星降る夜に逢いましょう(前編)
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銀砂を散らしたような夜空の下を、満面喜色の半助が駆けてゆく。
今向かっているのは、忍術学園の端に立つ楓の木の下。
そこで、ある人物と待ち合わせをしている。
(空、先に着いてるかな……?)
本日、一年は組は実習で野外へ出かけていた。
太陽が中天に昇ったお昼時。
生徒たちが待ってましたとばかりにおにぎりを頬張る中、半助は同僚の山田伝蔵と午後のコースを再確認する。
それを終え、ようやく飯にしようと竹皮の包みを開けば、大きなおにぎりとともに文が添えられていた。
差出人は空だ。
半助さん
突然のお手紙失礼します。
今日、一年は組は実習で外出ですね。
乱太郎君たちや先生方、
皆さんにお怪我がありませんように。
お仕事頑張ってください。
それから、天文のことにお詳しい学園長先生から
昨日良いことを教えて頂きました。
今日の夜は、一年の中で最も綺麗な星が見れるそうです。
仕事でお疲れでなければ、ぜひ半助さんとゆっくり
夜空を眺めたいと思っています。
夜四つの鐘の時間、裏山へ続く楓の木の下で。
空
思いがけない逢引の誘いに、つま先から頭のてっぺんまで熱くなった。
胸の高鳴りを感じつつも、誰にもバレないようにもう一度目を通して、速やかに懐にしまう。
なのに、いつの間にか背後にいた同僚から、「ほ~う、お熱いことですな」と冷やかしをくらってしまった。
実習の日は、基本的に補習はない。
残業の無い、ゆっくりと過ごせる日を狙って空が声をかけてくれたのだと、彼女の気遣いに胸が詰まる。
しかも、それが星の美しい夜だなんて、今日は最高にツイている。
喜ぶべきことは他にもある。
実は空から文をもらうのはこれが初めてだった。
以前から、彼女から文が欲しいなとは思っていた。
彼女の言霊をのせた文を肌身離さず、お守り代わりに持っておきたかったのだ。
過去、どんな内容でも構わないから文が欲しいと彼女にねだったことがある。
だが、懇願された側の空はあわあわとひどく狼狽し、首をぶんぶんと振って言った。
「は、恥ずかしいですよ、そんなの。伝えたいことがあるなら口頭で済ませればいいじゃないですか。私、筆不精だし。それに……」
言葉を詰まらせた部分こそが、彼女が拒否する最大の理由だった。
達筆な字を書く半助さんに、私の書いたものなんて見せたくない――と。
未来人の空は毛筆が苦手だ。
向こうの世界では、墨を用いない筆記用具があるという。
書き心地には歴然の差があるらしく、筆は本当に使いづらいと空はここの生活に慣れた今でもぼやく。
ただでさえ汚い字なのに、不得手とする筆で書いたら、ますます字が乱れて酷いことになる――という理由で彼女は頑なに拒み続けていた。
けれど、その空が恥を忍んでまで文を書こうと決意し、形にしてくれた。
もしかしたら、学園長の話に居合わせた食堂のおばちゃんや山本シナのおせっかいが発動し、空に文を出すよう皆でけしかけた……なんていうドラマがあったのかもしれない。
今回だけは野次馬根性丸出しの人々に心から感謝しようと思う。
急に文を見たくなって、半助はその場に立ち止まり、懐から取り出した。
いざ筆をとれば文面に悩んだろうし、書いては紙を丸めて、を繰り返したかもしれない――そんな四苦八苦した絵面を目の裏に浮かべれば、彼女が無性に愛おしい。
空の字は、今までに見たことのない書体である。
全体的に丸みがかった文字は空のやさしさを形にしているようだ。
彼女は字に対して卑屈になっているけれど、決して下手ではない。
一年は組の団蔵と比べれば雲泥の差。
尤も、あの団蔵と比べられるだなんて心外かもしれないが……。
半助は目を細めながら、個性的な空の字を丁寧に指で辿った。
それが終われば、折り畳んだ文にそっと口付けを落とし、これからのことを想像する。
楓の木の下で落ち合ったら、そのまま裏山まで手を繋いで歩くだろう。
二人の間では定番となっている、夜のデートコースだ。
頂上に着けば、輝く星空をふたりで眺める。
腕を絡めてきた空と唇を重ねれば、それだけで終わる自信がない。
(ああ、いかんいかん、自制せねば。明日も空は食堂の仕事で早いんだぞ!)
