ただのドケチじゃない!
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「今日は珍しいものが手に入ったな」
「ええ。かつお菜なんて、滅多に買えませんからね」
「こっちの猪肉だって。あぁ、今日の夕飯が楽しみだなぁ。かつお菜に猪肉……やっぱり汁物ですかねぇ」
きり丸の口からジュルっと涎がこぼれ出る。
「そうしていると、しんべヱみたいだぞ」
「え、そう?しんべヱとかぶるのはキャラ的にまずいな……なら、やっぱりおれはこっちの方っすかね?」
そう言って、きり丸が器用に目を銭へと変えれば、空も半助もどっと笑った。
まだ陽は高い、茶店でほっと一息つきたくなるような、午後の時間。
バイト先からの帰りがてら、空は半助・きり丸とともに市に寄る。
そこで速やかに買い物を済ませれば、元いた道に出ようとひしめき合う露店の間を突っ切っていく。
移動中、穀物・魚・果物の生鮮品や、竹・藁の細工品、金物……と種々雑多の品物が視界に流れてきた。
しかし、いずれも数が少ない。
朝早くから広げた筵 の上で商売している商人たちも、客足の減りを感じ、少しずつ店じまいの支度に入ったときだった。
「あら?」
空はとある花売りに目が釘付けになった。
少年と幼女。
顔立ちが似ているから、おそらく兄妹だろう。
活発そうな六歳くらいの男の子に三歳くらいの女の子。
妹は身を隠すように兄の後ろに立っていた。
どうやら人見知りが激しいらしい。
「花を買いませんか~!綺麗な撫子の花ですよ~!」
客の目を引くよう、少年は大声で呼びかけている。
だが、その努力もむなしく、背負い籠にはまだ沢山の花が詰まっている。
どうやら売れ行きはあまりよろしくないらしい。
少しの間観察していれば、その少年は商売のイロハも知らないようだった。
彼が一生懸命なのは十分に伝わってくるが、単に大声を張ればいいというものではない。
今の彼はまるで怒鳴っているように見える。
商売には愛想の良さがとりわけ重要なのに。
おそらく一度も働いたことがないのだろう。
(可哀想に……)
空は彼らを不憫に思った。
遊び盛りの子どもたちが労働に精を出しているなんて、余程のっぴきならない事情があるのだろう、と。
けれど、この時代ではそう珍しくない。
最も身近なきり丸がそうなのだから。
(このまま売れないんじゃ、あの子たちしょんぼりしちゃうだろうな。よーし……)
空は銭束を握りしめる。
一人ですべて買占めようと、花売りの方へ踏み出そうとする。
だが、後ろにいた半助にがしっと腕を掴まれた。
「半助さん?」
「まぁまぁ、少し様子を見てみよう。ほら、あれ」
半助の指した先には、花売り兄妹に近づくきり丸がいる。
(きりちゃん……?)
