杭瀬村へ行こう! その2
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何もしなければ後が怖い。
結局、空に大木に頼まれた仕事を断るという選択肢はないのだ。
「はぁ。どうして私がこんなことを……そもそも、大木先生って女の子のファンいっぱいいるんだから、彼女たちに頼めばいいじゃない!」
苛立つ空の脳裏にある光景が呼び起こされる。
それは前回杭瀬村を訪れたときのこと。
料理教室からなかなか帰ってこない食堂のおばちゃんを心配して、大木と二人村長の家に出向いたことがある。
その際、料理教室に顔を出した大木に女たちは大歓喜。
あのときの異様な熱気と興奮を、空はよく憶えている。
食堂のおばちゃんから聞いたが、村内での大木の評判は上々で、力仕事はイヤな顔せず引き受けてくれるし、話せば面白い、ととにかく女性受けがいい。
黙っていれば、美形で通せる。
そんな大木を慕う女性は数多くいるのだ。
「ほーんと。ここに来たらなんでもかんでも仕事を押し付けるんだから……!」
ぶつぶつ言いながら作業をしていると、手元が狂ってしまい、はずみで縫い針がチクっと指にささった。
「イタッ!……あ~あ、何やってるんだか……」
一気にやる気をなくし、空はその場にゴロンと寝転んでしまう。
「……」
ぼーっとしながら、何となく握っている大木の着物をじっと見る。
長年着用しているのだろう。
ところどころ穴ができ布が裂けていて、大分傷んでいる。
「こんなボロボロになるまでほったらかして……畑仕事で忙しくて、他のことにまで手が回らないのかな。大木先生が作った野菜は本当に美味しいし……」
ふと空は大木が作る野菜の味を思い出した。
味は抜群で、みずみずしく旨味が強い。
手間をかけ、丹精込めて育てられている証拠なのだろう。
そう思うと、与えられた仕事にケチをつけるのが申し訳なく思えてきた。
「ああもう、色々考えるのやめた!こうなったら完璧に仕上げて、大木先生を見返してやるんだから!」
空の目に活力が戻った瞬間だった。
パッと起き上がり、手にした縫い針を忙しそうに動かしはじめた。
***
ザァァァ………
おびただしいほどの雨が地上に降り注いでいる。
もう一刻ほど経っただろうか。
熱心に繕い作業をすすめる空も、凄まじい雨音につい手を止める。
「すごい雨……食堂のおばちゃんと大木先生、大丈夫かな」
丁度そのとき、ガタ……と木戸が開く音が聞こえた。
心配していたうちの一人が帰ってきたのだ。
「やれやれ、ちょっとご近所さんに行っただけなのに、びしょ濡れだ」
大木は家に入るやいなや、壁に吊るしていた手ぬぐいをとる。
全身は上から水を被った様に濡れていた。
「おかえりなさい。傘持って行かなかったんですか?随分……濡れましたね」
「近くだったもんで、必要ないと思ったんだが、まさかのどしゃ降りで誤算だった。それより、」
大木は空の横をすり抜ける。
居間に置いてある着物を手に取り、しげしげと見つめている。
「おお!もう着物の直し、してくれたのか」
「はい……でも、まだ全部は。そこに畳んでいる分は終わりましたけど」
「へえ、結構うまいもんだな!」
「べ、別にこのくらい……」
「空、ありがとう」
お礼の言葉を添えて、大木がやさしく微笑んだ。
(……!)
感情表現が豊かでよく笑う大木だが、こんなに嬉しさに満ちた笑みを、空は今までに見たことがない。
(大木先生って、あんな風に笑えるんだ……)
思わず見とれてしまう。
そんな空に構わず、大木は話を続けた。
「これ、着てもいいよな。じゃあ、早速」
そう言って、大木はいきなり着物を脱ぎ始める。
空が目を塞ぐよりも先に。
「!」
あらわになった上半身には無駄な贅肉などついておらず、すべての筋肉が念入りに鍛え上げられている。
「……」
迂闊にも大木の身体に見入ってしまって気づかなかった。
当の大木が呆れた顔をしていることに。
「おい」
「え?」
「下も着替えたいんだが……後ろを向いてくれんか?覗かれるのは趣味じゃない」
「ご、ごめんなさいっ!」
大慌てで大木から離れる。
上ずった声で返事を返してしまったのも失敗だった。
恥ずかしい。
本当なら外に出るべきなのだが、この大雨。
家の中で待つしかない。
空はドギマギしながら、部屋の隅っこで縮こまっている。
「おーい、もう大丈夫だぞ」
おそるおそる振り返ると、ニヤニヤと居丈高に立った大木がいた。
「どうしたんだ?やけに顔が赤いが……そんなにワシの裸に興奮したのか?」
「ち、違います!」
「照れるな、照れるな。どうだ、水もしたたるいい男だろう?」
そう言って、くしゃりと髪をかきあげた大木と視線が交錯する。
心臓がうるさいほど早鐘を打っているのは、大木の肉体美にときめいたから、だけではなかった。
濡れた髪を肌に張り付かせた大木からは、しっとりとした色気が醸し出されている。
(い、いつもの大木先生じゃないみたい……!)
