わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
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秋休みに帰省してから眉間に皺を寄せていたことが多かったのに。
きり丸の変わり様に、空は目をぱちくりとさせている。
「おかわり!」
天井に掲げられた飯茶碗を、空は苦笑交じりで受け取った。
「最近よく食べるわね」
「うん。今のバイトやってると、すんげえ腹減ってさ」
「農家のバイトの代わり、見つかってよかったね」
「うんうん。『捨てる神あれば拾う神あり』っすね」
きり丸がしみじみとした口調で言う。
随分大人びたことを言うようになったもんだ、と空の口許が綻んだ。
「ねぇ、その新しい仕事ってどんな仕事なの?」
帰省してからのきり丸は、天鬼のことで神経過敏になっているから、なかなか話しかけづらかった。
その上、仕事でくたくたらしく、夕餉をとった後はすぐに布団に直行。
会話する間もないという状況が続いた。
しかし、一週間もすぎると仕事に慣れたようで、どういうわけか不機嫌さも鳴りを潜めた。
今が話を聞く頃合いだろうと話を振ってみたところ、読みは的中した。
ほんの少しつついただけで面白いように返事が返ってくる。
きり丸の職場は隣町にある材木屋で、そこは右官(大工)の仕事も兼務している。
このところ、屋敷を立て直したいというある大名にせっつかれて大きな仕事が舞い込んだのはいいが、人手が全然足りていないのだ。
「それでさ、親方の右腕の慎太郎さんって人がいっつも良くしてくれてさ……」
きり丸の口から慎太郎という男の名が出るとき、頬が紅潮している。
話していくうちに、彼の呼称が慎さんとくだけたものになっていく。
どうやら、きり丸は慎太郎に随分懐いているようだ。
「普段へらっとしてるし冗談ばかり言ってるけど、仕事のときは人が変わったくらいに真面目でさ。昨日からちょっと慎さんの仕事手伝っててさ。鉋を扱ってみたけど、てんでダメで……それに比べて慎さんの鉋捌きはすげえんだぜ!あの鉋捌きみたら、こういう仕事もいいかな、なんて……」
「きり丸」
その一言で場の空気が張り詰めた。
天鬼自らきり丸の話に入ってくるなんて、今の今までなかった。
「新しいバイト先……良い人たちに恵まれているようでよかったな」
「あ、はぁ……」
意外にも温かい言葉をかけられて調子が外れたらしい。
曖昧に返すきり丸に対し、天鬼は話を続けた。
「忍者を目指しているお前だが、職人になりたいと心変わりするのは悪いことではない。それもまた開けた一つの道だ」
言われた側のきり丸は、最初こそ口をポカンとしていたものの、徐々に顔つきが険しくなった。
「そんなことくらい、わかってらい!アンタになんか言われなくても!土井先生でもないのに、おれの保護者面しないでくれ!」
「きりちゃん……!」
「はは~ん、さてはアンタ、おれが忍者に向いていないって暗に言いたいんだな。そうだよそうだよ、優秀な忍者のアンタに比べれば、おれは成績もどんじりだからな!」
「いや、私が言いたかったことはそうではなくて……」
天鬼は続きを言おうとした。
だが、それを遮るようにきり丸が叫んだ。
「忍者に向いていないなんて、土井先生ならそんなこと絶対に言わない!おれのことにいちいちアンタが口を挟むな!」
「ちょっと、きりちゃん!」
空がきり丸の暴走を止めようとするも、
「疲れたんでもう寝ます。おやすみなさい」
と彼の方から幕を閉じて、奥の部屋へと消えてしまった。
「……」
天鬼とふたり、気まずい雰囲気に取り残されると、空は食膳を下げ、静かに洗い物を始めた。
鉛のように重い気持ちを抱えながら、洗い終えて居間に戻れば、奥の部屋から規則正しい寝息が聞こえてくる。
傍らには読書をしている天鬼がいるが、やがてパサッと本が閉じた。
「やれやれ……随分な嫌われ様だな」
「天鬼様……」
どうしてきり丸は天鬼に辛辣な態度をとることをやめてくれないのだろう。
歯がゆさに、空は拳を握りしめる。
だが、今の空の気持ちを推し量るように天鬼が言った。
「別に気にしていない。人間はわかりやすいものに惹かれる生き物だからな」
「わかりやすいもの……?」
「きり丸の話からするに、慎太郎というのは余程気立てのいい男なのだろう……土井半助のように。優しい人間とは誰からも好かれやすいし、自然と多くの人が集まる」
「……」
「花に喩えてもそうだ。春、人の心に響くのは桜だろう?同じ時期に梅の花を愛でるやつなど少ない」
自身を梅の花に喩えて自嘲する天鬼を見ていると、居てもたってもいられなくなる。
「でも、私は好きですよ。満開に咲誇る優美な桜の花も、その横で楚々と咲く可憐な梅の花も」
天鬼に自分を卑下して欲しくない。
空が力強く発した言葉の意味は、そばにいる男に十分に伝わったようだ。
ふわりと優しく肩を抱き寄せられて、こめかみに口付けが落ちた。
とっさのことに空は声も出ない。
紅色の顔で目だけを動かせば、天鬼の悲しげな笑みがあった。
「空はいつだって私の欲しい言葉をくれるな」
首と肩の間の窪みに天鬼の顔が降りてくる。
いくら感情を表に出さずとも、頑として心を開いてくれないきり丸に傷ついているのかもしれない。
