わたしの軍師さま~きり丸との確執編~
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「はぁ……」
溜息を零しながらも、存外に足取りは軽い。
今のきり丸にとって、あの家で過ごすのは苦痛以外の何物でもなかった。
「土井先生と約束してたのに……休みに入ったら、うんとバイトを手伝うからって……」
学校の成績が振るわないきり丸でも、学園長のご温情と担任ふたりの働きかけもあって、今年の春に無事二年生へと進級できた。
模様の入っていない濃い青の制服に袖を通したとき、身の引き締まるような思いがした。
一年生のときのようなアルバイト三昧では先生方に顔向けできないと、放課後にバイトを入れることを極力我慢した。
その結果、補習授業を受ける回数は一年生の頃と比べて減ってきている。
教え子の成長を嬉しく思ったのか、
「偉いぞ、きり丸。今度の秋休みは学校の修繕も兼ねてるから、一か月といつになく長い。うんとバイトを手伝ってやるからな」
と頭を撫でながら、そう約束してくれた。
なのに。
何で今更、のこのこと天鬼が己の前に現れたんだろう……。
正直、天鬼にはあまり良い印象を抱いていない。
記憶がなかったとはいえど、尊敬する先輩たちを容赦なく痛めつけ、自分の顔に切っ先を向けてきたことは思いの外ショックだった。
今でこそ敵意は感じられないが、寡黙で表情の変化に乏しい天鬼は、一緒に居て薄気味悪く感じてしまう。
同じ類の人間でも、先の図書委員会委員長であった中在家長次は全然平気なのに。
天鬼だって、快く思われていないのは十分承知のはずなのに。
それでも、引き下がろうともせず、尚もバイトを手伝おうとするのがよくわからない。
罪滅ぼしのつもりなのだろうか。
それならそれで、もっと役に立ってほしいものである。
天鬼のやることなすことに、どうしても半助と比較してしまう。
たった三日間の生活でも、土井先生だったら……と何度心の中で惜しんだことか。
きり丸が苛立っているのは天鬼だけではない。
空もだ。
何故自分の気持ちを一番に尊重してくれないのかもやもやする。
たまたま空とふたりきりになったとき、ほんの少しでもいいから、天鬼のことをもっとよく見て欲しいと空から懇願された。
何を言っているんだと唖然としたが、空は半助と同様に天鬼を愛しているらしい。
性格は全く違うのに、あんな奴のどこに惹かれるんだろう……。
身体 が同じなら、なんだっていいのか。
空への不信感もきり丸の機嫌の悪さを増長させていた。
「はぁ……」
「お待たせ、きり丸兄ちゃん!」
背中を丸くするきり丸に、溌溂とした声が飛ぶ。
振り返れば、最近知り合ったバイト仲間の少年、虎吉がいた。
「どうしたの?辛気臭い顔をしてさ」
三白眼気味の無垢な瞳が、きり丸を見上げた。
歳は九つになる。
「何でもねーよ。それより、お前が遅れるなんて珍しいな」
「ごめんごめん。出かけ間際に珍しく弟がぐずるもんだから、和尚さんとなだめるのに時間かかっちまって」
虎吉には五歳になる弟がいる。
ここから一山超えた先にある集落に住んでいたが、戦で親と死に別れた。
それ以降、この町に移り住んできて、町はずれにある古寺に厄介になっている。
己の出自を語り合い、自分と似た境遇だと知れば、すぐに意気投合した。
今では、虎吉と過ごす時間が唯一の安らぎになっている。
「そりゃ大変だったな。さ、行こうぜ。依頼主の治五郎さんがおれたちを待ってる」
歩き出したきり丸の顔は、水を得た魚のように生き生きとしていた。
***
「ええ!今日の仕事はないんですかぁ!?」
「すまねえな、きりちゃん、虎ちゃん。ちょうど親戚のモンが手伝いに来てくれてよぉ。人手が足りちまってな……」
