Never let you go....?
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「よし、これで粗方洗い終わったかな」
空は布巾で丁寧に食器を拭き上げていく。
これを終えたら、次は事務の仕事が待っている。
今日は小松田と備品発注の書類を作成することになっていたな、とぼんやり予定を思い返しているときだった。
「ああ~食堂へ行くの遅くなっちゃった~!もう、お腹ぺっこぺこだよう~」
すっかりもぬけの殻になった食堂に、一人の少年が入ってくる。
忍者に向いていないふくよかな体型にのんびりした口調。
一年は組のお騒がせ三人衆のひとり、しんべヱだった。
慌てて空が出迎える。
「しんべヱ君!?え、まだランチ食べてなかったの?」
「あ、空さん、こんにちは~。ちょっと事情があって食堂に行くのが遅れちゃいました~。と、とにかくAランチください……」
そう言って、しんべヱはその場に倒れてしまう。
「し、しんべヱ君!?大丈夫!?」
見れば、眼が渦潮と化している。
空腹で身体が悲鳴をあげていた。
「あらあら、急いで用意しないと。しんべヱ君、ちょっと待っててね」
駆け付けた食堂のおばちゃんが、すぐさま厨房へとんぼ返りした。
しんべヱが食べ終わるまで、空は同じ卓に掛け、付き添ってあげることにした。
食器拭きの途中だったが、ぽつねんと一人食事をとるのは可哀想だから一緒にいてあげて、と食堂のおばちゃんに言われてしまい、やりかけの仕事は彼女にバトンタッチすることになった。
「いつもいの一番に食堂に飛び込んでくるしんべヱ君が珍しい……道理で御釜にあったご飯が沢山残ってたわけね」
「エヘヘ。それほどでも~」
なぜかしんべヱが頬を赤らめる。
褒めたわけじゃないんだけど……と汗ジトの空だった。
「どうして、今日は乱太郎君たちと一緒じゃなかったの?」
「実はコレのせいなんです」
しんべヱが自らの鼻を指して語り出す。
聞けば、今日は特に鼻炎の症状がひどく終始鼻水が垂れっぱなし。
実技の授業中、教師の山田伝蔵からひどく心配されたそうだ。
というわけで、昼休みに突入すると、しんべヱは空腹を我慢し医務室で処置を受けていた。
「医務室には六年生で保健委員会委員長の善法寺伊作先輩がいらっしゃったんですけど、例のごとく伊作先輩の不運が発動しちゃって……」
しんべヱの話によれば、伊作はしんべヱの症状を一通り確認し、すぐに鼻炎薬を用意しようと薬棚の方へ向かうが、何もないところでつまづいて転んでしまう。
運の悪いことに、転んだ先に例の薬棚があり、それとぶつかった拍子で、棚の中身が一斉に飛び出してくる。
数々の薬が床に散乱し、医務室の中は見るも無残な光景になったという。
「伊作先輩と一緒に医務室の掃除をしていたら、こんな時間になっちゃって……」
「そ、それは大変だったねぇ……」
「ほんとですよ~。だから、急いで食べないと。次は土井先生の授業だから……最近、土井先生遅刻にうるさいんです~」
土井先生と最も旬なキーワードに空の耳がピクリと動く。
(いいなぁ……しんべヱ君たちは毎日土井先生の授業を受けられて……)
(ちょっと前までは私も一緒だったのに……)
無意識に空は瞼を伏せる。
それを見て、しんべヱがしきりに瞬いた。
「空さん、どうしたんですか、だんまりしちゃって~。具合でも悪いんですか~?」
「え……あ、ううん。何でもないの。それより、しんべヱ君、次の授業遅れちゃうよ。私も事務室に行くから、食べ終えたら一緒に行こう」
「はぁい!」
しんべヱが箸をフルスピードで動かす。
食べ物を口いっぱいに詰めるしんべヱはいかにも動物じみていて、それがたまらなく可愛い。
空は目を細めて、至福のひとときを過ごすしんべヱを見つめていた。
***
「ああ、お腹いっぱい~。充電完了!」
「御釜のご飯がすっからかんになるまで食べてたもんね」
まだ昼飯に預かっていない剣術師範、戸部新左エ門が聞いたらムンクの叫びと化してしまいそうな空の一言だった。