「ん?どうした?」
言い返そうと思ったが、顔をあげれば彼の艶姿を目に入れてしまう。
たまらず俯いてしまった空だが、大木はじりじりと距離を詰め、ゆっくりと顔を覗き込んでくる。
(大木先生、距離近い!近い!)
心臓の音が激しさを増す。
赤面した顔を見られるのが恥ずかしい。
が、大木は待ってくれない。
俯いた空と大木の目が再び合おうとした、そのときだった。
ガラガラ……
「ただいま。もう、すごい雨ねぇ!」
突然戸が開き、食堂のおばちゃんが慌てて家に駆けこんできた。
(た、助かった……!)
空がほっと胸を撫でおろす。
「……」
大木は一瞬残念そうな表情をつくったが、何事もなかったかのように、急いでおばちゃんの元へ駆け寄っていく。
「料理教室、お疲れさまでした」
「ありがとう。今日も大盛況だったわ!あら、空ちゃん、どうしたの?そんな部屋の隅っこにいて」
傘を畳みながら、食堂のおばちゃんが不思議そうに見つめてくる。
「え、いや、べ、別に……そ、それより今日は何を作ったんでしたっけ?」
「今日はねぇ、」
無理矢理話を変え、空は二人の元へ歩み寄る。
チラリと大木を見た。
大木はおばちゃんの後ろで、いつもの意地悪い笑みを浮かべていた。
***
幸運なことに、空たちが村を下る直前に雨は止んだ。
大木と別れ、二人は忍術学園の帰路についている。
「雨が止んでよかったですね」
「本当に。あのままだったら、こうして歩けなかったわ。それより空ちゃん、今日は何してたの?畑作業はできなかったでしょう」
「そうなんです。だから、今日は大木先生の着物を繕ってました」
「へええ、そうなんだ。って、え!?」
おばちゃんが眼を白黒させる。
構わず、空は続けた。
「大木先生……意外と自分のことはずぼらになるんですね。半助さんみたい。あんなにボロボロになるまで着物を着尽くしてたし」
「……」
フフッと笑みを漏らす空の横で、おばちゃんの脳内では杭瀬村の娘たちとの会話が再生されていた。
『ねぇ、先生。雅之助さんって誰かいい人いるんですかぁ?』
『先生は忍術学園ってところで一緒に働いていたんでしょ?知ってるなら、教えてください!』
『はぁ?私は全然知らないわよ。そういうのは、おんなじ村にいる、あなたたちの方が詳しいんじゃないの?』
『だって……この前雅之助さんと話した時、あたしたち、思い切って切り出してみたんです。畑仕事で忙しい雅之助さんのために、料理とか掃除とか裁縫とか……身の回りのお世話してあげるって。そしたら、こう返されちゃったんです……「気持ちは嬉しいが、そういうのは間に合ってるから大丈夫だ。ありがとう」、て』
『あら、そうなの』
『すごぉく意味深だったから、誰かいい人いるんですか?って、つい聞き返しちゃったけど、雅之助さん、すぐはぐらかすし!』
『そりゃあ、雅之助さんはかっこいいから、そういう人がいてもおかしくないけど……あたし、雅之助さんの口からちゃんと聞くまで、あきらめきれない!』
『『あたしも!』』
その後、おばちゃんは娘たちのテンションについていけず、ひとり取り残されてしまった。
(村の娘さんたちと空ちゃんでは、気の許し方が随分違うみたいね……大木先生)
「土井先生に新たなライバルの登場、てところかしら……帰ったら、シナ先生に報告しないと」
「え?何か言いました?」
「なんでもない、なんでもない……こっちのこと。それより私が帰ってくる前大木先生と何かあったの?珍しく二人口ゲンカしてなかったわねぇ」
「それは……」
空の顔が一気に真っ赤になる。
ふたりきりのときに垣間見せた、あのやさしい微笑みや全身濡れて艶めいた姿。
思い出して、胸の鼓動が高まっていくのがわかった。
「別に。なんでもないです!なんでも!」
「怪しい……なんか隠してない?」
「ほんとに何にもないですってば!」
「そうやってムキになって否定するところが、ますます怪しい」
「しつこいですよ、食堂のおばちゃん!」
女同士の話はまだまだ続く。
静けさが広がる夕闇の中、ふたりの喧騒が途切れることはなかった。
結局、空に大木に頼まれた仕事を断るという選択肢はないのだ。
「はぁ。どうして私がこんなことを……そもそも、大木先生って女の子のファンいっぱいいるんだから、彼女たちに頼めばいいじゃない!」
苛立つ空の脳裏にある光景が呼び起こされる。
それは前回杭瀬村を訪れたときのこと。