一瞬、あのドケチなきり丸が他人から物を買うのかと驚愕したが、彼の様子からするに、それはなさそうだ。
とすると、兄妹に慰めの言葉でもかけにいったのか――いや、それも違う。
きり丸は「やれやれ……」と呆れた顔で兄の方へ話しかけた。
「お前さ、全然なってないよ。そんなに怒ったような顔をした人間から、花を買う気になれると思う?」
「……」
「ほら、それ、貸して見な!」
きり丸はぐるりと下向きにした掌を花籠へ突き出した。
「……」
いきなりのきり丸の登場に少年はポカンとするものの、子ども同士ということで、何らかのシンパシーを感じたようだ。
年上のきり丸を信頼できると判断し、少年は言われるがままに籠を渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
大体の花の総数を確認したきり丸は、少年へあることを耳打ちする。
一寸の間の後、少年はコクリと頷いた。
「おーし。取引成立だ。じゃ、そこで見てろよ」
自信満々にそう言うと、きり丸はそこいらにいた買い物客のうち、年頃の女性を捕まえて言った。
「そこのお姉さん!うわぁ、素敵な巾着ですね。やっぱり綺麗な人ってセンスも抜群なんですね!」
きり丸はつぶらな瞳を大きくしている。
その星のように輝く瞳を向けられると、声をかけられた女性は「そ、そう……?」と困ったような、しかし、満更でもない笑みを浮かべている。
「もう、最近の子はお世辞が上手いのねっ」
「いや、ほんとですってば!大和撫子って言葉はお姉さんのためにありますよね。あ、ちょうど今ここに撫子の花があるんです、一つ買っていきません?髪飾りにすれば、絶対似合いますよ!」
「そうねぇ……折角だし頂こうかしら」
「毎度ありぃ!」
きり丸の掌に銭が落ちる。
一瞬だけ目を銭にして喜んだものの、どこまでも売上を追及する飽くなき眼は早くも次のターゲットを映していた。
良く言えば人の良い、悪く言えば簡単におだてられそうな、やさしい顔つきの男だ。
「そこのお兄さん!どうです、この撫子の花綺麗でしょう?この花を持って意中の人に想いを伝えれば、どんな恋でも成就しますよ!」
「な、それはまことか!?」
「ほんと、ほんと。お兄さん、めっちゃ男前じゃないっすか!いやぁ、こんないい男から花を貰える女性は幸せだろうなぁ」
「よーし、買う!おい、少年、その花を包んでくれ!」
男は投げるように銭を渡す。
きり丸から花を受け取れば、軽やかな足取りで去っていった。
「きりちゃん、すごい……」
「この情熱をもう少し勉強の方へ注いでくれればいいんだけどなぁ……うぅ……うっ……」
やりきれなさに袖を濡らす半助を、横で空がなだめたのは言うまでもない。
その後もきり丸の快進撃は続いた。
買わぬなら、買わせてやるぜ、ホトトギス――がモットーのきり丸に目を付けられたら、どんな客でも逃れられなかった。
媚びの混じった、ひときわ高い声。
人懐っこい笑顔。
巧みな話術。
それらで人の心を掌握すれば、いずれの者も、ホクホク顔で銭と花を交換していく。
ものの三十分で籠に敷き詰められていた撫子の花がすっからかんになった。
「へへっ。ま、おれの手によれば、ざっとこんなもんだぜ。ほらよっ」
きり丸はからっぽの花籠に客から受け取った銭を入れて、兄妹に返した。
「すげえ……」
「……」
兄妹はまるで救世主を崇めるようにきり丸を見つめていた。
そのうちに、ずっと寡黙を貫いていた妹の方が唇をわななかせた。
「おにいちゃん……ありがとう、ありがとう……これであたしたち、びょうきのおっかあに……まんま、かえる……」
少年にもたれながら、女の子はしゃくりあげた。
妹を支える兄も、肩の荷が下りてほっとしたのか、目元が潤んでいた。
「あの……み、見ず知らずのおれたちに……ありがとうございましたっ」
「いいってことよ。さ、早く買うもん買って、かあちゃんのそばにいてあげな」
お辞儀をした少年の顔が上がる頃には、きり丸は踵を返している。
その表情はどんな高時給のバイトをやり終えたときよりも、充実感に溢れていた。
***
「凄いわね、きりちゃん。ずっと見てたんだから。あっという間に売り切っちゃって。流石、天才アルバイター!」
「あのー、空さん……そんな大げさに褒められると、かえって恥ずかしいんですけど……あんなの大したことないし。あいつらがあまりに下手くそだったから……商売人の端くれとして目も当てられなかっただけっす」
折角褒めているのに、謙遜して素直に受け止めないのは照れの裏返しなのだろう。
空は半助と見合って、微笑みを交わした。
「でも、珍しいな。あのきり丸がタダ働きするなんて」
「タダじゃありませんよ。もらうもんはもらいましたから」
「「えっ」」
