星降る夜に逢いましょう(前編)
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幸いにも、空はすぐに見つかった。
待ち合わせ場所から来た方に戻って捜索していると、どこからともなく「んー、んー」とかすかな声が聞こえたのだ。
声のした方は用具倉庫の裏。
慌ててそこに駆け着ければ、まるでミノムシのように全身を縄で縛り上げられている空がいた。
「空!」
直ちに縄を切り裂き、声を封じていた猿轡 も解いた。
見たところ怪我はしてないようだ。
「良かった……無事で」
そう言って微笑みかければ、目にじんわりと涙を浮かべて、空が胸に飛び込んできた。
「良かった……半助さんが見つけてくれて!私、このまま夜一人で過ごすのかなって思ったら、不安で怖くて……!」
嗚咽交じりに、空はそう言った。
いくら忍術学園内とはいえ、全身の自由を奪われた状態で外に放り出されたら、恐怖だったに違いない。
沸々とアイツへの怒りがこみ上げてくる。
「空、君の身に一体何があったんだ?」
「はい。私……約束の時間よりも大分早く待ち合わせ場所に着いたんです。そこで待っていると、突然後ろから誰かにおさえつけられて……」
「……」
「誰?と思って顔を見たけど、その人、頬被りして顔を隠していたから、わかりませんでした。私に素早く縄を巻き付けると、『しばらくここで大人しくしていろ』って言って姿を消して……」
空は自分を拘束した人間に見当がついていないらしい。
半助は悩んだ。
できれば極力関わりたくないアイツはこのまま放置し、デートに流れた方がいいのでは無いかと。
だが、恋人にされた仕打ちを思えば、胃痛を覚えたようにむかむかする。
俄かに報復したいという思いが強まってきた。
「実は……例の待ち合わせ場所に行ったんだ。そこには空に変装した人物がいたから、もしやと思って君を探したんだ」
「ええ!?」
空は驚愕の表情で口元をおさえた。
「そいつが空を拘束した張本人だ。私もいい加減頭に来ていてね……どうする?そいつに一泡吹かせてやりたくないか?」
空が呆然とする。
縄をかけられ、その上自分に変装されて……思いもよらぬ出来事の連続で頭の整理が追い付かないのだろう。
しばらく黙考していた空だったが、徐々に顔つきが険しくなる。
どうして自分がこんな目に遭わなければならなかったのかという理不尽な怒り、或いはデートを台無しにされたという悔しさが彼女を支配しているようだ。
やがて視線を合わせてきた空が大きく首肯する。
その目には、「盛大な仕返しをお願いします」という強い恨みが込められていた。
***
半助は空を連れて、ふたたび待ち合わせ場所に戻った。
楓の木から一番近い、大きな岩の影に身を隠しながら、問題の人物をそっと窺う。
「あそこにいるのが、私に変装した人なんですよね」
「ああ」
空がおそるおそる横へ首を動かした。
「……」
なりすました人物を見るなり、空には女の正体がわかったようで、石のように硬直してしまう。
余程ショックだったらしい。
空は以前もアイツに変装されたことがあるから、そのときのトラウマが甦っているのかもしれない。
空が今にも泣きそうな顔で問う。
「半助さん……念のため聞きますが、あれって私に似ていますか?」
「いや、まったく。肥えた豚が服を纏っただけにしか見えない」
にべもなくそう言えば、空はほっとしたように息をついた。
事が片付けば、女としての自信を無くさせないよう、うんと褒めちぎってやるからな、と空の横で固く誓う。
しばらく二人で謎の女を観察していた。
女は地団太を踏み始めている。
待ちぼうけに痺れを切らしたようだ。
「ああ、もうっ!土井半助、おっせーな……せっかくこの俺が待ってやってるというのに……!」
「しかし、俺様ってば何を着ても似合うな。この着物、俺にはちょっとばっかし ちっせぇけど……これなら、どこからどう見ても空にしか見えない!グフフ……あの土井半助のやつ……デレデレと鼻の下を伸ばす様子が目に浮かぶぜ。ムッツリで助平そうな顔してるし……おっと、ベタベタされないように気を付けないと、俺の貞操がやばいことになるな。ガハハハハ!」
それを聞けば、我慢の糸がぷつりと切れた。
隣にいる空も、これ以上ない冒涜を受けて、般若のように目を吊り上げている。
謎の女はひとりで待つのに飽きたらしい。
沈黙を厭うように独白を続けた。
「フッフッフ。俺様の作戦はこうだ!この美貌で土井半助を虜にし、食堂のタダ券(一年分)をおねだりする。それを受け取った後は、煙硝蔵でくすねたこの煙玉を使って、ドロンだ!」
「その後、食堂の食券を手に入れた俺は忍術学園に居座りながら、剣の修行を続け……、ほどなくして戸部新左エ門に勝ち、名声を得る!そして、ゆくゆくは日本一の剣豪へ昇りつめるのだ!」
「う~ん、なんて完璧で非の打ち所がない作戦!頭脳明晰・容姿端麗……ここまで天に与えてもらっていると、時々自分の存在が怖くなる……ニヒッ、ニヒヒヒヒッ」
なりすまし女が締まりのない顔で笑う。
どうせそんなことだろうと思った……。
絵に描いた餅を延々と語るその女を、半助は底冷えを覚えるような氷の眼つきで睨んでいた。
もう容赦はしない。
「遅れてごめん!空、随分待ったよな?」
息を切らし、急いだ風を装って現れれば、なりすまし女はぶぅっと頬を膨らませた。
「もう、半助さんったらぁ、遅いですぅ。空、怒っちゃいましたぁ、プンプンッ」
遠巻きに見ても不快感しか感じなかったが、近くで見れば直視できないほどに酷い。
元々の容貌がへちゃむくれなのに、紅が唇の輪郭からはみ出ているし、頬紅は厚く塗りすぎて……、と化粧でさらに醜くなっている。
これで空を模したというのだから、なりすまし女の自信過剰ぶりに呆れてしまう。
あとぶりっ子口調は悪寒がはしるだけから、即座にやめてほしい。
(こ、こいつ……!)
