大木先生と風変わりな茶店
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というわけで、大木の小休止は仕切り直しとなった。
松子に絡まれたので、注文した柏餅に全く手を付けられなかったのだ。
全員表へ出ると、空と大木、きり丸と松子がペアを組んで、それぞれの茣蓙に座った。
「大木先生。松子さん特製の柏餅、とっても美味しいんですよ」
「どれどれ……うむ、うまいのう!」
思わず唸った。
柏の葉香る滑らかなお餅に、甘すぎないこし餡が絶妙にマッチしている。
「それにしても、どうして外にはカップルばかりいたんだ?」
大木の疑問を受けて、松子が口を開いた。
「うふふ……実はうちの柏餅があの超有名なかわら板『めしなび』に掲載されちゃったの。そしたら、流行りに敏感な若者たちが押し寄せちゃって、店内は連日大混雑。これじゃあまずいって解決法を考えていたところ、川沿いで見晴らし良いし、いっそのこと外でも食べれるように『おーぷんかふぇ』形式にしたら、逢引場所 として、またまた若者に大ウケしちゃったのよぉ。『めいどふく』の珍しさもあいまってねぇ」
「ほう」
「『この柏餅がきっかけで彼氏と付き合えるようになりました』なんてお礼の手紙を頂くことも多いわ。今ではちょっとした縁結びの役割を果たしているかしら」
「縁結び……」
大木がポツリと呟く。
手にした柏餅と空を交互に見比べた。
(け、決してまじないの類など信じているわけではないぞ、決して……!)
99%外れると思いながらも、1%の一縷の望みに希望を託す自分がいた。
「どこんじょぉぉぉ!」
大木ががつがつと柏餅に食らいつく。
凄まじいまでの気迫に、一同はポカンとした。
「大木先生、そんなに怖い顔して食べなくても……」
「どんな風に食べようがワシの自由じゃ!」
「でも、そんなに豪快に食べているから、口の周りにあんこがついてますよ」
「ん?ここか?」
「違いますよ、もう……」
教えるより早いと、空が手ぬぐいを取り出し、ふき取った。
「はい、綺麗になりましたよ」
空がにっこりと微笑む。
その不意打ちのやさしさに、大木の胸がドクンと跳ねた。
「こ、子ども扱いするな!フン!!」
プイッとそっぽを向く。
しかし、その顔は紅い。
怒鳴ったのは、もちろん好意の裏返しだ。
もぐもぐと柏餅を咀嚼しながら、きり丸が言った。
「ねえねえ、松子さん。さっきの話で思い出したけど、どうしておれと空さんの「めいどふく」って、デザインが少し違うんですか?おれの服は丈すんげえ短いし。動きやすいけど、スース―するっす」
「うふふ。それはね、一人一人の個性に合ったデザインに仕上げているの。きり子ちゃんは活発なイメージがあるから、膝小僧まででしっかり見せてほしいし。逆に空ちゃんは可憐な雰囲気を大事にしたいから、極力露出を控えたデザインを重視したわ」
「へぇ」
「あなたたちを面接したその日にはもうデザインが頭の中に浮かんでいたのよ。おほほほほ」
松子が得意げに語る。
従業員の服装に関して、松子には並々ならぬこだわりがあるらしい。
だが、大木はある点に釈然としないようだ。
空をチラリと見て言った。
「は~ん、こいつが可憐な雰囲気ねぇ……」
「大木先生!」
空が眉を顰める。
が、大木は無視して続けた。
「松子さん。ワシから一つ提案がある。男性客を取り込むんだったら、空の服は露出を高めたほうがいいぞ」
「というと?」
「もう少し裾を上げた方が好みだな。このくらいに……」
そう言いながら、大木は空の長いスカート部分を捲し上げた。
「きゃああああ!」
「おおおおっ!」
空からは悲鳴が、大木からは歓声が飛ぶ。
太腿までさらけ出された空の脚は雪をまぶしたように白かった。
「う~む。なかなか綺麗なおみ足ではないか!どれどれ、もっと近くで……」
