「決まりだな。じゃあ、明日な」
今度こそ、慎太郎はその場を去った。
「うわぁい!やったー!」
きり丸よりも喜んでいるのは虎吉だった。
普段寺で侘しい食事をしているだろうから、誘われたことも含め、誰かの家で温かい食事をとれることが何よりも嬉しいのだろう。
「慎太郎さんって本当に良い人だよね」
虎吉の呟きに、きり丸は心の中で賛同する。
菊松から慎太郎の事情はあらまし聞いている。
妹の怪我で背負った借金を返すためにあくせく働いている。
本当なら一文だって節約したいはずなのに、ひょんと舞い込んだ子どもたちが可愛いのか、毎日のようにささやかな菓子を買ってくる。
細かいことを気にしない大らか性格で、他人に優しい。
それはやっぱり、きり丸が理想とする大人の像だった。
「明日楽しみだね」
「ああ、そうだな」
きり丸も虎吉も期待に胸を膨らませる。
けれど、ふたりが慎太郎の家に行くことはなかった。
虎吉とふたりでお茶を煎じ、職人たちに振る舞ってから、ようやく弁当の包みを開くことができた。
「ああ、疲れた。やっとお昼だー!」
「ほらよ、虎吉」
「ありがとう、きり丸兄ちゃん。うわぁ、美味しそう!」
丸太に座った虎吉の小さな手に、海苔の巻かれた三角おむすびが渡る。
寺住まいの虎吉の昼飯は、握り飯とも呼べないわずかな米の塊と小枝のように細い干し芋だった。
初めて見たときはなんだか昔の自分を思い出してしまって、つい塩水を飲み干したような顔になってしまった。
たまりかねて虎吉のことを話せば、空は多めに昼飯を用意してくれた。
いただきます、と言って口いっぱいに頬張る虎吉を見届けてから、きり丸もおむすびを一口齧った。
ここで働き出してから、時間が過ぎるのが異様に早く感じる。
「はぁ……もうこんな時間なんだな」
思いがけない一言に、虎吉がぎょっとする。
「えっ……きり丸兄ちゃん、そんなにここの仕事が楽しいの?」
「いや、楽しいっていうわけじゃなくて、その……」
「その?」
「……帰りたくないんだ。今の家に……」
きり丸のぼやきに面食らって、虎吉は顔に疑問符を浮かべる。
だが、何を思ったのかその顔がみるみる真っ青になった。
「もしかして、一緒に住んでいる人に暴力されているとか!?」
「え?違うけど」
「じゃあ、意地悪されているの?」
「それも違う」
「ええ~全然わかんないよ!?」
この後虎吉が思いつきの回答を返すが、いずれにもきり丸は違うの一点張りだった。
そのうちに虎吉は当てることを諦めたらしい。
「兄ちゃんも色々あるんだね」と言ったっきり、黙々とおむすびを食している。
きり丸は昨日の晩のことを思い出して、自己嫌悪になっている。
立ち去る前に見た天鬼の顔が、瞼の裏にこびりついている。
表情こそ崩していなかったものの、瞳の奥には悲しみを湛えていた。
天鬼は悪意を込めてあんなことを言ったんじゃない。
自分とてわかっている。
何も忍術学園に入学したからといって、忍者を生業とする必要はない。
現に卒業生の進路は様々で、家業を継ぐ者も多い。
だから、後々にやりたい仕事が見つかれば、その道に進めばいい――と助言したかったのだろう。
また忍者という仕事は高給ではあるが、裏を返せば危険と隣り合わせである。
忍者として幾度も危機を脱してきたからこそ、堅気として生きることを薦めたくなったのかもしれない。
きっと自分の行く末を案じて、そう言おうとした。
けれど、認めていない人間から正論を聞かされようとすれば、耳を塞ぎたくなるものだ。
加えて、唐突に職人になりたいとか軽々しく言う己の一貫性の無さや熱しやすい性格が露呈したようで、急に恥ずかしくなった。