今にも罵声を飛ばしたいが、我慢我慢と半助は言葉を呑み込んだ。
「ごめん、ごめん。ちょっと山田先生に呼び止められてしまって」
「フ~ンッ。言い訳しても許さないんだからぁ!」
なりすまし女はフンとそっぽを向いてしまった。
けれど、チラチラと視線を寄越してくる。
機嫌を損ねていれば相手がへつらうだろうし、ともすれば、贈り物をもらえるかもしれない――と相手から更なる行動を引き出そうとしているのだ。
欲に塗れた目がそう物語っていた。
「う~ん、困ったなぁ……。折角のデートなのに臍を曲げないでほしいんだけど。じゃあ、これでも機嫌は直らないかな?」
そう言って、南瓜ほどの大きさのある木箱を差し出せば、なりすまし女の眼の色が変わった。
「やだぁ、半助さん……もしかして、空にプレゼント用意するために遅れたのぉ?それならそうと早く言ってくれたらよかったのにぃ、うふ♡」
なりすまし女が猫なで声で科をつくる。
これは遠巻きに見ている空もかなり不快だろう。
一刻も早く決着をつけなければならない。
「そうそう。空が欲しがるものを選んでいたら、時間がかかってしまったんだ。何しろ、とっても高価で手に入れるのが大変だったし……」
「わぁ、凄い凄い!半助さん、それ、俺……いや、私に頂戴!」
「はい、どうぞ」
「ありがとうぉん♡」
中身を金目の物だと思い込んでいるのだろう。
なりすまし女は手渡されるや否や、木箱の紐をするすると解き、ぞんざいに木蓋を取った。
すると、中身に意表を突かれたようで、眼がテンになった。
「な、なんなんだ……これは?これが高価なものなのかぁ?」
なりすまし女の口調が素に戻っている。
「そうだよ。世界に一つしかない、とっても貴重なものさ」
「バカ言え!こんなのタダの陶器じゃねぇか!毬 みたいに丸いだけの!俺が欲しいのは金になるモンか食いモンか食堂のタダ券だっつーの!」
「いや、タダの陶器じゃないよ。この陶器……炮烙の中にはとっても貴重なものが入ってるんだ」
「貴重なもの?はて、一体何なんだぁ?」
「火薬だよ」
「へ?火薬?」
なりすまし女がキョトンとする。
「そうさ、この火薬は三日前に私が調合した特殊なものでね。通常の十倍の威力があるんだ」
「火薬……十倍の威力……」
なりすまし女は自分の手にしているものが物騒なものだと気づいたらしい。
表情が徐々に強張ってきた。
「もしやこれって……」
「そう。焙烙火矢だよ。あ、ちなみに導火線には火をつけておいたから」
「ど、導火線!?ちょ、ちょっと待て!えぇぇえエ?!」
なりすまし女が慌てふためく頃には、点火した導火線は端から端まで燃え進んでいる。
もう柔和な態度を取り繕う必要が無いと判断すれば、半助がカッと目を見開き、言った。
「空になりすました罪、その身をもって知るが良い!花房牧之介ぇぇい!」
その叫びが合図となったかのように、なりすまし女――もとい、トラブルメーカーの少年剣士、花房牧之介が抱える焙烙火矢が爆発した。
ドガァァァァァァァン!!!
