一触即発⁉な家庭訪問
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「う~ん、旨い」
普段飲むどぶろくと違い、京 に近い酒蔵でつくられたという酒はよく精製されているのか、透明な色をしている。
口に含めばすっきりとしながら、芳醇な旨味が口内を駆け抜けた。
空が気を利かせて用意してくれた酒の肴、冷奴との相性も良く、手酌が止まらない。
手の込んだ食事と田舎暮らしで縁のなかった名酒の効果は、恐ろしい。
危うくここへ来た建前の理由を忘れるところだった。
「あの~、大木先生。今日は後輩の私が忍術学園でどう過ごしているか……それを心配されてここを訪ねられたんですよね?」
そう半助から言われるや否や、大木は緩みきっていた口元を一気に引き締めた。
恋敵に思い出させられるだなんて、一生の不覚である。
「そうだった、そうだった。もちろん目的を忘れていないぞ!心優しきワシは後輩思いだからな。それで、どうなんだ?一年は組の教師として、問題なく務められているか?何か困ったことはないか?」
急に兄貴風を吹かせてきた自分を半助はじっと見る。
その視線に信頼感よりも猜疑心が多く混じっているのは気のせいだろうか。
半助が口を開くまでの時間は瞬き三回分とごく短いものの、何だかひどく長く感じられた。
「そうですね……私も忍術学園に務めてから、もう何年も経ちました。最初はぎこちなかったけど、今ではすっかり慣れましたね」
そこから堰をきったように半助が語り出した。
一年は組のこと。
とりわけ、あの問題児、乱きりしんについて、だ。
「あの子たちといったら、これまで私が受け持ってきた教え子の中ですこぶる出来が悪い。補習授業が常態化するなんてありえないですよ!この前のテストの点数なんて、あぁ、思い出すだけで胃が……」
愚痴に近い半助の話はなおも続く。
段々と聞くに堪えなくなってきたとき、雅之助はふとあることに気づく。
空ときり丸の気配がないと思ったら、ぱたりと姿を消していたのだ。
(はて、井戸に水でも汲みにいったのか?洗い物をしておったし……)
だが、それから更に四半時が経過しても、ふたりが戻ってこない。
(う~ん、どこに行ったんだ?気になるのう……)
しきりにキョロキョロしていれば、さしもの半助も喋りを止めた。
「大木先生?さっきからどうされたんです?」
「い、いや……空ときり丸、ふたりの姿が見えないもんだから、ちょっとばっかし気になって、」
「ああ。ふたりなら隣のおばちゃんのところへ行ってると思いますよ。この時間はいつもこうだし」
「そ、そうか。それならいいんだ」
「二人がいないのが、そんなに 気になるんですか?」
その言い方が、やけに嫌味ったらしく感じた。
「そ、そうではない!ただ、夜も深まってきたから、少し心配になっただけだ。女と子どもだし」
「ふ~ん。でも、それ以上の理由がある気がしますけどねぇ」
最早半助の目は疑い一色に染まっている。
大木の心臓が飛び跳ねた。
(落ち着け、落ち着け……)
冷静さを取り戻すようにぐいっと酒を煽る大木に、刀のように鋭利な眼つきで半助が言う。
「単刀直入に聞きます。大木先生、実は空に惚れているのではありませんか?」
「むお!」
大木は驚きがそのまま口から飛び出たような叫び声を上げた。
その拍子に呑み込んだ酒が気管に入り、噎せてしまう。
「ゲホッ、ゲホッ……そ、そんなことは断じてない!断じてなぁぁぁい!」
「う~ん、ますます怪しい……」
「本当だ!あんな小便臭い小娘、ワシの好みではなーい!ワシはもっと、むちむちぷりんっとした大人の女が好みなんだ!」
そう鼻の穴を広げて憤慨すれば、半助がキョトンとする。
そのまま黙考へと突入した半助だが、やがてすべての疑念が払拭されたような、さっぱりとした表情で言った。
