土井先生の最悪な一日
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「そんなことがあったんですね……」
「ああ、今回ばかりは色々参ってしまって、身体が先に悲鳴を上げてしまったようだ」
空はうんうんと頷くばかりだった。
乱きりしんの三人組に安藤と学園長なんて、半助にとって三大ストレスでしかない。
「それにしても、ひどいです!乱太郎君たちは全然反省していないし、安藤先生も土井先生を目の敵にして……学園長先生だって、何もわからずに安請け合いしすぎです!」
過労とストレスで大切な半助が倒れたら溜まったものではない。
恋人として当然の怒りが込み上げてくる。
しかし、当の半助はというと、急に笑い出した。
「ありがとう、心配してくれて。でも、なんとかやり遂げて見せるよ。さて……先に一週間分の書類を片付けてから、多田堂禅先生に依頼された火薬の開発を進めないとな」
眼を吊り上げる恋人の姿を見て、彼の溜飲は下りたらしい。
半助の方は仕事を続ける気でいる。
空としては、もう少し休んでからでもいいのでは…と思ったが、あの多田堂禅の依頼となれば話は別だ。
火薬の調合に関して半助の代わりを務まる者はいない。
これ以上口を挟まず、黙って見守ることにした。
「吉野先生から言付かった資料は渡しましたので、私は事務室へ戻りますね」
空が立ち上がろうとしたときのことだった。
「ま、待って!」
急に半助に手首を引っ張られて、空はもう一度その場に座ることを余儀なくされた。
「土井先生……どうしたんですか?」
「あのさ、今事務の仕事そんなに忙しくないんだよな?」
「ええ、まぁ」
「だったら、もう少しだけここに居てくれないか?」
「え?」
空がキョトンとする。
半助の仕事を手伝えない自分がどうして引き止められるのか、空には理解できなかった。
「でも、私がここにいても、土井先生のお役に立てませんよ」
「いや、いてくれるだけでいいんだ」
空がもう一度目を丸くした。
しかし、先ほどと違って頬に熱がこもっていくのがわかった。
「で、でも、これ以上二人でいるのはまずいんじゃ……以前、土井先生もこうおっしゃったじゃないですか。職場ではふたりきりの状況はなるべく避けようって」
空が回想する。
付き合い始めの頃、半助とともに自分の置かれた状況を改めて再確認した。
忍術学園では教職員同士の交際を禁止しているわけではない。
だからといって、生徒の見本となる大人たちが仕事中にまで恋愛に感けてはいけない。
業務時間中の会話は最低限にとどめ、不要な接触を避け、節度を持って振舞う――そう半助が掲げたルールに空も大いに賛同し、頑なに守ってきた。
だから今も――半助と向き合う一方で、今誰かが部屋に入ってきたらどうしようとか、周りを気にする癖がついてしまっている。
そんな空の心を汲み取ったかのように、半助が言葉を紡いだ。
「山田先生は午後から出張で不在にしているし、学園長先生からの特命で私が忙しいことは他の先生方も知っているから、誰も来ないよ。だから、もう少しだけ」
「……」
「空といるとほっとして元気が出て、離れがたいんだ……」
いつの間にか名前から君が取れている。
頭を掻く仕草で彼が照れているのが見て取れた。
(土井先生……)
とくとくと心臓が甘い音を刻みだす。
甘えられて素直に嬉しい。
これが仕事を終えた夜の時間ならば、即座に半助を抱きしめていると空は思う。
しかしながら、一度ついた習慣は容易くとれるものではない。
今も尚、人の目を気にする、ひどく冷静な自分がいる。
あの真面目な半助が自ら課した制約を緩めることをするなんて、彼らしくない。
ひょっとして熱でもあるのかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。
熱があるからうわ言を言っているだけなのだ――
「な、なんか、そんなことを言うなんて、土井先生らしくないですよ。ね、熱でもあるんじゃないですか?」
本能と理性の間で揺れ動いていたものの、結局後者が押し勝って、そう返すしかなかった。
