比翼の絆
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尊奈門が五つの頃。
既に忍の稽古が始まり、同年代の童たちよりもゆうに身体能力は勝ってはいたが、一人だけ喧嘩に勝てない相手がいた。
近所に住むその子どもは父親が力士だという。
父親譲りの肥えた体格を持つその子は、虎のように強いということから、王虎 という四股名 で呼ばれていた。
王虎は自分の強さを鼻にかけていた。
だが、なぜか周囲の人間が褒めちぎるのは諸泉姉弟ばかり。
双子という稀有な存在が一際目立ってしまったのだろう。
それが気に食わなかった王虎は、双子で劣っている方の尊奈門に目をつけた。
その日もいつものように人気のないところへ連れ込んで、尊奈門を弄んでいた。
「どうしたぁ?もうこれで終わりかぁ?」
王虎の下品な声が頭上から響く。
自分よりも三倍以上、ともすれば並みの成人男性よりも体重のある王虎から押さえつけられて、全く身動きがとれない。
おまけに、倒れた拍子に足を捻ってしまったらしい。
「弱いなぁ……お前がこうだと、お前の父親も大したことないんだろうな。日頃からタソガレドキの忍だなんて偉そうにしているけど」
「父上は偉そうになんてしていない!言いがかりをつけるな!」
「うっせえ!」
そう言って、王虎は拘束した尊奈門の両手首に指をぎゅっとめり込ませた。
「うっ……」
尊奈門が痛みに呻く。
骨にヒビが入りそうなほどに圧迫された。
(くそっ……!自分にもっと力があれば……)
振りほどこうにも、今の雁字搦めの状況じゃどうすることもできない。
ぎりっと唇を噛みながら、王虎が飽くまで辛抱しているときだった。
「おい、王虎!最近、尊奈門がやたら痣をつくっていると思ったら、全部お前のせいだったんだな。許さない!」
「姉上!」
「私が来たから、もう大丈夫だよ!」
ふたりの前に現れた空が尊奈門に向かってにっこりと微笑みかけた。
このやりとりが王虎の癪に触ったらしい。
「はーん、自慢の姉のお出ましってわけか。けっ、気に入らねえ姉弟だ。今からお前もぶちのめしてやる!」
王虎が立ち上がった。
ターゲットを空に切り替えて、彼女へ突進していく。
だが、空は一歩も動かない。
「どうした!ビビっちまったのかぁ?でも、もう遅い!」
王虎が掌を突き出す。
この張り手を正面からまともにくらえば、空の身体は塵のように吹き飛ばされるであろう。
だが、張り手を受ける直前で、空は姿を消した。
「くっ!後ろか!」
巨体の割に王虎は俊敏である。
素早く振り返ったときには空の蹴りが腹部にめり込んでいた。
だが、脂肪の塊がクッションの役割を果たし、衝撃を吸収している。
「ハハッ。女にしてはなかなかの蹴りだけど、俺様には効かねえ!」
王虎は空の蹴った脚をむんずと掴むと、そのまま前へ放り投げた。
「うっ……!」
空が地面に叩きつけられる。
「姉上!」
「大丈夫だよ、尊奈門……やられたのはわざとだから。やっつける前にあいつの実力を知っておこうと思っただけ。それに弱点はもうわかった」
「ハン!女の癖に生意気なやつ!次は口を聞けないくらいメッタメタにしてやる!」
激怒した王虎がもう一度特攻してくる。
「確かにお前は強い……でも、それはデカい図体のおかげ。ならば……!」
王虎の視界から再び空が消えた。
急いであたりを見回す。
「ど、どこにいる?」
「ここだ!」
真下から声が聞こえたのと同時に、足首に強烈な痛みがはしる。
空から水面蹴りをくらわされたのだ。
支点に攻撃を受ければ、風船のように膨らんだ肉の塊が面白いくらいに前へと倒れていく。
ズシン……
地響きを立てて、王虎は大地に沈んだ。
「い、いってぇぇぇ!いてぇぇよぉぉ!」
みっともない声で絶叫した王虎は直ちに起き上がろうとした。
だが、反撃されぬよう空が先手を打っている。
「動くな。少しでも動いたら、こいつをここにぶっ刺す」
今にも王虎の眼球に届きそうなのは、鋭利な切っ先。
苦無の先端を突き付けられていた。
「ひ、卑怯だぞぉ!」