「そうですよね。大木先生が一回りも歳の離れた女性を相手にするわけがないですよね。大木先生からすれば、空なんて子どもにしか見えないでしょうし……勘違いしてすみません。ただ、最近空との口ゲンカがめっきり減ったうえに、仲の良いご様子だったので、つい疑ってしまいました」
「まぁ、お前が疑うのも無理はない。杭瀬村に来るようになってから親睦を深めているのは事実だからな。だが、心配するな。ワシと空は師匠と弟子、みたいなものだ」
今はそう返すしかないが、胸に秘めた想いと反対のことを言えば言うほど虚しくなってくる。
杭瀬村を訪ねてくる日を首を長くして待つほど、激しく空に惹かれているのに、どうしてこいつを安心させるような発言をしなければならないのだと。
「前途多難とはいえ、仕事の方は問題なさそうでよかった。だが、『ぷらいべーと』の方はどうなんだ?」
「え?」
「だ・か・ら、『ぷらいべーと』だ。先輩として公私ともに把握しておく必要がある!」
「ぷらいべーと……」
「それこそ、空とはうまく行っているのか?」
気を逸らすためとはいえ、宿敵 の口から恋話を語らせる方向に持っていた自分を呪わしく思った。
一方で、恋人目線で空のことをどう語るのか気になる。
そんな大木の複雑な胸中に気が付かず、話を振られた半助といえば、眼が爛々と輝いていた。
「はい、空とはもう仲が良すぎるくらいで……一緒にいられるだけで幸せというか……どうしよう。なんか、こういう話をするの恥ずかしいな」
そう言って、赤面した半助がわしゃ…と頭を掻いた。
出だしの部分といい、その照れ顔といい、胃がどうしようもなくむかむかして、こめかみに青筋がはしりそうだった。
だが、そんな大木に目もくれないようで、半助はしみじみとした口調で続ける。
余程誰かに胸の内を語りたかったらしい。
「詳しいことは省きますが、私は過去に色々あり……忍術学園に流れ着いただけでも、僥倖 だと思ってたんです。けれど、空との出会いはそれをやすやすと凌駕するものでした……」
「……」
「最初は独りぼっちの彼女に同情心しか湧かなかったんです。しかし、世話役として彼女を知っていくうちに、彼女を守ってあげたいという思いが強くなって……気がついたら、すべてに惹かれてました……だから、彼女と心を通わせた時は、もう一生分の運を使い果たしたな、って思えるくらいに嬉しくて」
「……」
「こんなこと言ったら、完全にのぼせあがってるな、て笑われるかもしれませんが、毎朝目が覚めたとき、私は空に新しく恋をしているんです。知れば知るほど、新鮮な気持ちが湧き上がってくるというか……未だにふたりっきりになると、年上の余裕がなくなるくらい、緊張を覚えてしまうことがあるくらいで……」
そう言って、照れくさそうに笑う半助の面 を見ると、今度こそ本当に頭の血管がぶち切れそうだった。
(ぎゃああああ!やめてくれぇ!お前の惚気なんぞ、これっぽっちも聞きたくなぁぁぁい!!!)
「お、お前さんたちが順調なことはよ~くわかった。しかし、土井先生が幼い娘に夢中になるとは意外だったのう。土井先生ならもっと他の良い大人の女を捕まえられると思ったのに」
天邪鬼な大木は悔しさのあまり、本当に空で良かったのかと後悔を促すような発言をした。
しかしながら、半助はこれを看過できぬらしく、強い口調で反発してきた。
「空ほど最高の女はいません!健気で無欲で……見惚れるほどに笑顔が素敵で……大木先生は小娘だって決めつけてますが、私はそうは思いません!普段から女性らしい魅力にあふれてますし、閨での空は年齢差を感じさせないほど色っぽいですよ!どこを触っても柔らかいし、感度だって凄く良くて、」
そこまで言って、半助はすぐに「余計な話をしてすみません」と謝って俯いた。
大木の頭の中でとうとう何かが弾ける音がした。
(きぃぃぃぃ!許さぁぁぁん!ワシの空とイチャコラしやがってぇ!もう我慢の限界だ!)