今にも涎を垂らしそうな表情で、大木が空の両脚に顔を近づけていく。
赤面した空がたまらず叫んだ。
「もう、いい加減にしてくださいっ!!」
空の繰り出した正拳突きは、大木の顔面をまともにとらえた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
大木はその場にのびてしまった。
「もう、何やってんすか、」
「ほ~んと。勝手に女子の服をめくり上げるなんて、反紳士的行為だわ。男の風上にも置けないわねぇ」
きり丸と松子が呆れていた。
***
結局空たちのバイトが終わるまで大木は茶店に居座っていた。
「きり子ちゃん、空ちゃん、今日も一日ご苦労様。はい、これ。今日はお客さんが特に多かったから、いつもより弾んどいたわよ」
「毎度ありぃ!頑張った甲斐があったぜ、ニヒヒヒヒッ」
「ありがとうございます」
たんまりと膨らんだ給料袋を見て、空ときり丸の顔が綻ぶ。
そんな喜びに沸く二人をさておいて、松子がしれっと大木に近づいていた。
「大木先生」
「何だ?松子さん」
「随分と難儀な恋をしていらっしゃるのね。恋人がいる娘 を好きになっちゃうなんて」
大木の眉がわずかにピクリと動く。
自分よりも人生経験豊富な松子には何もかもお見通しなのかもしれない。
が、冷静に返した。
「さぁて、何のことだか」
「うふふ。お節介ならごめんなさい。でも、ご存じの通り、私ってこういう性質 だから、報われない恋なんて沢山経験しているのよね。そんな私とダブっているように見えてつい……」
今の松子には、ちょっと前のふざけた感じは一切ない。
それは大木にも十分伝わっている。
さっきの発言からこれまでの苦悩が垣間見えたのだ。
大木は真剣な顔つきで言った。
「松子さん。言っておくが、ワシは報われない恋だとは思っていない」
「え?」
「少しでも可能性がある限り、絶対に諦めなどはせぬ」
「……!」
最初は驚いた松子だが、大木の静かなる覚悟を感じ取り、大きく頷く。
やがて興奮に身体を震わせながら言った。
「あ~ん、大木先生素敵よぉ!一人の女性を想い続ける男の一念……惚れ惚れしちゃう!あたしでよかったら、いつでも慰めてあげるからねぇ」
そう言って、松子が大木に手を伸ばし、顎をつつーっと撫でた。
「え、遠慮しておきます……」
ゾクリ、と大木の背筋が凍る。
すっかり松子に気に入られてしまった大木なのだった。
「大木先生、結構松子さんと仲良くなってましたね」
「ちょっと変わってるけど、面白い人でしょう?」
「まぁな」
空ときり丸の後ろで荷車を引く大木の表情は憑き物が落ちたように明るい。
帰りがけに偶然空と出くわしたことも嬉しかったが、それ以上にある事実が大木の心にゆとりを取り戻させていた。
(今日は土井先生と逢引 をしていなかったんだな)
依頼した仕事を断ったのは、きり丸のバイトのためだった。
そうわかると、心の中に溜まっていた重苦しい澱が泡のように消えていく。
(よかった、よかった!)
だが、きり丸と空の次の会話で大木は再び地に叩きつけられるのだ。
「ああ、おれ、もうお腹ペッコペコ!」
「私も。半助さんが待ってるから、早く帰らないとね」
「はい。土井先生、晩飯何作ってるかなぁ」
「……」
同棲していることがすっぽりと頭から抜け落ちていた。
今の大木には鈍器で頭を殴られたような衝撃がはしっている。
(そうだった。空は土井先生の家で暮らしている……ならば、家に帰ればいくらでもいちゃつけるんだよな……)
ひとつ屋根の下で住んでるのだから、男女の営みくらいあって当然だろう。
空が半助に抱かれている――そんな絵面を思い浮かべるだけで怒りにも似た激しい嫉妬が込み上げてきた。
(許せん、許せん、許せぇぇん!!こうなったら、ワシの目の黒いうちは徹底的に邪魔してやるっ!!)
