わたしの軍師さま ~長屋の一日編~
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「天鬼様、今日は空気が澄んでいて気持ちがいいですね」
「ああ」
青い空の下、これまでに例のないほど空がはしゃいでいる。
いつも人目を忍んで逢瀬を繰り返していた分、こうして太陽の下堂々とふたりで歩けるのがたまらなく嬉しい。
今の空の喜び様といったら。
ともすれば、天まで飛べそうな勢いである。
(きりちゃんは堺で荷卸しのバイトしているし……今日一日心置きなく天鬼様との時間を満喫できそう……!)
空は隣を歩く天鬼をチラリと見た。
頭から足まで順に、烏帽子、白基調に青を差し色とした着物、紺の袴と装いは普段の半助と何ら変わりない。
ただ、きりっと引き締まった目元は天鬼固有のものだ。
(天鬼様……半助さんにはないあの鋭い眼付き……やっぱり素敵だな……)
もう何遍も見ているというのに、恋人の空ですら、つい目を奪われてしまう。
しかし、空はこのとき気づかなかった。
天鬼を特徴づけている、この鋭い双眸のせいで、思わぬ事態を引き起こすことに。
***
「……」
空が半目でうどんを啜っている。
まるで天鬼の無愛想さが移ってしまったかのようだ。
「ねぇねぇ、あんた、どこの出だい?」
「こ~んないい男がこの町にいたなんて。名はなんていうの?」
「今晩、あたしと熱い夜を過ごしてみない?」
うどん屋に入って席へかけるなり、天鬼は婀娜 っぽいお姉さま方に取り囲まれてしまう。
年は全員天鬼の二、三個上くらい。
少し着崩して、大胆にも胸の谷間を晒している身なりは自ら「遊女です」と名乗っているようだ。
最初は「天鬼様に触らないでください!」と毅然と対応した空だったが、多勢に無勢。
女たちの輪の中から、ポイっと摘まみだされてしまう。
天鬼は言うと、仏頂面でうどんを食している。
女たちのことは空気のように無のものとして扱っている。
ただ、時折この世のすべてが憎いと言わんばかりに、あたりを睨んでいた。
女たちは無視を貫く天鬼にものともせず、ぞんざいな口調でしつこく彼に擦り寄っていく。
「あ~ん、あんたのその眼が素敵だねぇ」
「ほんとほんと。あんたみたいな男に流し目されたら、世の女たちはイチコロだよ」
「でも、女の趣味がイマイチだわ。あたしなら、こんなお嬢ちゃんよりもうんと気持ちよくしてあげるのに」
そう言って、女たちが勝ち誇った笑みを空に向ける。
ピキピキピキッ
空のこめかみに青筋がはしる。
空が食台にバシッと箸を叩きつけた。
ちなみにうどんはしっかり完食している。
「天鬼様、行きましょう!」
空がズンズンと店の出口に向かっていく。
それを見て、女たちはニンマリと笑った。
「あらぁ、あんたのお連れさん帰っちゃったねぇ」
「なんて薄情な女なの……こんないい男を一人にするなんて」
「でも、これでゆっくり話ができるねぇ……てあら?」
次の瞬間、女たちが絶句する。
今しがたまで横にいたはずの天鬼は音もなく姿を消していた。
「一体、なんなの!?あの人たち!天鬼様に馴れ馴れしいったらありゃしない!」
空の顔から湯気が噴き出している。
二人はふたたび通りを歩いていた。
「おい。そろそろ機嫌を直せ」
「天鬼様!そうはいいますが、」
「周りをよく見ろ。注目を集めている」
「え?」
そう言われて、空は急いであたりを見渡すと、行き交う人たちの好奇の視線が自分に向けられていることに気づいた。
しなやかな黒髪に真珠のような白い肌。
幼さの残る丸顔に均整で清楚な目鼻立ち。
特に、高貴な猫を思わせる大きな眼が印象的な空は、将軍の目に止まってもおかしくない、掛け値なしの美女である。
その美女がカンカンに怒っているのだから、一体何があったのかと人々は興味深々に空を見つめていた。
「あ……」
不特定多数の人間に自分の醜態を見られてしまった。
次第に恥ずかしい気持ちがこみ上げてくる。
思わず天鬼の方へ身を寄せた。
だが、鼻をつくような匂いに、空は顔をしかめる。
その匂いの正体は、先ほど絡んできた女たちの白粉や香だ。
「……」
女たちにベタベタされたことを思い出すと、泣きたい気持ちを通り越して、再び嫉妬の炎が燃え上がって来た。
(天鬼様は絶対に渡さない!)
