土井先生と利吉さんのト・ク・ベ・ツ
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「はぁ……」
「空さん、どうしたんですか?」
「大好きな団子にありつけるというのに、なんか元気ないな」
半助と利吉が心配するが、その声は空の耳を右から左へと通過するばかり。
完全に落ち込んで一人の世界に入ってしまっている。
(そりゃあ、ショーは大盛り上がりだったから、興奮するのはわかるけど……)
(でも、ああいうとき、拍手で良くない?ふたりったら、他の男 たちみたいに手まで振ってデレッとしちゃって……)
(でも、単に感動した気持ちを表現しただけかもしれないし……)
「……」
席についてから、ずっと俯いたっきりの空を半助と利吉は心配そうに見つめている。
やがて、空が顔を上げた。
「空(さん)、」と同時に声をかけようとしたふたりだったが、直前で言葉を呑み込んだ。
話しかけてはいけない。
そう思わせるほど、空の眼が据わっていたのだ。
空は通り過ぎようとする店主の腕をむんずと掴んで言った。
「おじさん、お団子五十本お願いします!あとお茶も!」
「「いいっ!?」」
半助と利吉が驚愕する。
結局、ふたりに対しての行き場のない感情は、ヤケ食いとして行動に現れたのだった。
「もう……モグ……人の気も知らないでっ……モグ……」
空は一心不乱に団子にかぶりついている。
半助は眼を白黒させた。
「な、何でこんなに雰囲気が悪くなってるんだ!?せっかく隣の町まで来て、楽しく買い物をして、見世物まで見たのに……」
「ひょっとして……土井先生が何かしたんじゃないですか?」
「なっ!?私は何もしていない!」
「ホントですか?それならお聞きしますが……昨日の朝、寝起きの空さんに覆い被さっていたのはどういうことですか!?」
「ち、違う、違う!あれはただ、空の近くを虫が這っていたから、それを追い払っていただけで、」
「はぁ……ムッツリだから、すぐに言い訳しようとする……」
「……っ!それなら、こっちだって言わせてもらうぞ!同じ日に、私ときり丸がバイトから戻ってきたら、どうして空に膝枕させていたんだ!?」
「そんなの当然じゃないですか。私と空さんは相思相愛の仲ですし」
「何を言ってる!?空は私の恋人だっ!」
男たちの言い合いは続く。
ここにきり丸がいたならば、「どっちもどっちだよ!」との嘆きが聞こえてきそうであった。
そんな男たちの掛け合いには目もくれず、空はふくれっ面で団子を口に運び続けている。
(あっちの卓、修羅場だなぁ……)
周囲の客が気まずさを感じるほど、混沌と化してきたときだった。
「ああ、無事にショーが終わってよかったわ。もう、お腹が空いて眩暈がしそう。おじさん、お茶とお団子一つ」
ふっくら艶のある、透き通った声が店内に響く。
絹のような長い黒髪に、優美な卵型の小顔。
目も口も鼻も、造形の良いその顔の持ち主は、さっき広場で手品を披露した二人組の片割れの美女だった。
(あ、さっきの美人さんだ!)
やけになって食べ狂っていた空ですら、店内の空気が変わったことに気づいた。
その場にいる男たちの視線が絶世の美女に集まっている。
注目の彼女は店内をたおやかに移動し、半助と利吉のところでピタリと止まる。
空の心に荒波が立ち始めた。
(え、なになに?まさか、これって……俗に言う「逆ナン」ってやつなんじゃ!?)