ふたりは手を繋ぎ、それぞれ一年は組の教室と事務室へ向かっている。
「しんべヱ君、鼻炎止まったみたいでよかったね」
「はい~。でも、薬の効果が切れたらまた元通りかもしれませんけどね~。ボクの鼻炎、本当にひどくて」
鼻炎持ちの体質も大変だなぁ……と気の毒に思ったときだった。
後ろから、「お~い」とふたりに声が投げかけられる。
「「伊作君(先輩)!」」
深緑色の制服を纏った十五歳の少年が走ってくる。
優しく頼もしい、忍たまたちのお兄さんこと、六年は組の善法寺伊作が息を切らして現れるなり、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「しんべヱ、ごめん!僕、薬を渡し間違えたみたいなんだ」
「え……薬って、あの鼻炎用の粉薬ですか~?」
「ああ。しんべヱに飲ませてしまったのは、腹痛用の薬だったんだ」
「あれ?でも、ボク鼻水止まってますけど~」
「ええ!?でも、しんべヱに渡したのは確かに腹痛用で、」
「もしかしたら、それはプラシーボ効果かも……」
「「プラシーボ?」」
聞き慣れない言葉に、しんべヱと伊作の声が重なる。
ふたりは思わず空を見た。
「プラシーボって、ボクや空さんみたいな人のことを言うんですか~?」
「それはくいしんぼ!」
「グルメブームの火付け役となったアニメのこと?」
「それは美味し○ぼ、ってそうじゃなくて!プラシーボ効果っていうのは……実際には効果のない薬を飲んでしまっても、薬だと信じ込むことで、何らかの改善を得られる現象のことを指すんだよ」
「へぇ……つまりは、全く関係ない腹痛用の薬を飲んだけど、薬を飲んだと思い込むことである種の自己治癒力が働き、しんべヱの鼻炎は止まった……ということですよね、空さん」
「そうそう、流石伊作君、飲み込みが早い!」
「いや、それほどでも……」
照れる伊作の脇で、しんべヱは首を傾げている。
彼にはこの概念が少し難しかったみたいだ。
ただ、ある一つの事実だけははっきりと理解していた。
(じゃあ、ボクは鼻炎の薬を飲んでなかったんだ……!)
その事実が分かった途端、プラシーボ効果は忽ちに消滅してしまったらしい。
まるで暗示が解けたように、針孔ほどに小さいしんべヱの鼻腔からドバドバと鼻水が垂れ落ちてきた。
「ぅわ~ん、また出てきちゃったぁぁ~!」
「おわっ、しんべヱ大丈夫か!?」
「しんべヱ君!?」
伊作に続き空もぎょっとする。
空は大急ぎで手ぬぐいを出そうとした。
が、それよりも先に、しんべヱの鼻先に強烈な掻痒感が襲う方が早かった。
ぶえ~~~っくしゅい!!!
カバのように大きな口から豪快なくしゃみが炸裂する。
この瞬間、伊作は覚悟していた。
こういうとき、大体決まって多量の鼻水を全身から浴びるのは不運の自分のはずだと。
だが、運命のいたずらか、伊作の不運は一時的に空へと移ってしまったらしい。
しんべヱのくしゃみの先にいたのは空だった。
「……」
空はトホホ顔で立ち尽くしていた。
かろうじて顔は免れたが、首から下は粘着性のある透明な液体を被っている。
「ご、ごめんなさい~!!!」
「だ、大丈夫ですか、空さん!?」
「う、うん、大丈夫……しんべヱ君と一緒に居ると、よくあることだから」
強がりでもなんでもなく、実際そうだった。
一年は組に生徒として滞在していた頃、きり丸と同様弟のように甘えるしんべヱを抱きしめては服が鼻水まみれになり、その都度井戸で洗濯する羽目になった。
最早怒る、という感情すら通り越して諦めの境地に入っている。
その上、涙、鼻水、涎…と顔から出る液体すべてを分泌させながら全力で謝るしんべヱの形相は人外的で怖すぎた。
「ご、ごめんなさい~!!ボク、洗濯お手伝いします」
「だ、大丈夫よ、しんべヱ君。早く授業に行かないと土井先生に怒られるでしょ」
「こんなに濡れてしまっては、身体が冷えてしまいます。風邪ひくといけない。ひとまず何か拭くものを……」
伊作が適当な布を探しに行こうとしたときだった。