「陰で弟をいじめていたお前にそんなことを言う資格はない!もう弟には手を出さないと誓え!さもなくば……」
「ひぃっ!お願いだから、それを近づけないでぇ!ち、誓う、誓うからぁっ!」
王虎は異常なまでに怖がっている。
どうやら、先端恐怖症らしい。
動悸を覚えたかのように呼吸を荒げ、完全に戦意喪失した王虎を見て、空は苦無を懐におさめた。
「……わかった。だが、これまで尊奈門を陰で甚振っていた件、お前の父君に報告させてもらう。然るべき罰を受けよ」
そう空が伝えると、王虎はがっくりと項垂れた。
彼の父は曲がったことを許さない清廉な力士だから、息子の不始末にきちんと対処してくれることだろう。
「尊奈門、大丈夫か!」
空が自分の元へ駆けつけてくれた。
「少し、足を捻ったようです。ですが、一人で歩けます」
「バカッ。そんなわけない!無理をするな。さ、」
そう言って、空が背に乗るように促す。
「大丈夫ですよ。それよりもご自分の身体を心配されてください。頬から血が出てますよ!?」
自分の怪我なんてどうだっていい。
姉の傷ついた姿を見る方が、自分には耐えがたかった。
「聞いて、尊奈門」
空が落ち着いた口調で言うと、場がしんと静まり返った。
「こんな傷、大したことない。私にとっては、尊奈門が傷ついてる方が、ずっとずっと、心が痛くて苦しい!」
「姉上……」
「だから、早くして。これ以上、姉上を困らせるな」
(姉上も、私と同じことを思ってくださった……)
身体の奥底から喜びが込み上げてくる。
この瞬間、自分たちよりも強い絆を持った姉弟なんて、世界中のどこにもいない――そう思った。
空は背を向けたまま、「ほら、早く」と口で急かすのみだ。
「姉上……私のためにありがとうございます」
おんぶされながら、尊奈門は涙が止まらなくなっていた。
「痛むよね……ごめん。私がもっと早く気づいてたら、尊奈門をこんな目に遭わせることはなかったのに……家に着いたら、すぐに傷の手当てをしよう」
痛みとは違う理由で涙を流してるのに。
姉の勘違いが愛おしくて、ぎゅっと首に巻き付いた。
「……」
空も何かを感じ取ったようで、自分を抱えている腕の力が強くなった。
既に忍の稽古が始まり、同年代の童たちよりもゆうに身体能力は勝ってはいたが、一人だけ喧嘩に勝てない相手がいた。
近所に住むその子どもは父親が力士だという。
父親譲りの肥えた体格を持つその子は、虎のように強いということから、
王虎は自分の強さを鼻にかけていた。
だが、なぜか周囲の人間が褒めちぎるのは諸泉姉弟ばかり。
双子という稀有な存在が一際目立ってしまったのだろう。
それが気に食わなかった王虎は、双子で劣っている方の尊奈門に目をつけた。
その日もいつものように人気のないところへ連れ込んで、尊奈門を弄んでいた。
「どうしたぁ?もうこれで終わりかぁ?」
王虎の下品な声が頭上から響く。
自分よりも三倍以上、ともすれば並みの成人男性よりも体重のある王虎から押さえつけられて、全く身動きがとれない。
おまけに、倒れた拍子に足を捻ってしまったらしい。
「弱いなぁ……お前がこうだと、お前の父親も大したことないんだろうな。日頃からタソガレドキの忍だなんて偉そうにしているけど」
「父上は偉そうになんてしていない!言いがかりをつけるな!」
「うっせえ!」
そう言って、王虎は拘束した尊奈門の両手首に指をぎゅっとめり込ませた。
「うっ……」
尊奈門が痛みに呻く。
骨にヒビが入りそうなほどに圧迫された。
(くそっ……!自分にもっと力があれば……)
振りほどこうにも、今の雁字搦めの状況じゃどうすることもできない。
ぎりっと唇を噛みながら、王虎が飽くまで辛抱しているときだった。
「おい、王虎!最近、尊奈門がやたら痣をつくっていると思ったら、全部お前のせいだったんだな。許さない!」
「姉上!」
「私が来たから、もう大丈夫だよ!」
ふたりの前に現れた空が尊奈門に向かってにっこりと微笑みかけた。
このやりとりが王虎の癪に触ったらしい。
「はーん、自慢の姉のお出ましってわけか。けっ、気に入らねえ姉弟だ。今からお前もぶちのめしてやる!」
