一触即発⁉な家庭訪問
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戦いは既に始まっている。
この家に入る前の、半助の恋路を邪魔しようと決意したときから――
偶然にも、仕事の帰り途で大木はバイト中の空に出くわした。
休日を半助とのデートに割いていなかったとわかり、歓喜に沸いたのはほんの束の間のこと。
空の帰る場所が忍術学園ではなく恋人が待つ家だと知ってからは、胸いっぱいに灰色の靄が立ち込めてしまう。
このまま真っすぐ杭瀬村に帰ってしまったら、空は夜、半助の腕の中で女の悦びに溺れ……だなんて、想像しただけで脳の血管から血が吹き出そうだった。
居てもたってもいられず、衝動に突き動かされるように「半助の家に泊まる」と宣言してしまった。
空ときり丸によれば、今回の忍術学園の休みは単発なもので、明日には忍術学園に向けて発つらしい。
日常へと帰ったら、人目の多く騒がしい忍術学園のこと。
そう簡単にイチャイチャできやしないだろう。
となれば、今夜さえ凌げばいいわけだ。
(ワシが来たからには、甘い時間を過ごせると思うなよぉ!んなもん、断固阻止だ、阻止!!)
目にどす黒い嫉妬の炎が滾ったときだった。
「あのう、大木先生……」
急に横から耳心地良い空の声が聞こえて、臨戦モードから一転、ドギマギしてしまう。
「な、なんだ?」
「ご飯、どのくらいの量食べられますか?」
そう言って、飯椀を手に首を傾げてきた。
細かい気配り。
思わず目尻が垂れそうになるが、ここは杭瀬村と違ってふたりきりではない。
油断禁物、と引き締まった声音で返した。
「たんと頼む。山盛りでいい。腹が減っては戦ができぬ、だからな」
「はぁ……わかりました」
一体何と戦うんだろう、と問いたげな顔をした空だが、それは一瞬のこと。
すぐさま飯櫃から湯気の立つ米を装い、給仕に没頭していく。
ほんの少しの間、傍らで空の美しい横顔を堪能すれば、大木は黒目を上下左右に移動し、家の隅々まで観察しはじめた。
少しでも現状を把握するために。
杭瀬村から町へ野菜を卸しにいくとき、ごくたまに半助の家 に立ち寄ったことがある。
でも、最後に訪れたのはきり丸が住み着く以前のこと。
そのときは、脱ぎっぱなしの着物や食べてから放置したままの洗ってもいない食器、読みっぱなしの広げた本などがそこらじゅうにあって足の踏み場もなかった。
まぁ、自分も気を抜けばすぐ部屋が散らかるので、独り暮らしの男なんてこんなもんだ、とさして驚かなかった。
が、今は見違えるように綺麗になっている。
木目がくっきりと見えるほど床はピカピカに磨かれているし、着物は板戸で隔てた奥部屋の箪笥にきっちりしまわれているようで、一枚も見当たらない。
すり鉢や皿・椀の食器など使用頻度の高い日用品だけが二段式の棚に置かれていて、他の雑多なものは隅の櫃に隠し、見せない収納を心がけている。
家具も導線周りが良くなるように配置が変更されていた。
同居人ふたりのお陰で、生活の質が向上してるのは一目瞭然だった。
ふと大木はあるものに目が留まる。
それは、居間の壁掛け棚に何気なく置かれた花瓶。
そこには釣鐘型の白い花――鈴蘭 が生けてある。
独身男が家に花を飾るなんて、まずない。
そして、ドケチのきり丸も常日頃考えるのは銭ばかり。
花に気を回すなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。
生活に潤いを与えたいなんて、こんなきめ細やかな気配りができるのは、やはり女性の空しかいない。
半助 には一緒に過ごす空間を大切にしたいと思っていてくれる女がいる。
それが自分が身を焦がすように想う相手。
憎らしい……。
ぐぐっと唇を噛みしめながら、半助への嫉妬が最高潮に達したときだった。
「大木先生、大木先生ってば!」
目前で心配そうに見つめる少年に気づいて、ハッと意識を取り戻した。
「大丈夫っすか?急に顔つきが険しくなるから、具合でも悪いのかと……」
「い、いや、そんなことはないぞ!」
「良かった。じゃあ、それならみんなで頂きましょう!おれ、もう目が回りそうです……」
「ああ、そうだな」
あたりを見れば、いつの間にか膳が並べられている。
艶やかに炊き上がった玄米まじりのご飯、こんがりと焼き上がった岩魚の塩焼き、豆腐と三つ葉の澄まし汁に根野菜の煮物。
他にも、胡瓜の酢の物と沢庵が添えられていた。
彩りよく品数の多い料理が円満家庭を象徴しているかのようでイライラする。
自分だって料理には自信があるが、さすがに独りだとここまで手をかける気にはなれない。
一品だけと簡単に済ませてしまう日がザラにある。
「大木先生、どうぞ。お口に合えばいいんですが……」
謙遜しながら勧めてくる半助に苛立ちつつ、手を合わせて「いただきます」の言葉を唱え、澄まし汁の注がれた椀を持った。
(見てくれはいいが、さて味は……)
料理の善し悪しは出汁の取り方で決まる。
少しでも不味かったら盛大にケチをつけるつもりだったのに、一口啜ってみれば、驚きを禁じ得なかった。
「う、美味い……!」
「ああ、良かった。先日、隣のおばちゃんから東国 の方の昆布を分けて頂いたんですよ」
「な、成程……道理で美味いはずだ」
そう返しながら、大木は安堵していた。
料理の味が良いのはたまたま素材に恵まれただけなのだと。
ならば他の物は大したことないだろうと一口ずつ食べてみる。
だが、いずれも洗練された味付けに、大木は愕然とした。
(くっ……こいつ料理が得意だったとは!?てっきり家事能力ゼロだと思っていたのに……!)