「おーい、皆してなに騒いでいるんだ?」
春を感じさせるくらいの爽やかな声が、三人の耳に飛び込んできた。
空は布巾で丁寧に食器を拭き上げていく。
これを終えたら、次は事務の仕事が待っている。
今日は小松田と備品発注の書類を作成することになっていたな、とぼんやり予定を思い返しているときだった。
「ああ~食堂へ行くの遅くなっちゃった~!もう、お腹ぺっこぺこだよう~」
すっかりもぬけの殻になった食堂に、一人の少年が入ってくる。
忍者に向いていないふくよかな体型にのんびりした口調。
一年は組のお騒がせ三人衆のひとり、しんべヱだった。
慌てて空が出迎える。
「しんべヱ君!?え、まだランチ食べてなかったの?」
「あ、空さん、こんにちは~。ちょっと事情があって食堂に行くのが遅れちゃいました~。と、とにかくAランチください……」
そう言って、しんべヱはその場に倒れてしまう。
「し、しんべヱ君!?大丈夫!?」
見れば、眼が渦潮と化している。
空腹で身体が悲鳴をあげていた。
「あらあら、急いで用意しないと。しんべヱ君、ちょっと待っててね」
駆け付けた食堂のおばちゃんが、すぐさま厨房へとんぼ返りした。
しんべヱが食べ終わるまで、空は同じ卓に掛け、付き添ってあげることにした。
食器拭きの途中だったが、ぽつねんと一人食事をとるのは可哀想だから一緒にいてあげて、と食堂のおばちゃんに言われてしまい、やりかけの仕事は彼女にバトンタッチすることになった。
「いつもいの一番に食堂に飛び込んでくるしんべヱ君が珍しい……道理で御釜にあったご飯が沢山残ってたわけね」
「エヘヘ。それほどでも~」
なぜかしんべヱが頬を赤らめる。
褒めたわけじゃないんだけど……と汗ジトの空だった。
「どうして、今日は乱太郎君たちと一緒じゃなかったの?」
「実はコレのせいなんです」
しんべヱが自らの鼻を指して語り出す。
聞けば、今日は特に鼻炎の症状がひどく終始鼻水が垂れっぱなし。
実技の授業中、教師の山田伝蔵からひどく心配されたそうだ。
というわけで、昼休みに突入すると、しんべヱは空腹を我慢し医務室で処置を受けていた。
「医務室には六年生で保健委員会委員長の善法寺伊作先輩がいらっしゃったんですけど、例のごとく伊作先輩の不運が発動しちゃって……」
しんべヱの話によれば、伊作はしんべヱの症状を一通り確認し、すぐに鼻炎薬を用意しようと薬棚の方へ向かうが、何もないところでつまづいて転んでしまう。
運の悪いことに、転んだ先に例の薬棚があり、それとぶつかった拍子で、棚の中身が一斉に飛び出してくる。
数々の薬が床に散乱し、医務室の中は見るも無残な光景になったという。
「伊作先輩と一緒に医務室の掃除をしていたら、こんな時間になっちゃって……」
「そ、それは大変だったねぇ……」
「ほんとですよ~。だから、急いで食べないと。次は土井先生の授業だから……最近、土井先生遅刻にうるさいんです~」
土井先生と最も旬なキーワードに空の耳がピクリと動く。
(いいなぁ……しんべヱ君たちは毎日土井先生の授業を受けられて……)
(ちょっと前までは私も一緒だったのに……)
無意識に空は瞼を伏せる。
それを見て、しんべヱがしきりに瞬いた。
「空さん、どうしたんですか、だんまりしちゃって~。具合でも悪いんですか~?」
「え……あ、ううん。何でもないの。それより、しんべヱ君、次の授業遅れちゃうよ。私も事務室に行くから、食べ終えたら一緒に行こう」
「はぁい!」
しんべヱが箸をフルスピードで動かす。
食べ物を口いっぱいに詰めるしんべヱはいかにも動物じみていて、それがたまらなく可愛い。
空は目を細めて、至福のひとときを過ごすしんべヱを見つめていた。
***
「ああ、お腹いっぱい~。充電完了!」
「御釜のご飯がすっからかんになるまで食べてたもんね」
まだ昼飯に預かっていない剣術師範、戸部新左エ門が聞いたらムンクの叫びと化してしまいそうな空の一言だった。
ふたりは手を繋ぎ、それぞれ一年は組の教室と事務室へ向かっている。