王虎が立ち上がった。
ターゲットを空に切り替えて、彼女へ突進していく。
だが、空は一歩も動かない。
「どうした!ビビっちまったのかぁ?でも、もう遅い!」
王虎が掌を突き出す。
この張り手を正面からまともにくらえば、空の身体は塵のように吹き飛ばされるであろう。
だが、張り手を受ける直前で、空は姿を消した。
「くっ!後ろか!」
巨体の割に王虎は俊敏である。
素早く振り返ったときには空の蹴りが腹部にめり込んでいた。
だが、脂肪の塊がクッションの役割を果たし、衝撃を吸収している。
「ハハッ。女にしてはなかなかの蹴りだけど、俺様には効かねえ!」
王虎は空の蹴った脚をむんずと掴むと、そのまま前へ放り投げた。
「うっ……!」
空が地面に叩きつけられる。
「姉上!」
「大丈夫だよ、尊奈門……やられたのはわざとだから。やっつける前にあいつの実力を知っておこうと思っただけ。それに弱点はもうわかった」
「ハン!女の癖に生意気なやつ!次は口を聞けないくらいメッタメタにしてやる!」
激怒した王虎がもう一度特攻してくる。
「確かにお前は強い……でも、それはデカい図体のおかげ。ならば……!」
王虎の視界から再び空が消えた。
急いであたりを見回す。
「ど、どこにいる?」
「ここだ!」
真下から声が聞こえたのと同時に、足首に強烈な痛みがはしる。
空から水面蹴りをくらわされたのだ。
支点に攻撃を受ければ、風船のように膨らんだ肉の塊が面白いくらいに前へと倒れていく。
ズシン……
地響きを立てて、王虎は大地に沈んだ。
「い、いってぇぇぇ!いてぇぇよぉぉ!」
みっともない声で絶叫した王虎は直ちに起き上がろうとした。
だが、反撃されぬよう空が先手を打っている。
「動くな。少しでも動いたら、こいつをここにぶっ刺す」
今にも王虎の眼球に届きそうなのは、鋭利な切っ先。
苦無の先端を突き付けられていた。
「ひ、卑怯だぞぉ!」
「陰で弟をいじめていたお前にそんなことを言う資格はない!もう弟には手を出さないと誓え!さもなくば……」
「ひぃっ!お願いだから、それを近づけないでぇ!ち、誓う、誓うからぁっ!」
王虎は異常なまでに怖がっている。
どうやら、先端恐怖症らしい。
動悸を覚えたかのように呼吸を荒げ、完全に戦意喪失した王虎を見て、空は苦無を懐におさめた。
「……わかった。だが、これまで尊奈門を陰で甚振っていた件、お前の父君に報告させてもらう。然るべき罰を受けよ」
そう空が伝えると、王虎はがっくりと項垂れた。
彼の父は曲がったことを許さない清廉な力士だから、息子の不始末にきちんと対処してくれることだろう。
「尊奈門、大丈夫か!」
空が自分の元へ駆けつけてくれた。
「少し、足を捻ったようです。ですが、一人で歩けます」
「バカッ。そんなわけない!無理をするな。さ、」
そう言って、空が背に乗るように促す。
「大丈夫ですよ。それよりもご自分の身体を心配されてください。頬から血が出てますよ!?」
自分の怪我なんてどうだっていい。
姉の傷ついた姿を見る方が、自分には耐えがたかった。
「聞いて、尊奈門」
空が落ち着いた口調で言うと、場がしんと静まり返った。
「こんな傷、大したことない。私にとっては、尊奈門が傷ついてる方が、ずっとずっと、心が痛くて苦しい!」
「姉上……」
「だから、早くして。これ以上、姉上を困らせるな」
(姉上も、私と同じことを思ってくださった……)
身体の奥底から喜びが込み上げてくる。
この瞬間、自分たちよりも強い絆を持った姉弟なんて、世界中のどこにもいない――そう思った。
空は背を向けたまま、「ほら、早く」と口で急かすのみだ。
「姉上……私のためにありがとうございます」
おんぶされながら、尊奈門は涙が止まらなくなっていた。
「痛むよね……ごめん。私がもっと早く気づいてたら、尊奈門をこんな目に遭わせることはなかったのに……家に着いたら、すぐに傷の手当てをしよう」
痛みとは違う理由で涙を流してるのに。
姉の勘違いが愛おしくて、ぎゅっと首に巻き付いた。
「……」
空も何かを感じ取ったようで、自分を抱えている腕の力が強くなった。