空と半助が同時に驚声を発する。
あの困窮した子どもたちからもマージン(手数料)をとるなんて……とほんのちょっぴり胸内に失望感が広がった。
だが、それはほんの一時のこと。
「これがさっきの対価です」
きり丸が懐から取り出したのは、今しがたまで売っていた撫子の花だ。
「あの兄妹と前もって話をつけてたんです。売り方教えてやるから、そのかわり、一本ちょうだいって」
「きりちゃん……」
「このおれがタダ働きするなんてありえませんよ。タダ働きなんて、大大大だ~いっ嫌い!ですからね!」
そう言って、顔を歪めたきり丸は「反吐が出らぁ!」とばかりに不快感をあらわにしている。
(きりちゃん……)
鬼より酷いきり丸のしかめっ面を見ながらも、空の表情に満ちているのは喜びの感情だ。
対価がたった一本の撫子の花だなんて、タダ働きにも等しいのに。
いや、本当は幼気なこどもたちのためにそうしたかったのかもしれない。
けれど、それでは自らのドケチ道に反することになるからと、花一本を得ることで彼のアイデンティティを保ったのだ。
「でもさ、おれが花なんか持ってても使い道ねーし、これは空さんに預けとく ね。はい。好きに使っていい から」
それを聞けば、またもや空は目を細めた。
「預けておく。好きに使っていい」――その言葉は、きり丸の口から決して出ない言葉「あげる」を代用するものだと、一緒に過ごすうちに知った。
(きりちゃん……)
空の胸の中が温かいもので満たされていく。
誰よりも損得勘定で動くのに、自分と同じ境遇の子どもを見れば、それにそぐわぬ行動をとってしまう。
何だかんだで困った人を放っておけない、心優しいきり丸が、空は大好きだ。
空は薄色の花弁をした撫子に鼻を寄せ、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ありがとう、きりちゃん」
「どういたしまして。さ、日も暮れてきたし、帰って飯にしましょ」
そう言って、何事もなかった風で歩くきり丸が尚更愛おしい。
(きりちゃんのドケチはただのドケチじゃない……最高のドケチよ!ねぇ、半助さん)
空は半助を見て、またまた嬉しくなった。
隣を歩く半助も同様のことを思っているらしい。
まるで我が子の成長を誇らしく思う、親の顔つきだった。
「ええ。かつお菜なんて、滅多に買えませんからね」
「こっちの猪肉だって。あぁ、今日の夕飯が楽しみだなぁ。かつお菜に猪肉……やっぱり汁物ですかねぇ」
きり丸の口からジュルっと涎がこぼれ出る。
「そうしていると、しんべヱみたいだぞ」
「え、そう?しんべヱとかぶるのはキャラ的にまずいな……なら、やっぱりおれはこっちの方っすかね?」
そう言って、きり丸が器用に目を銭へと変えれば、空も半助もどっと笑った。
まだ陽は高い、茶店でほっと一息つきたくなるような、午後の時間。
バイト先からの帰りがてら、空は半助・きり丸とともに市に寄る。
そこで速やかに買い物を済ませれば、元いた道に出ようとひしめき合う露店の間を突っ切っていく。
移動中、穀物・魚・果物の生鮮品や、竹・藁の細工品、金物……と種々雑多の品物が視界に流れてきた。
しかし、いずれも数が少ない。
朝早くから広げた
「あら?」
空はとある花売りに目が釘付けになった。
少年と幼女。
顔立ちが似ているから、おそらく兄妹だろう。
活発そうな六歳くらいの男の子に三歳くらいの女の子。
妹は身を隠すように兄の後ろに立っていた。
どうやら人見知りが激しいらしい。
「花を買いませんか~!綺麗な撫子の花ですよ~!」
客の目を引くよう、少年は大声で呼びかけている。
だが、その努力もむなしく、背負い籠にはまだ沢山の花が詰まっている。
どうやら売れ行きはあまりよろしくないらしい。
少しの間観察していれば、その少年は商売のイロハも知らないようだった。
彼が一生懸命なのは十分に伝わってくるが、単に大声を張ればいいというものではない。
今の彼はまるで怒鳴っているように見える。
商売には愛想の良さがとりわけ重要なのに。
おそらく一度も働いたことがないのだろう。
(可哀想に……)
空は彼らを不憫に思った。
遊び盛りの子どもたちが労働に精を出しているなんて、余程のっぴきならない事情があるのだろう、と。
けれど、この時代ではそう珍しくない。
最も身近なきり丸がそうなのだから。
(このまま売れないんじゃ、あの子たちしょんぼりしちゃうだろうな。よーし……)
空は銭束を握りしめる。
一人ですべて買占めようと、花売りの方へ踏み出そうとする。
だが、後ろにいた半助にがしっと腕を掴まれた。
「半助さん?」
「まぁまぁ、少し様子を見てみよう。ほら、あれ」
半助の指した先には、花売り兄妹に近づくきり丸がいる。
(きりちゃん……?)
