土井先生と利吉さんのト・ク・ベ・ツ
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今回の舞台は、半助たちの町から少し離れた隣町。
押し合いへし合いの買い物客の合間を縫って、空が店から出てきた。
「土井先生、利吉さん。お待たせしました」
「空さん、いい反物は見つかりましたか?」
「はい。隣のおばちゃんの言った通り、種類が多いから悩んじゃいましたけど」
「あいつ、喜ぶだろうなぁ。いつもお古じゃ可哀想だし」
遠くの山を見やりながら、半助が言う。
先日、空は隣のおばちゃんから、隣町にいい反物屋さんがオープンしたという話を聞いた。
質の割に値段が安い。そして、種類が豊富。
丁度きり丸の服を新調したいと思っていた空にとって、渡りに船の話だった。
「さて、空さんの買い物が済んだことだし、どこかで休憩しましょうか?」
「はい、是非」
「なら、茶店を探そう。確か少し引き返したところにあったはずだ」
半助たちが茶店を目指そうとした、そのときだ。
「ねぇ、あっちの方で見世物があるんだって!」
「手品だろ?幻術みたいにすごいらしいよ!」
三人の横を童たちが通過する。
それだけではない。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
「何でも、かなりの腕利きだとか。そんなものが無料で見れるなんてラッキーだな」
大人たちまでもが、童たちと同じ方向を目指していた。
「……」
大いに興味を惹かれた三人は互いに顔を見合わせた。
「これから手品があるみたいですね」
「幻術のようなレベル……ちょっと興味あるな」
「せっかくここまで足を延ばしたんだし、行ってみませんか?」
満場一致。
結局、三人は茶店とは反対方向へと歩き出した。
***
空たちは広場にたどり着いた。
既にショーは始まっていて、今は前座。
綱渡りや梯子乗りなどの曲芸を一通り見た。
「お、いよいよだな」
観客たちは半弧を描くように座っている。
その円の中心に一人の男が現れた。
良く言えば素朴だが、悪く言えば地味な顔立ち。
その男が挨拶を済ませた後、人一人が入れそうなほどの櫃を持ち出した。
蓋を取って、中身がからっぽだと観客に証明する。
「この通り、中には何も入っていません。ですが……」
男が厳重に蓋を閉じると、棺の前で印を結び、何かを唱えだした。
娜莫三満多没駄南唵摩哩唧婆嚩賀
(ナウマクサンマンダ ボダナン オン マリシエイ ソワカ)
「ほう。摩利支天の真言 か」
男の呪文を聞き、半助が呟く。
摩利支天とは釈道の守護神であり、梵語で陽炎の意である。
日本では、特に中世以降武将の戦勝の神として信仰され、いざ出陣のとき、兜や鎧の中にお守りとしてひそませて戦に臨んだといわれている。
摩利支天の信仰を集めたのは、何も武将たちだけではない。
自身が陽炎である摩利支天は誰もその姿を見ることはできない。
そんな摩利支天の真言を唱えれば、数々の危窮から免れることができると闇夜に動く忍者たちからも崇拝されていた。
と摩利支天が何たるかを理解すれば、ショーの男が彼の真言を唱えているのが実に頷けた。
摩利支天のように人の目を眩ませたい――そういう願いが込められているのだろう。
男の大仰な仕草を目の当たりにし、観客たちの興奮と一体感が一層高まる。
「では、皆さん。この櫃の中に何が入っているか……その目でとくとご覧あれ!」
男が蓋を外す。
何も入っていないはずの櫃の中から現れたのは、無数の鳩と美女。
「おおっ!すげえ!」
「一体、どんな術を使ったんだ!?」
観客たちが一斉にどよめく。
「みなさん、今日はこちらにお越しくださり、ありがとうございま~す!」
櫃から飛び出した女が両手で歓声に応える。
素晴らしいショーを見物できて、どの観客も歓喜に湧くが、中でも、成人男性のはしゃぎ様は凄まじい。
無理もない。
その女は並みの美人ではなく、十人いれば十人が賛同するに違いない、わかりやすい美人だったからだ。
「美人のおねーさん、最っ高ぉ!」
「おーい、こっち向いて~!」
男たちの熱狂ぶりを空は肌で感じていた。
(す、すごい……でも、これだけ美人さんだもん。そりゃあ、男の人なら舞い上がっちゃうよね……)
(でも、半助さんと利吉さんはこういうのに流されないし……)
空がなんとはなしに二人を見る。
次の瞬間、空は目を皿のように見開いた。
(え!?う、うそでしょ……)