ご飯の硬さも、魚の焼き具合も、その他のおかずもすべて文句なしだ。
「土井先生のご飯、ほんと美味しいっすね」
「うん」
「そうかぁ?でも、そう言ってもらえると作った甲斐があったよ」
ふたりに褒められて照れた半助を見れば、どうしても揚げ足を取らずにはいられない。
「ふむ。確かにうまい。だが、この煮物……ちょっと味が薄すぎやしないか?もう一味足りんのう」
実際には格別に旨いのだが、負け惜しみの減らず口がそう言わせてしまった。
(フフン、これで天狗になっている半助の鼻をへし折れたはず……)
大木はちらりと半助を見る。
しかし、言われた半助はショックを受けるどころか、唇をわななかせてある人物をひどく心配している。
歯をくいしばり、眼を三角にして気色ばんだ空を。
「その煮物は残り物で昨日私が作ったんです!味が薄くて悪かったですね!」
空にフンと顔を背けられて、大木の顔が引きつった。
(しまった!何たる失言を……ワシのバカ、バカ、バカ!)
半助よりも優位に立ちたかっただけなのに、かえって自分の好感度を下げることになったのは誤算だった。
これでは、何のためにここへ来たのかわからない。
コホンと咳払いして、大木が言った。
「空、そう怒るな。言ったそばからなんだが……よくよく考えてみれば薄味も悪くない。塩分の取りすぎは病気を招く。身体に良くない。う~ん、流石は食堂のおばちゃん仕込みの味だ、美味い美味い!」
大木は煮物を豪快にかきこみ、胃の腑に落とし込んでいく。
「はぁ……?」
百八十度変わった言動に誰もが目を丸くしている。
そりゃそうだろう。
自分でもこの会話の流れはちと無理があると思った。
この家に入る前の、半助の恋路を邪魔しようと決意したときから――
偶然にも、仕事の帰り途で大木はバイト中の空に出くわした。
休日を半助とのデートに割いていなかったとわかり、歓喜に沸いたのはほんの束の間のこと。
空の帰る場所が忍術学園ではなく恋人が待つ家だと知ってからは、胸いっぱいに灰色の靄が立ち込めてしまう。
このまま真っすぐ杭瀬村に帰ってしまったら、空は夜、半助の腕の中で女の悦びに溺れ……だなんて、想像しただけで脳の血管から血が吹き出そうだった。
居てもたってもいられず、衝動に突き動かされるように「半助の家に泊まる」と宣言してしまった。
空ときり丸によれば、今回の忍術学園の休みは単発なもので、明日には忍術学園に向けて発つらしい。
日常へと帰ったら、人目の多く騒がしい忍術学園のこと。
そう簡単にイチャイチャできやしないだろう。
となれば、今夜さえ凌げばいいわけだ。
(ワシが来たからには、甘い時間を過ごせると思うなよぉ!んなもん、断固阻止だ、阻止!!)