一瞬、あのドケチなきり丸が他人から物を買うのかと驚愕したが、彼の様子からするに、それはなさそうだ。
とすると、兄妹に慰めの言葉でもかけにいったのか――いや、それも違う。
きり丸は「やれやれ……」と呆れた顔で兄の方へ話しかけた。
「お前さ、全然なってないよ。そんなに怒ったような顔をした人間から、花を買う気になれると思う?」
「……」
「ほら、それ、貸して見な!」
きり丸はぐるりと下向きにした掌を花籠へ突き出した。
「……」
いきなりのきり丸の登場に少年はポカンとするものの、子ども同士ということで、何らかのシンパシーを感じたようだ。
年上のきり丸を信頼できると判断し、少年は言われるがままに籠を渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
大体の花の総数を確認したきり丸は、少年へあることを耳打ちする。
一寸の間の後、少年はコクリと頷いた。
「おーし。取引成立だ。じゃ、そこで見てろよ」
自信満々にそう言うと、きり丸はそこいらにいた買い物客のうち、年頃の女性を捕まえて言った。
「そこのお姉さん!うわぁ、素敵な巾着ですね。やっぱり綺麗な人ってセンスも抜群なんですね!」
きり丸はつぶらな瞳を大きくしている。
その星のように輝く瞳を向けられると、声をかけられた女性は「そ、そう……?」と困ったような、しかし、満更でもない笑みを浮かべている。
「もう、最近の子はお世辞が上手いのねっ」
「いや、ほんとですってば!大和撫子って言葉はお姉さんのためにありますよね。あ、ちょうど今ここに撫子の花があるんです、一つ買っていきません?髪飾りにすれば、絶対似合いますよ!」
「そうねぇ……折角だし頂こうかしら」
「毎度ありぃ!」
きり丸の掌に銭が落ちる。
一瞬だけ目を銭にして喜んだものの、どこまでも売上を追及する飽くなき眼は早くも次のターゲットを映していた。
良く言えば人の良い、悪く言えば簡単におだてられそうな、やさしい顔つきの男だ。
「そこのお兄さん!どうです、この撫子の花綺麗でしょう?この花を持って意中の人に想いを伝えれば、どんな恋でも成就しますよ!」
「な、それはまことか!?」
「ほんと、ほんと。お兄さん、めっちゃ男前じゃないっすか!いやぁ、こんないい男から花を貰える女性は幸せだろうなぁ」
「よーし、買う!おい、少年、その花を包んでくれ!」
男は投げるように銭を渡す。
きり丸から花を受け取れば、軽やかな足取りで去っていった。
「きりちゃん、すごい……」
「この情熱をもう少し勉強の方へ注いでくれればいいんだけどなぁ……うぅ……うっ……」
やりきれなさに袖を濡らす半助を、横で空がなだめたのは言うまでもない。
その後もきり丸の快進撃は続いた。
買わぬなら、買わせてやるぜ、ホトトギス――がモットーのきり丸に目を付けられたら、どんな客でも逃れられなかった。
媚びの混じった、ひときわ高い声。
人懐っこい笑顔。
巧みな話術。
それらで人の心を掌握すれば、いずれの者も、ホクホク顔で銭と花を交換していく。
ものの三十分で籠に敷き詰められていた撫子の花がすっからかんになった。
「へへっ。ま、おれの手によれば、ざっとこんなもんだぜ。ほらよっ」
きり丸はからっぽの花籠に客から受け取った銭を入れて、兄妹に返した。
「すげえ……」
「……」
兄妹はまるで救世主を崇めるようにきり丸を見つめていた。
そのうちに、ずっと寡黙を貫いていた妹の方が唇をわななかせた。