(でも、今日は歯止めがきかなくなりそうで……)
デートに誘われて以降、気分が昂揚してそわそわと落ち着かない。
逸る気持ちは抑えられず、忍術学園に帰還した半助はいの一番に空を探し出し、返事を返した。
その時点で、浮かれきった己が何を欲しているのかがわかる。
こうしてデートへ向かう前も、入念に身体を洗ったことだし……。
逢いたいと文に託してくれた空を激情のままに愛したかった。
星灯りの下で。
長い口付けで雰囲気を高めてから、空を柔らかい草の絨毯へと押し倒して――と頭の中で細かくシミュレーションすれば、身体の下の方でむらむらと反応するものがある。
(お、落ち着け、自分!と、とにかく……まずは空に会わないと。健全か不健全かはその後決めるとして……)
矢も楯もたまらないといった様子で、半助はふたたび疾走する。
校庭・鍛錬所・無数の蔵を次々と通過すれば、待ち合わせ場所が見えてきた。
亥 の刻の鐘が鳴る。
(あ、やっぱり先に着いてたか……!)
半助の顔が綻んだ。
目印の楓の木の下に人影が伸びている。
さらに接近すれば、夜風に靡く黒髪が見えた。
(ん?)
それまで期待の表情を浮かべていた半助だったが、突如眉間に深い皺を刻ませた。
木の下で待つ後ろ姿の空は……何やらおかしい。
顔は大玉スイカ以上のでかさだし、膨らんだ体躯を無理矢理着物に押し込めて、まるでボンレスハムといった風体だ。
対照的に背と足は短く、顔と首から下の比率がおおよそ一対一。
ドクタケ忍者首領の稗田八方斎とバランスの悪さではいい勝負である。
一瞬、待ち合わせ場所を間違えたと思ったけれど、裏山へと続く楓の木はここだけだから、それはない。
他に、別のカップルとの待ち合わせが被った可能性も疑ったけれど、自分たち以外に忍術学園にカップルなんていない。
それに、服装といい、髪型といい、その女は空を意識しすぎている。
「まさか……」
半助は謎の女に気づかれぬよう、楓の木に近づき、飛び移った。
梢を揺らさぬようにして慎重に幹をよじ登る。
ある程度地上から離れたところで静止し、女の顔を伺った。
「……」
太く、等身のバランスが悪いと察した時点で、何者かに見当がついたが……。
半助は遺憾の溜息を抑えられなかった。
(なんでアイツがここにいるんだ!?)
半助の思考が猛回転する。
謎の女はおそらく自分たちの逢引を察知したのだろう。
それをよからぬ企みに利用しようと、非力な方の空を拉致し、成りすましたのだ。
であれば、本物の空は今どこにいる?
今にも真下にいる謎の女をしょっぴきたいが、質 の悪いソイツをできるだけ相手にしたくない。
まずは恋人の安否を確認するのが最優先だと、半助は急いで捜索を開始した。
今向かっているのは、忍術学園の端に立つ楓の木の下。
そこで、ある人物と待ち合わせをしている。
(空、先に着いてるかな……?)
本日、一年は組は実習で野外へ出かけていた。
太陽が中天に昇ったお昼時。
生徒たちが待ってましたとばかりにおにぎりを頬張る中、半助は同僚の山田伝蔵と午後のコースを再確認する。
それを終え、ようやく飯にしようと竹皮の包みを開けば、大きなおにぎりとともに文が添えられていた。
差出人は空だ。
半助さん
突然のお手紙失礼します。
今日、一年は組は実習で外出ですね。
乱太郎君たちや先生方、
皆さんにお怪我がありませんように。
お仕事頑張ってください。
それから、天文のことにお詳しい学園長先生から
昨日良いことを教えて頂きました。
今日の夜は、一年の中で最も綺麗な星が見れるそうです。
仕事でお疲れでなければ、ぜひ半助さんとゆっくり
夜空を眺めたいと思っています。
夜四つの鐘の時間、裏山へ続く楓の木の下で。
空
思いがけない逢引の誘いに、つま先から頭のてっぺんまで熱くなった。
胸の高鳴りを感じつつも、誰にもバレないようにもう一度目を通して、速やかに懐にしまう。
なのに、いつの間にか背後にいた同僚から、「ほ~う、お熱いことですな」と冷やかしをくらってしまった。
実習の日は、基本的に補習はない。
残業の無い、ゆっくりと過ごせる日を狙って空が声をかけてくれたのだと、彼女の気遣いに胸が詰まる。
しかも、それが星の美しい夜だなんて、今日は最高にツイている。
喜ぶべきことは他にもある。
実は空から文をもらうのはこれが初めてだった。
以前から、彼女から文が欲しいなとは思っていた。
彼女の言霊をのせた文を肌身離さず、お守り代わりに持っておきたかったのだ。
過去、どんな内容でも構わないから文が欲しいと彼女にねだったことがある。
だが、懇願された側の空はあわあわとひどく狼狽し、首をぶんぶんと振って言った。