治五郎がすまなさそうに頭を下げる。
秋のメインバイトである稲刈りは、きり丸にとって大きな収入源の一つであった。
「そ、そうですか……では、またご贔屓に」
当てが外れてしまったと、きり丸と虎吉はふらふらと元来た道を帰る。
ふたりが待ち合わせた橋のたもとまで戻ってきてしまった。
「あ~あ……」
欄干 にもたれながら、きり丸は虎吉をちらりと見た。
切羽詰まっているのは、虎吉の方だと理解している。
事情を話せば学費の方は猶予してもらえるが、虎吉はそうもいかない。
この年で弟に飯を食わせねばならないのだから。
「せっかく書き入れ時だってのによぉ」
川の水面に映った顔に向かって、きり丸はごちた。
しかし、しけた顔を眺めたところで、銭は振ってこない。
きり丸は素早く気持ちを切り替えて、どのバイトなら今日の損失を補填できるか必死で考える。
(一か月後に大きな祭りがあるから、お面作りのバイトでもあたってみようか……)
(ああ、でもあそこの親父さんケチぃんだよな。ものっすごくピンハネされるし……)
ああだこうだ、と考えがまとまらないきり丸だったが、通りすがりの若い男のぼやきが、すっと耳に沁み込んだ。
「ああ忙しい。猫の手も借りたいよ……」
銭の匂いがする。
耳を象のように大きくしたきり丸が、荷車を引く男を通せんぼした。
「ちょっと、そこのお兄さん!忙しいってことは人手がいるんだよね」
「へ!?えっ……あ、まぁ……」
「だったら、おれたちを雇ってくんない?」
「はぁ?」
男が目を丸くする。
しかし、申出人が子どもでは心もとないと、眉を八の字にした。
「うーん、こんな子どもがなぁ。でも……」
「お兄さん、おれたちはこれでも大人顔負けのアルバイターなんだぜ。な、虎吉」
「そうそう!きり丸兄ちゃんの言う通りだよ!内職や売り子なんてお手の物だい!」
ふたりの言葉におされて、男はどうしよっか……と思い直す。
ダメ押しのように熱意のこもった視線を送れば、男は腹を括ったようだ。
「わかった。でも、親方に断られたら、その時は諦めてくれよ」
「「はい!」」
ふたつの声が秋の空にめいっぱい弾け飛んだ。
それから半刻ほど時が過ぎれば、きり丸は弟子の男が躊躇った理由がわかってしまった。
(正直、今までやったバイトの中で一番きついかも……)
着いた場所は一面に木の匂いが広がっていた。
ここは材木屋で杉や檜、松といった雑多な木材を取り扱っている。
第一印象が熊のように大きい親方の儀三 は、きり丸と虎吉を見るなり、彼らを連れてきた末弟子・菊松を怒鳴りつけたが、猫の手も借りたいのは事実のようだ。
こいつらの雑用をしっかり手伝えば、駄賃は弾むと言い残し、むっつりと作業場へ戻っていった。
大人の背丈以上ある材木を運んだり、指示された大きさに鋸 で切ったり、大の大人でも足腰にくる作業をふたりがかりでやってのけた。
他にも掃除や洗濯など散々こき使われた。
「つ、疲れた……」
茜色の空がうっすらと広がる刻限には、きり丸は地面に突っ伏していた。
「きり丸兄ちゃん、おれもう動けない……」
虎吉も同様である。
だが、その疲れは強面の親方から手渡された駄賃を見て、一気に吹っ飛んだ。
身体を張っただけあって、今まで請け負ったバイトの中で断トツに良い。
顔にツヤの戻ったきり丸と虎吉は、いそいそと起き上がって手持ちの竹筒の水を飲み干した。
そのとき、ふたりの頬に柔らかいものが押し付けられる。
「ほらよ、坊主たち。これでも食って元気だしな」
目の前に見知らぬ総髪の男がいる。
着ている服はつぎはぎが多いが、ちっともみすぼらしく感じないのは、それを補うくらいの恵まれた容姿のせいだろう。
やさしく微笑む様は、根っからの良い人だと直感するくらい、見ていて安心感がある。