あの会場で早々にふたりに目をつけていたというのか。
ドキドキしながら、空は美女の口から紡がれる言葉を待った。
「ご無沙汰しております。土井先生……それから、利吉さん」
聞いた瞬間、空は呆然となった。
どうしてあの美女がふたりの名前を知っているんだろう、と。
「こちらこそ、ご無沙汰しています」
「さっきのショー、大成功でしたね」
半助と利吉が立ち上がって一礼する。
会話の内容から、とても女が男を引っかけているというような雰囲気ではない。
そう。両者は顔見知りだったのだ。
「土井先生、利吉さん。あ、あの……こちらの方は?」
「そうか。空はまだ会ったことがなかったな。紹介するよ。こちらの方はミス・マイタケ嬢。略してミスマイ。ちょっとした知り合いでね」
「ちなみにミスマイさんは……」
言葉を継いだ利吉の後ろから、ある男がひょいと顔を出す。
その男は、ショーを披露したもう一人の人間。
素朴な風貌の男だ。
「初めまして、お嬢さん。私は里芋行者と申します。仕事柄、忍術学園とは親しくさせて頂いておりまして。妻ともども」
「え、妻っていうのは……」
「彼女がそうです」
そう言って、里芋行者はミス・マイタケの肩をそっと抱く。
空は再び絶句する羽目になった。
(こ、この二人、夫婦だったんだ……)
***
あたりは橙色に色づきはじめ、鴉の鳴き声が聞こえる。
里芋行者たちと別れた空たちは帰途についていた。
会話の弾む半助と利吉の隣で、空の顔は浮かない。
ミスマイタケ嬢とは何もなかった……。
安心したのも束の間、後に残ったのは、勘違いからの自己嫌悪だ。
(私……半助さんと利吉さんに悪いことしちゃったな……)
(ミスマイさんと知り合いだったから、手を振って声援を送ってたんだ……)
(それなのに、勝手に誤解して、挙句の果てにヤケ食いまでしちゃって……)
空がキッと顔を上げた。
「あの、半助さん、利吉さん」
「ん?」
「さっきの茶店では、嫌な態度をとってしまって……ごめんなさい」
「ごめんなさいって、妬いてたこと?」
「はい、そうです……て、ええ!?」
空が素っ頓狂な声を上げる。
半助と利吉は顔を見合って笑った。
「ど、どうして私が……その……や、妬いているってわかったんですか?」
「だって、里芋行者さんたちを紹介してたときの空の顔見れば……ねぇ、利吉君」
「安心した、ってわかりやすく顔に書いてありましたよ。それで私も土井先生も空さんが怒っている理由に見当がついたんです」
(う、うそ…………)
空はもう今すぐこの場から消えてしまいたくなるほどの羞恥に襲われていた。
「あ、あの……ふたりは怒ってないんですか?」
「最初はびっくりしたけど、ヤキモチならしょうがない。寧ろ嬉しいくらいさ。な、利吉君」
「ええ」
空はドキリとした。
いつも対立している二人が同調している方が、かえって心臓に悪いのだ。
「それにしても、空は私たちのことをまだまだ理解していないな」
「全くです。他の女に現を抜かすなんてことがないほど、あなたは特別だというのに」
「……」
「愛してるよ、空」
「愛しています、空さん」
ほとんど同じ台詞を口にして、半助と利吉が微笑んだ。
(半助さん、利吉さん……)
黄金色に射す夕陽の中、甘くやさしい微笑みを向けられながら、二人の好青年から愛を伝えられる。
世の女性たちが羨むような最高のシチュエーションに身を置いて、空の胸の鼓動は倍近い速さになっている。
頭の中がカーっと熱くなって、二つの視線を受け止めきれず、ただ俯くことしかできなかった。
「空、顔真っ赤だぞ」
「ほんとだ。林檎みたいですね」
半助と利吉がしたり顔で言う。
「そ、そそそ、そんなことないです!ゆ、夕陽のせいでそう見えるんじゃ……わ、私……先に行ってますね!」
そう言って、空は逃げるように早足で歩いた。
半助と利吉は、すっかり相好を崩している。
「土井先生、見てください。空さん、手と足が同時に動いてる。照れてる空さん、本当に可愛いなぁ」
「ほんとほんと」
「今夜は身も心もじっくり解きほぐしてあげないと。というわけで、今日はきり丸と一緒に隣のおばちゃんちで寝てくださいね、お兄ちゃん 」
「こらー!都合の良い時だけ猫なで声で兄扱いするな!それに、空を癒すのは私の役目だ。出ていくべきなのは利吉君、弟の君の方だ」
「いーえ、お兄ちゃんの方です!」
「利吉君!」
「お兄ちゃん!」
背後で大きくなる声色に、思わず空が振り返った。
(あ、あのふたり、また喧嘩してる……!)