と大木が怒り狂う間にも、前を行く空たちは分かれ道に到達している。
大木が追い付くのを待っていた。
「じゃあ、大木先生。おれたちはこっちの道を行くんで、この辺で……」
「決めた!」
「は?何がですか?」
「ワシも一緒に土井先生んちへ行く!というわけで、今晩は泊めてもらうからな!」
「「えええっ!?」」
空ときり丸が素っ頓狂な声をあげる。
その驚声をかき消すように、大木が咆哮した。
「どこんじょぉぉぉ!!!」
かくして、大木による土井宅の家庭訪問が急遽決まったのだった。
つづく。
松子に絡まれたので、注文した柏餅に全く手を付けられなかったのだ。
全員表へ出ると、空と大木、きり丸と松子がペアを組んで、それぞれの茣蓙に座った。
「大木先生。松子さん特製の柏餅、とっても美味しいんですよ」
「どれどれ……うむ、うまいのう!」
思わず唸った。
柏の葉香る滑らかなお餅に、甘すぎないこし餡が絶妙にマッチしている。
「それにしても、どうして外にはカップルばかりいたんだ?」
大木の疑問を受けて、松子が口を開いた。
「うふふ……実はうちの柏餅があの超有名なかわら板『めしなび』に掲載されちゃったの。そしたら、流行りに敏感な若者たちが押し寄せちゃって、店内は連日大混雑。これじゃあまずいって解決法を考えていたところ、川沿いで見晴らし良いし、いっそのこと外でも食べれるように『おーぷんかふぇ』形式にしたら、
「ほう」
「『この柏餅がきっかけで彼氏と付き合えるようになりました』なんてお礼の手紙を頂くことも多いわ。今ではちょっとした縁結びの役割を果たしているかしら」
「縁結び……」
大木がポツリと呟く。
手にした柏餅と空を交互に見比べた。
(け、決してまじないの類など信じているわけではないぞ、決して……!)
99%外れると思いながらも、1%の一縷の望みに希望を託す自分がいた。
「どこんじょぉぉぉ!」
大木ががつがつと柏餅に食らいつく。
凄まじいまでの気迫に、一同はポカンとした。
「大木先生、そんなに怖い顔して食べなくても……」
「どんな風に食べようがワシの自由じゃ!」
「でも、そんなに豪快に食べているから、口の周りにあんこがついてますよ」
「ん?ここか?」
「違いますよ、もう……」
教えるより早いと、空が手ぬぐいを取り出し、ふき取った。
「はい、綺麗になりましたよ」
空がにっこりと微笑む。
その不意打ちのやさしさに、大木の胸がドクンと跳ねた。
「こ、子ども扱いするな!フン!!」
プイッとそっぽを向く。
しかし、その顔は紅い。
怒鳴ったのは、もちろん好意の裏返しだ。
もぐもぐと柏餅を咀嚼しながら、きり丸が言った。
「ねえねえ、松子さん。さっきの話で思い出したけど、どうしておれと空さんの「めいどふく」って、デザインが少し違うんですか?おれの服は丈すんげえ短いし。動きやすいけど、スース―するっす」
「うふふ。それはね、一人一人の個性に合ったデザインに仕上げているの。きり子ちゃんは活発なイメージがあるから、膝小僧まででしっかり見せてほしいし。逆に空ちゃんは可憐な雰囲気を大事にしたいから、極力露出を控えたデザインを重視したわ」
「へぇ」
「あなたたちを面接したその日にはもうデザインが頭の中に浮かんでいたのよ。おほほほほ」
松子が得意げに語る。
従業員の服装に関して、松子には並々ならぬこだわりがあるらしい。
だが、大木はある点に釈然としないようだ。
空をチラリと見て言った。
「は~ん、こいつが可憐な雰囲気ねぇ……」
「大木先生!」
空が眉を顰める。
が、大木は無視して続けた。
「松子さん。ワシから一つ提案がある。男性客を取り込むんだったら、空の服は露出を高めたほうがいいぞ」
「というと?」
「もう少し裾を上げた方が好みだな。このくらいに……」
そう言いながら、大木は空の長いスカート部分を捲し上げた。
「きゃああああ!」
「おおおおっ!」
空からは悲鳴が、大木からは歓声が飛ぶ。
太腿までさらけ出された空の脚は雪をまぶしたように白かった。
「う~む。なかなか綺麗なおみ足ではないか!どれどれ、もっと近くで……」
今にも涎を垂らしそうな表情で、大木が空の両脚に顔を近づけていく。
