禍福は糾える縄の如し
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そして、翌朝――
(ん……なんだ?)
自分の顔に当たる柔らかい感触――それが気になって、利吉の重たい瞼が徐々に開く。
やがて、目前のものを認識した瞬間、全身が燃えるように熱くなった。
利吉の顔全体が空の胸にすっぽりとおさまっていたのだ。
(お、落ち着け……自分!)
咄嗟に離れようとしたが、空の両腕がしっかりと後頭部に回されてすぐには身動きできなかった。
どうやら、寝ている間に抱き枕がわりにされてしまったらしい。
(まいったな……)
思わぬハプニングに顔を赤くする利吉だったが、ふと気づいた。
接触している空の身体が、小さく感じることに。
(もしかして……!)
空を起こさぬよう、静かに身体を引き離す。
利吉は真っ先に自分の掌を見た。
昨日は紅葉の葉ほどに縮んでいたのに、今は林檎を軽々と鷲掴みできるほど大きくなっている。
鏡で確認しなくても、大人の姿に戻ったということは一目瞭然だった。
(や、やったぞ……!)
冷静な利吉にしては珍しく、小躍りしたくなるほど狂喜乱舞する。
だが、喜びの時間も長くは続かない。
元の姿に戻ってしまった以上、一刻も早く空の元から立ち去らねばならない。
空はまだスヤスヤと寝入っている。
「今のうちに……」
利吉は素早く身なりを整える。
去る前に空の寝顔を見た。
清らかな寝顔。
つい後ろ髪を引かれて、枕元にしゃがみこんだ。
頬にかかった、長い黒髪をそっと払う。
「空さん。色々とご迷惑かけて、すみませんでした。でも、嬉しかったです。あなたからすれば、見ず知らずの子どものはずなのに、やさしく接してくれて」
大きな掌が空の頬をやさしく撫でる。
それが気持ちよかったのか、空の口元が笑みの形を作った。
***
それから間もなくのこと。
医務室から勢いよく空が飛び出してきた。
「伝助くん、一体どこにいったの!?」
朝目が覚めると伝助の姿が見当たらない。
厠に行ったのかとしばらく待ってみても、伝助は戻ってこなかった。
まさか誰かに連れ去られたのでは――
そんな悪い予感に焦る空と出くわしたのは半助だった。
「おはよう……って、どうしたんだ?顔真っ青だぞ?」
「半助さん!」
空が半助にすがりつく。
「土井先生」ではない恋人呼びで、空の錯乱ぶりがうかがえる。
空が今にも泣き出しそうな顔で言った。
「どうしよう……伝助くんがいないの!」
「え!?」
「朝起きたときには、もうどこにもいなくて、」
「落ち着いて、空。まだその辺にいる可能性だってあるはずだ」
「でも、全然部屋に戻ってこないんですよ!誰かに誘拐されたんじゃ……!」
「とにかく、一旦頭を冷やそう。落ち着いてから、状況を整理して、」
狼狽える空と、それをなだめる半助の前に現れたのは、もちろんあの男だ。
「空さん、心配される必要はありませんよ」
「「利吉さん(君)!」」
何も言わずに姿を消したら、空がショックを受けるに違いない。
こうなることを見越し、利吉は学園内で待機していた。
「利吉君、心配する必要がないって、どういうことなんだい?」
「実は、」
利吉が事情を説明した。
早朝の時間、利吉は学園内をうろつく伝助を発見する。
事情を聞けば、伝助は急に父母が恋しくなり、居てもたってもいられず一人で村へ帰ろうとしたらしい。
そこで利吉が伝助を保護し、無事村まで送り届けたのだ、と。
焦燥感から解放され、空の顔がほころんだ。
「そうなんですね。ああ、よかった……伝助くん、無事におうちに帰って、ご両親に会えたのね」
「ええまぁ……そんなに心配だったんですか?」
「もちろん!伝助くん、すっごく可愛いから、変な人に誘拐されたらどうしようかって……もう心配で心配で、」
「可愛いだなんて、そんな」
