禍福は糾える縄の如し
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その後も、利吉は一人になる機会を完全に逸していた。
厠へ行こうと食堂へ行こうと、必ず誰かが付きまとってくるのだ。
幼い少年がいる――忍術学園にとってはちょっとしたお祭り騒ぎだ。
特にくノ一教室の女子から引っ張りだこ。
夕食を食べ終えたら、無理やりくノ一教室へ連行された。
「伝助くんって言うんだ。かっわいい!」
「や~ん、弟にほしいー♡」
「こんなに小さいのに受けごたえがしっかりしてて、将来有望なんじゃない?」
「成長したら絶対イケメンになるわよ」
「ねぇねぇ、伝助くん。大人になったら、お姉さんと結婚しない?」
とくのたまたちにもてはやされる。
幼少時の利吉はとても可愛らしく、母性本能がくすぐられてしょうがなかった。
(いい加減にしてくれ……)
うんざりとしていた利吉だったが、ちょうどそこへ空が仕事から戻ってきて、モテモテ騒動は終了となった。
「どう?伝助くん、みんなにやさしくしてもらった?」
「ええ、まぁ……」
廊下を歩きながら、利吉が空を見上げる。
とっくに陽は降りていた。
(もう夜更けか。さすがに寝るときは一人だろう。この隙に脱出して……)
だが、医務室に戻って中を見た瞬間、利吉の目が大きく見開いた。
自分が寝るであろう布団の隣にもう一式布団が敷いてあるのだ。
おそるおそる空に聞く。
「あの……この布団って誰が、」
「私のよ。一人じゃ寂しいと思って、一緒に寝ようって思ったんだけど、迷惑だった?」
それを受けて、利吉の顔がカッと熱くなった。
(まだ深い関係になってないのに、こんな形で一夜を過ごすことになるなんて……!)
そんな言葉を失うほど動揺する利吉をつゆ知らず、空が言った。
「伝助くん。私着替えてくるね。それまで一人この部屋で待っててくれる?」
「え、あ……はい」
戸惑いながらも返事をすると、空がやさしげに頭を撫でてくれる。
「よしよし。じゃあ、すぐ戻ってくるから」
空は小走り気味に部屋から去る。
ピシャ……
扉が閉まる。
「……」
ようやく一人になれた。
にもかかわらず、空と一晩共にできる喜びがゆうに勝っていて、利吉はこの場から離れることができなくなっていた。
そして、約束通り空が医務室に戻って来た。
「お待たせ」
空の寝間着姿に、利吉は思わず見とれる。
忍術学園には何度も宿泊しているし、これが初めてではない。
その際、空は常に羽織を重ね、肌の露出を少ないように心がけていることを利吉は知っている。
しかし、今日は子どもだからと警戒心を解いているのか、夜着一枚のみの無防備な姿だ。
着物の白さが空の肌色と遜色ないように思える。
触れなくても、肌の柔らかさが伝わってくるようで、ドキドキした。
「伝助くん?」
耳に髪をかけながら尋ねてくる空の仕草が堪らなく色っぽい。
鼓動が大きく跳ねた。
「な、何でもないです。ね、寝ます!」
利吉が頭から布団をかぶる。
その慌てぶりが可笑しかったようで、くすりと笑う声が布団越しに聞こえた。
「私も寝るね、おやすみ」
そう言って、空が横になった。
それから数十分後――
(ね、眠れない……)
眠ろう眠ろうと思っても、普段より早い就寝時間に身体が追い付かない。
何より隣に愛しい女性が眠っているのかと意識すると、一人の男としてとても冷静ではいられなかった。
何度か寝返りを打っていると、不意に声をかけられた。
「伝助くん。もしかして、眠れないの?」
「え?」
驚いて布団から顔を出せば、困った様に笑う空と目が合った。
「私も同じ。眠りたいのになかなか寝付けないときってあるよね」
「……はい」
「もし伝助くんが嫌じゃなければ、少しお話してもいい?」
利吉がコクリと頷く。
「あのさ、伝助くんのご両親って、いつも忙しいの?ほら、今日は家にいないって、そう言っていたから」
「はい」
「寂しかったりしない?ご両親が仕事から帰ってくるの、一人で待ってるんでしょう」
「寂しい……?」
適当に対応して済ませようと思った利吉だったが、両親、とりわけ伝蔵を思い出して昼間の怒りが甦る。
思わず、
「寂しいなんてちっとも!第一、あんな人……もう父ではありません!」
と、うっかり感情を表に出してしまった。
伝助ではなく、利吉としての。
「……」
突然の大声に空は目を白黒させる。
気まずさを察して、利吉が慌てて言った。
「あ、すみません。その、父とは今、喧嘩をしていまして……」
「喧嘩?お父さんと何かあったの?」