その男は親方の一番弟子で慎太郎という。
歳は利吉と同じくらいか、少し上かもしれない。
「仕事の納品ついでに饅頭買って来たんだ。安芸屋のはうめえぞ」
「いいんですか!?」
「ああ。大人でもきっつい仕事を二人はよく頑張った。そのねぎらいだ」
慎太郎がきっぱりと言う。
大人の厚意に甘えてもいいとわかれば躊躇う必要などない。
きり丸はほんの少し虎吉と見合ってから、パクリとふかふかの饅頭にかぶりついた。
疲れた身体に餡子の甘さが沁みる。
一気に食べ終わるのがもったいなくてゆっくり食べる傍ら、慎太郎は唐突に転がり込んできたふたりの子どもが珍しいらしく、矯 めつ眇 めつこちらを見てきた。
「えーと……こっちの坊主がきり丸で、そっちが虎吉だよな」
「「はい」」
「子どもがこんなところで働こうと思うなんて……おまえら、ひょっとして孤児か?」
その問いに、きり丸も虎吉も素直に首を折れば、慎太郎はそれぞれの頭を撫でてくれる。
天狗の葉団扇 のように大きい手であった。
「寺暮らしはつれえよな」
慎太郎がしんみりと言う。
実際には寺暮らしではないが、わざわざ訂正するのも面倒くさいし、いつまでここに厄介になれるかわからないから、虎吉と同じにしておこうと思った。
「おっといけねぇ。じゃあ、俺はこの辺で。これが待ってるからよ」
そう言うと、小指を立てる仕草をした。
「愛しのお柳 ちゃんが待っているもんな」
「うるへー!」
慎太郎と同僚たちのやりとりに、きり丸はポカンとする。
今一つ要領を得ない顔を見て、一番歳の近い菊松が言い足した。
「お柳さんっていうのは、慎さんの恋人ではなくて、妹なのさ。ご両親を亡くされてから妹さんを養うため、十一のときに親方に弟子入りされてるんだ」
「へぇ。そうなんですね」
「ちょっと軽くて見た目が良いから「女泣かせ」や「色男」なんて揶揄されがちだけど、全然そんなことはなくてね。色気も出さずに家のこと一筋でさ。仕事ぶりも……特に鉋 の腕は親方も認めてて、」
菊松が熱心に語り始める。
その話に虎吉とふたりでうんうんと相槌を打ちつつも、きり丸は頭に感じた手の温かさを思い出していた。
(なんか……土井先生に似てるなぁ……)
溜息を零しながらも、存外に足取りは軽い。
今のきり丸にとって、あの家で過ごすのは苦痛以外の何物でもなかった。
「土井先生と約束してたのに……休みに入ったら、うんとバイトを手伝うからって……」
学校の成績が振るわないきり丸でも、学園長のご温情と担任ふたりの働きかけもあって、今年の春に無事二年生へと進級できた。
模様の入っていない濃い青の制服に袖を通したとき、身の引き締まるような思いがした。
一年生のときのようなアルバイト三昧では先生方に顔向けできないと、放課後にバイトを入れることを極力我慢した。
その結果、補習授業を受ける回数は一年生の頃と比べて減ってきている。
教え子の成長を嬉しく思ったのか、
「偉いぞ、きり丸。今度の秋休みは学校の修繕も兼ねてるから、一か月といつになく長い。うんとバイトを手伝ってやるからな」
と頭を撫でながら、そう約束してくれた。
なのに。
何で今更、のこのこと天鬼が己の前に現れたんだろう……。
正直、天鬼にはあまり良い印象を抱いていない。
記憶がなかったとはいえど、尊敬する先輩たちを容赦なく痛めつけ、自分の顔に切っ先を向けてきたことは思いの外ショックだった。
今でこそ敵意は感じられないが、寡黙で表情の変化に乏しい天鬼は、一緒に居て薄気味悪く感じてしまう。
同じ類の人間でも、先の図書委員会委員長であった中在家長次は全然平気なのに。
天鬼だって、快く思われていないのは十分承知のはずなのに。
それでも、引き下がろうともせず、尚もバイトを手伝おうとするのがよくわからない。