「ん?何で利吉君が照れるんだい?」
鋭い半助のツッコミに、利吉の目がわずかに泳ぐ。
が、利吉は何とか笑って誤魔化した。
「それよりも、利吉くん!いい加減、親子喧嘩にケリをつけてくれないか!?山田先生、今日も起きてからずっと溜息をついてらっしゃって……もう、気まずいったらありゃしない!」
「土井先生……本当に申し訳ありません。私事でご迷惑おかけいたしました。昨日のことは私も反省していて……これから、父に謝りに行こうかと思っていたところです」
それを聞いて、半助と空の表情に喜色が戻る。
空が思い出したように言った。
「そういえば、利吉さん。昨日はどこに行ってらしたんですか?蔵に行ったきり、戻ってこないので心配しました」
「え、いや……昨日は……その、急な依頼が舞い込んできて、」
「そっか、お仕事だったんですね」
「ええ。とても大事な……仕事でした」
利吉が感慨深げに空を見つめる。
子どもの姿になるなんて、人生最大の危機を迎えた利吉だったが、それによって空の過去を知ることができた。
それだけではない。
伝助が行方をくらましただけで、あんなに取り乱して心配してくれたことが利吉にとっては非常に嬉しいものだった。
「利吉さん……あの……?」
不意に真摯な瞳で見つめられて、その凛々しさに空の胸は高鳴る。
一方、二人の空気にイヤな予感を感じた半助だったが、一足遅かった。
感極まった利吉が空を思い切り抱きしめたのだ。
「ちょっ……利吉さん!?」
突然のことに空の身体が火照る。
利吉は空の顔をじっと見た。
昨日はお姉さんのように振舞っていたのに、今のあなたは耳まで赤くしていて――
「やっぱり、振り回されるよりも、振り回す方が性に合ってるな」
そう得意げに言ってから、利吉が強引に空の唇を塞いだ。
「……」
キスをされた空も、それを見ていた半助も呆然となってしまう。
が、半助はすぐに我を取り戻し、怒り顔で叫んだ。
「よ、よくも私の目の前でいけしゃあしゃあと!早く、空から離れろ!」
半助が猛然と利吉に襲い掛かる。
が、寸でのところで利吉は身を翻し、攻撃を避けた。
「チッ!」
「土井先生……授業ばっかりやっているから、身体がなまっているんじゃないですか?」
「何ぃ!」
「捕まえられるものなら、捕まえてみてください。でも、一生無理でしょうけど」
そう言って、利吉が挑発するように四方八方へと動く。
「言わせておけば……!」
トムとジェリーのように、利吉が逃げては半助が追う。
一方で、蚊帳の外に置かれた空は唇にまだ利吉の感触が残っていて、熱が冷めやらない。
(でも……利吉さん、元気が出てよかった)
今半助から逃げ回る利吉の表情には、昨日のような淀みはない。
これなら、無事に伝蔵と仲直りできるだろう。
今頃、伝助くんもご両親と――
利吉と半助の追いかけっこを見ながら、空はもう二度と会うことはないあの少年――伝助の笑顔を思い浮かべていた。
(ん……なんだ?)
自分の顔に当たる柔らかい感触――それが気になって、利吉の重たい瞼が徐々に開く。
やがて、目前のものを認識した瞬間、全身が燃えるように熱くなった。
利吉の顔全体が空の胸にすっぽりとおさまっていたのだ。
(お、落ち着け……自分!)
咄嗟に離れようとしたが、空の両腕がしっかりと後頭部に回されてすぐには身動きできなかった。
どうやら、寝ている間に抱き枕がわりにされてしまったらしい。
(まいったな……)
思わぬハプニングに顔を赤くする利吉だったが、ふと気づいた。
接触している空の身体が、小さく感じることに。
(もしかして……!)
空を起こさぬよう、静かに身体を引き離す。
利吉は真っ先に自分の掌を見た。
昨日は紅葉の葉ほどに縮んでいたのに、今は林檎を軽々と鷲掴みできるほど大きくなっている。
鏡で確認しなくても、大人の姿に戻ったということは一目瞭然だった。
(や、やったぞ……!)