「は、恥ずかしいですよ、そんなの。伝えたいことがあるなら口頭で済ませればいいじゃないですか。私、筆不精だし。それに……」
言葉を詰まらせた部分こそが、彼女が拒否する最大の理由だった。
達筆な字を書く半助さんに、私の書いたものなんて見せたくない――と。
未来人の空は毛筆が苦手だ。
向こうの世界では、墨を用いない筆記用具があるという。
書き心地には歴然の差があるらしく、筆は本当に使いづらいと空はここの生活に慣れた今でもぼやく。
ただでさえ汚い字なのに、不得手とする筆で書いたら、ますます字が乱れて酷いことになる――という理由で彼女は頑なに拒み続けていた。
けれど、その空が恥を忍んでまで文を書こうと決意し、形にしてくれた。
もしかしたら、学園長の話に居合わせた食堂のおばちゃんや山本シナのおせっかいが発動し、空に文を出すよう皆でけしかけた……なんていうドラマがあったのかもしれない。
今回だけは野次馬根性丸出しの人々に心から感謝しようと思う。
急に文を見たくなって、半助はその場に立ち止まり、懐から取り出した。
いざ筆をとれば文面に悩んだろうし、書いては紙を丸めて、を繰り返したかもしれない――そんな四苦八苦した絵面を目の裏に浮かべれば、彼女が無性に愛おしい。
空の字は、今までに見たことのない書体である。
全体的に丸みがかった文字は空のやさしさを形にしているようだ。
彼女は字に対して卑屈になっているけれど、決して下手ではない。
一年は組の団蔵と比べれば雲泥の差。
尤も、あの団蔵と比べられるだなんて心外かもしれないが……。
半助は目を細めながら、個性的な空の字を丁寧に指で辿った。
それが終われば、折り畳んだ文にそっと口付けを落とし、これからのことを想像する。
楓の木の下で落ち合ったら、そのまま裏山まで手を繋いで歩くだろう。
二人の間では定番となっている、夜のデートコースだ。
頂上に着けば、輝く星空をふたりで眺める。
腕を絡めてきた空と唇を重ねれば、それだけで終わる自信がない。
(ああ、いかんいかん、自制せねば。明日も空は食堂の仕事で早いんだぞ!)
(でも、今日は歯止めがきかなくなりそうで……)
デートに誘われて以降、気分が昂揚してそわそわと落ち着かない。
逸る気持ちは抑えられず、忍術学園に帰還した半助はいの一番に空を探し出し、返事を返した。
その時点で、浮かれきった己が何を欲しているのかがわかる。
こうしてデートへ向かう前も、入念に身体を洗ったことだし……。
逢いたいと文に託してくれた空を激情のままに愛したかった。
星灯りの下で。
長い口付けで雰囲気を高めてから、空を柔らかい草の絨毯へと押し倒して――と頭の中で細かくシミュレーションすれば、身体の下の方でむらむらと反応するものがある。
(お、落ち着け、自分!と、とにかく……まずは空に会わないと。健全か不健全かはその後決めるとして……)
矢も楯もたまらないといった様子で、半助はふたたび疾走する。
校庭・鍛錬所・無数の蔵を次々と通過すれば、待ち合わせ場所が見えてきた。
(あ、やっぱり先に着いてたか……!)
半助の顔が綻んだ。
目印の楓の木の下に人影が伸びている。
さらに接近すれば、夜風に靡く黒髪が見えた。
(ん?)
それまで期待の表情を浮かべていた半助だったが、突如眉間に深い皺を刻ませた。
木の下で待つ後ろ姿の空は……何やらおかしい。
顔は大玉スイカ以上のでかさだし、膨らんだ体躯を無理矢理着物に押し込めて、まるでボンレスハムといった風体だ。
対照的に背と足は短く、顔と首から下の比率がおおよそ一対一。
ドクタケ忍者首領の稗田八方斎とバランスの悪さではいい勝負である。
一瞬、待ち合わせ場所を間違えたと思ったけれど、裏山へと続く楓の木はここだけだから、それはない。
他に、別のカップルとの待ち合わせが被った可能性も疑ったけれど、自分たち以外に忍術学園にカップルなんていない。
それに、服装といい、髪型といい、その女は空を意識しすぎている。
「まさか……」
半助は謎の女に気づかれぬよう、楓の木に近づき、飛び移った。
梢を揺らさぬようにして慎重に幹をよじ登る。
ある程度地上から離れたところで静止し、女の顔を伺った。
「……」
太く、等身のバランスが悪いと察した時点で、何者かに見当がついたが……。
半助は遺憾の溜息を抑えられなかった。
(なんでアイツがここにいるんだ!?)
半助の思考が猛回転する。
謎の女はおそらく自分たちの逢引を察知したのだろう。
それをよからぬ企みに利用しようと、非力な方の空を拉致し、成りすましたのだ。
であれば、本物の空は今どこにいる?
今にも真下にいる謎の女をしょっぴきたいが、
まずは恋人の安否を確認するのが最優先だと、半助は急いで捜索を開始した。