だから、あのときは条件反射のように怒ってしまった。
諍いの余韻を今朝まで引きずった為、空にも悪いことをした。
朝食の時、空はしきりにきり丸を窺っていた。
なのに、神経の尖った自分はハリネズミさながらで、話しかける隙すら与えなかった。
それでも、空は笑顔で送り出してくれた。
ふいに横の虎吉が大きなため息をつく。
きり丸の方を向くと、どこか釈然としない様子で言った。
「やっぱりおれにはわかんないや」
「え?」
「だって、こんなに美味しい料理を作ってくれる人がいて、一緒に暮らせて……面倒見てくれる人がいるんだよね?そんな家に帰りたくないっていうきり丸兄ちゃんの気持ち……おれには全然わかんない」
そう言われて、きり丸ははたと気づいた。
帰る家があるのに、帰りたくないなんて。
おれはいつからそんな贅沢を言うようになってしまったんだろう。
虎吉の言う通りで、自分は特に暴力を振るわれたり無下にされてはいない。
反抗しているのは、むしろ自分の方だ。
保護者面したり、思うようにバイトをこなせない天鬼を蔑ろにしているし、間に入る空にも気を使わせている。
半助のいない寂しさから転じた不満や鬱憤を、周囲に当たり散らしている。
――これじゃ、駄々っ子同然だな。
打ちひしがれる様子に、虎吉も何かを感じ取ったようだ。
「ごめんごめん……おれ事情も知らないのに、変なこと言っちゃったね。今のは忘れて!」
「……」
虎吉の声が入らぬままぼーっとしていると、「よ」と短い声が後ろから降ってきた。
「なんだ?どうしたぁ?」
子どもふたりの間を縫うように入ると、慎太郎はそれぞれの頭をわしわしと掻いた。
「べ、別に何でもないですよ。ねえ、きり丸兄ちゃん」
「そ、そうですよ」
「でも、きり丸の方は陰気臭い顔をしてるぞ。顔になんか悪いモンでも引っ付けたんじゃないのか?そんな面じゃ、福が逃げてくぞ」
慎太郎にぐにぐにと両頬を抓られて、きり丸が叫ぶ。
「もう!やめてくださいってば!」
「はは。それだけ元気なら大丈夫そうだな」
慎太郎はにかっと笑う。
その笑顔を見て、きり丸の荒んだ気持ちがすうっと溶けていく。
「さて、ぼちぼち仕事の準備でもすっか」
一旦は踵を返した慎太郎だったが、何かを思い出したようで、もう一度後ろを振り返った。
「なぁ、坊主たちがよければ、明日仕事が終わってからうちに来ないか?」
「え?」
「晩飯。ごちそうしてやるよ。普段あまりいいもの食べてないんだろう?うちのお柳は料理が上手いんだ。たんと食わせやるよ」
突然のお誘いに口が開いたままのふたりだったが、やがて大きく首肯した。
「決まりだな。じゃあ、明日な」
今度こそ、慎太郎はその場を去った。
「うわぁい!やったー!」
きり丸よりも喜んでいるのは虎吉だった。
普段寺で侘しい食事をしているだろうから、誘われたことも含め、誰かの家で温かい食事をとれることが何よりも嬉しいのだろう。
「慎太郎さんって本当に良い人だよね」
虎吉の呟きに、きり丸は心の中で賛同する。
菊松から慎太郎の事情はあらまし聞いている。
妹の怪我で背負った借金を返すためにあくせく働いている。
本当なら一文だって節約したいはずなのに、ひょんと舞い込んだ子どもたちが可愛いのか、毎日のようにささやかな菓子を買ってくる。
細かいことを気にしない大らか性格で、他人に優しい。
それはやっぱり、きり丸が理想とする大人の像だった。
「明日楽しみだね」
「ああ、そうだな」
きり丸も虎吉も期待に胸を膨らませる。
けれど、ふたりが慎太郎の家に行くことはなかった。
