一触即発⁉な家庭訪問
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「フッ。ようやくこの瞬間が訪れたな……」
床に転がる何本もの徳利と客人用の布団でいびきをかく半助を見て、大木がほくそ笑んだ。
あのあと、「今日はとことん語り合おう!」と半助に浴びるほど酒を呑ませ、泥酔させた。
用心深い大木は、半助が狸寝入りしていないか何度も確かめた。
熟睡しきっている――そう判断すれば、大木はわざとらしく額をおさえた。
「おお、困った、困った。半助がワシの布団で寝てしまっては、ワシはどこで寝ればいいのだろう……う~ん、しょうがない。半助の布団を借りるとしよう」
この言葉を免罪符とし、大木は不可侵の領域――即ち空ときり丸の眠る寝所を目指した。
音を立てぬよう戸を引けば、抜き足差し足で暗闇の部屋へ入る。
そこでは三つの布団が川の字に敷かれていた。
大木のいる場所から一番遠い端っこにきり丸が寝ている。
空は隣の真ん中。
ただ、横向きに寝ていて、大木には背を向けている。
(よしよし。二人ともぐっすり寝ているな……)
自分の足元に広げてある半助用の布団を空の方へ隙間なく寄せてから、大木は静かにそこで横になった。
目の前にはしなやかに地を流れる空の黒髪がある。
なんだか夜這いをしに来た心地に襲われて、大木の鼓動は待ったなしに高まった。
しかし、夜這いなんて仕掛ける気などさらさらない。
合意を得ていない女を無理矢理犯す。ましてや子どもが寝ている空間で……と人の道から踏み外れる行為は大嫌いだ。
ただ、空の寝顔が見たかった。
空がどんな生活をしているのか、杭瀬村では決して見れない彼女の一面を知りたい。
半助の家へ突撃した目的は、実は恋路を邪魔するためという理由以外にもあったのだ。
今となっては、半助だけでなくきり丸にまで嫉妬している。
自分と違って、常にそばにいられるふたりがどうしようもなく羨ましい。
ふたりに追いつきたい、という欲望が今の大木を動かしていた。
「うーん、なかなかこっちを向いてくれんのう……」
石像のように動かない空が焦れったい。
辛抱できない大木は空の髪をひと掬いし、ツンと引っ張ってみた。
それが刺激となり、空は寝返りを打ちはじめる。
「ん……っ」
あえかな声を発しながら、空は大木に向かい合わせてきた。
その艶めいた声に一際大きく心臓が跳ねるが、息を呑むほどの衝撃が大木を待ち構えていた。
閉じた瞳を飾る、下向きの長い睫毛。
触れたら柔らかそうな頬に唇。
幼児のように丸めた身体と手。
それらが渾然一体となった空の寝姿は、まるで絵巻物から出てきた天女のように可憐で美しい。
(か、可愛い……)
こんな眼福の光景を見逃していたなんて、お前は三十三年間何をやってきたのだと、大木は己自身を叱咤した。
そんな大木の心を見透かしたように、空がフフと微笑む。
何やら良い夢でも見ているらしい。
「はぁ……」
どれだけ眺めても溜息しかでない。
今日はまんじりともせずに、空の寝顔を心ゆくまで堪能しよう。
折角ならもっと近くで……と拳一個分の距離になるまで空の方へ詰めると、女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、心臓が早鐘を打ち始める。
手に届かない女が至近距離にいる。
そう実感した途端、絶対に紳士道を貫くぞ、という強固な意志が早くもぐらつき始めた。
(せ、接吻くらいなら、いいんじゃないか……?)