罪滅ぼしのつもりなのだろうか。
それならそれで、もっと役に立ってほしいものである。
天鬼のやることなすことに、どうしても半助と比較してしまう。
たった三日間の生活でも、土井先生だったら……と何度心の中で惜しんだことか。
きり丸が苛立っているのは天鬼だけではない。
空もだ。
何故自分の気持ちを一番に尊重してくれないのかもやもやする。
たまたま空とふたりきりになったとき、ほんの少しでもいいから、天鬼のことをもっとよく見て欲しいと空から懇願された。
何を言っているんだと唖然としたが、空は半助と同様に天鬼を愛しているらしい。
性格は全く違うのに、あんな奴のどこに惹かれるんだろう……。
空への不信感もきり丸の機嫌の悪さを増長させていた。
「はぁ……」
「お待たせ、きり丸兄ちゃん!」
背中を丸くするきり丸に、溌溂とした声が飛ぶ。
振り返れば、最近知り合ったバイト仲間の少年、虎吉がいた。
「どうしたの?辛気臭い顔をしてさ」
三白眼気味の無垢な瞳が、きり丸を見上げた。
歳は九つになる。
「何でもねーよ。それより、お前が遅れるなんて珍しいな」
「ごめんごめん。出かけ間際に珍しく弟がぐずるもんだから、和尚さんとなだめるのに時間かかっちまって」
虎吉には五歳になる弟がいる。
ここから一山超えた先にある集落に住んでいたが、戦で親と死に別れた。
それ以降、この町に移り住んできて、町はずれにある古寺に厄介になっている。
己の出自を語り合い、自分と似た境遇だと知れば、すぐに意気投合した。
今では、虎吉と過ごす時間が唯一の安らぎになっている。
「そりゃ大変だったな。さ、行こうぜ。依頼主の治五郎さんがおれたちを待ってる」
歩き出したきり丸の顔は、水を得た魚のように生き生きとしていた。
***
「ええ!今日の仕事はないんですかぁ!?」
「すまねえな、きりちゃん、虎ちゃん。ちょうど親戚のモンが手伝いに来てくれてよぉ。人手が足りちまってな……」
治五郎がすまなさそうに頭を下げる。
秋のメインバイトである稲刈りは、きり丸にとって大きな収入源の一つであった。
「そ、そうですか……では、またご贔屓に」
当てが外れてしまったと、きり丸と虎吉はふらふらと元来た道を帰る。
ふたりが待ち合わせた橋のたもとまで戻ってきてしまった。
「あ~あ……」
切羽詰まっているのは、虎吉の方だと理解している。
事情を話せば学費の方は猶予してもらえるが、虎吉はそうもいかない。
この年で弟に飯を食わせねばならないのだから。
「せっかく書き入れ時だってのによぉ」
川の水面に映った顔に向かって、きり丸はごちた。
しかし、しけた顔を眺めたところで、銭は振ってこない。
きり丸は素早く気持ちを切り替えて、どのバイトなら今日の損失を補填できるか必死で考える。
(一か月後に大きな祭りがあるから、お面作りのバイトでもあたってみようか……)
(ああ、でもあそこの親父さんケチぃんだよな。ものっすごくピンハネされるし……)
ああだこうだ、と考えがまとまらないきり丸だったが、通りすがりの若い男のぼやきが、すっと耳に沁み込んだ。
「ああ忙しい。猫の手も借りたいよ……」
銭の匂いがする。
耳を象のように大きくしたきり丸が、荷車を引く男を通せんぼした。
「ちょっと、そこのお兄さん!忙しいってことは人手がいるんだよね」
「へ!?えっ……あ、まぁ……」
「だったら、おれたちを雇ってくんない?」
「はぁ?」
男が目を丸くする。
しかし、申出人が子どもでは心もとないと、眉を八の字にした。
「うーん、こんな子どもがなぁ。でも……」
「お兄さん、おれたちはこれでも大人顔負けのアルバイターなんだぜ。な、虎吉」
「そうそう!きり丸兄ちゃんの言う通りだよ!内職や売り子なんてお手の物だい!」
