Never let you go....?
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「ふぅ……」
愛くるしい唇から溜息が漏れる。
けれど、それは終わりの見えない皿洗いに疲れたからではない。
心の中を占めている、今懸想 中の彼を想えば、自然と口から零れてしまうのだ。
ここは忍術学園の食堂。
お昼のピークはとうに過ぎている。
食堂を訪れる人の数は減っているため、食堂で働く人間たちの主な仕事は給仕から片付けへと移行している。
事務員兼食堂のお手伝いをしている空は、その片付けの真っ最中――皿洗いをしていた。
「はぁ……」
手を動かしつつも、その表情は惚けている。
心ここにあらずといった様相だ。
ただし、その表情を占めるのは憂いよりも歓びである。
(ああ、今日見た夢、最っ高に幸せだったな……!)
空の夢はこうだった。
***
誰もいなくなった一年は組の教室。
格子からは、柔らかい赤みを帯びた光が差し込んでくる、夕方の時間。
空は半助に呼び出されていた。
二人は今、黒板の前で向かい合っている。
元々秀麗な顔立ちの半助だが、夢の中では「ベル〇イユのばら」のごとく、濃い美形顔に脚色されていた。
「土井先生、今日はどうしたんですか?急にこんなところへ呼び出して……」
「好きだ」
「え?」
「私はもう自分の気持ちに嘘がつけない。私は……私は、君を愛している!」
返事を返す間もなく、空は半助に抱き寄せられてしまう。
(え、ええ、えええ……!?)
いきなりの展開に気が動転した空だったが、全身に逞しい男の感触を感じていると、次第に半助に告白されたという実感が湧き上がってくる。
意を決して上を向くと、そこには恋焦がれていた凛々しい彼の顔があった。
(夢じゃない……!)
衝動が空を突き動かしていた。
「わ、私もです!私も、土井先生のことが……好き、です……」
何とか言葉を絞り出すと、大願成就したと言わんばかりに半助の顔が幸せで満ち溢れた。
「嬉しいよ。空君が私と同じ想いだったなんて」
「わ、わ、私もです……ゆ、夢みたい……」
「フフッ。でも、夢じゃない。空君……いや、空。これからはずっと一緒だ」
「土井先生……」
夕暮れが深まっていく中、ふたりは見つめ合った。
甘い雰囲気は濃くなり、そのうちにふたつの顔が重なって――
***
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
壁にヒビでも入りそうなほどの金切り声だった。
夢を回想しているうちに、興奮が頂点に達してしまったらしい。
この空の悲鳴に、食台を拭いていた食堂のおばちゃんが血相を変えてすっ飛んできた。
「どうしたの、空ちゃん!何かあったの!?」
「あ、いえ……な、何でもないです!」
「何でも、なんてことないでしょう!あれだけ大声出しといて」
「あ、あれは、その……あ、洗っているお皿を落としそうになったから、ちょっとビックリしちゃって」
「う~ん、怪しい。よく見ると顔が少し赤いような……?ははーん、わかったわよ!」
おばちゃんの両眼が妖しく光る。
(ま、まずい……)
空はドキリとした。
食堂のおばちゃんの勘はかなり鋭い。
時々それとなく半助との仲を揶揄い混じりに探ってくる。
自分が半助に想いを寄せていることに気づいている節があるのだ。
だが、おばちゃんの口から出たのは全く関係ない人間だった。
「さては、空ちゃん……なにわ男子 にハマっているのね!」
「へ!?」
空は眼を丸くした。
なにわ男子 というのは、二十歳前後の男性六人で構成された歌手グループだった。
全員類を見ないほどの美形たちで、声色が良いと町の女たちの間で大人気。
町の芝居小屋で歌や踊りを披露する「来舞 」が開催されれば、観覧チケットは即完売だという。
(そういえば、くノ一教室のユキちゃんたちも熱を上げていたっけ……口を開ければなにわ男子、なにわ男子、ってうるさかったもんね)
この様子だと半助のことを勘繰られていない。
空は話を合わせることにした。
「そ、そうですそうです!なにわ男子、素敵ですよね!」
「でしょでしょ?で、空ちゃんは誰推しなの?」
「へっ!?え、えーと、その、えーと……あ、この前おばちゃんが見せてくれた……ブロマイドの人かな……?」
「ああ、大東君ね!んっふふ。空ちゃんってば、ちょっと甘めの顔が好みなのね」
「ハハハ……そうですね。ちなみにおばちゃんは誰推しなんですか?」
「私は原藤君よぉ!あの、精悍な顔立ちと引き締まった身体がたまらないのよ、もぉぉう~!」
これを皮切りとして、食堂のおばちゃんによるなにわ男子トークが始まってしまった。
各メンバーのプロフィールから始まり、いかになにわ男子が素晴らしいかを鼻息荒く力説していく。
その間「はぁ」とか「うん」とか適当に相槌を打ってやりすごす空だったが、心の中に浮かぶのはやはりかの人だった。
(なにわ男子が格好いいのはわかるけど、ユキちゃんたちや食堂のおばちゃんみたいに夢中になることはないかな……)
(だって、だって、私は……)
(土井先生が世界でいちばん大好きなんだも~ん!)