無意識に懐の中の手裏剣を漁っていたときだった。
「ただいま~!」
「ただいまです」
きり丸と空が外から戻ってきた。
肌が心なしかつやつやとしている。
そして、雨にやられたように、髪はしっとり濡れていた。
普段着の着物が白一色の寝衣へ変わっているから、何をやっていたのか一目瞭然だった。
「お、お前たち……ちょっと姿が見えないと思ったら、ひょっとして身体を流していたのか?」
「はい、夕餉の片付けを済ませると、いつも隣のおばちゃんちに転がり込むんです。タダで盥 とお湯を使えるんですよ」
「隣のおばちゃん、色々と気を回してくれて」
自分で発した「タダ」の言葉に目を銭にするきり丸の横で、空が事情を説明してくれた。
ある日、空が行水してるからと外に出て待っている半助を見て、隣のおばちゃんが気の毒に思ったらしい。
『空ちゃん、身体を洗いたいときはうちに来なさいよ。そうすれば半助も外で待たなくて済むし、うちはあたし一人だから、気兼ねなく過ごせるわよ』
と声をかけてくれて以降、夕餉を済ませると隣のおばちゃん家へお邪魔するのが日課となったという。
大木は心の中で快哉 を叫んだ。
(隣のおばちゃん、よくやった!一つ屋根の下で行水するなんて、土井先生がケダモノへ変わる機会を増やすだけだからな)
(それにしても……)
大木が改めて空を見た。
まだ水分の残る髪に、血色の良くなった赤い頬。
湯上り姿の彼女には、昼間の清楚な姿からは気付きにくい、女の色香が立ち上っていた。
(いい……)
あの白く細い身体を抱きしめたときは、きっと極楽へ行けたときのような心地なのだろう。
その柔らかい感覚を想像するだけで唾液が口に充満する大木だが、ふとある事実に気づいた。
「あれ?きり丸も一緒ということは……」
そう呟くと、目前の少年は平然と返した。
「おれ、毎日ついて行って空さんの背中を流してるんです。ついでに、隣のおばちゃんのも」
「な、なにぃ!?」
「だって、空さんはバイト手伝ってくれるし、隣のおばちゃんはいっつも食いもん分けてよくしてくれるから、そのお礼に」
そう聞けば、津波のような衝撃が大木を貫いていた。
(ということは、きり丸は毎日空の裸を拝んでいるのか……)
(あ~んな姿も、こ~んな姿もきり丸の方が知っているなんて……)
この羨ましい奴め!と嫉妬の眼差しに、呑気な少年はちっとも気づかない。
湯上り後の清涼感と一日が終わる解放感に身を委ねていた。
「土井先生たち、まだお酒飲んでるんでしょ?おれたち疲れちゃったから先に寝まーす。あ、大木先生の布団はこちらに出しておきますね。さ、空さん、あっちの部屋に行きましょ」
「うん」
きり丸は図々しくも空の手を引き、間仕切り扉の奥へと消えた。
普段飲むどぶろくと違い、
口に含めばすっきりとしながら、芳醇な旨味が口内を駆け抜けた。
空が気を利かせて用意してくれた酒の肴、冷奴との相性も良く、手酌が止まらない。
手の込んだ食事と田舎暮らしで縁のなかった名酒の効果は、恐ろしい。
危うくここへ来た建前の理由を忘れるところだった。
「あの~、大木先生。今日は後輩の私が忍術学園でどう過ごしているか……それを心配されてここを訪ねられたんですよね?」
そう半助から言われるや否や、大木は緩みきっていた口元を一気に引き締めた。
恋敵に思い出させられるだなんて、一生の不覚である。
「そうだった、そうだった。もちろん目的を忘れていないぞ!心優しきワシは後輩思いだからな。それで、どうなんだ?一年は組の教師として、問題なく務められているか?何か困ったことはないか?」
急に兄貴風を吹かせてきた自分を半助はじっと見る。
その視線に信頼感よりも猜疑心が多く混じっているのは気のせいだろうか。
半助が口を開くまでの時間は瞬き三回分とごく短いものの、何だかひどく長く感じられた。
「そうですね……私も忍術学園に務めてから、もう何年も経ちました。最初はぎこちなかったけど、今ではすっかり慣れましたね」
そこから堰をきったように半助が語り出した。
一年は組のこと。
とりわけ、あの問題児、乱きりしんについて、だ。
「あの子たちといったら、これまで私が受け持ってきた教え子の中ですこぶる出来が悪い。補習授業が常態化するなんてありえないですよ!この前のテストの点数なんて、あぁ、思い出すだけで胃が……」
愚痴に近い半助の話はなおも続く。
段々と聞くに堪えなくなってきたとき、雅之助はふとあることに気づく。
空ときり丸の気配がないと思ったら、ぱたりと姿を消していたのだ。