空が苦笑する。
それでも、このときふたりの喧騒が無性に嬉しかった。
「空さん、どうしたんですか?」
「大好きな団子にありつけるというのに、なんか元気ないな」
半助と利吉が心配するが、その声は空の耳を右から左へと通過するばかり。
完全に落ち込んで一人の世界に入ってしまっている。
(そりゃあ、ショーは大盛り上がりだったから、興奮するのはわかるけど……)
(でも、ああいうとき、拍手で良くない?ふたりったら、他の
(でも、単に感動した気持ちを表現しただけかもしれないし……)
「……」
席についてから、ずっと俯いたっきりの空を半助と利吉は心配そうに見つめている。
やがて、空が顔を上げた。
「空(さん)、」と同時に声をかけようとしたふたりだったが、直前で言葉を呑み込んだ。
話しかけてはいけない。
そう思わせるほど、空の眼が据わっていたのだ。
空は通り過ぎようとする店主の腕をむんずと掴んで言った。
「おじさん、お団子五十本お願いします!あとお茶も!」
「「いいっ!?」」
半助と利吉が驚愕する。
結局、ふたりに対しての行き場のない感情は、ヤケ食いとして行動に現れたのだった。
「もう……モグ……人の気も知らないでっ……モグ……」
空は一心不乱に団子にかぶりついている。
半助は眼を白黒させた。
「な、何でこんなに雰囲気が悪くなってるんだ!?せっかく隣の町まで来て、楽しく買い物をして、見世物まで見たのに……」
「ひょっとして……土井先生が何かしたんじゃないですか?」
「なっ!?私は何もしていない!」
「ホントですか?それならお聞きしますが……昨日の朝、寝起きの空さんに覆い被さっていたのはどういうことですか!?」
「ち、違う、違う!あれはただ、空の近くを虫が這っていたから、それを追い払っていただけで、」
「はぁ……ムッツリだから、すぐに言い訳しようとする……」
「……っ!それなら、こっちだって言わせてもらうぞ!同じ日に、私ときり丸がバイトから戻ってきたら、どうして空に膝枕させていたんだ!?」
「そんなの当然じゃないですか。私と空さんは相思相愛の仲ですし」
「何を言ってる!?空は私の恋人だっ!」
男たちの言い合いは続く。
ここにきり丸がいたならば、「どっちもどっちだよ!」との嘆きが聞こえてきそうであった。
そんな男たちの掛け合いには目もくれず、空はふくれっ面で団子を口に運び続けている。
(あっちの卓、修羅場だなぁ……)
周囲の客が気まずさを感じるほど、混沌と化してきたときだった。
「ああ、無事にショーが終わってよかったわ。もう、お腹が空いて眩暈がしそう。おじさん、お茶とお団子一つ」
ふっくら艶のある、透き通った声が店内に響く。
絹のような長い黒髪に、優美な卵型の小顔。
目も口も鼻も、造形の良いその顔の持ち主は、さっき広場で手品を披露した二人組の片割れの美女だった。
(あ、さっきの美人さんだ!)
やけになって食べ狂っていた空ですら、店内の空気が変わったことに気づいた。
その場にいる男たちの視線が絶世の美女に集まっている。
注目の彼女は店内をたおやかに移動し、半助と利吉のところでピタリと止まる。
空の心に荒波が立ち始めた。
(え、なになに?まさか、これって……俗に言う「逆ナン」ってやつなんじゃ!?)