空が胸内で大絶叫する。
もし半助本人が聞いたならば、心肺停止してしまうようなほどのインパクトがある心の叫びだった。
「きゃあぁぁっ!心の中で思うだけでも、恥ずかしい……でも、本当のことだし……」
と急に顔を赤くして身悶える空に、食堂のおばちゃんは唖然としている。
空は今恋愛において怖いもの知らずな、恋の始まりの時期にいた。
少し前までは、半助に対する想いが恋愛なのか、はたまた尊敬の延長線上でしかないのかと悩み苦しんでいた。
けれど、裏裏山の一件で半助へ抱く感情が恋だと自覚した途端、彼に対する好意が急速に膨れ上がっているのだ。
それまでどこか自分の感情を抑えつけ気味で、理由をつけて認めようとしなかった分、その反動は凄まじいものがある。
今の空は四六時中、寝ても覚めても半助で頭がいっぱい――というくらい熱烈に彼に恋していた。
ちなみに、この先空は人を好きになるということで別の悩みに遭遇することになるのだが、それはもう少し先のお話。
愛くるしい唇から溜息が漏れる。
けれど、それは終わりの見えない皿洗いに疲れたからではない。
心の中を占めている、今
ここは忍術学園の食堂。
お昼のピークはとうに過ぎている。
食堂を訪れる人の数は減っているため、食堂で働く人間たちの主な仕事は給仕から片付けへと移行している。
事務員兼食堂のお手伝いをしている空は、その片付けの真っ最中――皿洗いをしていた。
「はぁ……」
手を動かしつつも、その表情は惚けている。
心ここにあらずといった様相だ。
ただし、その表情を占めるのは憂いよりも歓びである。
(ああ、今日見た夢、最っ高に幸せだったな……!)
空の夢はこうだった。
***
誰もいなくなった一年は組の教室。
格子からは、柔らかい赤みを帯びた光が差し込んでくる、夕方の時間。
空は半助に呼び出されていた。
二人は今、黒板の前で向かい合っている。
元々秀麗な顔立ちの半助だが、夢の中では「ベル〇イユのばら」のごとく、濃い美形顔に脚色されていた。
「土井先生、今日はどうしたんですか?急にこんなところへ呼び出して……」
「好きだ」
「え?」
「私はもう自分の気持ちに嘘がつけない。私は……私は、君を愛している!」
返事を返す間もなく、空は半助に抱き寄せられてしまう。
(え、ええ、えええ……!?)
いきなりの展開に気が動転した空だったが、全身に逞しい男の感触を感じていると、次第に半助に告白されたという実感が湧き上がってくる。
意を決して上を向くと、そこには恋焦がれていた凛々しい彼の顔があった。
(夢じゃない……!)