(はて、井戸に水でも汲みにいったのか?洗い物をしておったし……)
だが、それから更に四半時が経過しても、ふたりが戻ってこない。
(う~ん、どこに行ったんだ?気になるのう……)
しきりにキョロキョロしていれば、さしもの半助も喋りを止めた。
「大木先生?さっきからどうされたんです?」
「い、いや……空ときり丸、ふたりの姿が見えないもんだから、ちょっとばっかし気になって、」
「ああ。ふたりなら隣のおばちゃんのところへ行ってると思いますよ。この時間はいつもこうだし」
「そ、そうか。それならいいんだ」
「二人がいないのが、
その言い方が、やけに嫌味ったらしく感じた。
「そ、そうではない!ただ、夜も深まってきたから、少し心配になっただけだ。女と子どもだし」
「ふ~ん。でも、それ以上の理由がある気がしますけどねぇ」
最早半助の目は疑い一色に染まっている。
大木の心臓が飛び跳ねた。
(落ち着け、落ち着け……)
冷静さを取り戻すようにぐいっと酒を煽る大木に、刀のように鋭利な眼つきで半助が言う。
「単刀直入に聞きます。大木先生、実は空に惚れているのではありませんか?」
「むお!」
大木は驚きがそのまま口から飛び出たような叫び声を上げた。
その拍子に呑み込んだ酒が気管に入り、噎せてしまう。
「ゲホッ、ゲホッ……そ、そんなことは断じてない!断じてなぁぁぁい!」
「う~ん、ますます怪しい……」
「本当だ!あんな小便臭い小娘、ワシの好みではなーい!ワシはもっと、むちむちぷりんっとした大人の女が好みなんだ!」
そう鼻の穴を広げて憤慨すれば、半助がキョトンとする。
そのまま黙考へと突入した半助だが、やがてすべての疑念が払拭されたような、さっぱりとした表情で言った。
「そうですよね。大木先生が一回りも歳の離れた女性を相手にするわけがないですよね。大木先生からすれば、空なんて子どもにしか見えないでしょうし……勘違いしてすみません。ただ、最近空との口ゲンカがめっきり減ったうえに、仲の良いご様子だったので、つい疑ってしまいました」
「まぁ、お前が疑うのも無理はない。杭瀬村に来るようになってから親睦を深めているのは事実だからな。だが、心配するな。ワシと空は師匠と弟子、みたいなものだ」
今はそう返すしかないが、胸に秘めた想いと反対のことを言えば言うほど虚しくなってくる。
杭瀬村を訪ねてくる日を首を長くして待つほど、激しく空に惹かれているのに、どうしてこいつを安心させるような発言をしなければならないのだと。
「前途多難とはいえ、仕事の方は問題なさそうでよかった。だが、『ぷらいべーと』の方はどうなんだ?」
「え?」
「だ・か・ら、『ぷらいべーと』だ。先輩として公私ともに把握しておく必要がある!」
「ぷらいべーと……」
「それこそ、空とはうまく行っているのか?」
気を逸らすためとはいえ、
一方で、恋人目線で空のことをどう語るのか気になる。
そんな大木の複雑な胸中に気が付かず、話を振られた半助といえば、眼が爛々と輝いていた。
「はい、空とはもう仲が良すぎるくらいで……一緒にいられるだけで幸せというか……どうしよう。なんか、こういう話をするの恥ずかしいな」
そう言って、赤面した半助がわしゃ…と頭を掻いた。
出だしの部分といい、その照れ顔といい、胃がどうしようもなくむかむかして、こめかみに青筋がはしりそうだった。
だが、そんな大木に目もくれないようで、半助はしみじみとした口調で続ける。
余程誰かに胸の内を語りたかったらしい。
「詳しいことは省きますが、私は過去に色々あり……忍術学園に流れ着いただけでも、
「……」
「最初は独りぼっちの彼女に同情心しか湧かなかったんです。しかし、世話役として彼女を知っていくうちに、彼女を守ってあげたいという思いが強くなって……気がついたら、すべてに惹かれてました……だから、彼女と心を通わせた時は、もう一生分の運を使い果たしたな、って思えるくらいに嬉しくて」
「……」
「こんなこと言ったら、完全にのぼせあがってるな、て笑われるかもしれませんが、毎朝目が覚めたとき、私は空に新しく恋をしているんです。知れば知るほど、新鮮な気持ちが湧き上がってくるというか……未だにふたりっきりになると、年上の余裕がなくなるくらい、緊張を覚えてしまうことがあるくらいで……」
そう言って、照れくさそうに笑う半助の
(ぎゃああああ!やめてくれぇ!お前の惚気なんぞ、これっぽっちも聞きたくなぁぁぁい!!!)