その揺るがない思いは、通常の空では考えられない行動をとらせた。
街の往来にもかかわらず、天鬼にぎゅっとしがみつく。
「お、おい……どうしたんだ!?」
「天鬼様は私のです!」
「おい、ちょっと落ち着け!」
「天鬼様は……私の!」
空がさらに力をこめる。
空の声が涙交じりのそれに変わった瞬間、天鬼はようやく事の深刻さを理解した。
一旦やさしく抱きしめてから、駄々っ子のような空の頭をポンポンと叩くと、しっかりと空の眼を見据えていった。
「心配するな。あんな女たち、相手にする時間がもったいない」
「でも……」
「空、よく聞け。私の眼に映っているのはお前だけだ」
「て、天鬼様……」
空の顔がうっとりと蕩けていく。
このとき、空には天鬼の背景に大量の薔薇の花が見えていたという。
彼の言動に、空はすっかり骨抜きにされてしまう。
天鬼が真摯な瞳で見つめ続ければ、やがて空はトロンとした眼でコクっと頷いた。
(ふぅ……とりあえず怒りはおさまったようだな)
空をなだめてから、天鬼ははたと気付いた。
自分も町の人々の注目を集める一因をつくってしまったことに。
「チッ……先を急ぐぞ」
「は、はい!」
天鬼が空の腕を掴んで駆け出した。
空はというと、泣いた鴉がもう笑っている。
恋する乙女はかくも単純なのだ。
(天鬼様……やさしい……)
空は花のような笑みを浮かべながら、天鬼とともに次の店を目指した。
「ああ」
青い空の下、これまでに例のないほど空がはしゃいでいる。
いつも人目を忍んで逢瀬を繰り返していた分、こうして太陽の下堂々とふたりで歩けるのがたまらなく嬉しい。
今の空の喜び様といったら。
ともすれば、天まで飛べそうな勢いである。
(きりちゃんは堺で荷卸しのバイトしているし……今日一日心置きなく天鬼様との時間を満喫できそう……!)
空は隣を歩く天鬼をチラリと見た。
頭から足まで順に、烏帽子、白基調に青を差し色とした着物、紺の袴と装いは普段の半助と何ら変わりない。
ただ、きりっと引き締まった目元は天鬼固有のものだ。
(天鬼様……半助さんにはないあの鋭い眼付き……やっぱり素敵だな……)
もう何遍も見ているというのに、恋人の空ですら、つい目を奪われてしまう。
しかし、空はこのとき気づかなかった。
天鬼を特徴づけている、この鋭い双眸のせいで、思わぬ事態を引き起こすことに。
***
「……」
空が半目でうどんを啜っている。
まるで天鬼の無愛想さが移ってしまったかのようだ。
「ねぇねぇ、あんた、どこの出だい?」
「こ~んないい男がこの町にいたなんて。名はなんていうの?」
「今晩、あたしと熱い夜を過ごしてみない?」
うどん屋に入って席へかけるなり、天鬼は
年は全員天鬼の二、三個上くらい。
少し着崩して、大胆にも胸の谷間を晒している身なりは自ら「遊女です」と名乗っているようだ。
最初は「天鬼様に触らないでください!」と毅然と対応した空だったが、多勢に無勢。
女たちの輪の中から、ポイっと摘まみだされてしまう。
天鬼は言うと、仏頂面でうどんを食している。
女たちのことは空気のように無のものとして扱っている。
ただ、時折この世のすべてが憎いと言わんばかりに、あたりを睨んでいた。
女たちは無視を貫く天鬼にものともせず、ぞんざいな口調でしつこく彼に擦り寄っていく。
「あ~ん、あんたのその眼が素敵だねぇ」
「ほんとほんと。あんたみたいな男に流し目されたら、世の女たちはイチコロだよ」