――大丈夫ですよ。
天鬼の頭ごと抱えるように抱きしめて、おさまりの悪い跳ねた髪をそっと撫でた。
きり丸の変わり様に、空は目をぱちくりとさせている。
「おかわり!」
天井に掲げられた飯茶碗を、空は苦笑交じりで受け取った。
「最近よく食べるわね」
「うん。今のバイトやってると、すんげえ腹減ってさ」
「農家のバイトの代わり、見つかってよかったね」
「うんうん。『捨てる神あれば拾う神あり』っすね」
きり丸がしみじみとした口調で言う。
随分大人びたことを言うようになったもんだ、と空の口許が綻んだ。
「ねぇ、その新しい仕事ってどんな仕事なの?」
帰省してからのきり丸は、天鬼のことで神経過敏になっているから、なかなか話しかけづらかった。
その上、仕事でくたくたらしく、夕餉をとった後はすぐに布団に直行。
会話する間もないという状況が続いた。
しかし、一週間もすぎると仕事に慣れたようで、どういうわけか不機嫌さも鳴りを潜めた。
今が話を聞く頃合いだろうと話を振ってみたところ、読みは的中した。
ほんの少しつついただけで面白いように返事が返ってくる。
きり丸の職場は隣町にある材木屋で、そこは右官(大工)の仕事も兼務している。
このところ、屋敷を立て直したいというある大名にせっつかれて大きな仕事が舞い込んだのはいいが、人手が全然足りていないのだ。
「それでさ、親方の右腕の慎太郎さんって人がいっつも良くしてくれてさ……」
きり丸の口から慎太郎という男の名が出るとき、頬が紅潮している。
話していくうちに、彼の呼称が慎さんとくだけたものになっていく。
どうやら、きり丸は慎太郎に随分懐いているようだ。
「普段へらっとしてるし冗談ばかり言ってるけど、仕事のときは人が変わったくらいに真面目でさ。昨日からちょっと慎さんの仕事手伝っててさ。鉋を扱ってみたけど、てんでダメで……それに比べて慎さんの鉋捌きはすげえんだぜ!あの鉋捌きみたら、こういう仕事もいいかな、なんて……」
「きり丸」
その一言で場の空気が張り詰めた。
天鬼自らきり丸の話に入ってくるなんて、今の今までなかった。
「新しいバイト先……良い人たちに恵まれているようでよかったな」
「あ、はぁ……」
意外にも温かい言葉をかけられて調子が外れたらしい。
曖昧に返すきり丸に対し、天鬼は話を続けた。
「忍者を目指しているお前だが、職人になりたいと心変わりするのは悪いことではない。それもまた開けた一つの道だ」
言われた側のきり丸は、最初こそ口をポカンとしていたものの、徐々に顔つきが険しくなった。
「そんなことくらい、わかってらい!アンタになんか言われなくても!土井先生でもないのに、おれの保護者面しないでくれ!」
「きりちゃん……!」
「はは~ん、さてはアンタ、おれが忍者に向いていないって暗に言いたいんだな。そうだよそうだよ、優秀な忍者のアンタに比べれば、おれは成績もどんじりだからな!」
「いや、私が言いたかったことはそうではなくて……」
天鬼は続きを言おうとした。
だが、それを遮るようにきり丸が叫んだ。
「忍者に向いていないなんて、土井先生ならそんなこと絶対に言わない!おれのことにいちいちアンタが口を挟むな!」
「ちょっと、きりちゃん!」
空がきり丸の暴走を止めようとするも、
「疲れたんでもう寝ます。おやすみなさい」
と彼の方から幕を閉じて、奥の部屋へと消えてしまった。
「……」
天鬼とふたり、気まずい雰囲気に取り残されると、空は食膳を下げ、静かに洗い物を始めた。
鉛のように重い気持ちを抱えながら、洗い終えて居間に戻れば、奥の部屋から規則正しい寝息が聞こえてくる。
傍らには読書をしている天鬼がいるが、やがてパサッと本が閉じた。
「やれやれ……随分な嫌われ様だな」
「天鬼様……」
どうしてきり丸は天鬼に辛辣な態度をとることをやめてくれないのだろう。
歯がゆさに、空は拳を握りしめる。
だが、今の空の気持ちを推し量るように天鬼が言った。
「別に気にしていない。人間はわかりやすいものに惹かれる生き物だからな」
「わかりやすいもの……?」
「きり丸の話からするに、慎太郎というのは余程気立てのいい男なのだろう……土井半助のように。優しい人間とは誰からも好かれやすいし、自然と多くの人が集まる」
「……」
「花に喩えてもそうだ。春、人の心に響くのは桜だろう?同じ時期に梅の花を愛でるやつなど少ない」
自身を梅の花に喩えて自嘲する天鬼を見ていると、居てもたってもいられなくなる。
「でも、私は好きですよ。満開に咲誇る優美な桜の花も、その横で楚々と咲く可憐な梅の花も」
天鬼に自分を卑下して欲しくない。
空が力強く発した言葉の意味は、そばにいる男に十分に伝わったようだ。
ふわりと優しく肩を抱き寄せられて、こめかみに口付けが落ちた。
とっさのことに空は声も出ない。
紅色の顔で目だけを動かせば、天鬼の悲しげな笑みがあった。
「空はいつだって私の欲しい言葉をくれるな」
首と肩の間の窪みに天鬼の顔が降りてくる。
いくら感情を表に出さずとも、頑として心を開いてくれないきり丸に傷ついているのかもしれない。
――大丈夫ですよ。
天鬼の頭ごと抱えるように抱きしめて、おさまりの悪い跳ねた髪をそっと撫でた。