「お、お前さんたちが順調なことはよ~くわかった。しかし、土井先生が幼い娘に夢中になるとは意外だったのう。土井先生ならもっと他の良い大人の女を捕まえられると思ったのに」
天邪鬼な大木は悔しさのあまり、本当に空で良かったのかと後悔を促すような発言をした。
しかしながら、半助はこれを看過できぬらしく、強い口調で反発してきた。
「空ほど最高の女はいません!健気で無欲で……見惚れるほどに笑顔が素敵で……大木先生は小娘だって決めつけてますが、私はそうは思いません!普段から女性らしい魅力にあふれてますし、閨での空は年齢差を感じさせないほど色っぽいですよ!どこを触っても柔らかいし、感度だって凄く良くて、」
そこまで言って、半助はすぐに「余計な話をしてすみません」と謝って俯いた。
大木の頭の中でとうとう何かが弾ける音がした。
(きぃぃぃぃ!許さぁぁぁん!ワシの空とイチャコラしやがってぇ!もう我慢の限界だ!)
無意識に懐の中の手裏剣を漁っていたときだった。
「ただいま~!」
「ただいまです」
きり丸と空が外から戻ってきた。
肌が心なしかつやつやとしている。
そして、雨にやられたように、髪はしっとり濡れていた。
普段着の着物が白一色の寝衣へ変わっているから、何をやっていたのか一目瞭然だった。
「お、お前たち……ちょっと姿が見えないと思ったら、ひょっとして身体を流していたのか?」
「はい、夕餉の片付けを済ませると、いつも隣のおばちゃんちに転がり込むんです。タダで
「隣のおばちゃん、色々と気を回してくれて」
自分で発した「タダ」の言葉に目を銭にするきり丸の横で、空が事情を説明してくれた。
ある日、空が行水してるからと外に出て待っている半助を見て、隣のおばちゃんが気の毒に思ったらしい。
『空ちゃん、身体を洗いたいときはうちに来なさいよ。そうすれば半助も外で待たなくて済むし、うちはあたし一人だから、気兼ねなく過ごせるわよ』
と声をかけてくれて以降、夕餉を済ませると隣のおばちゃん家へお邪魔するのが日課となったという。
大木は心の中で
(隣のおばちゃん、よくやった!一つ屋根の下で行水するなんて、土井先生がケダモノへ変わる機会を増やすだけだからな)
(それにしても……)
大木が改めて空を見た。
まだ水分の残る髪に、血色の良くなった赤い頬。
湯上り姿の彼女には、昼間の清楚な姿からは気付きにくい、女の色香が立ち上っていた。
(いい……)
あの白く細い身体を抱きしめたときは、きっと極楽へ行けたときのような心地なのだろう。
その柔らかい感覚を想像するだけで唾液が口に充満する大木だが、ふとある事実に気づいた。
「あれ?きり丸も一緒ということは……」
そう呟くと、目前の少年は平然と返した。
「おれ、毎日ついて行って空さんの背中を流してるんです。ついでに、隣のおばちゃんのも」
「な、なにぃ!?」
「だって、空さんはバイト手伝ってくれるし、隣のおばちゃんはいっつも食いもん分けてよくしてくれるから、そのお礼に」
そう聞けば、津波のような衝撃が大木を貫いていた。
(ということは、きり丸は毎日空の裸を拝んでいるのか……)
(あ~んな姿も、こ~んな姿もきり丸の方が知っているなんて……)
この羨ましい奴め!と嫉妬の眼差しに、呑気な少年はちっとも気づかない。
湯上り後の清涼感と一日が終わる解放感に身を委ねていた。
「土井先生たち、まだお酒飲んでるんでしょ?おれたち疲れちゃったから先に寝まーす。あ、大木先生の布団はこちらに出しておきますね。さ、空さん、あっちの部屋に行きましょ」
「うん」
きり丸は図々しくも空の手を引き、間仕切り扉の奥へと消えた。