冷静な利吉にしては珍しく、小躍りしたくなるほど狂喜乱舞する。
だが、喜びの時間も長くは続かない。
元の姿に戻ってしまった以上、一刻も早く空の元から立ち去らねばならない。
空はまだスヤスヤと寝入っている。
「今のうちに……」
利吉は素早く身なりを整える。
去る前に空の寝顔を見た。
清らかな寝顔。
つい後ろ髪を引かれて、枕元にしゃがみこんだ。
頬にかかった、長い黒髪をそっと払う。
「空さん。色々とご迷惑かけて、すみませんでした。でも、嬉しかったです。あなたからすれば、見ず知らずの子どものはずなのに、やさしく接してくれて」
大きな掌が空の頬をやさしく撫でる。
それが気持ちよかったのか、空の口元が笑みの形を作った。
***
それから間もなくのこと。
医務室から勢いよく空が飛び出してきた。
「伝助くん、一体どこにいったの!?」
朝目が覚めると伝助の姿が見当たらない。
厠に行ったのかとしばらく待ってみても、伝助は戻ってこなかった。
まさか誰かに連れ去られたのでは――
そんな悪い予感に焦る空と出くわしたのは半助だった。
「おはよう……って、どうしたんだ?顔真っ青だぞ?」
「半助さん!」
空が半助にすがりつく。
「土井先生」ではない恋人呼びで、空の錯乱ぶりがうかがえる。
空が今にも泣き出しそうな顔で言った。
「どうしよう……伝助くんがいないの!」
「え!?」
「朝起きたときには、もうどこにもいなくて、」
「落ち着いて、空。まだその辺にいる可能性だってあるはずだ」
「でも、全然部屋に戻ってこないんですよ!誰かに誘拐されたんじゃ……!」
「とにかく、一旦頭を冷やそう。落ち着いてから、状況を整理して、」
狼狽える空と、それをなだめる半助の前に現れたのは、もちろんあの男だ。
「空さん、心配される必要はありませんよ」
「「利吉さん(君)!」」
何も言わずに姿を消したら、空がショックを受けるに違いない。
こうなることを見越し、利吉は学園内で待機していた。
「利吉君、心配する必要がないって、どういうことなんだい?」
「実は、」
利吉が事情を説明した。
早朝の時間、利吉は学園内をうろつく伝助を発見する。
事情を聞けば、伝助は急に父母が恋しくなり、居てもたってもいられず一人で村へ帰ろうとしたらしい。
そこで利吉が伝助を保護し、無事村まで送り届けたのだ、と。
焦燥感から解放され、空の顔がほころんだ。
「そうなんですね。ああ、よかった……伝助くん、無事におうちに帰って、ご両親に会えたのね」
「ええまぁ……そんなに心配だったんですか?」
「もちろん!伝助くん、すっごく可愛いから、変な人に誘拐されたらどうしようかって……もう心配で心配で、」
「可愛いだなんて、そんな」
「ん?何で利吉君が照れるんだい?」
鋭い半助のツッコミに、利吉の目がわずかに泳ぐ。
が、利吉は何とか笑って誤魔化した。
「それよりも、利吉くん!いい加減、親子喧嘩にケリをつけてくれないか!?山田先生、今日も起きてからずっと溜息をついてらっしゃって……もう、気まずいったらありゃしない!」
「土井先生……本当に申し訳ありません。私事でご迷惑おかけいたしました。昨日のことは私も反省していて……これから、父に謝りに行こうかと思っていたところです」
それを聞いて、半助と空の表情に喜色が戻る。
空が思い出したように言った。
「そういえば、利吉さん。昨日はどこに行ってらしたんですか?蔵に行ったきり、戻ってこないので心配しました」
「え、いや……昨日は……その、急な依頼が舞い込んできて、」
「そっか、お仕事だったんですね」
「ええ。とても大事な……仕事でした」
利吉が感慨深げに空を見つめる。
子どもの姿になるなんて、人生最大の危機を迎えた利吉だったが、それによって空の過去を知ることができた。
それだけではない。
伝助が行方をくらましただけで、あんなに取り乱して心配してくれたことが利吉にとっては非常に嬉しいものだった。
「利吉さん……あの……?」
不意に真摯な瞳で見つめられて、その凛々しさに空の胸は高鳴る。
一方、二人の空気にイヤな予感を感じた半助だったが、一足遅かった。
感極まった利吉が空を思い切り抱きしめたのだ。
「ちょっ……利吉さん!?」
突然のことに空の身体が火照る。
利吉は空の顔をじっと見た。
昨日はお姉さんのように振舞っていたのに、今のあなたは耳まで赤くしていて――
「やっぱり、振り回されるよりも、振り回す方が性に合ってるな」
そう得意げに言ってから、利吉が強引に空の唇を塞いだ。
「……」
キスをされた空も、それを見ていた半助も呆然となってしまう。
が、半助はすぐに我を取り戻し、怒り顔で叫んだ。
「よ、よくも私の目の前でいけしゃあしゃあと!早く、空から離れろ!」
半助が猛然と利吉に襲い掛かる。
が、寸でのところで利吉は身を翻し、攻撃を避けた。
「チッ!」
「土井先生……授業ばっかりやっているから、身体がなまっているんじゃないですか?」
「何ぃ!」
「捕まえられるものなら、捕まえてみてください。でも、一生無理でしょうけど」
そう言って、利吉が挑発するように四方八方へと動く。
「言わせておけば……!」
トムとジェリーのように、利吉が逃げては半助が追う。
一方で、蚊帳の外に置かれた空は唇にまだ利吉の感触が残っていて、熱が冷めやらない。
(でも……利吉さん、元気が出てよかった)
今半助から逃げ回る利吉の表情には、昨日のような淀みはない。
これなら、無事に伝蔵と仲直りできるだろう。
今頃、伝助くんもご両親と――
利吉と半助の追いかけっこを見ながら、空はもう二度と会うことはないあの少年――伝助の笑顔を思い浮かべていた。