目にどす黒い嫉妬の炎が滾ったときだった。
「あのう、大木先生……」
急に横から耳心地良い空の声が聞こえて、臨戦モードから一転、ドギマギしてしまう。
「な、なんだ?」
「ご飯、どのくらいの量食べられますか?」
そう言って、飯椀を手に首を傾げてきた。
細かい気配り。
思わず目尻が垂れそうになるが、ここは杭瀬村と違ってふたりきりではない。
油断禁物、と引き締まった声音で返した。
「たんと頼む。山盛りでいい。腹が減っては戦ができぬ、だからな」
「はぁ……わかりました」
一体何と戦うんだろう、と問いたげな顔をした空だが、それは一瞬のこと。
すぐさま飯櫃から湯気の立つ米を装い、給仕に没頭していく。
ほんの少しの間、傍らで空の美しい横顔を堪能すれば、大木は黒目を上下左右に移動し、家の隅々まで観察しはじめた。
少しでも現状を把握するために。
杭瀬村から町へ野菜を卸しにいくとき、ごくたまに
でも、最後に訪れたのはきり丸が住み着く以前のこと。
そのときは、脱ぎっぱなしの着物や食べてから放置したままの洗ってもいない食器、読みっぱなしの広げた本などがそこらじゅうにあって足の踏み場もなかった。
まぁ、自分も気を抜けばすぐ部屋が散らかるので、独り暮らしの男なんてこんなもんだ、とさして驚かなかった。
が、今は見違えるように綺麗になっている。
木目がくっきりと見えるほど床はピカピカに磨かれているし、着物は板戸で隔てた奥部屋の箪笥にきっちりしまわれているようで、一枚も見当たらない。
すり鉢や皿・椀の食器など使用頻度の高い日用品だけが二段式の棚に置かれていて、他の雑多なものは隅の櫃に隠し、見せない収納を心がけている。
家具も導線周りが良くなるように配置が変更されていた。
同居人ふたりのお陰で、生活の質が向上してるのは一目瞭然だった。
ふと大木はあるものに目が留まる。
それは、居間の壁掛け棚に何気なく置かれた花瓶。
そこには釣鐘型の白い花――
独身男が家に花を飾るなんて、まずない。
そして、ドケチのきり丸も常日頃考えるのは銭ばかり。
花に気を回すなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。
生活に潤いを与えたいなんて、こんなきめ細やかな気配りができるのは、やはり女性の空しかいない。
それが自分が身を焦がすように想う相手。
憎らしい……。
ぐぐっと唇を噛みしめながら、半助への嫉妬が最高潮に達したときだった。
「大木先生、大木先生ってば!」
目前で心配そうに見つめる少年に気づいて、ハッと意識を取り戻した。
「大丈夫っすか?急に顔つきが険しくなるから、具合でも悪いのかと……」
「い、いや、そんなことはないぞ!」
「良かった。じゃあ、それならみんなで頂きましょう!おれ、もう目が回りそうです……」
「ああ、そうだな」
あたりを見れば、いつの間にか膳が並べられている。
艶やかに炊き上がった玄米まじりのご飯、こんがりと焼き上がった岩魚の塩焼き、豆腐と三つ葉の澄まし汁に根野菜の煮物。
他にも、胡瓜の酢の物と沢庵が添えられていた。
彩りよく品数の多い料理が円満家庭を象徴しているかのようでイライラする。
自分だって料理には自信があるが、さすがに独りだとここまで手をかける気にはなれない。
一品だけと簡単に済ませてしまう日がザラにある。
「大木先生、どうぞ。お口に合えばいいんですが……」
謙遜しながら勧めてくる半助に苛立ちつつ、手を合わせて「いただきます」の言葉を唱え、澄まし汁の注がれた椀を持った。
(見てくれはいいが、さて味は……)
料理の善し悪しは出汁の取り方で決まる。
少しでも不味かったら盛大にケチをつけるつもりだったのに、一口啜ってみれば、驚きを禁じ得なかった。
「う、美味い……!」
「ああ、良かった。先日、隣のおばちゃんから
「な、成程……道理で美味いはずだ」
そう返しながら、大木は安堵していた。
料理の味が良いのはたまたま素材に恵まれただけなのだと。
ならば他の物は大したことないだろうと一口ずつ食べてみる。
だが、いずれも洗練された味付けに、大木は愕然とした。
(くっ……こいつ料理が得意だったとは!?てっきり家事能力ゼロだと思っていたのに……!)
ご飯の硬さも、魚の焼き具合も、その他のおかずもすべて文句なしだ。
「土井先生のご飯、ほんと美味しいっすね」
「うん」
「そうかぁ?でも、そう言ってもらえると作った甲斐があったよ」
ふたりに褒められて照れた半助を見れば、どうしても揚げ足を取らずにはいられない。
「ふむ。確かにうまい。だが、この煮物……ちょっと味が薄すぎやしないか?もう一味足りんのう」
実際には格別に旨いのだが、負け惜しみの減らず口がそう言わせてしまった。
(フフン、これで天狗になっている半助の鼻をへし折れたはず……)
大木はちらりと半助を見る。
しかし、言われた半助はショックを受けるどころか、唇をわななかせてある人物をひどく心配している。
歯をくいしばり、眼を三角にして気色ばんだ空を。
「その煮物は残り物で昨日私が作ったんです!味が薄くて悪かったですね!」
空にフンと顔を背けられて、大木の顔が引きつった。
(しまった!何たる失言を……ワシのバカ、バカ、バカ!)
半助よりも優位に立ちたかっただけなのに、かえって自分の好感度を下げることになったのは誤算だった。
これでは、何のためにここへ来たのかわからない。
コホンと咳払いして、大木が言った。
「空、そう怒るな。言ったそばからなんだが……よくよく考えてみれば薄味も悪くない。塩分の取りすぎは病気を招く。身体に良くない。う~ん、流石は食堂のおばちゃん仕込みの味だ、美味い美味い!」
大木は煮物を豪快にかきこみ、胃の腑に落とし込んでいく。
「はぁ……?」
百八十度変わった言動に誰もが目を丸くしている。
そりゃそうだろう。
自分でもこの会話の流れはちと無理があると思った。