これに対し、半助は心外なと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「は~ん、そんなことを言うんだ。それじゃあ、熱があるかどうか……君が確認してみてくれ」
そう意地悪く言って、半助が前髪を手で払いのけた。
自分が言ってしまった以上、引き下がることはできない。
おそるおそる手を伸ばし、剥き出しになった額に触れた。
「……」
高熱とまではいかないけど、熱いような気がする。
ただ自分の手が冷たすぎて、判断に困った。
「わ、わかりません……」
「空の手は冷たいからな。じゃあ、」
「!」
半助に手首をグイっと引っ張り上げられ、その拍子に身体ごと前のめりになってしまった。
次の瞬間には額と額が重なっている。
視界を支配した大好きな男の顔に、心臓が大きく跳ねた。
「どう?熱はある?」
胸の高鳴りを必死に抑えながら、全神経を額に集中した。
額から伝わる熱は自分のよりは高いが、大きくかけはなれていない。
「な、ないと思います」
言い終えて、空は速やかに半助から離れようとした。
だが、だめだった。
すがるような視線が身体に絡みついてきて、そのまま動けなくなる。
半助は黙って見つめるのみで、それ以上何もしてこない。
「……」
沈黙が長くなればなるほど、甘い空気も濃くなっていく。
目の前の男に愛おしさを感じながら、わずかに冷静な自分がいる。
こんなに弱りきっていて、自分に甘える半助は珍しい。
でも、わかる気がする。
ただでさえ過労気味なのに、厄介な方々からのストレスで体調を崩し、不幸のどん底にいたのだ。
こんな時くらいは小難しいことは一切忘れて、癒しを求めるのは当然なのかもしれない。
そして、それに応えるのが恋人としての務めというものだろう。
愛おしさだけでなく使命感のようなものさえ湧き上がって来た。
ずっと額を重ねたままの状態から、少しずつ顔の角度を変える。
「……」
半助の方は何が起こるのかとっくに予知していたのかもしれない。
絶妙のタイミングで空の腰に手を回し、瞼を閉じる。
ほんのささやかな接吻くらいなら、神様もきっと許してくれるはず――
だが、二つの唇の距離がなくなる寸前で、無情にもそれは起こった。
「ああ、今回ばかりは色々参ってしまって、身体が先に悲鳴を上げてしまったようだ」
空はうんうんと頷くばかりだった。
乱きりしんの三人組に安藤と学園長なんて、半助にとって三大ストレスでしかない。
「それにしても、ひどいです!乱太郎君たちは全然反省していないし、安藤先生も土井先生を目の敵にして……学園長先生だって、何もわからずに安請け合いしすぎです!」
過労とストレスで大切な半助が倒れたら溜まったものではない。
恋人として当然の怒りが込み上げてくる。
しかし、当の半助はというと、急に笑い出した。
「ありがとう、心配してくれて。でも、なんとかやり遂げて見せるよ。さて……先に一週間分の書類を片付けてから、多田堂禅先生に依頼された火薬の開発を進めないとな」
眼を吊り上げる恋人の姿を見て、彼の溜飲は下りたらしい。
半助の方は仕事を続ける気でいる。
空としては、もう少し休んでからでもいいのでは…と思ったが、あの多田堂禅の依頼となれば話は別だ。
火薬の調合に関して半助の代わりを務まる者はいない。
これ以上口を挟まず、黙って見守ることにした。
「吉野先生から言付かった資料は渡しましたので、私は事務室へ戻りますね」
空が立ち上がろうとしたときのことだった。
「ま、待って!」
急に半助に手首を引っ張られて、空はもう一度その場に座ることを余儀なくされた。
「土井先生……どうしたんですか?」
「あのさ、今事務の仕事そんなに忙しくないんだよな?」
「ええ、まぁ」
「だったら、もう少しだけここに居てくれないか?」
「え?」
空がキョトンとする。
半助の仕事を手伝えない自分がどうして引き止められるのか、空には理解できなかった。
「でも、私がここにいても、土井先生のお役に立てませんよ」
「いや、いてくれるだけでいいんだ」
空がもう一度目を丸くした。
しかし、先ほどと違って頬に熱がこもっていくのがわかった。
