わたしの軍師さま ~長屋の一日編~
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暮れなずむ春の空の下、空と天鬼が歩いている。
空の歩幅に合わせたつもりでも、段々と彼女の歩調がずれてくる。
何故だろう。
急にハッとした表情になって、天鬼は空の足元を見た。
小袖の裾から下がぐっしょりと濡れている。
(そうか……あの時……)
男たちから逃げようとした際、空が川の浅瀬に足を踏み入れてしまったことを天鬼は思い出した。
天鬼は無言のまま行動に移す。
まるで重さなどないように空を抱き上げて、平然と歩き出した。
「え……?あの、」
「草履が濡れていることを忘れていた。気づかなくてすまない。歩きづらかっただろう」
「いえ、そんな……ていうか、これ以上天鬼様に迷惑かけられません。ひとりで歩けますから、」
空が遠慮する。
だが、天鬼は聞き入れようともしない。
そればかりか、抱く腕の力を強めてきた。
「お前のことで迷惑だなんて思ったこと、一度もない」
言われた方は胸を熱くするような言葉を、天鬼は事もなげに言う。
手を引かれて歩いていた時は、喧嘩直後の気恥ずかしさから沈黙の方が心地よかったのに。
こうして顔を合わせていると、仲直りするまですれ違っていた分、自分の率直な想いを言葉で表したくなる。
「あの……今日は天鬼様に申し訳なかったです。心無いことを言って傷つけてしまって。相当怒ってましたよね……。私のことを不愉快に思われても当然です」
それを聞いて、天鬼がわずかに眉をひそめた。
「空、お前何か勘違いしているな」
「へ?勘違い?」
「そもそも、私はお前に怒ってなどない。家を出て行ったのは、嫉妬に怒り狂う頭を冷やしてもらいたかっただけだ。それに、不愉快だと感じたのは……近づいてきた女たちとその時店にいた男たちだ」
「え?女性たちはわかりますけど……男たちって?天鬼様、誰かに因縁つけられてましたっけ?」
「違う、そうじゃない」
「そうじゃないって言われても、私にはさっぱりわかりません」
空が天真爛漫といっていい表情で首を傾げる。
それを見て、天鬼は深い嘆息をついた。
「その様子だとちっとも気が付いてないな。最初の店でも、次々に立ち寄った店でも、お前に熱い視線を送る男たちが数多 いたというのに」
「え。そ、そうだったんですか……?」
「ああ」
空が記憶の糸を手繰り寄せる。
最初のうどん屋、次の小間物屋……どの店でも天鬼は終始周りを睨んでいて――
(もしかして、あれって私を守るため……)
下手に女たちを押し返せば、それに気をとられて周囲を窺えない。
天鬼があの冷たい眼だけで牽制していたからこそ、空は男たちに声をかけられなかったのだろう。
なのに、そうとは知らず、自分は――
「私って全然だめですね……天鬼様はいつだって私のことを見ていてくれてたのに、私は……」
「そう自分を責めるな。今日の外出で色々面白い発見があった。普段は淑女の空が、何かの拍子に手も付けられないほどのじゃじゃ馬になる……とな」
天鬼は軽く笑い飛ばすつもりだった。
だが、重く受け止めた空はシュンと悄気 てしまう。
「天鬼様と比べると、私は子ども同然ですね。天鬼様は事を荒立てることもなく冷静に対処されていたのに……私はどうしても我慢ができなかった。天鬼様に纏わりつく女性を見るとはらわた煮えくり返って、どうしても許せなくて……」
「……」
「今まで気づかなかったけど……私、天鬼様のことになると……周りが見えなくなってしまうみたいです……」
「……」
天鬼が絶句する。
表情こそ保っているが、瞬きの回数が多い。
明らかに動揺していた。
「……空は時々無意識に凶悪なことを言ってのけるな」
「え、凶悪って?」
「いや、いい。その真っすぐなところがお前の魅力だと思っている」
「真っ直ぐなところ……ありがとうございます。でも、これからはちゃんと感情をコントロールできるようにならないといけませんね。天鬼様に釣り合うような大人の女性になりたいから……」
「いや、お前は今のままでいい。その方が好ましい」
そう言うと、天鬼の眼が弓のような弧を象った。
やさしい微笑みに、空の頬が夕焼け色に染まる。
それを見て、天鬼はますます笑みを深めた。
「それにしても……天鬼様、よく私のいる場所がわかりましたね」
「知らぬ。気づけば勝手に足が動いていた」
それを聞いて空がクスっと笑う。