このサクランボのように赤い唇に自分のそれを重ねたら、どれほどの陶酔が訪れるだろう。
しかし、寝ているときに唇を奪うのは、やはり卑怯かもしれない。
心の中で天使と悪魔が戦う。
果てしなき葛藤の末、大木はもう半分だけ距離を縮めた。
これ以上は絶対に動かないと決めている。
しかしながら、少しでも空が前へずれれば、唇が触れてしまう距離だ。
(これなら自分から手を出したことにはならないはずだ……)
どうやら彼の心の中の天使と悪魔は和解したようで、紳士道を貫きながらも、ラッキースケベの確率を高める……という折衷案に落ち着いたらしい。
空の寝顔を存分に収めようと眼をぱっちりと開きつつ、口はアヒルのように突き出しているという滑稽な顔で最高のハプニングを期待しているときだった。
ガシッ
急に誰かに足首を掴まれて、大木がぎょっとする。
「大木先生!空から離れてください!」
半助だった。
やはりさっきのは寝たふりだったのか、と大木は胸内で舌打ちした。
「は、離れようも何も、ワシはここで休んでいるだけだ!」
「な~に白々しいことを!休んでいるだけなら、どうしてこんなに接近する必要があるんですか!?」
「フッ。わかっていないな、土井先生。ワシは休むついでに見張りも兼ねていたんだ」
「見張り?」
「ああ。頼りの土井先生が酔い潰れたら、誰がこの家を守る?もし、強盗が襲ってきたら、そいつらを追い返せるのはワシしかいない!というわけで、ワシは誰よりも近くで空ときり丸を護衛する必要があったのだ」
「えーい、往生際が悪いですよ!尤もらしい理由を並べてますが、きり丸なんて見向きも近寄りもしなかったじゃないですか!あのあと天井からこっそり見張ってたんですからね!」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさい!とにかく、お前はあっちで寝てろ!」
「どきません!ここは私の場所です!」
空の真横を明け渡したくないと、その場で陣地争いが始まった。
ふたりの男による取っ組み合い。もとい、柔道だ。
半助が大木に覆いかぶさり、上体を抑えつけたかと思えば、大木はしぶとく堪えて寝技を解いた。
お返しにと、背後をとった大木が半助の首に巻き付き、送襟絞 をお見舞いする。
だが、半助のしつこい抵抗に技が決まらない。
「流石大木先生ですね。やはり一筋縄ではいかない……」
「土井先生こそ。なかなかやるのう」
「大木先生、素直に認めてください!本当は空のことを好きなんでしょう?」
「いーや、認めない!」
「認めてください!」
「認めない!」
柔道も舌戦も激しくなる男たちだが、こうも至近距離でドタバタされては、隣の人も、そのまた隣の人も、物音が気になって仕方ない。
「もう、何……?」
「うっさいなぁ……」
(しまった、空たちが起きてしまった!)
もう少し空の寝顔を堪能したかった大木は、がっかりした拍子に、組み手を争っていた腕の力を緩めてしまう。
無論、この綻びを逃す半助ではない。
「もらったぁ!」
半助は大木の裏に足を掛け、大外刈りを仕掛けようとした。
だが、大木もぎりぎりのところでかわす。
「どこんじょー!」
半助の技は不発に終わったが、バランスを崩した大木の身体は半助を巻き込むようにして、布団に倒れた。
ドスン!
丁度その時、ぐずぐずと眼を擦り、夢の世界を彷徨っていた空ときり丸だったが、衝撃音の後に広がった世界を見て一気に現実に引き戻された。
「「!」」
とんでもないハプニングにふたりは絶句する。
あろうことに、半助と大木の唇がぴったりと合わさっていた。
床に転がる何本もの徳利と客人用の布団でいびきをかく半助を見て、大木がほくそ笑んだ。
あのあと、「今日はとことん語り合おう!」と半助に浴びるほど酒を呑ませ、泥酔させた。
用心深い大木は、半助が狸寝入りしていないか何度も確かめた。
熟睡しきっている――そう判断すれば、大木はわざとらしく額をおさえた。
「おお、困った、困った。半助がワシの布団で寝てしまっては、ワシはどこで寝ればいいのだろう……う~ん、しょうがない。半助の布団を借りるとしよう」
この言葉を免罪符とし、大木は不可侵の領域――即ち空ときり丸の眠る寝所を目指した。
音を立てぬよう戸を引けば、抜き足差し足で暗闇の部屋へ入る。
そこでは三つの布団が川の字に敷かれていた。
大木のいる場所から一番遠い端っこにきり丸が寝ている。
空は隣の真ん中。
ただ、横向きに寝ていて、大木には背を向けている。
(よしよし。二人ともぐっすり寝ているな……)
自分の足元に広げてある半助用の布団を空の方へ隙間なく寄せてから、大木は静かにそこで横になった。
目の前にはしなやかに地を流れる空の黒髪がある。
なんだか夜這いをしに来た心地に襲われて、大木の鼓動は待ったなしに高まった。
しかし、夜這いなんて仕掛ける気などさらさらない。
合意を得ていない女を無理矢理犯す。ましてや子どもが寝ている空間で……と人の道から踏み外れる行為は大嫌いだ。
ただ、空の寝顔が見たかった。
空がどんな生活をしているのか、杭瀬村では決して見れない彼女の一面を知りたい。
半助の家へ突撃した目的は、実は恋路を邪魔するためという理由以外にもあったのだ。
今となっては、半助だけでなくきり丸にまで嫉妬している。
自分と違って、常にそばにいられるふたりがどうしようもなく羨ましい。
ふたりに追いつきたい、という欲望が今の大木を動かしていた。
「うーん、なかなかこっちを向いてくれんのう……」
石像のように動かない空が焦れったい。
辛抱できない大木は空の髪をひと掬いし、ツンと引っ張ってみた。
それが刺激となり、空は寝返りを打ちはじめる。
「ん……っ」
あえかな声を発しながら、空は大木に向かい合わせてきた。
その艶めいた声に一際大きく心臓が跳ねるが、息を呑むほどの衝撃が大木を待ち構えていた。
閉じた瞳を飾る、下向きの長い睫毛。
触れたら柔らかそうな頬に唇。
幼児のように丸めた身体と手。
それらが渾然一体となった空の寝姿は、まるで絵巻物から出てきた天女のように可憐で美しい。
(か、可愛い……)
こんな眼福の光景を見逃していたなんて、お前は三十三年間何をやってきたのだと、大木は己自身を叱咤した。
そんな大木の心を見透かしたように、空がフフと微笑む。
何やら良い夢でも見ているらしい。
「はぁ……」
どれだけ眺めても溜息しかでない。
今日はまんじりともせずに、空の寝顔を心ゆくまで堪能しよう。
折角ならもっと近くで……と拳一個分の距離になるまで空の方へ詰めると、女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、心臓が早鐘を打ち始める。
手に届かない女が至近距離にいる。
そう実感した途端、絶対に紳士道を貫くぞ、という強固な意志が早くもぐらつき始めた。
(せ、接吻くらいなら、いいんじゃないか……?)