あの会場で早々にふたりに目をつけていたというのか。
ドキドキしながら、空は美女の口から紡がれる言葉を待った。
「ご無沙汰しております。土井先生……それから、利吉さん」
聞いた瞬間、空は呆然となった。
どうしてあの美女がふたりの名前を知っているんだろう、と。
「こちらこそ、ご無沙汰しています」
「さっきのショー、大成功でしたね」
半助と利吉が立ち上がって一礼する。
会話の内容から、とても女が男を引っかけているというような雰囲気ではない。
そう。両者は顔見知りだったのだ。
「土井先生、利吉さん。あ、あの……こちらの方は?」
「そうか。空はまだ会ったことがなかったな。紹介するよ。こちらの方はミス・マイタケ嬢。略してミスマイ。ちょっとした知り合いでね」
「ちなみにミスマイさんは……」
言葉を継いだ利吉の後ろから、ある男がひょいと顔を出す。
その男は、ショーを披露したもう一人の人間。
素朴な風貌の男だ。
「初めまして、お嬢さん。私は里芋行者と申します。仕事柄、忍術学園とは親しくさせて頂いておりまして。妻ともども」
「え、妻っていうのは……」
「彼女がそうです」
そう言って、里芋行者はミス・マイタケの肩をそっと抱く。
空は再び絶句する羽目になった。
(こ、この二人、夫婦だったんだ……)
***
あたりは橙色に色づきはじめ、鴉の鳴き声が聞こえる。
里芋行者たちと別れた空たちは帰途についていた。
会話の弾む半助と利吉の隣で、空の顔は浮かない。
ミスマイタケ嬢とは何もなかった……。
安心したのも束の間、後に残ったのは、勘違いからの自己嫌悪だ。
(私……半助さんと利吉さんに悪いことしちゃったな……)
(ミスマイさんと知り合いだったから、手を振って声援を送ってたんだ……)
(それなのに、勝手に誤解して、挙句の果てにヤケ食いまでしちゃって……)
空がキッと顔を上げた。
「あの、半助さん、利吉さん」
「ん?」
「さっきの茶店では、嫌な態度をとってしまって……ごめんなさい」
「ごめんなさいって、妬いてたこと?」
「はい、そうです……て、ええ!?」
空が素っ頓狂な声を上げる。
半助と利吉は顔を見合って笑った。
「ど、どうして私が……その……や、妬いているってわかったんですか?」
「だって、里芋行者さんたちを紹介してたときの空の顔見れば……ねぇ、利吉君」
「安心した、ってわかりやすく顔に書いてありましたよ。それで私も土井先生も空さんが怒っている理由に見当がついたんです」
(う、うそ…………)
空はもう今すぐこの場から消えてしまいたくなるほどの羞恥に襲われていた。
「あ、あの……ふたりは怒ってないんですか?」
「最初はびっくりしたけど、ヤキモチならしょうがない。寧ろ嬉しいくらいさ。な、利吉君」
「ええ」
空はドキリとした。
いつも対立している二人が同調している方が、かえって心臓に悪いのだ。
「それにしても、空は私たちのことをまだまだ理解していないな」
「全くです。他の女に現を抜かすなんてことがないほど、あなたは特別だというのに」
「……」
「愛してるよ、空」
「愛しています、空さん」
ほとんど同じ台詞を口にして、半助と利吉が微笑んだ。
(半助さん、利吉さん……)
黄金色に射す夕陽の中、甘くやさしい微笑みを向けられながら、二人の好青年から愛を伝えられる。
世の女性たちが羨むような最高のシチュエーションに身を置いて、空の胸の鼓動は倍近い速さになっている。
頭の中がカーっと熱くなって、二つの視線を受け止めきれず、ただ俯くことしかできなかった。
「空、顔真っ赤だぞ」
「ほんとだ。林檎みたいですね」
半助と利吉がしたり顔で言う。
「そ、そそそ、そんなことないです!ゆ、夕陽のせいでそう見えるんじゃ……わ、私……先に行ってますね!」
そう言って、空は逃げるように早足で歩いた。
半助と利吉は、すっかり相好を崩している。
「土井先生、見てください。空さん、手と足が同時に動いてる。照れてる空さん、本当に可愛いなぁ」
「ほんとほんと」
「今夜は身も心もじっくり解きほぐしてあげないと。というわけで、今日はきり丸と一緒に隣のおばちゃんちで寝てくださいね、
「こらー!都合の良い時だけ猫なで声で兄扱いするな!それに、空を癒すのは私の役目だ。出ていくべきなのは利吉君、弟の君の方だ」
「いーえ、お兄ちゃんの方です!」
「利吉君!」
「お兄ちゃん!」
背後で大きくなる声色に、思わず空が振り返った。
(あ、あのふたり、また喧嘩してる……!)
空が苦笑する。
それでも、このときふたりの喧騒が無性に嬉しかった。