激しい轟音の直後、丸焦げになった牧之介の身体が木の葉のように吹き飛んだ。
「くっそぉ!俺様の正体、とっくにバレてたのねぇぇぇ~~~!!!」
間抜けな絶叫を残し、牧之介は徐々に遠くなる。
やがて遥か彼方で光が閃いた瞬間、彼は星の大海の一部と化したのだった。
待ち合わせ場所から来た方に戻って捜索していると、どこからともなく「んー、んー」とかすかな声が聞こえたのだ。
声のした方は用具倉庫の裏。
慌ててそこに駆け着ければ、まるでミノムシのように全身を縄で縛り上げられている空がいた。
「空!」
直ちに縄を切り裂き、声を封じていた
見たところ怪我はしてないようだ。
「良かった……無事で」
そう言って微笑みかければ、目にじんわりと涙を浮かべて、空が胸に飛び込んできた。
「良かった……半助さんが見つけてくれて!私、このまま夜一人で過ごすのかなって思ったら、不安で怖くて……!」
嗚咽交じりに、空はそう言った。
いくら忍術学園内とはいえ、全身の自由を奪われた状態で外に放り出されたら、恐怖だったに違いない。
沸々とアイツへの怒りがこみ上げてくる。
「空、君の身に一体何があったんだ?」
「はい。私……約束の時間よりも大分早く待ち合わせ場所に着いたんです。そこで待っていると、突然後ろから誰かにおさえつけられて……」
「……」
「誰?と思って顔を見たけど、その人、頬被りして顔を隠していたから、わかりませんでした。私に素早く縄を巻き付けると、『しばらくここで大人しくしていろ』って言って姿を消して……」
空は自分を拘束した人間に見当がついていないらしい。
半助は悩んだ。
できれば極力関わりたくないアイツはこのまま放置し、デートに流れた方がいいのでは無いかと。
だが、恋人にされた仕打ちを思えば、胃痛を覚えたようにむかむかする。
俄かに報復したいという思いが強まってきた。
「実は……例の待ち合わせ場所に行ったんだ。そこには空に変装した人物がいたから、もしやと思って君を探したんだ」
「ええ!?」
空は驚愕の表情で口元をおさえた。
「そいつが空を拘束した張本人だ。私もいい加減頭に来ていてね……どうする?そいつに一泡吹かせてやりたくないか?」
空が呆然とする。
縄をかけられ、その上自分に変装されて……思いもよらぬ出来事の連続で頭の整理が追い付かないのだろう。
しばらく黙考していた空だったが、徐々に顔つきが険しくなる。
どうして自分がこんな目に遭わなければならなかったのかという理不尽な怒り、或いはデートを台無しにされたという悔しさが彼女を支配しているようだ。
やがて視線を合わせてきた空が大きく首肯する。
その目には、「盛大な仕返しをお願いします」という強い恨みが込められていた。
***
半助は空を連れて、ふたたび待ち合わせ場所に戻った。
楓の木から一番近い、大きな岩の影に身を隠しながら、問題の人物をそっと窺う。
「あそこにいるのが、私に変装した人なんですよね」
「ああ」
空がおそるおそる横へ首を動かした。
「……」
なりすました人物を見るなり、空には女の正体がわかったようで、石のように硬直してしまう。
余程ショックだったらしい。
空は以前もアイツに変装されたことがあるから、そのときのトラウマが甦っているのかもしれない。
空が今にも泣きそうな顔で問う。
「半助さん……念のため聞きますが、あれって私に似ていますか?」
「いや、まったく。肥えた豚が服を纏っただけにしか見えない」
にべもなくそう言えば、空はほっとしたように息をついた。
事が片付けば、女としての自信を無くさせないよう、うんと褒めちぎってやるからな、と空の横で固く誓う。
しばらく二人で謎の女を観察していた。
女は地団太を踏み始めている。
待ちぼうけに痺れを切らしたようだ。
「ああ、もうっ!土井半助、おっせーな……せっかくこの俺が待ってやってるというのに……!」
「しかし、俺様ってば何を着ても似合うな。この着物、俺には
それを聞けば、我慢の糸がぷつりと切れた。
隣にいる空も、これ以上ない冒涜を受けて、般若のように目を吊り上げている。
謎の女はひとりで待つのに飽きたらしい。
沈黙を厭うように独白を続けた。
「フッフッフ。俺様の作戦はこうだ!この美貌で土井半助を虜にし、食堂のタダ券(一年分)をおねだりする。それを受け取った後は、煙硝蔵でくすねたこの煙玉を使って、ドロンだ!」
「その後、食堂の食券を手に入れた俺は忍術学園に居座りながら、剣の修行を続け……、ほどなくして戸部新左エ門に勝ち、名声を得る!そして、ゆくゆくは日本一の剣豪へ昇りつめるのだ!」
「う~ん、なんて完璧で非の打ち所がない作戦!頭脳明晰・容姿端麗……ここまで天に与えてもらっていると、時々自分の存在が怖くなる……ニヒッ、ニヒヒヒヒッ」
なりすまし女が締まりのない顔で笑う。
どうせそんなことだろうと思った……。
絵に描いた餅を延々と語るその女を、半助は底冷えを覚えるような氷の眼つきで睨んでいた。
もう容赦はしない。
「遅れてごめん!空、随分待ったよな?」
息を切らし、急いだ風を装って現れれば、なりすまし女はぶぅっと頬を膨らませた。
「もう、半助さんったらぁ、遅いですぅ。空、怒っちゃいましたぁ、プンプンッ」
遠巻きに見ても不快感しか感じなかったが、近くで見れば直視できないほどに酷い。
元々の容貌がへちゃむくれなのに、紅が唇の輪郭からはみ出ているし、頬紅は厚く塗りすぎて……、と化粧でさらに醜くなっている。
これで空を模したというのだから、なりすまし女の自信過剰ぶりに呆れてしまう。
あとぶりっ子口調は悪寒がはしるだけから、即座にやめてほしい。
(こ、こいつ……!)