「しんべヱ君、鼻炎止まったみたいでよかったね」
「はい~。でも、薬の効果が切れたらまた元通りかもしれませんけどね~。ボクの鼻炎、本当にひどくて」
鼻炎持ちの体質も大変だなぁ……と気の毒に思ったときだった。
後ろから、「お~い」とふたりに声が投げかけられる。
「「伊作君(先輩)!」」
深緑色の制服を纏った十五歳の少年が走ってくる。
優しく頼もしい、忍たまたちのお兄さんこと、六年は組の善法寺伊作が息を切らして現れるなり、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「しんべヱ、ごめん!僕、薬を渡し間違えたみたいなんだ」
「え……薬って、あの鼻炎用の粉薬ですか~?」
「ああ。しんべヱに飲ませてしまったのは、腹痛用の薬だったんだ」
「あれ?でも、ボク鼻水止まってますけど~」
「ええ!?でも、しんべヱに渡したのは確かに腹痛用で、」
「もしかしたら、それはプラシーボ効果かも……」
「「プラシーボ?」」
聞き慣れない言葉に、しんべヱと伊作の声が重なる。
ふたりは思わず空を見た。
「プラシーボって、ボクや空さんみたいな人のことを言うんですか~?」
「それはくいしんぼ!」
「グルメブームの火付け役となったアニメのこと?」
「それは美味し○ぼ、ってそうじゃなくて!プラシーボ効果っていうのは……実際には効果のない薬を飲んでしまっても、薬だと信じ込むことで、何らかの改善を得られる現象のことを指すんだよ」
「へぇ……つまりは、全く関係ない腹痛用の薬を飲んだけど、薬を飲んだと思い込むことである種の自己治癒力が働き、しんべヱの鼻炎は止まった……ということですよね、空さん」
「そうそう、流石伊作君、飲み込みが早い!」
「いや、それほどでも……」
照れる伊作の脇で、しんべヱは首を傾げている。
彼にはこの概念が少し難しかったみたいだ。
ただ、ある一つの事実だけははっきりと理解していた。
(じゃあ、ボクは鼻炎の薬を飲んでなかったんだ……!)
その事実が分かった途端、プラシーボ効果は忽ちに消滅してしまったらしい。
まるで暗示が解けたように、針孔ほどに小さいしんべヱの鼻腔からドバドバと鼻水が垂れ落ちてきた。
「ぅわ~ん、また出てきちゃったぁぁ~!」
「おわっ、しんべヱ大丈夫か!?」
「しんべヱ君!?」
伊作に続き空もぎょっとする。
空は大急ぎで手ぬぐいを出そうとした。
が、それよりも先に、しんべヱの鼻先に強烈な掻痒感が襲う方が早かった。
ぶえ~~~っくしゅい!!!
カバのように大きな口から豪快なくしゃみが炸裂する。
この瞬間、伊作は覚悟していた。
こういうとき、大体決まって多量の鼻水を全身から浴びるのは不運の自分のはずだと。
だが、運命のいたずらか、伊作の不運は一時的に空へと移ってしまったらしい。
しんべヱのくしゃみの先にいたのは空だった。
「……」
空はトホホ顔で立ち尽くしていた。
かろうじて顔は免れたが、首から下は粘着性のある透明な液体を被っている。
「ご、ごめんなさい~!!!」
「だ、大丈夫ですか、空さん!?」
「う、うん、大丈夫……しんべヱ君と一緒に居ると、よくあることだから」
強がりでもなんでもなく、実際そうだった。
一年は組に生徒として滞在していた頃、きり丸と同様弟のように甘えるしんべヱを抱きしめては服が鼻水まみれになり、その都度井戸で洗濯する羽目になった。
最早怒る、という感情すら通り越して諦めの境地に入っている。
その上、涙、鼻水、涎…と顔から出る液体すべてを分泌させながら全力で謝るしんべヱの形相は人外的で怖すぎた。
「ご、ごめんなさい~!!ボク、洗濯お手伝いします」
「だ、大丈夫よ、しんべヱ君。早く授業に行かないと土井先生に怒られるでしょ」
「こんなに濡れてしまっては、身体が冷えてしまいます。風邪ひくといけない。ひとまず何か拭くものを……」
伊作が適当な布を探しに行こうとしたときだった。
「おーい、皆してなに騒いでいるんだ?」
春を感じさせるくらいの爽やかな声が、三人の耳に飛び込んできた。