「で、でも、これ以上二人でいるのはまずいんじゃ……以前、土井先生もこうおっしゃったじゃないですか。職場ではふたりきりの状況はなるべく避けようって」
空が回想する。
付き合い始めの頃、半助とともに自分の置かれた状況を改めて再確認した。
忍術学園では教職員同士の交際を禁止しているわけではない。
だからといって、生徒の見本となる大人たちが仕事中にまで恋愛に感けてはいけない。
業務時間中の会話は最低限にとどめ、不要な接触を避け、節度を持って振舞う――そう半助が掲げたルールに空も大いに賛同し、頑なに守ってきた。
だから今も――半助と向き合う一方で、今誰かが部屋に入ってきたらどうしようとか、周りを気にする癖がついてしまっている。
そんな空の心を汲み取ったかのように、半助が言葉を紡いだ。
「山田先生は午後から出張で不在にしているし、学園長先生からの特命で私が忙しいことは他の先生方も知っているから、誰も来ないよ。だから、もう少しだけ」
「……」
「空といるとほっとして元気が出て、離れがたいんだ……」
いつの間にか名前から君が取れている。
頭を掻く仕草で彼が照れているのが見て取れた。
(土井先生……)
とくとくと心臓が甘い音を刻みだす。
甘えられて素直に嬉しい。
これが仕事を終えた夜の時間ならば、即座に半助を抱きしめていると空は思う。
しかしながら、一度ついた習慣は容易くとれるものではない。
今も尚、人の目を気にする、ひどく冷静な自分がいる。
あの真面目な半助が自ら課した制約を緩めることをするなんて、彼らしくない。
ひょっとして熱でもあるのかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。
熱があるからうわ言を言っているだけなのだ――
「な、なんか、そんなことを言うなんて、土井先生らしくないですよ。ね、熱でもあるんじゃないですか?」
本能と理性の間で揺れ動いていたものの、結局後者が押し勝って、そう返すしかなかった。
これに対し、半助は心外なと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「は~ん、そんなことを言うんだ。それじゃあ、熱があるかどうか……君が確認してみてくれ」
そう意地悪く言って、半助が前髪を手で払いのけた。
自分が言ってしまった以上、引き下がることはできない。
おそるおそる手を伸ばし、剥き出しになった額に触れた。
「……」
高熱とまではいかないけど、熱いような気がする。
ただ自分の手が冷たすぎて、判断に困った。
「わ、わかりません……」
「空の手は冷たいからな。じゃあ、」
「!」
半助に手首をグイっと引っ張り上げられ、その拍子に身体ごと前のめりになってしまった。
次の瞬間には額と額が重なっている。
視界を支配した大好きな男の顔に、心臓が大きく跳ねた。
「どう?熱はある?」
胸の高鳴りを必死に抑えながら、全神経を額に集中した。
額から伝わる熱は自分のよりは高いが、大きくかけはなれていない。
「な、ないと思います」
言い終えて、空は速やかに半助から離れようとした。
だが、だめだった。
すがるような視線が身体に絡みついてきて、そのまま動けなくなる。
半助は黙って見つめるのみで、それ以上何もしてこない。
「……」
沈黙が長くなればなるほど、甘い空気も濃くなっていく。
目の前の男に愛おしさを感じながら、わずかに冷静な自分がいる。
こんなに弱りきっていて、自分に甘える半助は珍しい。
でも、わかる気がする。
ただでさえ過労気味なのに、厄介な方々からのストレスで体調を崩し、不幸のどん底にいたのだ。
こんな時くらいは小難しいことは一切忘れて、癒しを求めるのは当然なのかもしれない。
そして、それに応えるのが恋人としての務めというものだろう。
愛おしさだけでなく使命感のようなものさえ湧き上がって来た。
ずっと額を重ねたままの状態から、少しずつ顔の角度を変える。
「……」
半助の方は何が起こるのかとっくに予知していたのかもしれない。
絶妙のタイミングで空の腰に手を回し、瞼を閉じる。
ほんのささやかな接吻くらいなら、神様もきっと許してくれるはず――
だが、二つの唇の距離がなくなる寸前で、無情にもそれは起こった。