今にも罵声を飛ばしたいが、我慢我慢と半助は言葉を呑み込んだ。
「ごめん、ごめん。ちょっと山田先生に呼び止められてしまって」
「フ~ンッ。言い訳しても許さないんだからぁ!」
なりすまし女はフンとそっぽを向いてしまった。
けれど、チラチラと視線を寄越してくる。
機嫌を損ねていれば相手がへつらうだろうし、ともすれば、贈り物をもらえるかもしれない――と相手から更なる行動を引き出そうとしているのだ。
欲に塗れた目がそう物語っていた。
「う~ん、困ったなぁ……。折角のデートなのに臍を曲げないでほしいんだけど。じゃあ、これでも機嫌は直らないかな?」
そう言って、南瓜ほどの大きさのある木箱を差し出せば、なりすまし女の眼の色が変わった。
「やだぁ、半助さん……もしかして、空にプレゼント用意するために遅れたのぉ?それならそうと早く言ってくれたらよかったのにぃ、うふ♡」
なりすまし女が猫なで声で科をつくる。
これは遠巻きに見ている空もかなり不快だろう。
一刻も早く決着をつけなければならない。
「そうそう。空が欲しがるものを選んでいたら、時間がかかってしまったんだ。何しろ、とっても高価で手に入れるのが大変だったし……」
「わぁ、凄い凄い!半助さん、それ、俺……いや、私に頂戴!」
「はい、どうぞ」
「ありがとうぉん♡」
中身を金目の物だと思い込んでいるのだろう。
なりすまし女は手渡されるや否や、木箱の紐をするすると解き、ぞんざいに木蓋を取った。
すると、中身に意表を突かれたようで、眼がテンになった。
「な、なんなんだ……これは?これが高価なものなのかぁ?」
なりすまし女の口調が素に戻っている。
「そうだよ。世界に一つしかない、とっても貴重なものさ」
「バカ言え!こんなのタダの陶器じゃねぇか!
「いや、タダの陶器じゃないよ。この陶器……炮烙の中にはとっても貴重なものが入ってるんだ」
「貴重なもの?はて、一体何なんだぁ?」
「火薬だよ」
「へ?火薬?」
なりすまし女がキョトンとする。
「そうさ、この火薬は三日前に私が調合した特殊なものでね。通常の十倍の威力があるんだ」
「火薬……十倍の威力……」
なりすまし女は自分の手にしているものが物騒なものだと気づいたらしい。
表情が徐々に強張ってきた。
「もしやこれって……」
「そう。焙烙火矢だよ。あ、ちなみに導火線には火をつけておいたから」
「ど、導火線!?ちょ、ちょっと待て!えぇぇえエ?!」
なりすまし女が慌てふためく頃には、点火した導火線は端から端まで燃え進んでいる。
もう柔和な態度を取り繕う必要が無いと判断すれば、半助がカッと目を見開き、言った。
「空になりすました罪、その身をもって知るが良い!花房牧之介ぇぇい!」
その叫びが合図となったかのように、なりすまし女――もとい、トラブルメーカーの少年剣士、花房牧之介が抱える焙烙火矢が爆発した。
ドガァァァァァァァン!!!
激しい轟音の直後、丸焦げになった牧之介の身体が木の葉のように吹き飛んだ。
「くっそぉ!俺様の正体、とっくにバレてたのねぇぇぇ~~~!!!」
間抜けな絶叫を残し、牧之介は徐々に遠くなる。
やがて遥か彼方で光が閃いた瞬間、彼は星の大海の一部と化したのだった。
