比翼の絆
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「えーっと、お団子づくりだから、必要なのは上新粉ですね。あとは砂糖にお湯の準備を……」
そうブツブツ言いながら、尊奈門は隣で調理器具を準備する空を盗み見る。
今の時間の何と穏やかなことか。
少し前までギクシャクした関係が続いていたなんて、到底思えない。
物心ついた小さい頃。
体術、剣術、馬術……何をやらせても覚えがめでたい姉の空は、まさに「神童」だった。
強くやさしく聡い空は自慢の姉。
そんな空に比べて自分は何もかもが平均レベル。
だが、あまりにレベルが違い過ぎるものだから、それをあっさり受け入れることができたし、自分のことをちっともみじめだとは思わなかった。
空が褒められるたびに自分のことのように喜んだし、人生の目標はいつも姉だった。
しかしながら、姉の栄華も長くは続かない。
十を過ぎた頃から、空と自分の身体は少しずつ変わっていく。
生物としての肉体の変化は、彼女の身体能力を鈍らせていく。
十三の頃には短距離走で空を追い抜いてしまったし、剣術の稽古では負け試合が続いた勝負も引き分けになることが多かった。
それに、病気とは無縁のはずだったのに、時折空は体調不良を訴えて、鍛錬を見学するなんてこともあった。
このときは何もわかってなかったが、女の身体は赤子を迎える準備ができると、定期的に身体から出血があることを後から知った。
さらに三年経て歳が十六に達すれば、空は服の上からでもわかるくらい胸や臀部に脂肪がついて、すっかり女の身体つきになっていた。
生まれてからずっと同じ一本道を歩いていたのに、知らぬ間に一人で分かれ道を突き進んでいた、そんな心地だった。
男には負けまいと、空は人一倍厳しい修行を続けていたが、本人が思うような成果は得られていないようだった。
暗い表情を纏い、自分を避けるようになったのもこの時期だ。
空の苦しみが今ならわかる。
凄い、素晴らしいと常に称賛の声を浴びていたからこそ、いつしかそれがプレッシャーになっていたのだろう。
下の立場の者はいい。ただ高みを目指せばいいのだから。
だが、上にいる人間は自分を追い越す存在に常に脅かされている。
空が味わった思いは、マラソンで言うならば、一位をキープしていたのに、あれよあれよという間に後続集団に抜かされてしまった敗北感と無力感、そんなところだろう。
プライドは高いけど、本当は弟思いのやさしい姉を知っているから、どれだけ八つ当たりな態度をとられようが、静かに見守ってきた。
だから、雑渡には本当に感謝している。
常に苦悶の表情を浮かべていた姉が、ウシミツドキ城の事件を契機に、見違えるように生気を取り戻したのだから。
互いに気がある者同士だったのはもちろん知っていた。
そんなふたりの恋が成就したのだから、両者を尊敬する自分にとって、これほど喜ばしいことはない。
けれど、本音を言えばかなり寂しい。
これまで何をするにも一緒だった姉が雑渡のものになるのは、魂の半分を持っていかれたような想いだ。
ふたりだけが睦まじい仲になって、自分だけ蚊帳の外。
つい拗ねてしまう。
が、何も悲しいことばかりではない。
近い将来、姉は雑渡の子を産むだろう。
その子が男だったら、一緒に遊んでやれるし、忍術も指導してやれる。
なんとなくだけど、雑渡よりも自分に似ている漠とした予感がある。
女であれば、間違いなく姉似の可愛い子が産まれるはずだ。
服やらおもちゃやら買い与えまくって、めろめろに甘やかしてあげたい。
「尊奈門おじちゃ~ん!」と慕ってくる甥姪の顔がよぎる。
「ああ、いいなぁ!絶対可愛いよなぁ!おじちゃん、どっちもうんと可愛がってやるぞぉぉぉ!」
つい声に出して叫んでいた。
「そ、尊奈門……?な、何?おじちゃんって……?」
空が胡乱な目つきを向けてくる。
いかん。
自身の妄想にうっとりと涎まで垂らしていた。