料理教室からなかなか帰ってこない食堂のおばちゃんを心配して、大木と二人村長の家に出向いたことがある。
その際、料理教室に顔を出した大木に女たちは大歓喜。
あのときの異様な熱気と興奮を、空はよく憶えている。
食堂のおばちゃんから聞いたが、村内での大木の評判は上々で、力仕事はイヤな顔せず引き受けてくれるし、話せば面白い、ととにかく女性受けがいい。
黙っていれば、美形で通せる。
そんな大木を慕う女性は数多くいるのだ。
「ほーんと。ここに来たらなんでもかんでも仕事を押し付けるんだから……!」
ぶつぶつ言いながら作業をしていると、手元が狂ってしまい、はずみで縫い針がチクっと指にささった。
「イタッ!……あ~あ、何やってるんだか……」
一気にやる気をなくし、空はその場にゴロンと寝転んでしまう。
「……」
ぼーっとしながら、何となく握っている大木の着物をじっと見る。
長年着用しているのだろう。
ところどころ穴ができ布が裂けていて、大分傷んでいる。
「こんなボロボロになるまでほったらかして……畑仕事で忙しくて、他のことにまで手が回らないのかな。大木先生が作った野菜は本当に美味しいし……」
ふと空は大木が作る野菜の味を思い出した。
味は抜群で、みずみずしく旨味が強い。
手間をかけ、丹精込めて育てられている証拠なのだろう。
そう思うと、与えられた仕事にケチをつけるのが申し訳なく思えてきた。
「ああもう、色々考えるのやめた!こうなったら完璧に仕上げて、大木先生を見返してやるんだから!」
空の目に活力が戻った瞬間だった。
パッと起き上がり、手にした縫い針を忙しそうに動かしはじめた。
***
ザァァァ………
おびただしいほどの雨が地上に降り注いでいる。
もう一刻ほど経っただろうか。
熱心に繕い作業をすすめる空も、凄まじい雨音につい手を止める。
「すごい雨……食堂のおばちゃんと大木先生、大丈夫かな」
丁度そのとき、ガタ……と木戸が開く音が聞こえた。
心配していたうちの一人が帰ってきたのだ。
「やれやれ、ちょっとご近所さんに行っただけなのに、びしょ濡れだ」
大木は家に入るやいなや、壁に吊るしていた手ぬぐいをとる。
全身は上から水を被った様に濡れていた。
「おかえりなさい。傘持って行かなかったんですか?随分……濡れましたね」
「近くだったもんで、必要ないと思ったんだが、まさかのどしゃ降りで誤算だった。それより、」
大木は空の横をすり抜ける。
居間に置いてある着物を手に取り、しげしげと見つめている。
「おお!もう着物の直し、してくれたのか」
「はい……でも、まだ全部は。そこに畳んでいる分は終わりましたけど」
「へえ、結構うまいもんだな!」
「べ、別にこのくらい……」
「空、ありがとう」
お礼の言葉を添えて、大木がやさしく微笑んだ。
(……!)
感情表現が豊かでよく笑う大木だが、こんなに嬉しさに満ちた笑みを、空は今までに見たことがない。
(大木先生って、あんな風に笑えるんだ……)
思わず見とれてしまう。
そんな空に構わず、大木は話を続けた。
「これ、着てもいいよな。じゃあ、早速」
そう言って、大木はいきなり着物を脱ぎ始める。
空が目を塞ぐよりも先に。
「!」
あらわになった上半身には無駄な贅肉などついておらず、すべての筋肉が念入りに鍛え上げられている。
「……」
迂闊にも大木の身体に見入ってしまって気づかなかった。
当の大木が呆れた顔をしていることに。
「おい」
「え?」
「下も着替えたいんだが……後ろを向いてくれんか?覗かれるのは趣味じゃない」
「ご、ごめんなさいっ!」
大慌てで大木から離れる。
上ずった声で返事を返してしまったのも失敗だった。
恥ずかしい。
本当なら外に出るべきなのだが、この大雨。
家の中で待つしかない。
空はドギマギしながら、部屋の隅っこで縮こまっている。
「おーい、もう大丈夫だぞ」
おそるおそる振り返ると、ニヤニヤと居丈高に立った大木がいた。
「どうしたんだ?やけに顔が赤いが……そんなにワシの裸に興奮したのか?」
「ち、違います!」
「照れるな、照れるな。どうだ、水もしたたるいい男だろう?」
そう言って、くしゃりと髪をかきあげた大木と視線が交錯する。
心臓がうるさいほど早鐘を打っているのは、大木の肉体美にときめいたから、だけではなかった。
濡れた髪を肌に張り付かせた大木からは、しっとりとした色気が醸し出されている。
(い、いつもの大木先生じゃないみたい……!)