ふたりの言葉におされて、男はどうしよっか……と思い直す。
ダメ押しのように熱意のこもった視線を送れば、男は腹を括ったようだ。
「わかった。でも、親方に断られたら、その時は諦めてくれよ」
「「はい!」」
ふたつの声が秋の空にめいっぱい弾け飛んだ。
それから半刻ほど時が過ぎれば、きり丸は弟子の男が躊躇った理由がわかってしまった。
(正直、今までやったバイトの中で一番きついかも……)
着いた場所は一面に木の匂いが広がっていた。
ここは材木屋で杉や檜、松といった雑多な木材を取り扱っている。
第一印象が熊のように大きい親方の
こいつらの雑用をしっかり手伝えば、駄賃は弾むと言い残し、むっつりと作業場へ戻っていった。
大人の背丈以上ある材木を運んだり、指示された大きさに
他にも掃除や洗濯など散々こき使われた。
「つ、疲れた……」
茜色の空がうっすらと広がる刻限には、きり丸は地面に突っ伏していた。
「きり丸兄ちゃん、おれもう動けない……」
虎吉も同様である。
だが、その疲れは強面の親方から手渡された駄賃を見て、一気に吹っ飛んだ。
身体を張っただけあって、今まで請け負ったバイトの中で断トツに良い。
顔にツヤの戻ったきり丸と虎吉は、いそいそと起き上がって手持ちの竹筒の水を飲み干した。
そのとき、ふたりの頬に柔らかいものが押し付けられる。
「ほらよ、坊主たち。これでも食って元気だしな」
目の前に見知らぬ総髪の男がいる。
着ている服はつぎはぎが多いが、ちっともみすぼらしく感じないのは、それを補うくらいの恵まれた容姿のせいだろう。
やさしく微笑む様は、根っからの良い人だと直感するくらい、見ていて安心感がある。
その男は親方の一番弟子で慎太郎という。
歳は利吉と同じくらいか、少し上かもしれない。
「仕事の納品ついでに饅頭買って来たんだ。安芸屋のはうめえぞ」
「いいんですか!?」
「ああ。大人でもきっつい仕事を二人はよく頑張った。そのねぎらいだ」
慎太郎がきっぱりと言う。
大人の厚意に甘えてもいいとわかれば躊躇う必要などない。
きり丸はほんの少し虎吉と見合ってから、パクリとふかふかの饅頭にかぶりついた。
疲れた身体に餡子の甘さが沁みる。
一気に食べ終わるのがもったいなくてゆっくり食べる傍ら、慎太郎は唐突に転がり込んできたふたりの子どもが珍しいらしく、
「えーと……こっちの坊主がきり丸で、そっちが虎吉だよな」
「「はい」」
「子どもがこんなところで働こうと思うなんて……おまえら、ひょっとして孤児か?」
その問いに、きり丸も虎吉も素直に首を折れば、慎太郎はそれぞれの頭を撫でてくれる。
天狗の
「寺暮らしはつれえよな」
慎太郎がしんみりと言う。
実際には寺暮らしではないが、わざわざ訂正するのも面倒くさいし、いつまでここに厄介になれるかわからないから、虎吉と同じにしておこうと思った。
「おっといけねぇ。じゃあ、俺はこの辺で。これが待ってるからよ」
そう言うと、小指を立てる仕草をした。
「愛しのお
「うるへー!」
慎太郎と同僚たちのやりとりに、きり丸はポカンとする。
今一つ要領を得ない顔を見て、一番歳の近い菊松が言い足した。
「お柳さんっていうのは、慎さんの恋人ではなくて、妹なのさ。ご両親を亡くされてから妹さんを養うため、十一のときに親方に弟子入りされてるんだ」
「へぇ。そうなんですね」
「ちょっと軽くて見た目が良いから「女泣かせ」や「色男」なんて揶揄されがちだけど、全然そんなことはなくてね。色気も出さずに家のこと一筋でさ。仕事ぶりも……特に
菊松が熱心に語り始める。
その話に虎吉とふたりでうんうんと相槌を打ちつつも、きり丸は頭に感じた手の温かさを思い出していた。
(なんか……土井先生に似てるなぁ……)