「あ、いや、なんでもないんです、はい」
「何か変ねぇ……まぁ、いいや。とにかく、こっちの準備は終わったよ」
「そ、そうですか。でしたら……砂糖を準備頂けますか?」
「うん、砂糖ね」
そう言って、空が取りに行く。
持ってきたのは中身が塩の甕 だった。
「あ、姉上……これは塩ですよ!こんなの団子に入れたら、しょっぱくて食えません」
「ま、間違えた。ごめん……」
バツが悪そうにして空がふたたび別の甕を持ってくる。
中身を確認すれば、またもや目がテンになった。
「あ、姉上……こちらは片栗粉です。砂糖なら、奥に置いてあります」
「……」
わざとでなく、これを天然でやってのける。
これだけは昔とちっとも変わっていない。
笑いがこぼれそうになるのを、姉の手前必死に堪える。
料理を教えてくれと乞う姉には悪いが、願わくば一生料理音痴でいてほしい。
餡団子は餡作りに時間を要するので、それよりも短時間で作れる三色団子ひとつに絞った。
練った生地を成型して茹でるだけだから、料理ビギナーの姉にはうってつけなレシピだろう。
「まず、上新粉と砂糖を軽く混ぜてください。そこに熱湯を加えて……」
空は尊奈門の指示通りに動いていく。
手際は思いの外悪くない。
材料選びさえ間違えなければ、空の料理下手は治るかもしれない、なんて思う。
空は眉間に皺をつくって生地を練っている。
弟としては、好きな男の色に染まってゆく姉に一抹の寂しさを覚える。
この先も姉は変わっていくのであろう。
それでも、自分だけは変わらず、いつまでも姉に頭があがらない弟でいたい。
(まいったなぁ……)
度の過ぎたシスコンだという自覚は大いにある。
少し前に両親から「お前にも良い人はいないのか?」と探りを入れられた。
弟とはいえ嫡男だから、跡継ぎのことを考えての一言なのだろう。
気にかけてくれる両親には申し訳ないが、姉以外の女に夢中になる日はまだまだ遠そうである。
(あの日からずっと、私の目には姉上しか見えておりません……)
ふいに尊奈門は思い出していた。
空と双子でよかったと思えた、最高の日のことを。
そうブツブツ言いながら、尊奈門は隣で調理器具を準備する空を盗み見る。
今の時間の何と穏やかなことか。
少し前までギクシャクした関係が続いていたなんて、到底思えない。
物心ついた小さい頃。
体術、剣術、馬術……何をやらせても覚えがめでたい姉の空は、まさに「神童」だった。
強くやさしく聡い空は自慢の姉。
そんな空に比べて自分は何もかもが平均レベル。
だが、あまりにレベルが違い過ぎるものだから、それをあっさり受け入れることができたし、自分のことをちっともみじめだとは思わなかった。
空が褒められるたびに自分のことのように喜んだし、人生の目標はいつも姉だった。
しかしながら、姉の栄華も長くは続かない。
十を過ぎた頃から、空と自分の身体は少しずつ変わっていく。
生物としての肉体の変化は、彼女の身体能力を鈍らせていく。
十三の頃には短距離走で空を追い抜いてしまったし、剣術の稽古では負け試合が続いた勝負も引き分けになることが多かった。
それに、病気とは無縁のはずだったのに、時折空は体調不良を訴えて、鍛錬を見学するなんてこともあった。
このときは何もわかってなかったが、女の身体は赤子を迎える準備ができると、定期的に身体から出血があることを後から知った。
さらに三年経て歳が十六に達すれば、空は服の上からでもわかるくらい胸や臀部に脂肪がついて、すっかり女の身体つきになっていた。
生まれてからずっと同じ一本道を歩いていたのに、知らぬ間に一人で分かれ道を突き進んでいた、そんな心地だった。
男には負けまいと、空は人一倍厳しい修行を続けていたが、本人が思うような成果は得られていないようだった。
暗い表情を纏い、自分を避けるようになったのもこの時期だ。
空の苦しみが今ならわかる。
凄い、素晴らしいと常に称賛の声を浴びていたからこそ、いつしかそれがプレッシャーになっていたのだろう。