「いやまぁ、その……喧嘩するのはいつものことなんですけど……私の父は仕事中毒で頑固で、母を顧みません。それに、いつまでたっても私を子ども扱いする父に頭にきてしまって、」
それを聞いて、空がぷっと吹き出した。
「な、何が可笑しいんですか!?」
「ごめんごめん。伝助くんの話がよく知っている人のとそっくりだから、それが可笑しくって」
「は?よく知っている人って?」
「利吉さんっていう人だよ」
自分の名が出てきて、利吉がドキリとする。
空が構わず続けた。
「利吉さんってとっても優秀なフリーの忍者なの。それで、その利吉さんのお父様自身もこれまた優秀で、忍術学園 で働いてて。そのお父様に会うために利吉さんが遊びに来るんだけど、仲良さげかと思ったら、突然激しい喧嘩になったりして」
「ふ~ん」
「でも、そういう関係が本当に羨ましいな……て私は思う」
空がしんみりと言う。
その寂しそうな瞳を見ると、利吉は聞かずにはいられなかった。
「あの……どうして、羨ましいなんて思ったんですか?」
「えっと、ね……」
何かを思い出して、空は逡巡しているようである。
その口から言葉が出るのを、利吉は静かに待った。
「私の両親は……忙しくて、子どもよりも仕事の方が大事だって思う人たちだった。だから、ずっと離れて暮らしてたんだ」
「離れて……暮らす」
「うん。それでね、まだ小さい頃、夕方になるといつも玄関先で両親の帰りを待ってた。日が沈むまでず~っと。いつか玄関の戸が開いて、ただいまって言って飛び込んてくる両親におかえりって真っ先に伝えてあげたくて」
「……」
「でも、とうとうそれは叶わなかった……だから、利吉さん親子みたいに、楽しく話をしたり、ときにはケンカをしたり、仲良く過ごしている……そんな間柄が本当に素敵だなって」
「……」
「ささいな会話や喧嘩とか、私には、経験できなかったことだから……」
(空さんにそういう事情があったなんて、全然知らなかった……でも、)
驚いたのと同時に、利吉はあることに納得していた。
初めて空に会った時に感じたのはやさしい印象だけではない。
ふとした瞬間に消えてしまいそうな、儚さ。
それは、両親から愛情を注がれなかったという、自身の悲しい生い立ちに関係しているに違いない、と。
「ごめんね。つまらない話をして」
「つまらないなんて、そんな!……あの、」
「なに?」
「明日は私、その……父に、謝ろうかと思います。私も……言い過ぎたところがあって……」
本心だった。
空の境遇を知り、自分がいかに恵まれた環境で育ったかを実感すると、父に対してのわだかまりなんてもうない。
「……」
利吉の発言に、一瞬驚いた顔をした空だったが、すぐににっこりと笑った。
「そうだね。きっと伝助くんのお父さんも喧嘩したこと、引きずっていると思うから」
「はい」
この後二人はしばらく話を続ける。
が、いつしか会話の糸がぷつりと切れ、代わりに安らかな寝息が部屋中に木霊していた。
厠へ行こうと食堂へ行こうと、必ず誰かが付きまとってくるのだ。
幼い少年がいる――忍術学園にとってはちょっとしたお祭り騒ぎだ。
特にくノ一教室の女子から引っ張りだこ。
夕食を食べ終えたら、無理やりくノ一教室へ連行された。
「伝助くんって言うんだ。かっわいい!」
「や~ん、弟にほしいー♡」
「こんなに小さいのに受けごたえがしっかりしてて、将来有望なんじゃない?」
「成長したら絶対イケメンになるわよ」
「ねぇねぇ、伝助くん。大人になったら、お姉さんと結婚しない?」
とくのたまたちにもてはやされる。
幼少時の利吉はとても可愛らしく、母性本能がくすぐられてしょうがなかった。
(いい加減にしてくれ……)
うんざりとしていた利吉だったが、ちょうどそこへ空が仕事から戻ってきて、モテモテ騒動は終了となった。
「どう?伝助くん、みんなにやさしくしてもらった?」
「ええ、まぁ……」
廊下を歩きながら、利吉が空を見上げる。
とっくに陽は降りていた。
(もう夜更けか。さすがに寝るときは一人だろう。この隙に脱出して……)
だが、医務室に戻って中を見た瞬間、利吉の目が大きく見開いた。
自分が寝るであろう布団の隣にもう一式布団が敷いてあるのだ。
おそるおそる空に聞く。
「あの……この布団って誰が、」
「私のよ。一人じゃ寂しいと思って、一緒に寝ようって思ったんだけど、迷惑だった?」
それを受けて、利吉の顔がカッと熱くなった。
(まだ深い関係になってないのに、こんな形で一夜を過ごすことになるなんて……!)