衝動が空を突き動かしていた。
「わ、私もです!私も、土井先生のことが……好き、です……」
何とか言葉を絞り出すと、大願成就したと言わんばかりに半助の顔が幸せで満ち溢れた。
「嬉しいよ。空君が私と同じ想いだったなんて」
「わ、わ、私もです……ゆ、夢みたい……」
「フフッ。でも、夢じゃない。空君……いや、空。これからはずっと一緒だ」
「土井先生……」
夕暮れが深まっていく中、ふたりは見つめ合った。
甘い雰囲気は濃くなり、そのうちにふたつの顔が重なって――
***
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
壁にヒビでも入りそうなほどの金切り声だった。
夢を回想しているうちに、興奮が頂点に達してしまったらしい。
この空の悲鳴に、食台を拭いていた食堂のおばちゃんが血相を変えてすっ飛んできた。
「どうしたの、空ちゃん!何かあったの!?」
「あ、いえ……な、何でもないです!」
「何でも、なんてことないでしょう!あれだけ大声出しといて」
「あ、あれは、その……あ、洗っているお皿を落としそうになったから、ちょっとビックリしちゃって」
「う~ん、怪しい。よく見ると顔が少し赤いような……?ははーん、わかったわよ!」
おばちゃんの両眼が妖しく光る。
(ま、まずい……)
空はドキリとした。
食堂のおばちゃんの勘はかなり鋭い。
時々それとなく半助との仲を揶揄い混じりに探ってくる。
自分が半助に想いを寄せていることに気づいている節があるのだ。
だが、おばちゃんの口から出たのは全く関係ない人間だった。
「さては、空ちゃん……なにわ
「へ!?」
空は眼を丸くした。
なにわ
全員類を見ないほどの美形たちで、声色が良いと町の女たちの間で大人気。
町の芝居小屋で歌や踊りを披露する「
(そういえば、くノ一教室のユキちゃんたちも熱を上げていたっけ……口を開ければなにわ男子、なにわ男子、ってうるさかったもんね)
この様子だと半助のことを勘繰られていない。
空は話を合わせることにした。
「そ、そうですそうです!なにわ男子、素敵ですよね!」
「でしょでしょ?で、空ちゃんは誰推しなの?」
「へっ!?え、えーと、その、えーと……あ、この前おばちゃんが見せてくれた……ブロマイドの人かな……?」
「ああ、大東君ね!んっふふ。空ちゃんってば、ちょっと甘めの顔が好みなのね」
「ハハハ……そうですね。ちなみにおばちゃんは誰推しなんですか?」
「私は原藤君よぉ!あの、精悍な顔立ちと引き締まった身体がたまらないのよ、もぉぉう~!」
これを皮切りとして、食堂のおばちゃんによるなにわ男子トークが始まってしまった。
各メンバーのプロフィールから始まり、いかになにわ男子が素晴らしいかを鼻息荒く力説していく。
その間「はぁ」とか「うん」とか適当に相槌を打ってやりすごす空だったが、心の中に浮かぶのはやはりかの人だった。
(なにわ男子が格好いいのはわかるけど、ユキちゃんたちや食堂のおばちゃんみたいに夢中になることはないかな……)
(だって、だって、私は……)
(土井先生が世界でいちばん大好きなんだも~ん!)
空が胸内で大絶叫する。
もし半助本人が聞いたならば、心肺停止してしまうようなほどのインパクトがある心の叫びだった。
「きゃあぁぁっ!心の中で思うだけでも、恥ずかしい……でも、本当のことだし……」
と急に顔を赤くして身悶える空に、食堂のおばちゃんは唖然としている。
空は今恋愛において怖いもの知らずな、恋の始まりの時期にいた。
少し前までは、半助に対する想いが恋愛なのか、はたまた尊敬の延長線上でしかないのかと悩み苦しんでいた。
けれど、裏裏山の一件で半助へ抱く感情が恋だと自覚した途端、彼に対する好意が急速に膨れ上がっているのだ。
それまでどこか自分の感情を抑えつけ気味で、理由をつけて認めようとしなかった分、その反動は凄まじいものがある。
今の空は四六時中、寝ても覚めても半助で頭がいっぱい――というくらい熱烈に彼に恋していた。
ちなみに、この先空は人を好きになるということで別の悩みに遭遇することになるのだが、それはもう少し先のお話。