いつもなら、こういうとき平然としている半助と利吉の二人が、何と満面の笑みを湛えながら、美女に手を振り返しているのだった。
押し合いへし合いの買い物客の合間を縫って、空が店から出てきた。
「土井先生、利吉さん。お待たせしました」
「空さん、いい反物は見つかりましたか?」
「はい。隣のおばちゃんの言った通り、種類が多いから悩んじゃいましたけど」
「あいつ、喜ぶだろうなぁ。いつもお古じゃ可哀想だし」
遠くの山を見やりながら、半助が言う。
先日、空は隣のおばちゃんから、隣町にいい反物屋さんがオープンしたという話を聞いた。
質の割に値段が安い。そして、種類が豊富。
丁度きり丸の服を新調したいと思っていた空にとって、渡りに船の話だった。
「さて、空さんの買い物が済んだことだし、どこかで休憩しましょうか?」
「はい、是非」
「なら、茶店を探そう。確か少し引き返したところにあったはずだ」
半助たちが茶店を目指そうとした、そのときだ。
「ねぇ、あっちの方で見世物があるんだって!」
「手品だろ?幻術みたいにすごいらしいよ!」
三人の横を童たちが通過する。
それだけではない。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
「何でも、かなりの腕利きだとか。そんなものが無料で見れるなんてラッキーだな」
大人たちまでもが、童たちと同じ方向を目指していた。
「……」
大いに興味を惹かれた三人は互いに顔を見合わせた。
「これから手品があるみたいですね」
「幻術のようなレベル……ちょっと興味あるな」
「せっかくここまで足を延ばしたんだし、行ってみませんか?」
満場一致。
結局、三人は茶店とは反対方向へと歩き出した。
***
空たちは広場にたどり着いた。
既にショーは始まっていて、今は前座。
綱渡りや梯子乗りなどの曲芸を一通り見た。
「お、いよいよだな」
観客たちは半弧を描くように座っている。
その円の中心に一人の男が現れた。
良く言えば素朴だが、悪く言えば地味な顔立ち。
その男が挨拶を済ませた後、人一人が入れそうなほどの櫃を持ち出した。
蓋を取って、中身がからっぽだと観客に証明する。
「この通り、中には何も入っていません。ですが……」
男が厳重に蓋を閉じると、棺の前で印を結び、何かを唱えだした。
娜莫三満多没駄南唵摩哩唧婆嚩賀
(ナウマクサンマンダ ボダナン オン マリシエイ ソワカ)
「ほう。摩利支天の
男の呪文を聞き、半助が呟く。
摩利支天とは釈道の守護神であり、梵語で陽炎の意である。
日本では、特に中世以降武将の戦勝の神として信仰され、いざ出陣のとき、兜や鎧の中にお守りとしてひそませて戦に臨んだといわれている。
摩利支天の信仰を集めたのは、何も武将たちだけではない。
自身が陽炎である摩利支天は誰もその姿を見ることはできない。
そんな摩利支天の真言を唱えれば、数々の危窮から免れることができると闇夜に動く忍者たちからも崇拝されていた。
と摩利支天が何たるかを理解すれば、ショーの男が彼の真言を唱えているのが実に頷けた。
摩利支天のように人の目を眩ませたい――そういう願いが込められているのだろう。
男の大仰な仕草を目の当たりにし、観客たちの興奮と一体感が一層高まる。
「では、皆さん。この櫃の中に何が入っているか……その目でとくとご覧あれ!」
男が蓋を外す。
何も入っていないはずの櫃の中から現れたのは、無数の鳩と美女。
「おおっ!すげえ!」
「一体、どんな術を使ったんだ!?」
観客たちが一斉にどよめく。
「みなさん、今日はこちらにお越しくださり、ありがとうございま~す!」
櫃から飛び出した女が両手で歓声に応える。
素晴らしいショーを見物できて、どの観客も歓喜に湧くが、中でも、成人男性のはしゃぎ様は凄まじい。
無理もない。
その女は並みの美人ではなく、十人いれば十人が賛同するに違いない、わかりやすい美人だったからだ。
「美人のおねーさん、最っ高ぉ!」
「おーい、こっち向いて~!」
男たちの熱狂ぶりを空は肌で感じていた。
(す、すごい……でも、これだけ美人さんだもん。そりゃあ、男の人なら舞い上がっちゃうよね……)
(でも、半助さんと利吉さんはこういうのに流されないし……)
空がなんとはなしに二人を見る。
次の瞬間、空は目を皿のように見開いた。
(え!?う、うそでしょ……)
いつもなら、こういうとき平然としている半助と利吉の二人が、何と満面の笑みを湛えながら、美女に手を振り返しているのだった。