そんな言葉を失うほど動揺する利吉をつゆ知らず、空が言った。
「伝助くん。私着替えてくるね。それまで一人この部屋で待っててくれる?」
「え、あ……はい」
戸惑いながらも返事をすると、空がやさしげに頭を撫でてくれる。
「よしよし。じゃあ、すぐ戻ってくるから」
空は小走り気味に部屋から去る。
ピシャ……
扉が閉まる。
「……」
ようやく一人になれた。
にもかかわらず、空と一晩共にできる喜びがゆうに勝っていて、利吉はこの場から離れることができなくなっていた。
そして、約束通り空が医務室に戻って来た。
「お待たせ」
空の寝間着姿に、利吉は思わず見とれる。
忍術学園には何度も宿泊しているし、これが初めてではない。
その際、空は常に羽織を重ね、肌の露出を少ないように心がけていることを利吉は知っている。
しかし、今日は子どもだからと警戒心を解いているのか、夜着一枚のみの無防備な姿だ。
着物の白さが空の肌色と遜色ないように思える。
触れなくても、肌の柔らかさが伝わってくるようで、ドキドキした。
「伝助くん?」
耳に髪をかけながら尋ねてくる空の仕草が堪らなく色っぽい。
鼓動が大きく跳ねた。
「な、何でもないです。ね、寝ます!」
利吉が頭から布団をかぶる。
その慌てぶりが可笑しかったようで、くすりと笑う声が布団越しに聞こえた。
「私も寝るね、おやすみ」
そう言って、空が横になった。
それから数十分後――
(ね、眠れない……)
眠ろう眠ろうと思っても、普段より早い就寝時間に身体が追い付かない。
何より隣に愛しい女性が眠っているのかと意識すると、一人の男としてとても冷静ではいられなかった。
何度か寝返りを打っていると、不意に声をかけられた。
「伝助くん。もしかして、眠れないの?」
「え?」
驚いて布団から顔を出せば、困った様に笑う空と目が合った。
「私も同じ。眠りたいのになかなか寝付けないときってあるよね」
「……はい」
「もし伝助くんが嫌じゃなければ、少しお話してもいい?」
利吉がコクリと頷く。
「あのさ、伝助くんのご両親って、いつも忙しいの?ほら、今日は家にいないって、そう言っていたから」
「はい」
「寂しかったりしない?ご両親が仕事から帰ってくるの、一人で待ってるんでしょう」
「寂しい……?」
適当に対応して済ませようと思った利吉だったが、両親、とりわけ伝蔵を思い出して昼間の怒りが甦る。
思わず、
「寂しいなんてちっとも!第一、あんな人……もう父ではありません!」
と、うっかり感情を表に出してしまった。
伝助ではなく、利吉としての。
「……」
突然の大声に空は目を白黒させる。
気まずさを察して、利吉が慌てて言った。
「あ、すみません。その、父とは今、喧嘩をしていまして……」
「喧嘩?お父さんと何かあったの?」
「いやまぁ、その……喧嘩するのはいつものことなんですけど……私の父は仕事中毒で頑固で、母を顧みません。それに、いつまでたっても私を子ども扱いする父に頭にきてしまって、」
それを聞いて、空がぷっと吹き出した。
「な、何が可笑しいんですか!?」
「ごめんごめん。伝助くんの話がよく知っている人のとそっくりだから、それが可笑しくって」
「は?よく知っている人って?」
「利吉さんっていう人だよ」
自分の名が出てきて、利吉がドキリとする。
空が構わず続けた。
「利吉さんってとっても優秀なフリーの忍者なの。それで、その利吉さんのお父様自身もこれまた優秀で、
「ふ~ん」
「でも、そういう関係が本当に羨ましいな……て私は思う」
空がしんみりと言う。
その寂しそうな瞳を見ると、利吉は聞かずにはいられなかった。
「あの……どうして、羨ましいなんて思ったんですか?」
「えっと、ね……」
何かを思い出して、空は逡巡しているようである。
その口から言葉が出るのを、利吉は静かに待った。
「私の両親は……忙しくて、子どもよりも仕事の方が大事だって思う人たちだった。だから、ずっと離れて暮らしてたんだ」
「離れて……暮らす」
「うん。それでね、まだ小さい頃、夕方になるといつも玄関先で両親の帰りを待ってた。日が沈むまでず~っと。いつか玄関の戸が開いて、ただいまって言って飛び込んてくる両親におかえりって真っ先に伝えてあげたくて」
「……」
「でも、とうとうそれは叶わなかった……だから、利吉さん親子みたいに、楽しく話をしたり、ときにはケンカをしたり、仲良く過ごしている……そんな間柄が本当に素敵だなって」
「……」
「ささいな会話や喧嘩とか、私には、経験できなかったことだから……」
(空さんにそういう事情があったなんて、全然知らなかった……でも、)
驚いたのと同時に、利吉はあることに納得していた。
初めて空に会った時に感じたのはやさしい印象だけではない。
ふとした瞬間に消えてしまいそうな、儚さ。
それは、両親から愛情を注がれなかったという、自身の悲しい生い立ちに関係しているに違いない、と。
「ごめんね。つまらない話をして」
「つまらないなんて、そんな!……あの、」
「なに?」
「明日は私、その……父に、謝ろうかと思います。私も……言い過ぎたところがあって……」
本心だった。
空の境遇を知り、自分がいかに恵まれた環境で育ったかを実感すると、父に対してのわだかまりなんてもうない。
「……」
利吉の発言に、一瞬驚いた顔をした空だったが、すぐににっこりと笑った。
「そうだね。きっと伝助くんのお父さんも喧嘩したこと、引きずっていると思うから」
「はい」
この後二人はしばらく話を続ける。
が、いつしか会話の糸がぷつりと切れ、代わりに安らかな寝息が部屋中に木霊していた。