「おにいちゃん……ありがとう、ありがとう……これであたしたち、びょうきのおっかあに……まんま、かえる……」
少年にもたれながら、女の子はしゃくりあげた。
妹を支える兄も、肩の荷が下りてほっとしたのか、目元が潤んでいた。
「あの……み、見ず知らずのおれたちに……ありがとうございましたっ」
「いいってことよ。さ、早く買うもん買って、かあちゃんのそばにいてあげな」
お辞儀をした少年の顔が上がる頃には、きり丸は踵を返している。
その表情はどんな高時給のバイトをやり終えたときよりも、充実感に溢れていた。
***
「凄いわね、きりちゃん。ずっと見てたんだから。あっという間に売り切っちゃって。流石、天才アルバイター!」
「あのー、空さん……そんな大げさに褒められると、かえって恥ずかしいんですけど……あんなの大したことないし。あいつらがあまりに下手くそだったから……商売人の端くれとして目も当てられなかっただけっす」
折角褒めているのに、謙遜して素直に受け止めないのは照れの裏返しなのだろう。
空は半助と見合って、微笑みを交わした。
「でも、珍しいな。あのきり丸がタダ働きするなんて」
「タダじゃありませんよ。もらうもんはもらいましたから」
「「えっ」」
空と半助が同時に驚声を発する。
あの困窮した子どもたちからもマージン(手数料)をとるなんて……とほんのちょっぴり胸内に失望感が広がった。
だが、それはほんの一時のこと。
「これがさっきの対価です」
きり丸が懐から取り出したのは、今しがたまで売っていた撫子の花だ。
「あの兄妹と前もって話をつけてたんです。売り方教えてやるから、そのかわり、一本ちょうだいって」
「きりちゃん……」
「このおれがタダ働きするなんてありえませんよ。タダ働きなんて、大大大だ~いっ嫌い!ですからね!」
そう言って、顔を歪めたきり丸は「反吐が出らぁ!」とばかりに不快感をあらわにしている。
(きりちゃん……)
鬼より酷いきり丸のしかめっ面を見ながらも、空の表情に満ちているのは喜びの感情だ。
対価がたった一本の撫子の花だなんて、タダ働きにも等しいのに。
いや、本当は幼気なこどもたちのためにそうしたかったのかもしれない。
けれど、それでは自らのドケチ道に反することになるからと、花一本を得ることで彼のアイデンティティを保ったのだ。
「でもさ、おれが花なんか持ってても使い道ねーし、これは空さんに
それを聞けば、またもや空は目を細めた。
「預けておく。好きに使っていい」――その言葉は、きり丸の口から決して出ない言葉「あげる」を代用するものだと、一緒に過ごすうちに知った。
(きりちゃん……)
空の胸の中が温かいもので満たされていく。
誰よりも損得勘定で動くのに、自分と同じ境遇の子どもを見れば、それにそぐわぬ行動をとってしまう。
何だかんだで困った人を放っておけない、心優しいきり丸が、空は大好きだ。
空は薄色の花弁をした撫子に鼻を寄せ、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ありがとう、きりちゃん」
「どういたしまして。さ、日も暮れてきたし、帰って飯にしましょ」
そう言って、何事もなかった風で歩くきり丸が尚更愛おしい。
(きりちゃんのドケチはただのドケチじゃない……最高のドケチよ!ねぇ、半助さん)
空は半助を見て、またまた嬉しくなった。
隣を歩く半助も同様のことを思っているらしい。
まるで我が子の成長を誇らしく思う、親の顔つきだった。
