わたしの軍師さま ~長屋の一日編~
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夕陽の差す水面に自分の顔が映っている。
瞼を落とし、口を真一文字に結んだ陰鬱な表情はこれが本当に自分かと目も当てられない。
それでも、この表情を正す元気は、今の空にはない。
空は川のほとりで団子虫のように身を縮こめている。
あのまま一人家にいたら気が狂いそうで、足がひとりでにここに向かっていた。
町のはずれにあるこの川は、半助ときり丸、三人で散歩するときによく訪れる定番のコースだった。
癒しのスポットとして昼間は多くの人が目につくが、日が沈んでいくこの時間、空一人しかいない。
天鬼と喧嘩してから、空の心はかき乱されたままだ。
自暴自棄になっている。
去る直前の天鬼の台詞が頭にこびり付いて離れない。
「不愉快な時間だった、か……どうせ私なんて不愉快な存在ですよーだ。もう天鬼様なんて知らない!天鬼様のバカ、仏頂面、無愛想、半目、ジト目、ムッツリ……」
だが、言えば言うほど浮かんでくるのは天鬼の顔であった。
「天鬼様のバカ……」
浮かんできた顔を消し去るようにもう一度言う。
だが、すぐに首を振り後悔の表情で言った。
「ううん、違う。バカは……わたし……」
天鬼には何一つ非が無い――そんなの、最初からわかっている。
なのに、女たちにちやほやされている姿を見ていると、我を忘れるほど頭に血が上ってしまって、怒りの矛先を天鬼に向けてしまった。
『空、よく聞け。私の眼に映っているのはお前だけだ』
そう安心させる言葉も言ってくれたのに。
さらに、それを有言実行してくれて、天鬼が女たちに靡くことなど一切なかった。
天鬼と仲違いしてしまったのは、明らかに自分のせいた。
天鬼を信じて、どっしりと構えていたら、今頃仲睦まじく過ごせていたのに。
自分の狭量さが今日ほど嫌になったことはない。
空はじっと川を見つめた。
もし、つつがなくデートを続行できていたならば、二人でここに立ち寄りたかった。
出かけ際の心躍らせた、あのみずみずしい気持ちが、どうして今や夕立ち雲のように広がる哀しみに変わってしまったのだろう。
「……」
そのうちに鼻の奥がツンと痛くなってきて、瞳の縁から温かい雫が溢れる。
涙が頬を伝い落ち、川面に波紋をつくった。
「私のせいで、天鬼様を傷つけて……私、私……取り返しのつかないことしちゃった……」
嗚咽を上げ、空はひたすら泣いた。
泣けば泣くほどに、先程まで全く聞こえなかった川のせせらぎがようやく耳に沁み込むのだった。
泣き腫らした空の瞳には意志が灯っていた。
とにかく天鬼に謝らなければならない。
たとえ、自分に愛想を尽かしていようとも。
(行かなくちゃ……!)
空が表情を引き締めて立ち上がったときだった。
「!」
川面に映り込んでいる二つの顔に気づいて、背中に冷たいものがはしる。
慌てて振り向くと、下卑た視線を向けてくる青年二人がいた。
「お嬢ちゃん、こんなところに一人?」
「暇してるなら、俺たちと遊ぼうよ」
「ちょっと前から見てたけど、人待ちってわけじゃなさそうじゃん」
「さっきまで泣いてたのも知ってる。彼氏に振られたんだろ?それなら、俺たちがやさしく慰めてあげるよ」
卑しい表情からも、言葉の端々からも、いかがわしいことしか考えていない連中なのが明白だった。
(早く逃げないと……!)
身の危険を感じ、空は咄嗟に後退る。
だが、ひんやりとした感触が足首から下に広がった瞬間、それ以上進むのを断念した。
後ろには川しかない。
「こ……来ないでください!」
「ほらほら、そんなところに突っ立ってたら濡れちゃうよ~」
「まぁ、俺たちに濡れた身体を温めてほしいならそれでもいいけど」
徐々に距離を狭め、卑しい笑みを強めながら、男のひとりが空の肩に手を伸ばそうとした。
(いやっ!)
空が思わず眼を瞑る。
「……」
だが、いつまでたっても男の手の感触は感じられなかった。
(あれ……?)