下の立場の者はいい。ただ高みを目指せばいいのだから。
だが、上にいる人間は自分を追い越す存在に常に脅かされている。
空が味わった思いは、マラソンで言うならば、一位をキープしていたのに、あれよあれよという間に後続集団に抜かされてしまった敗北感と無力感、そんなところだろう。
プライドは高いけど、本当は弟思いのやさしい姉を知っているから、どれだけ八つ当たりな態度をとられようが、静かに見守ってきた。
だから、雑渡には本当に感謝している。
常に苦悶の表情を浮かべていた姉が、ウシミツドキ城の事件を契機に、見違えるように生気を取り戻したのだから。
互いに気がある者同士だったのはもちろん知っていた。
そんなふたりの恋が成就したのだから、両者を尊敬する自分にとって、これほど喜ばしいことはない。
けれど、本音を言えばかなり寂しい。
これまで何をするにも一緒だった姉が雑渡のものになるのは、魂の半分を持っていかれたような想いだ。
ふたりだけが睦まじい仲になって、自分だけ蚊帳の外。
つい拗ねてしまう。
が、何も悲しいことばかりではない。
近い将来、姉は雑渡の子を産むだろう。
その子が男だったら、一緒に遊んでやれるし、忍術も指導してやれる。
なんとなくだけど、雑渡よりも自分に似ている漠とした予感がある。
女であれば、間違いなく姉似の可愛い子が産まれるはずだ。
服やらおもちゃやら買い与えまくって、めろめろに甘やかしてあげたい。
「尊奈門おじちゃ~ん!」と慕ってくる甥姪の顔がよぎる。
「ああ、いいなぁ!絶対可愛いよなぁ!おじちゃん、どっちもうんと可愛がってやるぞぉぉぉ!」
つい声に出して叫んでいた。
「そ、尊奈門……?な、何?おじちゃんって……?」
空が胡乱な目つきを向けてくる。
いかん。
自身の妄想にうっとりと涎まで垂らしていた。
「あ、いや、なんでもないんです、はい」
「何か変ねぇ……まぁ、いいや。とにかく、こっちの準備は終わったよ」
「そ、そうですか。でしたら……砂糖を準備頂けますか?」
「うん、砂糖ね」
そう言って、空が取りに行く。
持ってきたのは中身が塩の
「あ、姉上……これは塩ですよ!こんなの団子に入れたら、しょっぱくて食えません」
「ま、間違えた。ごめん……」
バツが悪そうにして空がふたたび別の甕を持ってくる。
中身を確認すれば、またもや目がテンになった。
「あ、姉上……こちらは片栗粉です。砂糖なら、奥に置いてあります」
「……」
わざとでなく、これを天然でやってのける。
これだけは昔とちっとも変わっていない。
笑いがこぼれそうになるのを、姉の手前必死に堪える。
料理を教えてくれと乞う姉には悪いが、願わくば一生料理音痴でいてほしい。
餡団子は餡作りに時間を要するので、それよりも短時間で作れる三色団子ひとつに絞った。
練った生地を成型して茹でるだけだから、料理ビギナーの姉にはうってつけなレシピだろう。
「まず、上新粉と砂糖を軽く混ぜてください。そこに熱湯を加えて……」
空は尊奈門の指示通りに動いていく。
手際は思いの外悪くない。
材料選びさえ間違えなければ、空の料理下手は治るかもしれない、なんて思う。
空は眉間に皺をつくって生地を練っている。
弟としては、好きな男の色に染まってゆく姉に一抹の寂しさを覚える。
この先も姉は変わっていくのであろう。
それでも、自分だけは変わらず、いつまでも姉に頭があがらない弟でいたい。
(まいったなぁ……)
度の過ぎたシスコンだという自覚は大いにある。
少し前に両親から「お前にも良い人はいないのか?」と探りを入れられた。
弟とはいえ嫡男だから、跡継ぎのことを考えての一言なのだろう。
気にかけてくれる両親には申し訳ないが、姉以外の女に夢中になる日はまだまだ遠そうである。
(あの日からずっと、私の目には姉上しか見えておりません……)
ふいに尊奈門は思い出していた。
空と双子でよかったと思えた、最高の日のことを。