このサクランボのように赤い唇に自分のそれを重ねたら、どれほどの陶酔が訪れるだろう。
しかし、寝ているときに唇を奪うのは、やはり卑怯かもしれない。
心の中で天使と悪魔が戦う。
果てしなき葛藤の末、大木はもう半分だけ距離を縮めた。
これ以上は絶対に動かないと決めている。
しかしながら、少しでも空が前へずれれば、唇が触れてしまう距離だ。
(これなら自分から手を出したことにはならないはずだ……)
どうやら彼の心の中の天使と悪魔は和解したようで、紳士道を貫きながらも、ラッキースケベの確率を高める……という折衷案に落ち着いたらしい。
空の寝顔を存分に収めようと眼をぱっちりと開きつつ、口はアヒルのように突き出しているという滑稽な顔で最高のハプニングを期待しているときだった。
ガシッ
急に誰かに足首を掴まれて、大木がぎょっとする。
「大木先生!空から離れてください!」
半助だった。
やはりさっきのは寝たふりだったのか、と大木は胸内で舌打ちした。
「は、離れようも何も、ワシはここで休んでいるだけだ!」
「な~に白々しいことを!休んでいるだけなら、どうしてこんなに接近する必要があるんですか!?」
「フッ。わかっていないな、土井先生。ワシは休むついでに見張りも兼ねていたんだ」
「見張り?」
「ああ。頼りの土井先生が酔い潰れたら、誰がこの家を守る?もし、強盗が襲ってきたら、そいつらを追い返せるのはワシしかいない!というわけで、ワシは誰よりも近くで空ときり丸を護衛する必要があったのだ」
「えーい、往生際が悪いですよ!尤もらしい理由を並べてますが、きり丸なんて見向きも近寄りもしなかったじゃないですか!あのあと天井からこっそり見張ってたんですからね!」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさい!とにかく、お前はあっちで寝てろ!」
「どきません!ここは私の場所です!」
空の真横を明け渡したくないと、その場で陣地争いが始まった。
ふたりの男による取っ組み合い。もとい、柔道だ。
半助が大木に覆いかぶさり、上体を抑えつけたかと思えば、大木はしぶとく堪えて寝技を解いた。
お返しにと、背後をとった大木が半助の首に巻き付き、
だが、半助のしつこい抵抗に技が決まらない。
「流石大木先生ですね。やはり一筋縄ではいかない……」
「土井先生こそ。なかなかやるのう」
「大木先生、素直に認めてください!本当は空のことを好きなんでしょう?」
「いーや、認めない!」
「認めてください!」
「認めない!」
柔道も舌戦も激しくなる男たちだが、こうも至近距離でドタバタされては、隣の人も、そのまた隣の人も、物音が気になって仕方ない。
「もう、何……?」
「うっさいなぁ……」
(しまった、空たちが起きてしまった!)
もう少し空の寝顔を堪能したかった大木は、がっかりした拍子に、組み手を争っていた腕の力を緩めてしまう。
無論、この綻びを逃す半助ではない。
「もらったぁ!」
半助は大木の裏に足を掛け、大外刈りを仕掛けようとした。
だが、大木もぎりぎりのところでかわす。
「どこんじょー!」
半助の技は不発に終わったが、バランスを崩した大木の身体は半助を巻き込むようにして、布団に倒れた。
ドスン!
丁度その時、ぐずぐずと眼を擦り、夢の世界を彷徨っていた空ときり丸だったが、衝撃音の後に広がった世界を見て一気に現実に引き戻された。
「「!」」
とんでもないハプニングにふたりは絶句する。
あろうことに、半助と大木の唇がぴったりと合わさっていた。