不思議に思って瞼を開くと、さっきまで余裕の表情で空を追い詰めていた男たちは白目を剥いて地面に伸びていた。
そして、目の前には空が会いに行こうとした人物がいる。
「天鬼様!!」
「大丈夫か?どこにも怪我はないか?」
「は、はい」
気遣いの言葉をかけられた瞬間、つい涙が零れそうになる。
(天鬼様……来てくれたんだ……)
あんなにひどいことをしたのに。
恋人の窮地に駆け付けてくれた天鬼を感激の面持ちで見つめていた。
「天鬼様……さっきはごめんなさいっ!」
「さ、帰るぞ」
せっかく誠心誠意謝罪をしたのに、そっけなく受け流すのがまた天鬼らしかった。
けれど、自分に気を遣っているのが十分にわかった。
歩き出すとき、ごく自然に天鬼が空の手を握り取っていたからだ。
瞼を落とし、口を真一文字に結んだ陰鬱な表情はこれが本当に自分かと目も当てられない。
それでも、この表情を正す元気は、今の空にはない。
空は川のほとりで団子虫のように身を縮こめている。
あのまま一人家にいたら気が狂いそうで、足がひとりでにここに向かっていた。
町のはずれにあるこの川は、半助ときり丸、三人で散歩するときによく訪れる定番のコースだった。
癒しのスポットとして昼間は多くの人が目につくが、日が沈んでいくこの時間、空一人しかいない。
天鬼と喧嘩してから、空の心はかき乱されたままだ。
自暴自棄になっている。
去る直前の天鬼の台詞が頭にこびり付いて離れない。
「不愉快な時間だった、か……どうせ私なんて不愉快な存在ですよーだ。もう天鬼様なんて知らない!天鬼様のバカ、仏頂面、無愛想、半目、ジト目、ムッツリ……」
だが、言えば言うほど浮かんでくるのは天鬼の顔であった。
「天鬼様のバカ……」
浮かんできた顔を消し去るようにもう一度言う。
だが、すぐに首を振り後悔の表情で言った。
「ううん、違う。バカは……わたし……」
天鬼には何一つ非が無い――そんなの、最初からわかっている。
なのに、女たちにちやほやされている姿を見ていると、我を忘れるほど頭に血が上ってしまって、怒りの矛先を天鬼に向けてしまった。
『空、よく聞け。私の眼に映っているのはお前だけだ』
そう安心させる言葉も言ってくれたのに。
さらに、それを有言実行してくれて、天鬼が女たちに靡くことなど一切なかった。
天鬼と仲違いしてしまったのは、明らかに自分のせいた。
天鬼を信じて、どっしりと構えていたら、今頃仲睦まじく過ごせていたのに。
自分の狭量さが今日ほど嫌になったことはない。
空はじっと川を見つめた。
もし、つつがなくデートを続行できていたならば、二人でここに立ち寄りたかった。
出かけ際の心躍らせた、あのみずみずしい気持ちが、どうして今や夕立ち雲のように広がる哀しみに変わってしまったのだろう。
「……」
そのうちに鼻の奥がツンと痛くなってきて、瞳の縁から温かい雫が溢れる。
涙が頬を伝い落ち、川面に波紋をつくった。
「私のせいで、天鬼様を傷つけて……私、私……取り返しのつかないことしちゃった……」
嗚咽を上げ、空はひたすら泣いた。
泣けば泣くほどに、先程まで全く聞こえなかった川のせせらぎがようやく耳に沁み込むのだった。
泣き腫らした空の瞳には意志が灯っていた。
とにかく天鬼に謝らなければならない。
たとえ、自分に愛想を尽かしていようとも。
(行かなくちゃ……!)
空が表情を引き締めて立ち上がったときだった。
「!」
川面に映り込んでいる二つの顔に気づいて、背中に冷たいものがはしる。
慌てて振り向くと、下卑た視線を向けてくる青年二人がいた。
「お嬢ちゃん、こんなところに一人?」
「暇してるなら、俺たちと遊ぼうよ」
「ちょっと前から見てたけど、人待ちってわけじゃなさそうじゃん」
「さっきまで泣いてたのも知ってる。彼氏に振られたんだろ?それなら、俺たちがやさしく慰めてあげるよ」
卑しい表情からも、言葉の端々からも、いかがわしいことしか考えていない連中なのが明白だった。
(早く逃げないと……!)
身の危険を感じ、空は咄嗟に後退る。
だが、ひんやりとした感触が足首から下に広がった瞬間、それ以上進むのを断念した。
後ろには川しかない。
「こ……来ないでください!」
「ほらほら、そんなところに突っ立ってたら濡れちゃうよ~」
「まぁ、俺たちに濡れた身体を温めてほしいならそれでもいいけど」
徐々に距離を狭め、卑しい笑みを強めながら、男のひとりが空の肩に手を伸ばそうとした。
(いやっ!)
空が思わず眼を瞑る。
「……」
だが、いつまでたっても男の手の感触は感じられなかった。
(あれ……?)
不思議に思って瞼を開くと、さっきまで余裕の表情で空を追い詰めていた男たちは白目を剥いて地面に伸びていた。
そして、目の前には空が会いに行こうとした人物がいる。
「天鬼様!!」
「大丈夫か?どこにも怪我はないか?」
「は、はい」
気遣いの言葉をかけられた瞬間、つい涙が零れそうになる。
(天鬼様……来てくれたんだ……)
あんなにひどいことをしたのに。
恋人の窮地に駆け付けてくれた天鬼を感激の面持ちで見つめていた。
「天鬼様……さっきはごめんなさいっ!」
「さ、帰るぞ」
せっかく誠心誠意謝罪をしたのに、そっけなく受け流すのがまた天鬼らしかった。
けれど、自分に気を遣っているのが十分にわかった。
歩き出すとき、ごく自然に天鬼が空の手を握り取っていたからだ。