赤面した空がたまらず叫んだ。
「もう、いい加減にしてくださいっ!!」
空の繰り出した正拳突きは、大木の顔面をまともにとらえた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
大木はその場にのびてしまった。
「もう、何やってんすか、」
「ほ~んと。勝手に女子の服をめくり上げるなんて、反紳士的行為だわ。男の風上にも置けないわねぇ」
きり丸と松子が呆れていた。
***
結局空たちのバイトが終わるまで大木は茶店に居座っていた。
「きり子ちゃん、空ちゃん、今日も一日ご苦労様。はい、これ。今日はお客さんが特に多かったから、いつもより弾んどいたわよ」
「毎度ありぃ!頑張った甲斐があったぜ、ニヒヒヒヒッ」
「ありがとうございます」
たんまりと膨らんだ給料袋を見て、空ときり丸の顔が綻ぶ。
そんな喜びに沸く二人をさておいて、松子がしれっと大木に近づいていた。
「大木先生」
「何だ?松子さん」
「随分と難儀な恋をしていらっしゃるのね。恋人がいる
大木の眉がわずかにピクリと動く。
自分よりも人生経験豊富な松子には何もかもお見通しなのかもしれない。
が、冷静に返した。
「さぁて、何のことだか」
「うふふ。お節介ならごめんなさい。でも、ご存じの通り、私ってこういう
今の松子には、ちょっと前のふざけた感じは一切ない。
それは大木にも十分伝わっている。
さっきの発言からこれまでの苦悩が垣間見えたのだ。
大木は真剣な顔つきで言った。
「松子さん。言っておくが、ワシは報われない恋だとは思っていない」
「え?」
「少しでも可能性がある限り、絶対に諦めなどはせぬ」
「……!」
最初は驚いた松子だが、大木の静かなる覚悟を感じ取り、大きく頷く。
やがて興奮に身体を震わせながら言った。
「あ~ん、大木先生素敵よぉ!一人の女性を想い続ける男の一念……惚れ惚れしちゃう!あたしでよかったら、いつでも慰めてあげるからねぇ」
そう言って、松子が大木に手を伸ばし、顎をつつーっと撫でた。
「え、遠慮しておきます……」
ゾクリ、と大木の背筋が凍る。
すっかり松子に気に入られてしまった大木なのだった。
「大木先生、結構松子さんと仲良くなってましたね」
「ちょっと変わってるけど、面白い人でしょう?」
「まぁな」
空ときり丸の後ろで荷車を引く大木の表情は憑き物が落ちたように明るい。
帰りがけに偶然空と出くわしたことも嬉しかったが、それ以上にある事実が大木の心にゆとりを取り戻させていた。
(今日は土井先生と
依頼した仕事を断ったのは、きり丸のバイトのためだった。
そうわかると、心の中に溜まっていた重苦しい澱が泡のように消えていく。
(よかった、よかった!)
だが、きり丸と空の次の会話で大木は再び地に叩きつけられるのだ。
「ああ、おれ、もうお腹ペッコペコ!」
「私も。半助さんが待ってるから、早く帰らないとね」
「はい。土井先生、晩飯何作ってるかなぁ」
「……」
同棲していることがすっぽりと頭から抜け落ちていた。
今の大木には鈍器で頭を殴られたような衝撃がはしっている。
(そうだった。空は土井先生の家で暮らしている……ならば、家に帰ればいくらでもいちゃつけるんだよな……)
ひとつ屋根の下で住んでるのだから、男女の営みくらいあって当然だろう。
空が半助に抱かれている――そんな絵面を思い浮かべるだけで怒りにも似た激しい嫉妬が込み上げてきた。
(許せん、許せん、許せぇぇん!!こうなったら、ワシの目の黒いうちは徹底的に邪魔してやるっ!!)
と大木が怒り狂う間にも、前を行く空たちは分かれ道に到達している。
大木が追い付くのを待っていた。
「じゃあ、大木先生。おれたちはこっちの道を行くんで、この辺で……」
「決めた!」
「は?何がですか?」
「ワシも一緒に土井先生んちへ行く!というわけで、今晩は泊めてもらうからな!」
「「えええっ!?」」
空ときり丸が素っ頓狂な声をあげる。
その驚声をかき消すように、大木が咆哮した。
「どこんじょぉぉぉ!!!」
かくして、大木による土井宅の家庭訪問が急遽決まったのだった。
つづく。