どうやら身体がこの場所を覚えていたらしい。
天鬼と半助はやはり繋がっているのだと実感した瞬間だった。
空の歩幅に合わせたつもりでも、段々と彼女の歩調がずれてくる。
何故だろう。
急にハッとした表情になって、天鬼は空の足元を見た。
小袖の裾から下がぐっしょりと濡れている。
(そうか……あの時……)
男たちから逃げようとした際、空が川の浅瀬に足を踏み入れてしまったことを天鬼は思い出した。
天鬼は無言のまま行動に移す。
まるで重さなどないように空を抱き上げて、平然と歩き出した。
「え……?あの、」
「草履が濡れていることを忘れていた。気づかなくてすまない。歩きづらかっただろう」
「いえ、そんな……ていうか、これ以上天鬼様に迷惑かけられません。ひとりで歩けますから、」
空が遠慮する。
だが、天鬼は聞き入れようともしない。
そればかりか、抱く腕の力を強めてきた。
「お前のことで迷惑だなんて思ったこと、一度もない」
言われた方は胸を熱くするような言葉を、天鬼は事もなげに言う。
手を引かれて歩いていた時は、喧嘩直後の気恥ずかしさから沈黙の方が心地よかったのに。
こうして顔を合わせていると、仲直りするまですれ違っていた分、自分の率直な想いを言葉で表したくなる。
「あの……今日は天鬼様に申し訳なかったです。心無いことを言って傷つけてしまって。相当怒ってましたよね……。私のことを不愉快に思われても当然です」
それを聞いて、天鬼がわずかに眉をひそめた。
「空、お前何か勘違いしているな」
「へ?勘違い?」
「そもそも、私はお前に怒ってなどない。家を出て行ったのは、嫉妬に怒り狂う頭を冷やしてもらいたかっただけだ。それに、不愉快だと感じたのは……近づいてきた女たちとその時店にいた男たちだ」
「え?女性たちはわかりますけど……男たちって?天鬼様、誰かに因縁つけられてましたっけ?」
「違う、そうじゃない」
「そうじゃないって言われても、私にはさっぱりわかりません」
空が天真爛漫といっていい表情で首を傾げる。
それを見て、天鬼は深い嘆息をついた。
「その様子だとちっとも気が付いてないな。最初の店でも、次々に立ち寄った店でも、お前に熱い視線を送る男たちが
「え。そ、そうだったんですか……?」
「ああ」
空が記憶の糸を手繰り寄せる。
最初のうどん屋、次の小間物屋……どの店でも天鬼は終始周りを睨んでいて――
(もしかして、あれって私を守るため……)
下手に女たちを押し返せば、それに気をとられて周囲を窺えない。
天鬼があの冷たい眼だけで牽制していたからこそ、空は男たちに声をかけられなかったのだろう。
なのに、そうとは知らず、自分は――
「私って全然だめですね……天鬼様はいつだって私のことを見ていてくれてたのに、私は……」
「そう自分を責めるな。今日の外出で色々面白い発見があった。普段は淑女の空が、何かの拍子に手も付けられないほどのじゃじゃ馬になる……とな」
天鬼は軽く笑い飛ばすつもりだった。
だが、重く受け止めた空はシュンと
「天鬼様と比べると、私は子ども同然ですね。天鬼様は事を荒立てることもなく冷静に対処されていたのに……私はどうしても我慢ができなかった。天鬼様に纏わりつく女性を見るとはらわた煮えくり返って、どうしても許せなくて……」
「……」
「今まで気づかなかったけど……私、天鬼様のことになると……周りが見えなくなってしまうみたいです……」
「……」
天鬼が絶句する。
表情こそ保っているが、瞬きの回数が多い。
明らかに動揺していた。
「……空は時々無意識に凶悪なことを言ってのけるな」
「え、凶悪って?」
「いや、いい。その真っすぐなところがお前の魅力だと思っている」
「真っ直ぐなところ……ありがとうございます。でも、これからはちゃんと感情をコントロールできるようにならないといけませんね。天鬼様に釣り合うような大人の女性になりたいから……」
「いや、お前は今のままでいい。その方が好ましい」
そう言うと、天鬼の眼が弓のような弧を象った。
やさしい微笑みに、空の頬が夕焼け色に染まる。
それを見て、天鬼はますます笑みを深めた。
「それにしても……天鬼様、よく私のいる場所がわかりましたね」
「知らぬ。気づけば勝手に足が動いていた」
それを聞いて空がクスっと笑う。
どうやら身体がこの場所を覚えていたらしい。
天鬼と半助はやはり繋がっているのだと実感した瞬間だった。