「でも、女の趣味がイマイチだわ。あたしなら、こんなお嬢ちゃんよりもうんと気持ちよくしてあげるのに」
そう言って、女たちが勝ち誇った笑みを空に向ける。
ピキピキピキッ
空のこめかみに青筋がはしる。
空が食台にバシッと箸を叩きつけた。
ちなみにうどんはしっかり完食している。
「天鬼様、行きましょう!」
空がズンズンと店の出口に向かっていく。
それを見て、女たちはニンマリと笑った。
「あらぁ、あんたのお連れさん帰っちゃったねぇ」
「なんて薄情な女なの……こんないい男を一人にするなんて」
「でも、これでゆっくり話ができるねぇ……てあら?」
次の瞬間、女たちが絶句する。
今しがたまで横にいたはずの天鬼は音もなく姿を消していた。
「一体、なんなの!?あの人たち!天鬼様に馴れ馴れしいったらありゃしない!」
空の顔から湯気が噴き出している。
二人はふたたび通りを歩いていた。
「おい。そろそろ機嫌を直せ」
「天鬼様!そうはいいますが、」
「周りをよく見ろ。注目を集めている」
「え?」
そう言われて、空は急いであたりを見渡すと、行き交う人たちの好奇の視線が自分に向けられていることに気づいた。
しなやかな黒髪に真珠のような白い肌。
幼さの残る丸顔に均整で清楚な目鼻立ち。
特に、高貴な猫を思わせる大きな眼が印象的な空は、将軍の目に止まってもおかしくない、掛け値なしの美女である。
その美女がカンカンに怒っているのだから、一体何があったのかと人々は興味深々に空を見つめていた。
「あ……」
不特定多数の人間に自分の醜態を見られてしまった。
次第に恥ずかしい気持ちがこみ上げてくる。
思わず天鬼の方へ身を寄せた。
だが、鼻をつくような匂いに、空は顔をしかめる。
その匂いの正体は、先ほど絡んできた女たちの白粉や香だ。
「……」
女たちにベタベタされたことを思い出すと、泣きたい気持ちを通り越して、再び嫉妬の炎が燃え上がって来た。
(天鬼様は絶対に渡さない!)
その揺るがない思いは、通常の空では考えられない行動をとらせた。
街の往来にもかかわらず、天鬼にぎゅっとしがみつく。
「お、おい……どうしたんだ!?」
「天鬼様は私のです!」
「おい、ちょっと落ち着け!」
「天鬼様は……私の!」
空がさらに力をこめる。
空の声が涙交じりのそれに変わった瞬間、天鬼はようやく事の深刻さを理解した。
一旦やさしく抱きしめてから、駄々っ子のような空の頭をポンポンと叩くと、しっかりと空の眼を見据えていった。
「心配するな。あんな女たち、相手にする時間がもったいない」
「でも……」
「空、よく聞け。私の眼に映っているのはお前だけだ」
「て、天鬼様……」
空の顔がうっとりと蕩けていく。
このとき、空には天鬼の背景に大量の薔薇の花が見えていたという。
彼の言動に、空はすっかり骨抜きにされてしまう。
天鬼が真摯な瞳で見つめ続ければ、やがて空はトロンとした眼でコクっと頷いた。
(ふぅ……とりあえず怒りはおさまったようだな)
空をなだめてから、天鬼ははたと気付いた。
自分も町の人々の注目を集める一因をつくってしまったことに。
「チッ……先を急ぐぞ」
「は、はい!」
天鬼が空の腕を掴んで駆け出した。
空はというと、泣いた鴉がもう笑っている。
恋する乙女はかくも単純なのだ。
(天鬼様……やさしい……)
空は花のような笑みを浮かべながら、天鬼とともに次の店を目指した。