「ん?どうした?」
言い返そうと思ったが、顔をあげれば彼の艶姿を目に入れてしまう。
たまらず俯いてしまった空だが、大木はじりじりと距離を詰め、ゆっくりと顔を覗き込んでくる。
(大木先生、距離近い!近い!)
心臓の音が激しさを増す。
赤面した顔を見られるのが恥ずかしい。
が、大木は待ってくれない。
俯いた空と大木の目が再び合おうとした、そのときだった。
ガラガラ……
「ただいま。もう、すごい雨ねぇ!」
突然戸が開き、食堂のおばちゃんが慌てて家に駆けこんできた。
(た、助かった……!)
空がほっと胸を撫でおろす。
「……」
大木は一瞬残念そうな表情をつくったが、何事もなかったかのように、急いでおばちゃんの元へ駆け寄っていく。
「料理教室、お疲れさまでした」
「ありがとう。今日も大盛況だったわ!あら、空ちゃん、どうしたの?そんな部屋の隅っこにいて」
傘を畳みながら、食堂のおばちゃんが不思議そうに見つめてくる。
「え、いや、べ、別に……そ、それより今日は何を作ったんでしたっけ?」
「今日はねぇ、」
無理矢理話を変え、空は二人の元へ歩み寄る。
チラリと大木を見た。
大木はおばちゃんの後ろで、いつもの意地悪い笑みを浮かべていた。
***
幸運なことに、空たちが村を下る直前に雨は止んだ。
大木と別れ、二人は忍術学園の帰路についている。
「雨が止んでよかったですね」
「本当に。あのままだったら、こうして歩けなかったわ。それより空ちゃん、今日は何してたの?畑作業はできなかったでしょう」
「そうなんです。だから、今日は大木先生の着物を繕ってました」
「へええ、そうなんだ。って、え!?」
おばちゃんが眼を白黒させる。
構わず、空は続けた。
「大木先生……意外と自分のことはずぼらになるんですね。半助さんみたい。あんなにボロボロになるまで着物を着尽くしてたし」
「……」
フフッと笑みを漏らす空の横で、おばちゃんの脳内では杭瀬村の娘たちとの会話が再生されていた。
『ねぇ、先生。雅之助さんって誰かいい人いるんですかぁ?』
『先生は忍術学園ってところで一緒に働いていたんでしょ?知ってるなら、教えてください!』
『はぁ?私は全然知らないわよ。そういうのは、おんなじ村にいる、あなたたちの方が詳しいんじゃないの?』
『だって……この前雅之助さんと話した時、あたしたち、思い切って切り出してみたんです。畑仕事で忙しい雅之助さんのために、料理とか掃除とか裁縫とか……身の回りのお世話してあげるって。そしたら、こう返されちゃったんです……「気持ちは嬉しいが、そういうのは間に合ってるから大丈夫だ。ありがとう」、て』
『あら、そうなの』
『すごぉく意味深だったから、誰かいい人いるんですか?って、つい聞き返しちゃったけど、雅之助さん、すぐはぐらかすし!』
『そりゃあ、雅之助さんはかっこいいから、そういう人がいてもおかしくないけど……あたし、雅之助さんの口からちゃんと聞くまで、あきらめきれない!』
『『あたしも!』』
その後、おばちゃんは娘たちのテンションについていけず、ひとり取り残されてしまった。
(村の娘さんたちと空ちゃんでは、気の許し方が随分違うみたいね……大木先生)
「土井先生に新たなライバルの登場、てところかしら……帰ったら、シナ先生に報告しないと」
「え?何か言いました?」
「なんでもない、なんでもない……こっちのこと。それより私が帰ってくる前大木先生と何かあったの?珍しく二人口ゲンカしてなかったわねぇ」
「それは……」
空の顔が一気に真っ赤になる。
ふたりきりのときに垣間見せた、あのやさしい微笑みや全身濡れて艶めいた姿。
思い出して、胸の鼓動が高まっていくのがわかった。
「別に。なんでもないです!なんでも!」
「怪しい……なんか隠してない?」
「ほんとに何にもないですってば!」
「そうやってムキになって否定するところが、ますます怪しい」
「しつこいですよ、食堂のおばちゃん!」
女同士の話はまだまだ続く。
静けさが広がる夕闇の中、ふたりの喧騒が途切れることはなかった。