Never let you go....?
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「……先生、土井先生!」
「……」
「土井先生!なにぽーっとしてるんっすか!?口から涎まで出しといて」
「え、涎!?」
半助が慌てて口元を押さえる。
だが、そこは一切湿ってない。
してやられた、と半助はきり丸をギロリと睨んだ。
「やーい、引っかかってやんの。冗談っすよ。冗談。でも、実際涎が出そうなほど、締まりのない表情をしてましたよ。てか、何で顔真っ赤なんっすか?」
「う、うるさいっ!」
「まーまー二人とも。それより、早いとこしんべヱの鼻水をなんとかしたほうがいいと思います。いつまでも、こうひっついていたら、アレのとき困りますしね」
「ん?アレって何のことだ、伊助」
「ズバリ、便所です」
「「「……」」」
よく気が付く性格の伊助の発言に、誰よりも愕然としたのは空だった。
実は身体が離れなくなってからというもの、空も半助と同様、外套の下でこの状況を密かに愉しんでいた。
いざ密着してみれば、所々小山のように盛り上がった筋肉を全身に感じ、男の逞しさと力強さに胸のときめきを抑えられない。
鼻先にあたる胸板からは若草のような良い香りがするし、誰よりも間近で聞けるやさしい声は鼓膜から全身が溶けそうになるほど心地良い。
だが、その愉しみはすべて個々のプライバシーが確保された上で成り立つもの。
半助とくっついたまま用を足すなんて絶対にあってはならないし、大なんて催したときには、天国から地獄へ真っ逆さま。
乙女、というか人間としての沽券に関わる。
「そ、それは困ります!土井先生、早くこの鼻水をなんとかしないと!」
空の表情はさーっと青ざめ、今や危機感に満ち溢れている。
それは隣の人も同様らしい。
「そうだな!でも、どうやって……?」
テンパるふたりに、庄左エ門が言った。
「やっぱり鼻水を落とすなら水ですよね……っていっても、今は冬だからお湯の方がいいか……それなら、ふたりでお風呂に入るってのはどうでしょう?」
「「え、お風呂!?」」
異口同音の半助と空の顔に動揺がはしる。
「ふ、ふたりとも……そんなに顔を赤くしなくても。服を脱いで入る必要はないんですから」
「そ、そういえばそうだったな。よし、では早速」
半助が風呂場へ向かって踵を返そうとしたときだった。
「あ、待ってください!まだ午後の授業始まったばかりだから、お風呂なんて沸いてないです」
「これから準備するってなるとちょっと時間がかかるよね」
「それは困る!これ以上人の目につくなんて、たまったもんじゃない!だらだらと待つくらいなら、力づくで……!」
そう言って、半助が空と反対方向へ身体を捩る。
だが、やはり頑固な鼻水が取れる気配がない。
断念した頃には息が上がっていた。
「ああもう、どうしてしんべヱの鼻水はこんなにも強力なんだ!?」
「きっと時間とともに水分が蒸発してるんですよ。だから接着力が強まってるんだと」
「だったら、なおのこと急がねば。しかし、私一人の力ではどうにもならんな……」
「土井先生、私たちに良い考えがあります!」
言いながら、手を挙げたのは乱太郎だ。
「土井先生一人では無理でも、私たちが力を合わせれば何とかなるかもしれません!」
「おお、乱太郎。何かいい方法があるんだな!」
「はい、こうするんです」
そう言うと、乱太郎はとっておきのアイデアを皆に共有しはじめた。
***
生徒用の長い文机は全て教室の隅に寄せられている。
がらんと広くなった部屋の中央に、半助と空が立っている。
そして、彼らを中心に、乱太郎を除く一年は組の全員が一列に並んでいる。
半助サイドに立つのは、彼から近い順にきり丸、伊助、金吾、喜三太、虎若の五人。
対して空サイドは、庄左エ門、団蔵、兵太夫、三治郎、しんべヱの五人。
ちなみに乱太郎は、敢えてレフェリー役に徹している。
何のレフェリー役かというと……
「これより、土井先生と空さんを引き離すための『綱引き』を開催しまーす!」
と声を張り上げる乱太郎の言うとおりだった。
乱太郎の作戦を聞き終えると、は組の生徒たちはすぐに準備に取り掛かった。
半助と空の身体に付着した鼻水を掻い潜りながら、それぞれの腰の位置に縄を巻き付ける。
さらに、その巻縄に別の一本の縄を連結させれば綱の完成だ。
半助が訝しそうに縄と生徒を交互に見つめている。
「しかし、こんなんで上手くいくかいな」
「大丈夫ですよ、絶対に上手くいきます!」
自信満々に言い切る乱太郎に対し、半助は今一度状況を整理する。
風呂が沸いてない今、力ずくで身体を引き離す――となると、どう考えても、結局乱太郎が思いついた方法にしか行き着かなかった。
「土井先生、おれたち頑張って成功させますから。なぁ、みんな!」
「「うん!」」
きり丸の呼びかけに、全員が気合十分に呼応する。
自分の危機を救うために団結した教え子たちを見れば、教師冥利に尽きるというものだ。
またもや半助の目頭が熱くなった。
「た、頼んだぞ、みんな!」
「はい、では早速始めましょう。みんな、準備はいい?」
「こっちは大丈夫だよ!」
「こっちも!」
選手全員が縄を握りしめ、両サイドから準備万端の声が出揃う。
それを聞いて、乱太郎が天に向かって片掌を突き出した。
「それでは今から綱引きを始めます。用意、スタート!!」
瞬間、全員の脳内で試合開始の笛が鳴った。